最難関は著作権と販売権。「Tokyo Otaku Mode」が挑んだ越境ECへの壁
海外へ向けて日本のポップカルチャーを発信する「Tokyo Otaku Mode」(トーキョー・オタク・モード、以下TOM)というWebサービスがある。
「TOM」のサービス内容について、Tokyo Otaku Mode.Inc Co-Founderの秋山卓哉さんは「日本のオタクカルチャーの発信、関連グッズの販売を行っているWebサービスです」と話す。サイト内には、イラストやコスプレ画像のギャラリーページがあるほか、アニメや漫画のフィギュアといった関連グッズを購入できるECも行っている。
同サービスは2011年3月24日にFacebookページとしてリリース。2012年、 500 Startupsからの投資を機に法人化され、同タイミングで現在のWebサイトが誕生した。最初は画像投稿サービス、ニュースメディアサイトとして運営していたが、2013年に日本でしか買えないアニメや漫画などの関連商品を販売するECがサービスとして追加された。
今年5月には 「Tokyo Otaku Mode(东京御宅风尚)海外旗艦店」を 中国最大のBtoCサイトTmallの国際ブランド「天猫国際店(TmallGlobal)」に出店するなど快進撃を見せているが、「最初は商品を売ってもらえない状況に何度もぶち当たりました」と秋山さんは話す。グローバルでECサービスを確立するためにしたこととはなんだろうか。さっそく、秋山さんと同社CTO・関根雅史さんに話してもらった。
秋山卓哉さん(以下、秋山さん):
「TOM」がまだニュースメディアのみの運用だったころ、FacebookページとWebサイトには「『NARUTO』の映画が◯月◯日から始まるよ!」という情報のほかに「こんな新商品が出るよ!」といった内容をポストしていました。
そこで、海外のユーザーから多く寄せられたのが「この商品はどこで買えるの?」でした。最初のうちは「買える場所を探して教えてあげよう」としていたんですが、海外の方が買える場所って案外なかったんです。販売しているECサイトにアクセスできても操作が難解だったり、日本に住んでいないと発送できなかったりしたのです。
海外に住んでいても日本の正規品を買える場所、そして、さまざまな国にいるユーザーがストレスを感じないサービスがあるといいのでは?と思い、2013年2月から始動したのが現在のECサービスでした。
ぶつかったのは、著作権・販売権の壁だった
秋山さん:
運営は、ほかの小売業と変わりません。基本的にはメーカーや卸しから商品を購入し、それを販売するスタイルです。
とはいえ、オタクに関連するものと言えば、アニメや漫画のキャラクターものがほとんどです。ここで問題になるのが著作権と販売権でした。そのあたりを処理するのは、本当に大変でした。
基本的に、メーカーは二次版権というものを持っています。集英社や講談社のような出版社から誕生した作品を商品化する際、あらかじめ版元から「商品化権」を取得する必要があるのです。これがあるから、メーカーはアニメや漫画のキャラクター関連の商品を作ることができます。僕らのような小売りが「御社の商品を売りたいんです!」となった場合、メーカー側が版元へ一度確認する必要があります。このやりとりだけでもものすごく時間がかかり、大変なんです。
さらに難しいのは、「海外では販売権が発生する」ということでした。たとえば「ドラゴンボール」のフィギュアを販売したいけれど、すでにとある企業がその国での販売&独占的な販売権が付与されている場合、「うちで取り扱わせてください」といっても、「◯◯なエリアでの販売に関しては、すでに販売権の契約をA社と結んでいるのでダメです」となります。売ってもらえない状況に何度もぶち当たりました。
そもそも当時、僕らはECとして新参者でした。当然、卸しの人たちからすると「どういう会社なんですか?」からスタートします。「日本のアニメや漫画関連の商品を海外に向けて販売している」「海外販売のため、◯◯な権利が発生するので△△な対応が必要になる」と話すと、だいたいの人が「ちょっとわからないので今回はやめておきます…」なんて展開になることもありました。
付け加えると、スタートしたばかりだったので「本当に売れるのかどうか」「本当に届くのかどうか」がわからず、商品を大量に仕入れることはできませんでした。せっかく卸しの人が「OK」と言ってくれても、実際に仕入れたい数を言うと少なすぎると驚かれたり。そこでNGになることもありました。
「商品ページだけ」を作ってテスト開始
関根雅史さん(以下、関根さん):
当初からECサイトを完成させてスタート、ではなく、まず作ったのは、仕入れることができた商品の詳細ページだけでした。
秋山が話したとおり、「ちゃんと売れるのか」「ちゃんと届くのか」にも不安がありました。購入・決済・発送の過程を一つひとつチェックするため、1日1商品、写真と詳細ページのURLをメールマガジンで送るのみでした。ユーザーには、メールマガジンのURLからダイレクトに来てもらわないと、商品を買ってもらえない状態でした(笑)。
2013年2月に「ちゃんと売れるのか」「ちゃんと届くのか」を試験的にスタートしてみて、6月ごろには「これはいける」と判断できました。本腰を入れてECとしてのサイト開発に着手したのは、このタイミングです。そして、9月には本リリースしました。
とはいえ、このときもまだ必要最低限の部分しか作っていませんでした。商品の検索機能もないし、レポート機能もありませんでした。「商品をどうやって探すんだよ!」「何が売れたのかわからない!」という状態がしばらく続きました。この2つの機能は、10月ごろにようやく実装したくらいです。機能は削るよりもブラッシュアップしながら追加していったもののほうが多いかもしれません。
手作業でトップページを作って、商品一覧ページを作って。僕らの場合、すでにFacebookページに1,000万人以上のファンがいたので、そこにリンクを貼れば誰かきてくれる。それがあったからできたことですね。
やってみてわかったのは、Facebookページのファンの分布と、お金を出して商品を買ってくれるファンの分布が違っていたことです。ECとして利用するファンの約半分が北米圏に住む人たちでした。そのため、ECサイトを作るときは言語や住所入力の手順など、北米を優先にしました。一方で、南米やヨーロッパ、オーストラリアなどでも一定数を買ってくれるユーザーがいたので、そのあたりをうまく配分しなければならなかったのが課題でした。
「グローバル」は、ターゲットとする国によって対応が全く違います。そこに住んでいる人たちのことを考えなくてはいけない。国ごとにネットワークの帯域の太さが違い、サーバやパソコンの通信スピードにも差があります。「TOM」の場合、現在はアメリカにサーバを置いているので、アメリカの人たちにとってはネットのスピードは速い。でも、距離的に遠い場所にあるオーストラリアやヨーロッパではやはり時間がかかってしまいます。
今のところは基本的に北米圏を中心に考えた機能追加やチューニングを行なっていますが、ユーザーがもっと増えてほかの地域でも一定数以上増えたら「地域ごとのカスタマイズ」ができるようにならないといけないという危機感は今でもありますね。
ユーザーの声を元に実装・改修を重ねる
秋山さん:
当時は、誰もが海外向けECをやったことがなく、周りに経験者もいませんでした。だから本当に、誰も何もわからない。だからこそ、初めからちゃんとしたカスタマーサポートを作って動く体制にしていました。ノウハウが全くないので、ユーザーから直接教えてもらう必要があったんです。
関根さん:
たとえば、住所の記載の仕方も、国によって違います。日本であれば郵便番号欄の下に都道府県欄を作るんですが、アメリカだと逆になる…だったり、郵便番号=数字だと思い込んでいたら、国によってはアルファベットで入力するところもあったりしました。
最初のころは本当に何も知らない状態でのスタートだったので、ユーザーからの「入力できない!」という声を聞いて、そのたびに修正のくり返しでした。
秋山さん:
カスタマーサポートに寄せられたクレームを元に実装した機能もあります。
ECをリリースしてしばらくしたある日、カスタマーサポートに「商品が届かないんですけど」というクレームがありました。日本では「商品が届かない=早く届けてほしい」です。当時、僕らとしても「すみません、今すぐ発送します!」と対応していました。ところが、海外のユーザーの怒りポイントはそこではなく「商品が届かない=今、商品がどういう状態にあるのか知りたい」でした。
日本のインフラは本当に優れていて、注文した物が手元に届くのは当たり前。しかも、指定した日時に届きます。ですが、海外ではそうはいきません。
アメリカなどでは「1週間で届きます」と言われて、実際に1週間後に商品が届くことはありません。でも、それが当たり前なので、気長に待ってくれる文化なんです。指定した期日までに商品が届くことよりも、商品の配送状況を知ることのほうが重要。ユーザーから届いたクレームで初めて知った文化でした。当然ながら、文化が違えばインフラも違います。クレームを活かして、配送状況をチェックできる機能を追加しました。
一番多いクレームは「箱が大きすぎる」
秋山さん:
ECを始めてみて、ユーザーからもっとも多く寄せられたのは「商品に対して箱が大きすぎる」でした。
輸出では、箱が大きいために関税がかかることがあります。「TOM」から発送するものに関しては該当しませんでしたが、そうとは知らず「箱が大きい!関税がかかっているのでは!」と感じるユーザーがいて、クレームの対象になっていたんです。
また、アメリカはエコの意識が進んでいます。箱が大きいというのは、エコじゃないですよね。先進国ゆえの感覚ですが、「箱が大きすぎる=無駄なことはするな」というフィードバックもありました。
箱関連でいうと、もう一つ。これはあまりポジティブじゃないのですが、海外では日本のように「キレイな箱の状態」で手元に届くことが少ないです。ほとんどが配送中にボッコボコになってしまいます。もちろん、箱はボッコボコですが中身はキレイです(笑)。ユーザーから写真を送られてきたこともあり、見てみると「どうやったらこうなるかな!」くらいに箱がボロボロになっていました。
「TOM」の場合、取り扱っている商品の中には、フィギュアのような壊れやすいものがあったりします。ユーザーにとって、フィギュアはオモチャではなく、コレクションです。中身はもちろん、外箱もキレイな状態である必要があります。外箱もきちんと守ることができなければ意味がないんです。
そこで外箱も衝撃から守るため、僕らが配送用に使っている段ボールは、強度が一番高いものを採用しています。梱包に使うクッションも、国内で発送するものよりも多く入れています。
多言語化して増えたのは「問い合わせ」
関根さん:
ECでは商品数とユーザー数には関連性があると言われています。商品数が増える→商品ページが増える→SEOとうまくつながってユーザー数が増える、という流れです。そのあたりのECサイト機能としては、Amazonなど他のECサービスととそれほど変わらないですね。SKU(商品の在庫管理数)を増やして、ユーザー数を増やしていく。
また、グローバル=多言語化すればユーザー数が増えると思われているところがありますが、実際は少し違っています。多言語化を進めるほどに、問い合わせが増えるんです。つまり、スペイン語に対応したら、スペイン語での問い合わせが増える。一方で、多言語化したからといってアクセス数が急に伸びたり、商品が爆発的に売れるようになったりとすぐに結果につながることはありませんでした。
ただ、問い合わせが増えたということは、購入意欲の高い人がアクセスしているので、今後じわじわと効いてくるのではないかと期待しています。
秋山さん:
グロースに大きく貢献したと言えるのは、「決済方法の追加」です。リリース当時はクレジットカードしか使えませんでしたが、途中からPayPalを実装したんです。日本人でPayPalを利用している人はまだ少ないので馴染みがありませんが、北米ではPayPalの認知度が圧倒的です。実装してみると、クレジットカードとPayPal、それぞれ半々の利用者数でした。
そのほかには、販売アイテムの種類を増やすことも効果的でした。
「TOM」では発送まわりと開発が連動しています。注文を受けたあと、棚にある商品をいかに早く見つけられるかも考慮して開発を進めています。
大変だと知らなかったから、できた
秋山さん:
振り返ってみて、本当に怖いもの知らずというか「よくこんなWebサービスをリリースしたな」と思いますね。著作権が絡む商品を海外へ売ることがこんなに大変だったなんて…。そりゃ誰もしないはずです(笑)。最初からいろんな知識を得ていたら、やらなかったでしょうね。何も知らないからこそ逆にできた、というパターンだと思っています。
今だからこそ感じるのは、グローバルを目指す場合、日本の常識で考えて作ると、うまくいかない部分がたくさん出てくるということですね。たとえば、日本ではスマホでさくさくとアプリを楽しめますが、他の国でも同じなのか…など。日本でのネット環境をベースに開発しても、現地で動かなければ誰も使いません。
関根さん:
日本語がネイティブな人って1億人程度しかいません。どうせ作るなら、開発の段階から、ほんのちょっとでいいから海外でも使われることを意識してみることをおすすめします。日本語部分を簡単な英語に変えたり、もしくは言葉に頼らないデザインを取り入れたり。
エンジニアは、Webサービスもアプリも、結構自分一人で作れてしまいます。その辺をちょっと意識してやってみるのは絶対に楽しいです。もし僕が今後、個人的に何か作るのなら、絶対そうやるのになぁと思いますね。
秋山卓哉(写真左)
Takuya Akiyama
Co-Founder。「TOM」立ち上げから参加。現在はおもに同社の広報を担当している。
関根雅史(写真右)
Masashi Sekine
CTO。秋山氏と同じく、「TOM」立ち上げから参加。現在は技術統括を担当している。
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