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ゲラゲラと男の汚い笑い声が耳に響く。少し先にある大学内の使われていない講義室から聞こえてくるこの声は聞き覚えがあった。いつもこの講義室の前を通る度に聴こえていた声だ。俺とは真反対の風貌で、所謂カースト上位の人間達がたむろしているこの講義室の前を通る度に聴こえていた声だった。まるで全ての中心に自分が立っているかのように、勘違いしている馬鹿どもが周りの迷惑を考えずにでっかい声で騒ぎ立てているのだ。
こっちはこんな汚い声よりも、可愛い女の子達の鈴の音のような笑い声が聴きたいんだよ。
ちっと心の中で舌打ちを何度もかましてやる。人よりも少し耳がいいから余計聴こえてしまうのが、さらに腹立たしい。あいつらがギャハギャハ馬鹿みたいに騒ぎ立てているのを聴きながら、俺はさっきまで悩んでいたことを思い出し憂鬱な気分になった。
お金がピンチだ。俺、我妻善逸は所謂苦学生である。大学生になると同時に家を出て一人暮らしを始めたが、思い描いていたキラキラのキャンパスライフではなく、バイトバイトバイトレポートバイトと迫り来る日々にぶっ倒れそうになっていた。なんてったってお金がない。いくらバイトをしていようが、家賃に光熱費にその他食費に、と全くお金が足りないのだ。
俺の家族は田舎でもも農家を営んでいるじいちゃんと兄貴の3人。兄貴は地元の大学に進学したから、じいちゃんと一緒に住んでいてそのままじいちゃんの跡を継ぐ予定。もも農家はわりと経営は回っているが、じいちゃんも歳のためここ最近は足腰がかなりきつそう。本来なら俺も地元に残りじいちゃんの手伝いをしながら大学に通っていた方が良いはずだ。それなのに東京にあるこの大学に行きたいという俺のわがままを、二人は快く俺を送り出してくれたのだ。孤児だった俺を引き取ってくれ、ここまで育ててくれたということだけでもとてつもなく感謝しているのに。
だからこそこれ以上じいちゃんに負担をかけたくない。そのため一切の仕送りを断り一人で頑張っていく、と決めていた。
しかし、思ったよりも大学生というのは多忙なのだ。
レポートやらなんだ提出物やらで目まぐるしい日々を送り、その合間を縫ってバイトを入れれるだけ入れまくってみたが…、財布の中身は空っぽだ…。
ちくしょおおおおおお!!!!!!!!なんでこんなにお金ないんだよおおおおおお!!!!!予定ではもうちょっと残っていたはずだったのに!!!!
自分のやりくりの下手さに地団駄を踏んでも仕方がない。このままいけば今月乗り越えることができる気がしない…。どうにかして、どうにかしてお金を稼がなくては…。
どうしたら良いのか必死で頭を働かせていながら歩いていると、あの馬鹿どものいる教室の真横についていた。相変わらず馬鹿どもは騒ぎ立てている。本当にうるさいなぁ。でも関わらない方が絶対良いから、早く通りすぎちゃおっと…。
そう思い急ぎ足で教室を通過しようとすると、いっそう騒がしくなった。
「おっしゃーー!!!宇髄の負けー!!!罰ゲームだな!!!」 「くっそが…!!!!!最悪じゃねぇか!!!」 「ぎゃははは!!!宇髄が言い出したんだろーが!!!!」
罰ゲームなんて本当に平和なことしてやがるな。俺も炭治郎達と一緒にゲームとかして大はしゃぎしたいなぁ。
そんなことを講義室の窓から騒いでいる奴らを横目にぼんやりと考える。
「じゃあ、今から一番初めに会ったやつに告白な!!!!」
完全に通り過ぎようとした足が、驚きのあまりピタリと止まる。
はぁぁぁ!?????罰ゲームで告白!?? 耳を疑うような内容に自分の聞き間違いかと思ったが、講義室の中からは「罰ゲームで告白とかうける〜」などの声が響き渡っている。
そんなくそみたいな内容に、女の子が大好きな俺は怒りが混み上がってくるのを感じた。
なにが平和だ!!!!!なんて奴らだ!!!!!罰ゲームで告白なんかして女の子を泣かせようとする不届き者じゃねぇか!!!!!!!
ぱっと周りを見渡すとちらほらと歩いている女の子が数名。中の声は聴こえている様子で怪訝そうに足早に去っていく。けれどもまた新しい何も聞いていなかった女の子達が数名歩いてきていた。
この子達が野蛮なくそバカ男共に笑いものにされてしまう!!!これは阻止せねば!!!! でもどうしたら…こんな輩に俺なんかが立ち向かえるはずない…言ったら何言われるかわかんないよ!!!!絶対そのままリンチでフルボッコだよぉぉおおおお!!!!もっと…もっと円満に終わる方法は…なにか…なにかないか…。
ああああああああ、炭治郎ならむん!!とかいってなんの迷いもなくこの講義室に入り、あの馬鹿どもを止めに行くだろうなぁ…。俺はそんな勇気ないし、弱いやつだからなぁ。
なにかほかにいい方法ないか…。
例えば女の子じゃなくて、男が1番に会うとか…。いや、でもさすがに何も知らない男がこんなやつらの笑い者にされるのはさすがに可愛そうだ…。
この馬鹿みたいな罰ゲームを知っていて、笑い者にされてもいいなんて男…いないかなぁ。
んんん、と首を捻らせていると、雷が鳴り響くかような感覚に陥り、ばびゅーんと閃いた。
あっ、俺が一番に会ったらいいじゃん。
俺が一番に出会ってしまえば、きっと男だからこの罰ゲームはなかったことにされるはず。もしも告白されたとしても、断ればいいだけの話だ。多分断ったからといって殴られたりはしないはず。ちょっと笑い話にされて、彼らの一時の暇つぶしのネタにされるだけだ。大丈夫。 そう思い心の中で何度も頷く。そんな俺を他所にさらに中から声が聞こえた。
「あー。んじゃ、あれも適応な。もしおっけー貰ってヤれたら一人一万な。」
あぁ!!!?? い、いちまん…!!!!!!???さらに最低な奴らだ!!!!!絶対女の子に会わせてはいけない!!!!!!!
俺の中で女の子を守るという使命感が燃え上がる。そんな俺を他所に中からはさらに驚きの内容が聞こえてきた。
「お前ら五人払えよ?全部で五万な。」 「すげぇ自信だな…!!!いいぜ!!」 「おもしれぇ!!俺ものった!!!」
俺も、俺もと続いて声が聞こえる。その声の数は先程男が言っていたように五つ。
ご、ご、ごまんえんんんんんんんんん!!!?なにそれ!!!羨ましすぎるだろ!!!俺が欲しいよ!!!!なんだよ!!そんなポンポン金って作れんのかよ!??ぶっざけんなよ!!!!
きいいいいっと、その場で地団駄を踏む俺を怪しげな目で周りは通り過ぎていく。 冷たい目線によりスンっと先ほどよりも冷静な気持ちを取り戻した。
五万か…。五万あれば何が出来るだろう。こんな風に明日からどう生きようとか考えなくて済むんだろうなぁ。羨ましいなぁ。その五万は今から告白してくるやつが貰うんだよな?告白して付き合えてそういう事が出来た代として。 冷静に考えてみても本当にクズだよなぁ。なんでこいつに五万も与えられるんだよ。おかしいだろうが。普通慰謝料としてお金払う側だよ。 ん?待てよ?告白をされて付き合わされた人間がもらっても良くない? 慰謝料だ、って言ってもらっても良くない??? って、いやいやいやいやいや…!!!!落ち着け!!俺!!!!さすがにお金がないからって!!!それはないでしょ!!!!
「よしっ。んじゃぁ、行ってくるわ!」
ひぇっ!!!!来てしまう!!!!とりあえず、今歩いてきたふりをして…!!!!ちゃんと断る!!!!!絶対断る!!!
そう決意し教室から距離を取りさも今歩いてきました。とすまし顔をする。
ガラリ、と音をたててドアが開かれ、長身のこれまた全世界が驚き悲鳴をあげるのではないかと言ったぐらいのイケメンが中からでてきた。 銀髪の肩まである髪はさらさらとしていて、筋肉質であるが長い手足はまるでモデルの様な体型。服自体はシンプルなのに、ガチャガチャとアクセサリーをつけまくっている。しかしそれはイケメンにプラスされ本来の働き以上の輝きを放っているように感じられた。 まぁ、色々と御託を並べてみたが。イケメンで派手。絶対モテるタイプ。めちゃくちゃ遊んでそう。つまり俺の嫌いなタイプだ!!!!!!
「あー、」 イケメン…多分名前は宇髄さん?その宇髄さんが突然の声にビクッと身体が揺れる。声までいいなんて、なんてこった。宇髄さんはやべぇって顔して頭をかいている。そりゃそうだ。罰ゲームで告白しなきゃいけないのに、出会ってしまったのは何の変哲もない男だったんだから。 あぁ、そうだった。イケメンに驚きすぎて忘れていたけど、今から俺告白されるんだった。 ちゃんと断らなくちゃ。お金ないけど。あ、今月一度風邪ひいてバイト休んじゃったから、給料少ないんだった。うわ、きっついなぁ。
「あのさ 」 今月もやばいけど、来月もやばいってことか。うわぁ、たまには特売で買ったカップラーメン以外の物も食べたいなぁ。
「お前、俺と 」 お金かぁ、お金さえあれば。
「付き合ってくんね?」 ご ま ん え ん
「はい。」
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「俺のばかぁぁぁあああああああ!!!!」
「どうしたんだ!??善逸!!!」 「うるせぇぞ!!!紋逸!!!」
「善逸だ!!ばか!!!!俺もばか!!!!」
本当に大馬鹿野郎だ!!!なんでおっけーしてしまったんだ!!!! 大学内にあるベンチで俺、炭治郎、伊之助、玄弥、カナヲの五人でご飯を食べているが先ほどのことを思い出して大後悔中。 お金に目が眩んだんだ…。もしかしたら来月ちょっと楽できるかもって。 あんな完全に住む世界が違う人間と、俺なんて釣り合うはずもないし。あのイケメン─宇髄さんも俺がおっけーしたとき、薄ら笑い浮かべてたしね!!! なに騙されてんの?って顔だったよ!!あれは!!!馬鹿にしてる顔だ!!!
『まぁ、じゃあよろしく頼むな。』 そう言って流れるように連絡先を交換してその場を去っていく宇髄さん。教室からは残された男達の「え?まじで?」と戸惑いの声が聴こえていたが、その場から去ることが中々できなかった。 ようやく足を動かせるようになり、お昼ご飯を持っていつものメンバーの元へとたどり着いたのだ。
しかし、このことをここにいるメンバーに伝えると…とんでもないお叱り言葉が沢山降ってくるだろう。言葉だけならまだいい…。炭治郎特製の頭突きを御見舞されてしまうかもしれない。
「本当に大丈夫なのか?」 「だ、大丈夫だよぉ〜」
心配してくれている炭治郎には申し訳ないが、とてもじゃないけど言えない。こんなことは。だからきっとバレているけど嘘をつく。本当にごめん。
「ところでさ、善逸。あの宇髄天元と付き合ったって本当なのか?」
「げんやぁぁぁあああ?????!!!」
なんで知ってるんだよ!????ていうか知ってるならもっと早く言ってよ!??? すごく気まずそうに聞いてきてるけど、言うタイミングおかしいから。そんなに気を使ってくれるならもう少し考えて言ってよね!!!!!
「宇髄天元?」 「炭治郎知らないの?結構有名な人よ?」
炭治郎はわからないのか小首を傾げ、伊之助は我関係なしと言わんばかりにバクバクとご飯を食べまくっている。 けど、カナヲも知っているんだ。あれ、ていうか玄弥が言ってたけどあの?ってなに?というか有名??? 全くわからなくて炭治郎同様に首を傾げる。そんな俺にさらに気まずそうに玄弥は口を開いた。
「兄貴から聞いたんだけどさ…。宇髄は女遊びがひでぇって、出来るだけ関わんじゃねぇぞってさ…。」 「私もしのぶ姉さんに言われた。宇髄さんに話しかけられたらすぐいいなさいって…」
玄弥の兄で宇髄さんと同級生で俺より2つ上の不死川実弥さんを思い出す。あのブラコンを通り越した玄弥のセコムは心配性すぎるから置いといて、カナヲの姉の胡蝶しのぶさんまで言うってことは相当な人間なんだろう。まぁ、確かに見た目からして俺は遊んでます!!!って感じだからそこまで驚かなかったし、罰ゲームで告白してくるような奴だもんなぁ。
「善逸…。大丈夫なのか?」
炭治郎がすごく心配そうな声色で聞いてくれる。本当に優しいやつだよ。他のみんなも言葉にはしないがすごく心配してくれているのがわかる。そんなみんなに自分が馬鹿すぎて本当のことなんて言えないよ…。
「うん、ありがとー。大丈夫だよ。」
「…なんかあったら言ってくれよ。」
嘘ってバレてるんだろうなぁ。 その言葉に頷いて、そのあとはみんなでわいわいしながらご飯を食べた。みんなでいると楽しいから好きだ。そんなことを考えホワホワしていると、ピロンと音をたてメッセージが入った。なんだろう。普段ここのメンバー以外あまり連絡を取らないから、不思議に思って見てみると送信者は【宇髄天元】。
「ぎぃやああああああああ!!!!」 「善逸!??」
【今日、一緒に帰ろうぜ】
「うぎゃあああああああああ!!!!!!!」 「善逸!!!?????」
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なんで…。なんで!!??? 罰ゲームで告白してきたんだから、絶対放ったらかしと思ってたんだけど??!それなのになんで早速一緒に帰ろう、なんて言ってきてるの?なんで?どうして??? 頭の中がぐちゃぐちゃになり、午後からの講義なんて右から左へ通り過ぎるどころか、右耳にも入らず頭上を通り過ぎてるよ。
午後からの農作物についての講義も、前に立って講義を行っている教授のこともそっちのけで、俺はずっと今後のことについてどうしたものかと考える。もんもんと考えそうしてようやく俺はとんでもないことを思い出したのだ。
そういえば、一人一万って言う前。あいつなんて言ってた?
【もしおっけー貰ってヤれたら一人一万な】
「おぎゃあああああああああああ!!!!」 「おーい、我妻。今はお前が産まれる時じゃなくて、農作物が元気に育っていく方法を勉強中だそー。」
やばい!!!!一番大事な部分をスルーしちゃってたよ、俺!!!!!ヤれたらって、そういうことを…だよね…?そのえっちなことを…?
「あぎゃあああああああああああ!!!!」 「おーし、我妻。これ以上叫ぶと単位やらねーぞ。」
やばくない?本気でやばくない?? いやいやいや、さすがの宇髄天元でも男相手にそんなことをしようなんて考えないよ。だってほら、女の子大好き!!っていうぐらいじゃん?大丈夫、大丈夫…。多分きっと俺をからかって遊ぼうって思ってるだけだよ。うん。 …あれ、てことはヤれなかったらお金貰えないの??そもそも男同士って、どうやるの?
さすがに講義中に検索するのはまずいと思い、講義終了後に何故か笑顔で怒っている教授に平謝りをして、トイレの個室に駆け込んだ。周りからはなんか奇妙なものをみるような視線を浴びてしまったが、そんなこと気にしている余裕はない。なんてったって、もうすぐ宇髄さんとの約束の時間が迫っているのだから。 急いで検索をして、男同士の方法を知り驚愕した。 えっ、お尻??????お尻にいれちゃうの???????
「いやだあああああああああああ!!!!」
むりむりむりむり!!!!!絶対入らないから!!!!だってどう考えても入らないよ??爆発するよ?決壊するって!!!!! やばい、やばい。とんでもないことをしてしまったよ…。なんであの時お金に目が眩んだとはいえおっけーしちゃったんだよ!!ばか!!俺のばか!!!!!!
トイレの個室で頭を抱えていると、携帯がポロンと音をたてた。その音は可愛らしいはずなのに、今の俺には地獄の鬼の足音に聴こえてひぇっと小さく悲鳴をあげた。 恐る恐るメッセージの内容を確認してみると、そこには今一番見たくない人の名前。
【門のとこで待ってる。】
あぁ、今から俺どんな顔して行けばいいの?
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「あっ、あのぉ…。」
やっぱりくそ腹立つほどの整った顔で、門にもたれかかっている姿をこそこそきゃっきゃっ言いながらみんな遠目で見ている。めちゃくちゃ声掛けんの嫌だったけど。本当に嫌だったけど。ここでその姿をぼーっと見てるのも、あんまり遅くに行くと何されるかわからないから意を決して声をかけた。声をかけるとぱっとこちらをみて、今まで無表情だったのに嬉しそうに笑って「善逸。」と甘い声で名前を呼ばれた。 え?なに?なんでそんな嬉しそうなの??
「んじゃ、行くか」 「あ、はい…」
そういって歩き出した宇髄さんは、さらっと車道側を歩く。 はっはぁーん。わかったぞ。そうやって特別感を与えさせて俺を手玉に取るつもりだろう。そうは行かないからな。 宇髄さんの元へ行くまでに考え出した作戦。とりあえず今日は逃げる。 それって作戦?っていうツッコミは聞かない。色々考えたけどこれしか出なかったんだから仕方がない。今日はバイトだから、 この後どこか寄ろうとしてもそれを言い訳に帰ってやればいい。最寄り駅まで10分ほど。その時間だけ耐えれば後は逃げるが勝ち、だ。
「なぁ。」 「うひゃ!!!!」
そんなことを考えていると突然宇髄さんに呼ばれて、驚き身体が跳ねて変な声を出してしまった。ぽかんと俺を見ていた宇髄さんは、ぷるぷると震えだし次第に大きな笑い声をあげた。
「なんて声出してんだよっ…ふはは…」 「…っ!!!急に声かけられたら誰でもびっくりしますよ!!!!!」
しかもあんたからだと余計な!!!!! 余程面白かったのかして宇髄さんは目元に涙をためながらひーひー笑っている。
「よくそんなに笑えますね。」 「ははっ…そりゃあ…お前、うひゃって…ふはっ…」
イケメンは爆笑してもイケメンのままなんだなぁ。とか思いながら、眺めていると先程まで身構えていた自分が馬鹿らしく感じた。
…いやいや、ダメだ。俺はちょろい所かあるってよく言われるから、気をつけないと。 こんなことで気を許してはいけないぞ。うん。 それにしても笑いすぎだ。びっくりしたんだから仕方がないじゃないか。
「ははっ、わりぃわりぃ。むくれんなって。」 「…むくれてなんてないです。」
「おら、これやるから。」
そういって渡されたのはスーパーとかでみかける一口サイズのチョコレート。こんな物で許すほど俺は甘くないぞ。
「いらねーの?」 「…いらないとは言ってません。もらっときます。」
…お菓子に罪はないからな。うん。ポケットにそっとチョコを入れ「…ありがとうございます。」と小さくお礼を言うと、宇髄さんはまた嬉しそうに笑った。…なんか調子狂うなぁ。お金のためにもっとガツガツくるのかと思ってたのに。
そんなことを思いながら漸く笑いが収まったのか宇髄さんは歩き始めた。その隣に並びながら一緒に俺も一緒に歩き始める。
足の長さが全然違うのに、宇髄さんの隣に並べるのはきっと宇髄さんがゆっくり俺に合わせて歩いてくれているからなのだろう。
「お前、電車で帰んの?」 「…この辺、家賃高いから。もうちょっと家賃の安いとこで住んでます。」
「ふーん、じゃあ二駅先ぐらいか?」
宇髄さんは少し考え、俺の住んでいる最寄り駅の名前を口にした。
よくわかったな。この情報だけでよくわかったな。まぁ、でも大学付近はわりと交通網が良くギリギリ家賃が高い。そのため二駅ほど離れるとまだ家賃がお手軽になるのだ。できるだけ出費を避けるためにも家賃の安い二駅先から大学まで通っている。ちなみにバイトは大学の最寄り駅の近くのコンビニ。ここなら大学終わってすぐ来れるし、通勤費で通学代を賄えるという、ちょっとズルい考えで選んだ。
「バイトは?してんだろ?」 「駅近のコンビニです。」
「あー、あそこか。たまに行くな。」
絶対に会いたくないな。なので出来るだけ来て欲しくないけど、駅近だから利用するよなぁ。
ちらっと隣で歩いている宇髄さんを横目で見ると、目が合った。おいおい、この人俺の事見てたのかよ。慌てて目を逸らしたが、なんだかとてつもなく気まずい。 気まずさに押しつぶされそうになったが、とてもいいタイミングで駅までついた。恐らくこの後なにか誘われるに違いない。だって、この人だってこんな罰ゲーム早く終わらせたいはずだ!!!!だから誘われたら俺は今日バイトだから、と言って走って帰る!!!!今後のことはバイト終わってから考えればいいよね!!!!うん!!!!
「じゃあ…。」 きた!!!!!!俺は今日バイトなので!!俺は今日バイトなので!!!!!!!
「帰り気つけろよ。また明日な。」 「へっ?」
そう言って宇髄さんは今来た道をスタスタと帰って行った。なに?なに?これでお終い?え?あれ???? 呆然と宇髄さんの後ろ姿を見ながら、数分の間立ち尽くしていた。…というか、あの人家あっちなの?
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宇髄さんは何を考えているのだろうか。
一日目はきっと警戒心を解くために何もせずに帰ったんだと思った。けどその後も一緒に帰るだけの日々が続いた。宇髄さんの家は反対方向だから(次の日に聞いてみた)わざわざ駅まで来なくてもいい、と言ったけど「俺がお前と一緒に帰りたいんだよ。」と言われて、はいはいはい。女の子だとドキドキしちゃうね〜。って心の中で毒づいてみる。毒づいたのバレて頭叩かれた。
さすがに二週間ずっとそんな感じだったから、もしかしてやっぱり男なんて抱けるかってことで罰ゲーム棄権してるんじゃない?と感じ始めて、じゃあそろそろフラれるのかな、と思ったが1ヶ月経ってもフラれない。
そのくらいからただ帰るだけではなく「メシ食っていこうぜ」と言われて、バイト前とかにご飯を食べに行くようになった。お金ないからきついな、と思っていたが、今まで食べた物すべて宇髄さんが出してくれている。さすがにこれは申し訳ない、と思って断ったが、じゃあ代わりにお昼ご飯を作ってきてほしい、と言われ毎日ではないがお弁当を作り、お昼に一緒に食べるようになった。
あれ、これなんか付き合ってるみたいじゃない?と疑問に思ってきた2ヶ月目。たまたまバイトが休みの休日に宇髄さんに映画に誘われた。俺が観たいと思っていた映画で、最近は宇髄さんの傍に居るのが何だか心地よいから二つ返事で了承した。 映画はめちゃくちゃ面白くて、終わった後もカフェに入って話をしたり、近くの雑貨屋に入ったりゲーセン行ったりで楽しんでいた。
途中でもしかしてホテル誘われたりするんじゃない?と思っていたが、晩御飯が終われば最寄り駅まで送ってくれて別れた。
あれ?罰ゲームってこんなに長期戦で頑張るものだったっけ??普通もっと短期間でやるもんじゃないの?というか、俺に出してくれてるお金を考えると罰ゲームで貰うお金消えてるくない??宇髄さん大丈夫かな?そこまで考えてるのかな…。
「うううううん。考えてなさそう…。」 「何がだよ?」
宇髄さんは俺の作った玉子焼きをひょいと口に運び、もしょもしょと食べている。 今日はお弁当の日で、大学内にあるベンチで二人並んで食べている。人通りは多くないため、わりと穴場。大学内の入り込んだとこにあるため、あまり知られていない場所である。よくこんなところ見つけたな、と見つけた宇髄さんに感心。 玉子焼きを頬張っている宇髄さんの口元をタオルで拭いてあげる。
「おいしい?」 「うめぇ。味ちょっと変えたか?」
「よくわかったね。」 「善逸の作るもんは全部覚えてっからな。」
そう言った宇髄さんにジュクジュクと胸の奥の方で何かが疼く。それに気付かないふりをして俺も玉子焼きを頬張った。甘みがじんわりと口の中いっぱいに広がる。うん、おいしい。宇髄さんはわりと甘口が好きみたいだから甘めの玉子焼きにして正解だったなぁ。この人ド派手に辛いもんだ!!!とか言ってきそうなのに。
「善逸。」 「ん?」
「ついてる。」
そういって宇髄さんはぺろりと俺の頬についていた玉子焼きを舐めとった。初めは食われる!!!!!っと思って、大絶叫しかけたが宇髄さんはしれっとしてるし、あれ?これ普通なの?とか思い初めて今となってはなれたものだ。
「ありがとうございます。」 「おう。」
俺は食べ方が汚いのかよく頬に食べ物が着くみたいで、しょっちゅうこうして宇髄さんに取ってもらっている。 口で言ってくれたら自分で取るのになぁ。なれたとは言ったものの、イケメンにあんなに近くに来られたらやっぱりドキドキしてしまい心臓に悪い。 ちらっと宇髄さんを見るが、やっぱり何も感じていないのか食べることを再開している。
宇髄さんはいつになったらこの遊びを辞めるのだろうか。もういい加減周りも飽きてきたはずだ。もう辞めたらいいのに。チクチクと痛む心臓をぐっと堪える。気付かないふりをしろ。気付かないふりをしないと、きっと辛いだけだ。そう思い食べるのを再開する。
そんな俺を宇髄さんが見ていたとは気づきもしなかった。
「なぁ、善逸。今日バイト休みか?」
食べ終わって次の講義のためベンチを立ち上がると同時に宇髄さんが聞いてきた。 今日?今日はバイト休み。この人いつもタイミングいいんだよなぁ。最近宇髄さんと居ると落ち着くけど、辛くなるからあまり長い時間一緒に居たくないんだよなぁ。でもこの人に嘘ついたらすぐバレそうだしな。バレた後なんかこわいしなぁ。
「善逸」
名前を呼ばれて宇髄さんを見るといつにも増して真剣そうな眼差しで俺を見つめる。その目にドキッと胸が鳴った。
「話があるんだ。少しでいい。時間取れないか。」
あぁ、とうとうか。 俺はとうとうフラれるのだ。
喋ってしまえばべつの何かが溢れてしまいそうで、俺は何も言わずに頷いた。こわくて宇髄さんの方を見ることは出来ずに、下を俯くと自分の手が震えていることに気づいて嫌になる。分かっていたのに、これが罰ゲームって。宇髄さんは俺の事好きじゃないって。いつか絶対終わりが来るってわかっていたのに。
こんなにもこの人に恋をしてしまった。
とてつもないバカは俺の方じゃないか。
「ありがとな。じゃあ、迎えに行くから適当な場所で待ってろ。」
宇髄さんは少しほっとしたような表情で、俺の頭をゆっくりと撫でた。その手つきは俺の髪の一本一本に触れるのではないかと思うほどで、愛されているのではないのかと勘違いしてしまうほどに優しかった。
宇髄さんのそんな行動にドキドキしながら、けれどもこれは偽物なのだと自分に言い聞かせぎゅっと胸が苦しくなる。
「少しだけ用を済ませて行くから、暖かいとこで待ってな?」
そういう所なんだよ。そういうちょっとした気遣いがズルい。
黙って頷くと宇髄さんは俺の頭を再度くしゃりと触って「じゃあ、またあとでな?」といって去っていった。 その後ろ姿をみて胸の奥底からなにかが湧き上がってくる。
つらいよ、宇髄さん。あんたにフラれるのがとてつもなく苦しいよ。 あんなにあんたのこと嫌って馬鹿にしてたのに。あの日聞いたあんたの笑い声が蘇ってくる。罰ゲームだったんだよ、って嘲笑ってフラれるのかな。それとも少しは俺に情でも湧いて優しくフってくれるのかなぁ…。
でもどうせならこっぴどくフってくれた方がいいのかもしれない。
騙されてんの、って馬鹿にして笑いものにしてくれたら、あんたのこと引きずらないのかもな。
けれども、今まで俺が一緒にいた宇髄さんは、俺が恋した宇髄さんは絶対にそんなことしない。俺が今まで一緒にいた宇髄さんは偽物だっただなんて思いたくない。優しくて少し意地悪で、でも俺の事を1番に考えてくれる人。
宇髄さんの笑顔を思い出して胸がぎゅっと苦しくなる。
あぁ、これが恋なのか。こんなにも辛くて苦しいこんな感情を、俺は今までにしたことがない。こんな苦しくなる思いなら、知らなかった方がよかったよ。
自然とこぼれ落ちたため息は、誰にも届かずに寒空の下消えていった。こんな風に俺の思いも消えてくれれば良いのに、と少し感傷に浸りその場を後にした。
嫌だと思っていても誰にも時間は止めることは出来ない。 昼からの講義はあっという間に終わり、宇髄さんとの約束の時間が迫っていた。どんなことを言われても、せめて惨めったらしいことはしたくない。泣いて縋るのは俺の十八番だけど。なんでかわからないけれど、そんな姿を宇髄さんには見せたくなかった。
行きたくない気持ちは強いけれど仕方がない。とりあえず、宇髄さんを待つために食堂へと向かう。
食堂を選んだのは、だいたいみんな時間つぶしに使ってるから。食堂が一番暖かいし、周りを気にせずに待てるから。出来ればお金使いたくないからベンチとかでも良かったんだけど、あんな風に言われちゃったら従うしかない。それに最近宇随さんがご飯連れて行ってくれてるから、前ほど厳しい生活ではない。一番安い珈琲でも買ってぼんやり宇髄さんを待つことにしよう。
そう思っているとあの講義室の前についた。そうだ、食堂にいくにはこの講義室の前を通らなくちゃいけないんだった。ここを通るとあのことを思い出して、現実を突きつけられているような感覚でもやもやとする。早く通り過ぎてしまおう、と足早に通り過ぎようとした時、あの時と同様に中から声が聞こえた。
「んだよー。宇髄まだあの罰ゲームやってんの?」 「もう終わらせちまえよなー。男相手にヤレねぇって。」
身体が足の先から冷たくなっていくのがわかる。この声はあの日宇髄さんと共に笑っていた声たち。心の底からここにいないで欲しいと思った。俺との約束を伸ばして、ここにいて欲しくないと。けれど世界は残酷で、そんな俺の願いをいとも容易く崩していった。
「あー、そのことなんだけどよ。」
ここ最近ずっと隣で聞いていた声。段々と愛おしくて堪らなくなってきたその声が、居ないでくれと願ったその場所から聞こえてしまった。
まって。嫌だ。こんなところで、聞きたくない。宇髄さんが俺をからかっていたのは、初めからをかっている。もう一緒に居れなくなることも。でもこんなところで、何も知らない人達と俺を笑い者にしているところを聞きたくない。宇髄さんを嫌いになりたくないから。そう思っても体は動かず、立ち去ることも耳を塞ぐことも出来ない。
「えー?なんだよ。って、まさかヤっちゃった!??」 「まじかよ!!!!宇髄!!!!」
「あ、いや…。そうじゃなくてよ。」
「んだよー。じゃあなんだ?」
宇髄さんの返答に戸惑いが含まれていた。宇髄さんが困ってる…?いつも自信満々に言葉を発する宇髄さんが、こんなに言葉を濁している。どうして?そこまで考えて、一つの可能性を思いついた。
もしかして、俺に少しでも申し訳ないと思ってくれてる?
そう感じた瞬間ぎゅっと胸が苦しくなったと同時に、身体の力が抜けた。よかった。少なくとも俺と一緒にいた宇髄さんは、偽物なんかじゃなかったんだ。
宇髄さんが困っている。
確かに罰ゲームなんかで告ってきた宇髄さんは、最低だ。
でも俺も罰ゲームだと知っていて、お金欲しさに宇髄さんの言葉に頷いてしまった。宇髄さんだけが悪い訳では無い。それにこれ以上困っている宇髄さんを見たくなかった。
そう考えると今まで動かなかったはずの身体はすんなりと動いてくれた。そうして講義室の扉を開けた。
開けた瞬間集まる視線。全員が驚いた顔をしていていたが、特に驚いた顔をしていたのは宇髄さんだった。突然現れただけでも驚くはずなのに、その相手が今の今まで笑い話にしていた相手だったのだからそりゃ驚くよな。そうして驚き気まずそうにしている彼らは俺から視線を外す。その中でもただ一人呆然と俺を見つめている人の前まで、ゆっくりと近づく。そうして宇髄さんの目の前まで歩みより、今までで一番いい笑顔を見せてやった。これは俺の意地で、見栄で、そうしてあんたに安心してほしかったから。
「ばーか。知ってたよ。残念だったね。5万円。」
「ぜっ…」
「ばいばい。宇髄さん。」
それだけ言うと全速力でその場を走り去った。後ろから「善逸!!!!!!」と呼ぶ声が聞こえたが知ったこっちゃない。走れ。とりあえず走れ。涙がボロボロとこぼれ落ちてくるが、拭うこともせず走り続けた。すれ違った人全員がギョッとした顔をしていたがかまわない。どこか遠くへ。兎に角どこか遠くへ行きたかった。目的地もわからずただ走り続け、ゆっくりと止まったその場所はいつも宇髄さんとお昼ご飯を食べる場所だった。
こんなときでもあの人を求めるなんて、どこまで俺は馬鹿なんだ。
「ぅっ…ううう…」
ボロボロボロボロ。涙は止まることをしらない。流れては地面に染み込み。また流れる。いつか止むのだろうか。この涙は。
好きになるわけがないと思っていた。罰ゲームだって初めからわかっていたのだから。それなのに、あの人の笑った顔も優しい声も、いじわるな言葉達も全てが俺を惑わせた。心臓がぐちゃぐちゃになるのではないかと思うほど痛い。それぐらい好きになってしまった。馬鹿な俺。きっと今頃、笑っている。それでいい。それがいい。
「っ善逸!!!!!!!!」 「ぎゃぁぁぁぁああああ!!!!!!」
後ろから強い力で引き寄せられたと思ったその瞬間。目の前には好きで好きでたまらない人。けれどいつもと違って髪の毛は乱れている。いつもの余裕綽々の表情と違って焦っている顔に、肩で息をするぐらい呼吸が乱れている。まるで必死になって俺を追いかけてきたみたい。
なんで?なんで追いかけてきたの。腹が立ったの?俺を馬鹿にしやがってって。まさか殴りに来たとか?
「う…うずいさ…」 「っごめん!!!!!!」
俺の言葉が最後まで言い切る前に、宇髄さんの言葉によって遮られた。驚いて口をあけてぽかんとしている俺を他所に、宇髄さんは余裕のない様子で俺に詰め寄る。宇髄さんは未だに俺の肩を掴んでいるため、後ろに下がることも逃げることも出来ないまま宇髄さんの言葉を俺は聞くしかなかった。
「罰ゲーム、で…お前に告った…。ごめん…!!傷つけて本当に悪かった!!!」
「あっ、あの…おれ…」
「罰ゲームで告るなんて、本当に馬鹿げてたと思ってる…。周りに乗せられて、調子乗った…。」
「あ、うん…あの…」
「でも、お前と一緒にいるとすげぇ楽しくてっ…罰ゲームなんかでお前と一緒にいるなんてよくねぇって…本当のこと早くいわねぇとって…でも本当のこと言ったらお前と一緒にいれねぇかもって思うと…俺…お前と一緒にいたくて言えなかった…わるい…!!!!!」
宇髄さんは堰を切ったように話だし止まらない。俺がなにか言う前に宇髄さんは言葉を重ねて、俺はなにも言うことができずに居る。
必死に謝罪の言葉を繋げて俺に送ってくれる宇髄さんに胸がチクチクと罪悪感で痛む。俺だって罰ゲームってわかってOKしたんだからそんなに謝らないでほしい。
それで俺なんかのことは忘れて、宇髄さんにはちゃんと幸せになってほしい。
綺麗な顔を歪ませて焦燥感を滲ませている宇髄さんに俺は圧倒されながらも口を開く。
「いや…でも…俺も…」 「本当にごめん!!!!あいつらにもう関わらねぇように言うから!!!!!」
「あ、それは…お願いします…。あの…でもほんとに宇髄さん気にしな… 「ほんとにごめん!!!!!!!俺なんかもう関わらねぇほうがいいのはわかってる!!!!」
「あの…。だから宇髄さん…」 「でも俺、善逸のこと本気で好きなんだ!!!」
衝撃発言。俺の思考回路は一旦停止する。 なになに?どういうこと?え?
宇髄さんが、俺を本気で好きになった?
「えっ、また罰ゲーム?」
言ってからしまったと思った。宇髄さんの顔が一瞬暗くなり絶望という言葉が似合う表情になったから。
そうしてまた綺麗な顔をぐしゃりと歪ませて、俺の腕をさらに強く握りしめた。
「そう…言われても、仕方がねぇことしたってわかってる…信じてもらえねぇのもわかってる…」
「あっ、あの…。宇髄さん。ごめ…」
「お前に信用してもらえるなら何でもやる…。お前がやれっていうなら毎朝門の前でお前のこと好きだって叫ぶ。」
「それはやめて。」
「顔も見たくないって…言うなら…、辛いけど会わずにメールと電話で我慢する。信用してもらえるように5分おきにでもお前のこと好きだって言い続ける。」 「それもやめて。」
「罰ゲームなんかじゃねぇ。おれは、おれは本気で善逸のことが好きなんだっ…!!」
「頼むっ…!!!善逸!!!!俺を捨てないでくれ…!!!!!」
宇髄さんの声は涙で湿っていた。あの宇髄さんがこんな声出すなんて。本気でされたら恥ずかしくて一生外歩けなくなることや、耳と目を塞ぎたくなる案を出されたのは置いといて。こんな声でそんなに泣きそうな顔で俺に縋り付くような視線を送られてしまったら。俺のこと好きなんて信じられないけどもしかしてと思ってしまう。
ねぇ、宇髄さん。信じてもいいの?罰ゲームだなんてもう思わなくてもいいの?
宇髄さん、あんた本当に俺の事…
「好きなの…?本当に?」 「っ…!あぁ!!!!善逸が好きだ!!!」
宇髄さんは先程とは打って変わって嬉しそうな表情を俺に見せた。その表情から先程言ったことは本当に本当だったのだと痛感する。
握りしめられている肩から宇髄さんの熱が伝わる。
そんな、まさか宇髄さんが俺の事好きになってくれただなんて。 まだにわかに現実を受け入れられないが、嬉しさが混み上がってくる。
今まで言うことの出来なかった、きっとこの先言えないだろうと思っていた言葉が、俺の口からすんなりとこぼれ落ちてくる。
「俺も、宇髄さんのこと…すき…だよ…。」
「っ善逸!!!!!!!」
勢いよく抱きしめられたせいで、宇髄さんの硬い胸板に鼻をぶつける。いつもなら痛いと大騒ぎするけど、今はそれすら愛おしく初めて宇髄さんの背に腕を回す。その瞬間宇髄さんの身体が少し揺れ抱きしめられる力がさらにギュッと強くなった。
「好きだよ、善逸。大好きだ。ずっと一緒にいような。」
「うん。俺も、大好きだよ。」
そう言うと宇髄さんがゆっくり顔を近づけて、俺達は初めてのキスを交わした。
夢みたいな展開で、まだ現実味が全然ないけれど。俺、今すごく幸せだ。
これが恋なのか?いや、違う。きっとこんなにも幸せで嬉しくて暖かい気持ちになれるこの感情は、きっと────────。
宇髄さんの腕の中で、俺は幸せな気持ちで微笑んだ。
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大学内にあるお洒落なカフェテリア。店内から中庭が最もよく見える窓際の席に宇髄は一人座っていた。手元には冷めきった珈琲に、随分と先に提出予定のレポートが置かれている。それをちらりとも見る素振りは一切なく、ただただ中庭を眺めていた。 その様子は傍から見ると、美しい絵画のように感じさせられる。
そんな宇髄の元に近寄る足音が一つ。
「よぉ。」
「あぁ、久しぶりだな───不死川。」
不死川実弥。宇髄とは同い年で、行動をよく共にする仲間の一人である。ヤクザ顔負けの見た目のため、周りからは恐れられているが宇髄とは軽い言葉を交わす仲であった。
そんな実弥は宇髄の隣に座り、共に窓の外を眺める。
「上手くいったようだな。」
実弥は何とは言わなかったが、宇髄には伝わったのか口角がにやりと上がる。善逸の前では決して見せることの無い暗い笑みを見せた。
「お前、弟に余計なこと言ったろ。そのせいであいつ派手に警戒しやがって、最初はどうなるかと思ったぜ。」
「玄弥は優しくていい子だからなァ。友達が変な男に引っかかったってわかったら、気にしちまうだろうが。」
大事な弟のことを考え言葉にした時に、実弥の声は少し甘い声になる。そうして目の奥にドロリと黒いなにかを淀ませる。しかしその表情を玄弥は知らない。この先も知ることはないだろう。気づかれないように、警戒されないように玄弥の前では良い兄を装い、けれども逃げられないよう檻を作って玄弥を閉じ込めている。宇髄はそんな実弥と同族であるため、他の者には言えないことをよく相談している。
今回もそうであった。
「変な男ってのは、失礼じゃねぇのか?」
「変な男だろうが。幼気な少年を騙しやがって。」
「騙すなんて人聞きのわりぃ。」
「あァ?騙してんじゃねぇか。何が罰ゲームで告白だよ。」
その言葉を聞いた瞬間宇髄は込み上がる笑いを抑えこむ。ドアを開けた瞬間の善逸の顔と言うと何とも形容し難い表情で、自分の中の欲望に必死で抗おうとしていた。
まぁ、結局欲望に負けて頷いちったんだけどな。そのおかげでまんまと入念に仕掛けた罠にかかってくれたんだが。
「騙してねぇさ。罰ゲームは罰ゲームでも、嘘とは俺は言ってねぇよ?」
そうだ、騙してなんかはいない。
善逸が宇髄のことを認識するずっと前から、宇髄は善逸のことを見ていた。派手な宇髄達を怪訝そうに避けるその姿を初めはなんだあいつと感じたことがきっかけだった。自分は派手な髪色をしているくせに、派手な人間を嫌うなんて変なやつだとこんなにも興味を惹かれる存在は、男も女も来る者拒まず、去るもの追わずを貫いていた宇髄にとって善逸が初めてだった。
たまたま中庭を通った際に善逸が玄弥達と食事を摂っているのをみたことがあった。宇髄には決して聞かせない幸せそうな声を鳴らしてケタケタ笑うその姿を見た時に、宇髄の奥底にある真っ黒なものが音を立てて起き上がった。自分にもあの笑顔を向けて欲しい。自分だけに笑いかけて欲しい。出来れば誰にも見せたくない。いや、絶対に他のやつには見せたくない。
そうしてその時に気がついた。
そうか、これが恋なのか。俺はあの金髪の少年に恋をしたのだ。と初めての感情に宇髄は歓喜で全身が震えるのを感じ取った。
その際に横にいた実弥に善逸について探りを入れることを頼んだ。それはもう凄まじく頼み込んだ。実弥は少し引いていた。けれど同じ穴のムジナ、実弥は玄弥に群がる害虫駆除を宇髄が引き受ける代わりに、玄弥から善逸について出来るだけ詳しく情報を得ることに了承した。
実弥の情報は有力なものばかりであった。
名前、年齢、学部、実家、生い立ち。交友関係にバイト先、今住んでいる場所。
そして────善逸が金に困っていること。
そこまで情報を得ることが出来たら後は簡単であった。あの時間帯にあの講義室の前を通ることは事前に把握していたし、適当にノリの良さそうな馬鹿どもを集めて、罰ゲームを嗾けるのも容易であった。あとはタイミングを計り、ゲームに負けてわざと罰ゲームの内容を外に聞こえるように話すだけ。
女の子が大好きだと高らかと宣言するぐらいなのだから、善逸はきっとこの罰ゲームを放っておかない。けれどきっと断るであろうから、一番金のない時期に美味しい話をぶら下げる。
そうして後は食いつくのを待つだけだ。
しかし、まさかここまで上手くいくとは。この作戦を考えた宇髄も善逸が頷いた瞬間つい笑みを隠せなかった。
一番肝心なのは初めだ。ここで善逸が欲望に打ち勝ってNOといえば、宇髄との関係もそこまでだった。まぁ、もしそうなったとしたならば、また新たな作戦を考えていたのだが。
しかしその難関を突破できたのであれば、あとは焦らず長期戦でやればいい。
元々宇髄への好感度はマイナスに近いのだから、上げていくのは簡単だ。初めの印象より優しくて楽しくて誠実であれば良いのだ。
今までの宇髄では考えられらないような振る舞いであったのにも関わらず、驚いたことにそれは自然と出来た。これが恋というものなのか、と宇髄はやけにしっくりときた。
けれども手を出さないことはかなりキツかった。 今すぐにでもかっさらって、白くて滑らかなその肌を暴いてやりたい。そう何度も願わずにはいられなかった。しかしその度にその欲望を押し堪え、何にもないかのように笑い後で己の右手と密かに集めた善逸グッズに頼るほかなかった。
そうして堪えに堪えまくった結果、宇髄をみる善逸の目が変わったのだ。恋しい、触れたい、切ない、善逸は隠していたようだが、その感情は善逸の全身をかけて語りかけてくる。その変化に気づかないほど宇髄は馬鹿ではない。
時がきた。心も身体も全て宇髄のものにする絶好のタイミングだ。
後は罰ゲームだったことを告げて、謝りそうして現在どのくらい善逸を好いているかを語りかければよい。そうして漸く善逸は宇髄という籠の仲でぬくぬくと宇髄の愛を存分に受けて生きていくのだ。
そのためには最高の状態でのネタばらしが必要だ。宇髄が選んだのは、二人の始まりの場所。あそこであの馬鹿どもを集め、話の内容を善逸に聞かせたら良い。あのメンバーを集めれば自ずと宇髄の罰ゲームの話になる。善逸が来るのを見計らい、宇髄があの連中に善逸のことを本気で好きだということを聞かせたら、善逸は否が応でも宇髄の気持ちを信じるだろう。
わざわざ暖かい場所を指定したのも、そのためだ。善逸は決して宇髄の言うことを 違わない。また金のない善逸は必ず安い食堂を選ぶだろう。時間帯を合わせあとは善逸に会話を聞かせたら完璧────とはいかなかった。
まさかあそこで飛び出してくるとはなぁ。さすが、善逸だ。一筋縄じゃいかねぇよ。
善逸が宇髄の言葉を聞く前に、講義室に乗り込み清々しく啖呵をきったと思ったら飛び出してしまったのだ。あの時はさすがの宇髄も肝が冷えた。必死で追いかけ、捨てないでくれと縋り付いた。
宇髄の言葉を信じずに罰ゲーム?と聞かれた時には、もう閉じ込めてしまおうかとまで考えたが、なんのためにここまで頑張ったのだ。身体だけではなく心も宇髄なしでは生きて行けなくするために、ゆっくりゆっくり時間をかけたのだ。一時の気の迷いに流されては行けない。と自分を奮い立たせ、必死で自分の欲望を押し殺した。
その甲斐あって晴れて善逸と正式にお付き合いに至ったのだ。
漸く善逸を心のままに行動することが出来る。これ以上の幸せがあるのか。いや、きっとないだろう。
もうこれからは善逸のバイト先で頭の軽そうな女を口説いて、シフトを横流ししてもらわなくても堂々と次のシフトを聞けるし、なんならバイトを止めて同棲することだって出来る。そうだ、そうしよう。
宇髄はこれから送る幸せな生活を思い浮かべたと同時に中庭で騒いでいた善逸が、宇髄の存在に気がついた。そうして幸せそうな笑顔で宇髄に向かって大きく手を振る。宇髄はそんな善逸をあたかも今気がついたかのような顔をして、片手に持ったレポートを机に置いて手を振った。まさか監視されていたなど知らない善逸は、目が合ったことにさらに嬉しそうに笑った。
「可愛いなぁ、善逸は。このまま何も知らずに生きていけよ。」
そう呟いた言葉は実弥だけしか知らない。こんなにも重たく暗い感情を向けられる善逸に実弥は少し同情した。しかし宇髄の感情がよくわかってしまうために、実弥は何もしない。それに恐らく宇髄から善逸を逃がしてやることは出来ないだろう。宇髄のもつ全ての力を使ってでも、善逸を追いかけ追いつめそうして捕まえ、そうしてしまえば二度と外の空気を吸うことはないはずだ。一生宇髄と二人きりの世界に閉じ込められることになるだろう。
かわいそうに、と実弥は思う。 ちらりと隣の宇髄をみるとドロドロとした甘い目の奥に、真っ黒とした感情がどろりどろりと垣間見える。
実弥は善逸のことを調べてくれと頼み込んできたことを思い出した。あの時に宇髄はこういっていた。恋に落ちてしまったのだ、と。
《これは恋なんてそんな可愛いもんじゃねェよなァ。》
《あんなもんじゃねェ。好きで好きでたまらねぇ…ドロドロと自分では制御できねェ…そうだァ、この感情の名前は──────》
宇髄は何も知らない善逸を見つめて、それはそれは幸せそうに微笑んだ。
善逸も宇髄さんもダメダメです。
ご都合主義です。現実的にありえないだろう、と感じる点がいくつかあるかもしれません。
お話の都合上善逸くんは少し人より耳がいい程度にしています。
宇髄さんは病んでます。執着心強め。
ほんの少しだけさねげん要素があります。
苦手な方はご注意ください。
罰ゲームで宇髄さんに告白されて付き合いはじめた善逸くんのお話。
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前回、前々回とたくさんのいいね、ブックマーク、コメントありがとうございます!!!
とても嬉しいです!!
はい。今回こそはキラキラのいちゃこらうっふふん宇善を書きたかったのですが…なぁんでぇだぁぁぁぁぁあ!!!!!!!なぜ!!!私が書くもの全て!!!!病んでしまう!!!!もっと普通の!!!!宇善が!!!書きたかったのに!!!
今回も安定に病んでおります。トホホ…。