第76話「この脇役達に招集を!」
陽に照らされた広大な地に、狩人が足を踏み入れた。
狩人の目的はひとつ。この地に眠る獲物を狩ること。彼等の足元が、長く続いた草原から赤茶色の地面へ移り変わる。
それは、獲物の縄張りを示す色。その地に侵入した途端、眠っていた獲物達が目を覚ました。
彼等は一様にして侵入者を見る。狩られると、本能で理解したのであろう。彼等は侵入者を敵とみなした。
ここから立ち去れ。さもなくば、我らの怒りが災いとなりて、貴様に降り注ぐであろう。
そう警告するように、彼等は侵入者へ威嚇する。しかし侵入者の足は止まらず。
話し合いは通じない。ならば望み通り、力を以って理解させるしかない。彼等は侵入者に向かって襲いかかった。
が──彼等は途端に動きを止めた。否、止まらざるをえなかった。
彼等の前に立つ、青き衣を纏った狩人は、武器を持っていなかった。戦う姿勢も見せていなかった。
であるにも関わらず、狩人はたったひと睨みで、彼等の動きを封じたのだ。
彼等は理解させられたのだ。狩人の力を。数多の獲物を屠ってきた狩人の凄みを。
束になっても勝てない。圧倒的な力の差を、彼等は本能で理解した。
絶対強者の前に弱者ができる行動は二つ。命欲しさに逃げるか、助けを乞うか。
だが、その二つも彼等にはできなかった。狩人からは逃げられないと理解していたからだ。
彼等は静かに目を閉じ、せめて楽に死ねるようにと祈ることしかできなかった。
「いやぁ、助かるぜ剣士のダンナ! 睨むだけで大人しくなるから、収穫も楽でいいや!」
バージルは、依頼を受けて農家の手伝いに来ていた。
彼の睨みで動けなくなった農作物を、冒険者顔負けの肉体を持つ農家のおじさんがせっせと回収していく。
この世界の野菜や果物は意思を持ち、攻撃性もある。故に農家は総じて強靭な肉体を有していた。中級冒険者よりレベルが高い農家がいるのも、よくある話である。
が、楽して収穫ができるなら誰だってそうしたい。そのため、畑を荒らすモンスターの討伐だけでなく収穫も冒険者へ依頼されることもある。丁度、今のバージルのように。
選り好みする上、討伐以外に興味を示さないタイプの彼が、何故このような依頼を受けたのか。理由はただひとつ。
「ほいよ! 報酬分のメロンだ! 持っていきな!」
ここの農家は、メロンを育てていた。
カゴいっぱいに詰められたメロンを見て、バージルは満足するように頷く。
季節は初夏に入った頃。今が旬のメロンを育てている農家の依頼をギルドで発見。バージル自ら農地に赴いた。農家曰く、この季節のメロンは気性が荒いため収穫も大変とのこと。
バージルは二つ返事で依頼を受けたが、ひとつ条件を出した。報酬は金ではなく、メロンにすること。これに農家は、形が悪い規格外の分ならいくらでもと条件を呑んだ。
「ブサイク揃いだが、中身はいい子ちゃんだ! 俺が保証するぜ!」
農家がカゴを軽く叩いてバージルに話す。隙を見て逃げ出そうとする子もいたが、バージルに再度睨まれることで大人しくカゴに戻った。
バージルは「そうか」とだけ返し、かなりの数が詰め込まれているカゴを軽々と担ぐ。彼はそのままメロン畑を後にした。
メロン入りのカゴを担いだまま草原を歩いていく。道中でモンスターが襲ってきたが、バージルはカゴからメロンを溢すことなく撃退。特に問題なくアクセルの街へ帰還した。
正門から堂々と入っていったが、門番から止められることはなく、むしろ慣れた事のようにバージルへ会釈するのみ。
ここ最近、依頼を受けたバージルが農作物を担いで帰ってくる事は多い。初めこそ驚かれたが、今では朝に轟く爆裂魔法のように当たり前の出来事となっていた。
大通りを抜けて、裏通りを迷わず歩くバージル。その足は自宅ではなく、とある店に向けられていた。
問題児ともバッタリ会わず順調に進んでいると、前方に一人の女性を発見した。彼女は誰かを探すように周囲を見回している。
普段なら無視一択なのだが、彼女が見知った人物であるのと、彼の目的に関する者であったので、バージルは自ら彼女のもとへ。やがて足音に気付いたのか、女性はバージルの方へ振り返った。
「あっ! いたいた!」
どうやら探し人はバージルだったようだ。彼女は顔を明るくさせ、バージルのもとに駆け寄る。
普段とは違い、服装は村人の女チック。スカートが長いのは、彼女の特徴である長いモノを隠すためであろう。薄い桃色のショートヘアが風になびくが、頭にあった筈の小さなアレは隠されていた。
「今日は非番か」
「だったんですけど、急遽ヘルプを求められちゃったんですよ。サキュバスだって休みは欲しいのに」
彼女は、サキュバス喫茶店のロリ枠担当であった。そしてバージルが向かっていた先も、サキュバス喫茶店だった。
先方から出向いてくれたのなら話は早い。バージルは担いでいたカゴを、ロリサキュバスの前に下ろす。
「農家から貰ったメロンだ。好きに使え」
「わっ! こんなにたくさん! いつもありがとうございます!」
サキュバス喫茶店の常連であった彼は、依頼の報酬で得た果物をこのように彼女等へ提供していた。全ては美味しいスイーツを食べるために。
因みに、バージル推しであったサキュバスが誰よりもスイーツ作りに力を入れており、独学でありながらプロ顔負けのスイーツを作れるようになっていた。
「ちょうどメロンのスイーツを作りたいって、あの子が話してたところだったんですよ。バージルさんはどんなスイーツがお好みですか?」
「なんでも構わん。だが、素材の味を最大限に活かせ。そして中身だけでなく外見も整えるようにと、奴に伝えておけ」
「わかりました。試食品ができあがったらまた呼びますねー」
もはやサキュバスの本業を忘れていそうなスイーツ担当への伝言をロリサキュバスに託し、バージルは踵を返して彼女のもとから離れていった。
「……って違う! 待ってくださいバージルさん!」
が、ロリサキュバスは慌ててバージルを引き止めてきた。コートの裾を掴まれた彼は、息を吐いて振り返る。
「その程度の量なら、貴様一人でも運べる筈だが」
「いや無理ですよ! 私、どこからどう見てもか弱い乙女じゃないですか!」
「だったら頭を使え。サキュバスなら、その辺のゴロツキに頼むぐらい朝飯前だろう」
「あっ、確かに」
「理解できたか。なら帰らせてもらう」
「はーい。お元気でー……ってそうじゃない!」
再び去ろうとしたバージルであったが、ロリサキュバスがしがみつく形で止めてきた。
どさくさに紛れて逃れようとした作戦が失敗に終わり、バージルの顔が忌まわしそうに歪む。
「私達の店にバージルさんを探してる人が来てて、その人のせいで営業がままならない状態なんです! 早く引き取りに来てください!」
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頼みを聞かない限りロリサキュバスが離れようとしてくれず、バージルは渋々引き受けることに。
メロンのカゴを担いで、ロリサキュバスとサキュバス喫茶店に向かったバージル。店の外は普段と変わりない様子であったが、中に入るとロリサキュバスの話していた事を理解させられた。
「ミツルギさん、貴方はどんなのが好みかしら」
「お姉さんたちと甘い時間を過ごさない?」
「いっぱい堪能させてあげるから、ミツルギさんのも食べさせて欲しいなぁ」
「いえ、遠慮しておきます」
『ハイハイハイ! お姉さんの大きなメロンを俺に食べさせてください!』
「ごめんそこのゴーストには聞いてないから」
複数人のサキュバスに囲まれていたのは、王都にいた筈のミツルギであった。戸惑うミツルギとは対照的にベルディアは興奮していたが、誰からも相手にされていない。
ほとんどのサキュバスがミツルギを構っているので、来客の男冒険者達は怒りに満ちた目でミツルギを睨んでいる。これではロリサキュバスの言う通り、営業どころではない。
面倒に思いながらもバージルはそちらへ歩み寄る。するとバージルの存在に気付いたミツルギが立ち上がり、その場から逃げるように駆け寄ってきた。
「師匠!」
「そこのサキュバスから、俺に用があると聞いたが」
「はい、ですがここでは会話もままならないので、ひとまず移動しましょう」
『なんだよ! もうちょっとゆっくりしていこうぜ! せめてお姉さんたちのをたっぷり味わってから──』
「すみません、お騒がせしました」
ベルディアのねだりを無視し、ミツルギは迷惑をかけたサキュバス達に頭を下げる。
おさわりも叶わない霊体のベルディアは、ミツルギの身体を使うつもりでいたのだろう。しかしミツルギにその気が一切無いと知り、ベルディアは泣く泣く諦めてサキュバス達から離れた。
バージルも早々に引き上げるべく、メロンを置いてミツルギ達と共に店を出た。
「街で師匠を探していたら、冒険者から師匠の通っているお店を紹介してもらったんです」
サキュバス喫茶店から離れ、二人は路地裏の道を歩く。
「あの店ではサキュバスが店員をしていましたが、この街のギルドは知っているんですか?」
「表では人間を装っている。正体を知っているのは男冒険者だけだ」
『流石の結束力だな。俺も人間だったら毎日通ってたのになぁ』
惜しそうに喫茶店を眺めながら、ベルディアはアンデッドさながらの願望を口にする。
「なるほど、男性用のお店ということですか」
『いやどう考えてもそうだろ。さっきまでどこ見てたんだ貴様』
「俺も何度か食べているが悪くはない。貴様も暇があれば行くといい」
『おいぃ!? 何度か食べてるだと!? その話詳しく! あの子達はどんなサービスをしてくれたんだ!?』
「わかりました。また今度来てみます」
『おぉう!?』
ミツルギの返答に、傍で騒いでいたベルディアが盛大に驚いた。ミツルギは首を傾げてベルディアに尋ねる。
「何をそんなに驚いているんだい? 僕、変なこと言ったかな?」
『相当変な発言だったぞ! いや男としては間違っていないんだが、貴様というキャラを考えたら……』
「確かに、ああいう店には進んでいったことはないけど、師匠がオススメするなら寄ってもいいのかなって」
『み、ミツルギ……! 貴様、いつからそんなグイグイ行ける男に……!』
ベルディアは非常に感銘を受けた様子で声を震わせる。そんなベルディアをミツルギは不思議そうに見つめる。
結局、サキュバス喫茶店のもうひとつのサービスをお互い知ることなく、話は切り上げられた。
「それで、話とは何だ? わざわざ雑談する為に王都から来たわけではあるまい」
「はい。しかし話があるのは師匠だけではなく、ゆんゆんとクリスさんもなんです。なので、まずはその二人を探したいんですが……いそうな場所って心当たりありませんか?」
バージルから本題を振られたミツルギは、声量を小さくして話した。彼の口から出てきた面子の名前を聞いて、バージルは話の内容を察する。
自分だけでなく二人も知っておくべき話であろう。バージルは思い当たる場所を頭に浮かべ、ミツルギに話した。
「クリスは知らんが、ゆんゆんならギルドの隅で、一人二役でボードゲームをしている姿をよく見かける」
「あっ……そうなんですね」
『ぼっちだという話は聞いていたが、そこまでとは……』
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バージルの話を受けて、まずはゆんゆんを探すべく二人はギルドに向かった。
冒険者の中でも一、二を争う人気の二人が並んで歩いているのを住民や冒険者が物珍しく見つめてくる。慣れたように笑顔で手を振るミツルギとは対照的に、バージルは一貫して無表情。
ゴロツキに絡まれることもなく、二人はギルドに到着する。併設されている酒場を見渡し、ゆんゆんの姿を探す。
と、隅っこの席に銀髪を発見。そこに移動すると、銀髪の主は案の定ゆんゆんであったのだが──。
「アークウィザードを前へ移動。さて、次はどうするゆんゆん?」
「ムムム……やるわねタナリスちゃん! なら私はクルセイダーを前衛へ移動よ!」
「堅実に守りを固めてきたかい。じゃあここでソードマスターを召喚だ」
「だったら私は盗賊を召喚するわ! 迂闊に攻めたら痛い目を見るわよ!」
「へぇ、流石に一人でやり込んでるだけあるね。アクアの脳筋プレイとは全然違うや」
予想に反し、ゆんゆんはお友達と仲良く遊んでいた。
「師匠、あの少女は……?」
二人の姿を見たミツルギは、耳打ちでバージルに尋ねてきた。そういえば会っていなかったかと気付き、簡単に紹介した。
「奴はタナリス。貴様がアクアに導かれたように、俺は奴によってこの街へ誘われた」
「アクア様……ということは、彼女も?」
「奴が言うには同期だそうだ」
タナリスの正体がアクアと同じ女神だと聞き、ミツルギは驚いた様子。しかし周りに悟られないようにか、声を上げることはしなかった。
興味深そうにタナリスを見つめるミツルギ。するとその視線に気付いたのか、タナリスがこちらへ手を振ってきた。
「タナリスちゃん! 今は私と遊んでるんだからよそ見しないで!」
「あぁごめん。見知った顔がいたからね」
「えっ? ……あっ!」
どうやらゆんゆんも二人の存在に気付いたようだ。それを確認してから、バージルとミツルギは彼女達のもとへ歩み寄った。
「やぁバージル、今日も仏頂面が似合ってるね。そしてお隣の君は、初めましてかな?」
「はい、ミツルギキョウヤといいます」
「あぁ、君がミツルギか。噂でよく耳にしてるよ」
流石に有名人なだけあってか、タナリスの耳にも届いていたようだ。彼女は嫌味ひとつない表情で言葉を続けた。
「あのエンシェントドラゴンを討伐した魔剣の勇者でありながら、カズマには一度も勝てたことがないんだってね? カズマが酒場で自慢げに語ってたよ」
「うぐっ……」
知らぬところで広まっていた、対カズマ三連敗の屈辱エピソード。しかし事実であることは確かなので、ミツルギは何も言い返せなかった。
「ま、女性冒険者からはまるで信じられてないけどね。そんな魔剣君は僕達に何か用かい?」
「ミツルギです。用があるのはタナリスさんではなく、ゆんゆんの方です」
「えっ? 私ですか?」
早くボードゲームの続きがしたくてソワソワしていたゆんゆんであったが、ミツルギから用があると告げられて、彼女もそちらに顔を向ける。
そして残る一人の名前をミツルギが口にしようとした時、背後から不意に声を掛ける者が現れた。
「皆揃って何してるのかな?」
明るい印象がある女性の声、と同時に聞き馴染みのある声。タイミングのいいヤツだと思いながら、バージルは振り返る。
「やぁクリス。クエスト帰りかい?」
「はい、少しダンジョンでお宝探索を」
「君ひとりで?」
「いえ、仕事仲間と一緒に」
丁度ミツルギが挙げようとしていた人物、クリスであった。報酬が入っているであろう金貨入りの袋を手に、バージル達の間へ入ってくる。
「四人でボードゲームしてたの? アタシも入っていい?」
「悪いね、このゲームは二人用なんだ。トランプがあれば皆で遊べるんだけど」
「あっ! わ、私持ってます! 五人もいたらババ抜きも大富豪も、七並べだってできますよ!」
『六人だ! 俺がいることも忘れるな!』
「おぉうビックリした。急に出てきたけど誰だい?」
たまらずミツルギの身体から飛び出してきたベルディアを、タナリスは興味深そうに見つめる。
『我が名はベルディア。元は魔王軍幹部だったが、訳あって今は魔剣の霊となっている』
「へぇー……バージルから話は聞いてたけど、ホントにデュラハンからゴーストになったんだね」
『トランプでの勝負なら自信があるぞ。かつて魔王城にいた頃、部下のアンデッド相手にやりまくっていたからな』
「魔王軍って意外とアットホームなんだね。同僚とも遊んでたのかい?」
タナリスの質問に、ベルディアは何も答えず下を向くだけ。どこか哀愁を感じられる様を見て彼女は察したのか、それ以上突っ込むことはしなかった。
『とにかく、俺も参戦させてもらうぞ。というわけでミツルギ、代役頼む』
「えぇ……?」
「じゃあベルディアは魔剣君とのペアということで。バージルもやるかい?」
「ポーカーなら相手してやっても構わんが」
「えー、アレ難しいじゃん。せめてブラックジャックにしようよ」
「チッ……まぁいいだろう」
「勝負には乗るんだ……くだらんとか言って即帰りそうだと思ってたのに」
意外にもトランプ勝負を受けたバージル。そんな彼をクリスは物珍しそうに見つめていた。
「ブラックジャックですね! 私もルールはわかりますよ! こういう時のために、トランプで遊べるゲームのルールは全部覚えてるんです!」
「それは頼もしいね。じゃあ早速始めようか。ほら、魔剣君も座って座って」
「は、はぁ……あとミツルギです」
全員参加のブラックジャックをさせられることとなり、ミツルギは困惑しながらも用意された席に座った。
魔剣の勇者、勇者殺し、蒼白のソードマスター、白銀の紅魔族、幸運の銀髪盗賊、漆黒のバイト戦士と、名だたる戦士がギルドの隅っこでトランプしているのを、周りの冒険者は奇っ怪な目で見ていた。
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結局五回も行われたブラックジャックは、すべてクリスがトップ、バージルがビリという結果に終わった。
納得がいかなかったバージルはその後ポーカーでクリスに挑んだが、運なし男が幸運の女神に叶う筈もなく。オーバーキルとばかりにロイヤルストレートフラッシュを出されて完敗した。
約一名が不機嫌になったところで、ミツルギはクリス達に話があることを伝えた。他の人には聞かれたくない話のため、バージルの家へ移動することに。
大所帯の移動で住民から注目はされたが、彼等は特に問題もなく家に辿り着いた。その中にはタナリスの姿もあった。
ミツルギは「彼女には聞かれたくない」とバージルに耳打ちしてきたが、彼女も例の騒動については事情を把握していると返した。
バージルはいつもの席に、タナリスは机に腰掛ける。バージルの隣にはクリスが、タナリスの隣にはゆんゆんが立ち、各々が定位置に着いたところで、ミツルギは本題に入った。
「既に察しているとは思いますが、まずはこれを」
そう言ってミツルギは丸めた紙を取り出す。机上で広げると、そこから三枚の紙が顔を見せた。バージル達は紙に書かれている内容を覗き込む。
「銀髪と仮面の盗賊二人組、白銀の魔術師、漆黒の騎士。これってもしかしなくても……」
「王都を騒がせた義賊……皆さんの手配書です」
簡易的に特徴を現したイラスト付きの手配書。その下にはそれぞれ高額の懸賞金が記されていた。
「アタシとカズマ君がセットで二億エリス、ゆんゆんちゃんが三億で、バージルは七億……」
『因みに俺は幹部時代、五億エリスの懸賞金がかけられていたぞ。それを踏まえるとバージルの懸賞金は破格だな』
「師匠の力を考えれば十億はくだらないと思っていましたが、直接死人を出さなかったことで控えめにされたそうです」
「流石に十億は言い過ぎ……いや、そうでもないのかな」
伝説の魔剣士の息子。その力を鑑みると十億どころでは済まないかもしれない。そう思いながらクリスは自分の手配書を手に取る。
バージル、ゆんゆんとは違い、自分はカズマとセット。おまけに自分よりも仮面を付けたカズマの方が前面に描かれている。その事実にクリスはちょっとした敗北感を覚えた。
「あ、あの……」
すると、今まで黙っていたゆんゆんが自分の手配書を手にしたまま声を上げた。その表情には戸惑いが感じられる。
まだ二十にも満たない少女でありながら、多額の懸賞金をかけられたのだ。怖くなるのも無理はない。
そうクリスは思っていたのだが、どうやらゆんゆんが着目したのは別の箇所だったようで。
「どうして私の絵だけ、他の二枚と描き方が違うんですか? なんというか、私のだけやたら力が入っているような……」
ゆんゆんは他の皆にも見えるよう、机上に手配書を置いてミツルギに尋ねる。
手配書には『白銀の魔術師』として、バージル達と同様にイラストが描かれていたが……そのイラストが、他の手配書と一線を画していた。
風になびいた銀髪に、黒い制服の上からでもハッキリ見えるスタイル抜群の女性。
仮面は外していない筈だったが、イラストでは何故か外した仮面を手に持ったポーズとなっており、顔も身体も、ゆんゆんとは似ても似つかない大人な女性が描かれていた。
更にはご丁寧に月夜をバックにした背景がつけられており、とある世界では『神絵師』として拝まれていそうなクオリティとなっていた。
「聞いた話だと、手配書を書いた男は女性の絵だけ異常に力を入れているそうで、気が付いたらここまで描き込んでいたと」
「そ、そうなんですね……」
「ちょっと待って。じゃあなんでアタシはこんな簡単に描かれてるの?」
『それはまぁ……そういうことだろうな』
「むしろ仮面の方に力が入ってるね」
「アタシ泣いていいかな?」
盗賊だけでなく女としてのプライドまで傷つけられ、クリスの心は砕け散りそうになった。
一方でゆんゆんは、少し引きつった顔で自分の手配書を再度確認する。ほぼ別人ではあったが、特徴の銀髪と赤目はしっかり描かれていた。
「これを見た人から、私だって気付かれちゃうかな?」
『顔とスタイルが全然違うから、案外バレないと俺は思うぞ』
「怪しまれても、この女性に憧れて銀髪にしてみましたーとか言えば大丈夫じゃない?」
友達からの助言でゆんゆんの心には少し余裕ができた様子。不安げであった表情から安堵の色が浮かび上がった。
「で、アタシはテキトーに描かれてて、カズマ君は仮面を付けてて、バージルは鎧の姿。これなら周りにバレる心配はなさそうだね」
「それに王都の調査団は、わざわざアクセルの街にまで調査の手を伸ばすことはしないでしょう」
ミツルギから補足の情報を聞いて、クリスはホッと胸を撫で下ろす。
「この話、カズマには?」
「いえ、彼にはまだ……というより、話しにくいといいますか」
「どうして? 彼には言いにくい事情でもあるのかい?」
「そういうわけではないんですが……個人的な理由であまり会いたくないというか」
「あー、そういうこと。ミツルギ君もカズマ君も同じ冒険者なんだから、仲良くすればいいのに」
クリスの言葉にミツルギは返す言葉が見当たらず、苦笑いを浮かべるのみ。かといって会えば例の三連敗を弄られるのは明白。
「じゃあカズマ君にはアタシ達から伝えておくよ。それでいいかな?」
「すみません……」
「話はそれで終わりか?」
「いえ、まだもうひとつありまして……今度は師匠だけに」
バージルが尋ねると、ミツルギは別件がまだ残っていると伝え、今度は別の紙を取り出した。彼は折りたたまれた紙を広げ、バージルに手渡す。
「王都のクレアさんからです。期限は問わない。だが必ず果たすように、とのことです」
ミツルギの言葉を聞き入れながら、クリス達はバージルが受け取った紙を覗き込む。
そして──彼女等は皆、一様にして酷く驚いた。
「わぁお」
「私達の懸賞金の合計よりも高い……」
紙の正体は、城の修繕費の請求書であった。金額は、かつてアルダープが請求してきたものより遥かに高い。これを受けて、流石のバージルも眉を潜めていた。
高難易度クエストを軽々こなせる力量を持っていながら、アクセルの街から拠点を移していない。そしてアクセルの街は駆け出し冒険者の街なので、高難易度クエストが貼られる機会はそうそうない。
個別に依頼を持ち込まれてはいるが、気が乗らないものはたとえ高額報酬でも断っている。更に受けた依頼では高確率で器物破損を起こしているので、報酬が差し引かれている。
そして最近、彼はお金ではなく物品で報酬を受け取っているケースが多い。先のメロンもそう。故に貯金も貯まらず、請求書の金額をすぐ支払うことはできなかった。
「もうひとつ、クレアさんから伝言です。王都には報酬の高い高難易度クエストが多い。気が変わればいつでも移住してもらって構わない、だそうです」
「……いちいち回りくどい連中だ」
クレアからの伝言を聞き、バージルはバカ高い請求書の真意を悟った。
相手はハナから支払いなど求めていない。バージルと何かしらの繋がりを持っておくことが目的なのだと。
バージルを王都に呼び出したい時、これを利用することも可能。返済期限が無いのもその為であろう。またクレアからの伝言の通り、金を稼ぐために王都へ移住させる狙いもある。
が、バージルは王都に移住するつもりなどない。となれば彼にできるのは、王都には行かず金を稼ぐことだけだ。
「しかし、元はと言えば僕が師匠に勝負を挑んだのが原因です。なので支払いには僕も協力します」
するとミツルギ自ら、修繕費の負担を申し出た。本人が言うならわざわざ断る意味もないとバージルは思ったが──。
「その必要はないよ。このお金はバージルに、キッチリ全額支払ってもらうから。クレアさんって人にそう伝えといて」
バージルの返答よりも先に、クリスが身を乗り出しながら言葉を返した。まさか彼女が口出ししてくるとは思っていなかったようで、ミツルギは困惑する。
「そもそもバージルの暴れ過ぎが問題なんだから、ミツルギ君は気にしなくていいよ」
「いや、僕も城の破損を気にせず戦ってしまったので──」
「とにかく、君はお金を払う必要ないから。バージルもそれでいいよね?」
ミツルギの言葉を遮りながら、クリスはバージルへ同意を求めてくる。声の圧からしてYES以外は求めていないようだ。
王城での潜入で好き勝手に動いた事を余程怒っているのであろう。そしてバージルもまた怒るクリスが苦手なのか、言い返そうとはしかなった。
「金は払う。だが貴様等の犬になったつもりはないと伝えておけ」
「は、はぁ……」
バージルは請求書を机に置き、ミツルギに伝言を伝える。クリスの圧に押されている彼の姿が珍しく、師匠でも勝てない人はいるんだなとミツルギは独り思った。
「話は終わったかい? ならゆんゆん、ボードゲームの続きをしようか。僕が十勝九敗だったよね」
「あっ、うん! 早速準備するね……ってまだ九勝九敗だよ! ちゃっかりズルしないで!」
「ここを貴様等の遊び場と許可した覚えはない」
「じゃあ仕事の依頼だ。内容はここで遊ばせてほしい。依頼主は僕とゆんゆんで」
「報酬として一千万エリス出せるのなら受けてやっても構わん」
「随分とお高いね。王都の一級ホテルに泊まったほうが安く済みそうだ」
食い下がるタナリス、断固拒否のバージル。そんな二人をゆんゆんはオロオロと交互に見ている。
これはどちらかが折れない限り終わらないだろう。そう思ったクリスが、少しくらいならいいのではと口を挟もうとした時、バージルは「それに」と付け加えて言葉を続けた。
「もうひとり、招かれざる客が来たようだ」
バージルはタナリスから目を離し、玄関扉を見た。つられて他の者達も扉に顔を向ける。
扉が開く様子はない。しかし耳を澄ますと、砂利を擦る足音が少しずつ大きくなっていることに気付く。そして、バージル以外で来訪者の正体に一番早く気付いた者が声を漏らした。
「このイヤーな感じは……」
彼の隣にいたクリスであった。正体を悟った彼女の表情に、これでもかと拒否反応が表れている。
やがて近づいてきた足音は止まり、一拍間を置いて玄関の扉が勢いよく開かれた。
「おやおや、しがない脇役が勢揃いではないか。ボードゲームで暇を潰すほどオファーが無いのであれば、我輩が見繕ってやってもよいぞ?」
開口一番に感情を逆撫でしながら来店したのは、白黒仮面がチャームポイントのお喋り悪魔、バニルであった。
このすば新作アニメおめでとうございます。
映画だとしたらやっぱり王都編でしょうか。