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千草
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あなたのことがそれほど - 千草の小説 - pixiv
あなたのことがそれほど - 千草の小説 - pixiv
6,244文字
あなたのことがそれほど
【キャプション必読】
以前募集したリクエストの「不倫または略奪愛」がテーマです。
(アイドルの不倫ってヤバそう)という謎の遠慮により、ふたりともアイドルにはなっていません。
ふたりともモブ女と結婚しています。
R描写は朝チュン程度です。
倫理観や道徳心を薄めてお読みください。
タイトルは某ドラマのもじりです。

現在リクエストは募集しておりません。次はアイドルらしくライブやレッスンが書ければいいなぁと思っています。
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59661416
2019年4月11日 08:49

『久しぶりに会わんか』 送られてきたのはシンプルなテキストメッセージだった。 じっとスマホの画面を見つめていても何の変化があるわけでもないのにその一文を何度も読む。 学院を卒業して十年近く、朔間さんと最後に会ってから二年近く経っていた。その最後に会ったのは、俺の結婚式だった。 特別な、一生に一度の燃えるような恋をして結婚したのではなかった。「そろそろいい年の頃だろう」と、父親や他の親族に勧められるままに何人かの女性と会った。自惚れではなく、どの女性も俺にそれなりの好意を寄せていてくれたのだと思う。その中から人生をいっしょに歩くのも悪くないかな、と感じた女性をひとり選んだ。選んだ、なんて言うと傲慢っぽいがそれが俺の当時の感覚だ。何度かいっしょに出かけて、時々電話やメッセージのやり取りをして、数ヶ月後に彼女の両親に改めて挨拶に行った。「娘さんをください」というやつだ。なんだか現実味のない台詞だな、ドラマみたいだと思った。家同士が予めある程度の話をまとめた上で見合いをしたのだから反対されることはあり得ない。あとは結納やら婚姻届の提出やらとんとん拍子に進んでいった。こんな紙切れ一枚で結婚とはできるものなのか。特に提出の日にちにはこだわらなかった。何の日でもない日はいきなり結婚記念日になった。結婚式は彼女が式場やら招待客の席順やらに頭を悩ませているようだったからいっしょに迷って考えたし、何着ものドレスの長い時間のかかる試着にもつきあった。素直に綺麗だなと感じて、そう言った。彼女はうれしそうだった。 結婚式には俺と彼女の親族とお互いの家の付き合いで呼ばなければならない人のほかに、学生時代の友人たちも何人か呼んだ。その中には当然ながらというべきか、朔間さんもいた。最も近しい関係だったと言えばやはり朔間さんだ。招待もしないのは不自然だ。 御の部分に二重線が引かれて、出席に丸がつけられて返ってきた招待状を見て、なんとも形容しがたい気持ちが湧き上がったことは今も覚えている。 朔間さんはその時すでに奥さんをもらっていた。結婚式には行かなかった。親族だけを招いて何か縁のある海外の土地で式を挙げたらしいことは知っていた。 結婚式で久しぶりに会った朔間さんはあまり変わらなかった。年を重ねた分だけ落ち着きが増したような気がした。自分ではわからないだけで、もしかしたら俺もそうなのかもしれない。ぴしりとスーツを着て、髪をセットした朔間さんは、俺に笑いかけて「結婚おめでとう」と言った。俺も「ありがと」と笑って返した。スーツ似合ってるな、ネクタイとか奥さんが選んだのかな、とちょっと考えた。彼の左手には指輪がはまっていた。そして俺の指にも真新しいプラチナの輪が嵌まっている。 その日の主役たる俺のところには入れ替わり立ち替わりに人がやってきて、朔間さんとはそれきり話をすることはできなかった。 本人たち以外誰も知らないことだが、学生時代に朔間さんと身体を重ねたことが何度かあった。若さ故の熱だったのだろうか。それともこんなハレの日にちょっとは思い出してしまうくらいには彼に未練や情があったのだろうか。意識的に考えないようにした。今日から一般的に「幸せ」と呼ばれる生活が始まるのだから、と。意識的にそうしていることにわずかな罪悪感が胸をよぎった。 それからはたぶんごく普通の結婚生活が始まった。たぶんというのは俺はお母さんを早くに亡くしていたけど、小さい頃はこんなだったなという朧気な記憶とドラマや映画で見る結婚生活とはそういうものだったからだ。特に経済的に困ることもなく、不仲というわけでもない。燃えるような熱の代わりにただ穏やかな生活があった。俺が仕事をして、奥さんが身の回りのことをしてくれる。そんな二年続く日々に不満はなかった。 イレギュラーはさっき届いた朔間さんからのメッセージのほうだった。 あれこれ考えた末に旧友と会うだけか、と思い直して『久しぶり。たぶん大丈夫だよ。スケジュール調整するから、いつ?』と返信した。素っ気ないと思われるかなとなんだか落ち着かない心持ちがした。



「時間ぴったりだね」 「久しぶりに会って開口一番がそれかえ?薫くんこそ昔はサボってばかりじゃったのに」 軽く手を上げて近づいてきた朔間さんがくつくつと笑う。ずいぶん隔たっていた時間などなかったかのように軽口を叩き合う。 「お互いもういい大人になっちゃったってことかな」 「学生時代が懐かしいのう」 「まだ店にも着いてないのに昔話するの早いよ」 「そうじゃな。どこに連れて行ってくれるんじゃ?」 「俺が気に入ってるとこ」 誘ったのは朔間さんだったが、店を予約したのは俺だった。 「行こ。そんなに歩かないよ」



案内されたのはいちばん奥の小さなテーブルだった。仕事でも時々使う店だ。馴染みのマネージャーはいつも目立たないような席を用意してくれる。誰かと話があるときはここがいい。コースでいちいち一品ずつ運ばれてくるのではないし、話がしやすい。 「何飲む?」 「薫くんに任せる」 こういうところは変わらない。こういうところも変わらないだろうか。 適当に赤を注文して、運ばれてきたグラスに口をつける。乾杯はしなかった。なんとなく、「ふたりの再会に乾杯」なんてのは違う気がした。 「うん。うまい」 「俺が選んだんだから」 朔間さんのグラスから血のような赤い液体が少しずつ減っていくのを眺めながら、話を振る。 「なんか俺に話とかあるんじゃないの?今まで急に会おうなんて言ってきたことなかったよね」 「ああ」 そう言ったきり、朔間さんはまだ本題に入ろうとしない。グラスが静かに置かれて、赤黒い水面がわずかに波打つ。落ち着いたBGMと他の客のささやかな談笑だけが満ちている。 沈黙が落ちた間に料理が運ばれてきて、ウェイターが「ごゆっくりお食事をお楽しみください」と告げて下がっていく。 綺麗に盛られた赤身のステーキを俺がナイフで切っているときだった。朔間さんが唐突に尋ねる。 「薫くん、子どもは?」 「いないよ。うちの奥さん、あんまりそういうの好きじゃないみたい」 「ほう」 目が細められ、唇が薄く笑みの形を描く。 「なんか今、男としてものすごく不名誉な誤解を受けた気がする……まあいいや、そっちこそ」 「おらん。というか、言おうと思っていたのは実はこのことなんじゃが、離婚する」 「はあ!?」 場に似つかわしくない大きな声が出た。慌てて声を引っ込め、続きを促す。人生の重大事を告げた本人は優雅なナイフとフォーク捌きで肉を食べている。 「えぇ……なんで?」 「婚前契約を交わしていたのに破られた」 「婚前契約……最近は日本でもけっこうあるらしいって聞いたことあるけどそんなことしてたの」 朔間さんの眉間に皺が寄る。 「子どもは作らない、と決めていた。それが寝ている間に上に乗っかってきおった」 周りに聞かれる心配はないとはいえ、明け透けにそう言った。 「ふぅん。奥さんの気持ちもわかるような気がするけどさ。朔間さんみたいな男の子どもなら欲しくなっても。絶対美形」 見たこともない小さな朔間さんの虚像を脳裏に描く。 「その条件で結婚したわけ?」 「いや他にもいくつかあるが、最も重要視したのはそれじゃな」 あの朔間零が女に寝込みを襲われて離婚しようとしている。ちょっと笑いが込み上げてきた。 「笑わんでおくれ。いや、向こうにも自由は認めておったんじゃよ。他にいい人がいたことはわかっておる。それはわかっておったんじゃが、仕事が終わってしばらくぶりに家に帰ったら自分の家に知らん半裸の男と妻がいたらどうじゃ?」 「あー……」 「別に思い入れはないんじゃよ。書類上の取引相手みたいなものじゃ」 この人はどんな『家族』と生活していたのかな、幸せではなさそうだと思うのは俺の勝手な想像ではないだろう。そういう話し方だった。俺も似たり寄ったりかな、結局は家が決めて誂えた結婚だった。 「裁判まで行かずとも離婚はできる。ただ、もう実権は完全に手の中にあるが、家の者になんと言うべきか。正直頭の痛い問題じゃよ」 「……それはお気の毒に」 「傷心の我輩を慰めてはくれぬのか?」 「……どういう意味?」 わかっているのに質問に質問で返した。カトラリーを置いた朔間さんがじっと俺を見る。真っ白なテーブルクロスの下で、蛇のようにするりと長い脚が俺の脚にからめられて背筋がぞくりと粟立つ。容易く届く小さなテーブルが憎らしい。その赤い目で俺を見ないで。 悔しいような妙な負けん気がふつふつと胸の中で起こって、こちらからも脚を伸ばした。誰にも見えない白い布に覆われたテーブル下の空間で戯れのように脚が触れ合う。スラックスに汚れが付かないように気を配りつつ、するすると脹脛をなぞった。肉の味などもう微塵もわからなかった。 びくりと肩が跳ねた。朔間さんが俺の足首をがしりと掴んだのだ。そのままそっと革靴を脱がされる。こちらからは何も見えないまま、煽るように靴下越しに足の甲を撫でられる。 「なっ……!」 がちゃん、と音が響く。少し崩れた体勢をあわてて椅子の上で直して俯く。よく教育されたウェイターが飛んできて、俺が取り落としたナイフを拾い上げ、新たな物を用意し、すぐに立ち去る。それを受け取る余裕がなかった。 「ありがとう。連れは少し酔ってしまったようで」 と、俺に悪戯を仕掛けてきた本人が何事もないような澄ました顔で片手で受け取っている。俺の顔はきっと赤く染まっているはずだ。その嘘は不自然なものではなかった。 「……さいってー」 「絶対気づかれてはおらんよ」 掴まれていた足首から手の熱が消える。苛立ちと埋み火のように燻り始めた熱を誤魔化したくて、やられっぱなしは性に合わなくて脚の間に自ら足を差し込む。 今度は朔間さんが息を呑む番だった。足の指でそこをやわやわと刺激する。 「悪い子じゃな?」 靴を履いたままの朔間さんにそんな真似はできないはずだ。靴を脱がされた俺のほうに分がある。 俺の座っている側に新しいナイフを置いた彼は何食わぬ顔で食事を再開した。赤い舌と赤い唇が断面の赤い肉を口に入れて、咀嚼する。翻弄しているのはこちらなのに、喉仏が上下する様にくらりとするような錯覚を覚える。足の親指にぐっと力を込めた。足に触れる感触が徐々に変わったことに満足して足を引っ込める。これ以上はできない。靴下だけを履いた足が体温から離れてなんとも心許ない。 「……薫くんにこんな真似をされてその気にならん男がいると思うか?」 「あんたは最初からその気だったんでしょ」 それこそきっとメッセージを寄越した時からね。それは言葉にしなかった。酷い男だ。自分が奥さんと別れるからって若い頃に何度か抱いた相手に声をかけるなんて。もう何年も昔の、黒歴史みたいなものだと思っていたのに。俺だって結婚してる。左手の指輪は体温に馴染んでいるのに、ひやりと感じてまるで俺がこれからするだろう不実を責めているようだ。そう、不実だ。朔間さんが酷い男なら、俺は馬鹿な男だ。この酷い男に誘われるまま、魅入られたように拒絶することができない。静かな湖に浮かんでいる小さなボートで太平洋を横断しようとするくらいに馬鹿な選択だ。破滅への一歩を踏み出そうとしている。船縁に足を掛けている。乗ってしまったならもう戻ることも止まることもできないとわかっているのに。 おいしいはずの食事をよくわからないまま口に運ぶ。食べ終えた頃、ウェイターがやってきて、食後のコーヒーを置いていくのをぼうっと見ていた。 「薫くん」 「……え?」 「食後にデザートをサービスしてくれるそうじゃけどいただくか?」 「…………いえ、今日はけっこうです。酔いが回ったみたいで。すみませんがまたの機会に」 全然別のことが頭の中を占めていた。無理矢理顔の筋肉を動かして、店の心遣いに詫びる。 熱いコーヒーが胃の中に落ちていくのを感じて、思考が現実に引き戻される。 「我輩の愚痴ばかり聞かせてしまった気がするのう。薫くんは幸せか?」 最後の問いだ。今ならまだ船縁に足を掛けているだけだ。片足は陸地に着いている。引き返せる。答えを間違えさえしなければ日常に戻れる。幸せだと答えればいい。「ごくありふれた普通の家庭だよ、まあまあ幸せかなぁ」と言え。 「……わからないよ」 実際に口から出たのは頭の冷静な部分を裏切る曖昧な小さな声で、でも本音だった。船が出てしまう。俺は安全で安定した陸地から離れる。 「そうか」 朔間さんの手が俺の手に触れた。俺たちはもう大人だったから「愛してる」とか「お付き合いしてください」とか言わなくても感情を伝える術を知っていた。そしてそれらの言葉ほど、この感情は綺麗なものではないことも。 俺もその手に触れて軽く握った。それだけで充分だった。節のある、柔らかみの少ない男の手だった。 「そろそろ出るか」 「うん」 手を離して、朔間さんが目線をやるとウェイターがブックノートに挟んだ伝票を持ってくる。俺がカードを財布から出すより早く、朔間さんが何枚かの現金を中に収めて渡した。 「おつりは取っておいてください。ご馳走さまでした」 「俺も出すのに」 「いや、いい店を選んでくれた礼だと思っておくれ」 「……靴」 屈み込んだ朔間さんが俺の革靴を拾い上げる。渡されると思ったら違った。持ったまま席を立って、座ったままの俺の横にひざまずいて差し出す。 「履かせてくれじゃなくて、取ってちょうだいなんだけど」 不服を滲ませた声で言ったのに、そのままだ。 「ほら、どうぞ」 あくまでも俺の意思で足を動かさせるつもりなのだ。おつりは要らないと朔間さんが言ったから、助けは来ない。誰からも見えない。 数秒の間逡巡してやや乱暴に朔間さんの膝に足を乗せた。 くつくつと笑う振動が伝わってくる。 爪先からそっと靴を履かされる。心臓がうるさい。下を向いているから形のよい頭がよく見える。控えめなオレンジの照明に黒髪が艶やかに照らされている。この美しい男をひざまずかせているのだ、という背徳感にも似た高揚が背中を走った。自分は今、どんな顔をしているのだろう。



朔間さんがここしばらく滞在しているというホテルで迎えた朝はひどく気だるいものだった。頭が痛い。喉も痛い。ひどく乱れた自覚があった。お互いに噛みつくように唇を重ねて、最初から性急に肌を合わせた。何年も開かれたことのなかった身体は当然ながらきつかったが、苦痛すら快楽に変換するようなセックスだった。お互いに何度達したのかなどわからない。自分の中にこれ程の熱が残っていたことを初めて知った。最後はほぼ絶叫したかもしれない。 なんだかいたたまれなくなって、昨夜の記憶を反芻するのは途中でやめた。 裸の俺と同様に日焼けを知らない白い肌を晒した朔間さんはまだ隣で眠っている。肩に俺が付けた噛み痕があって生々しい。 もぞりと寝返りを打った拍子に彼の左手がシーツからはみ出す。そこには未だにプラチナの輪が嵌まっている。そして、俺にも違うデザインのものが。褪せることのない永遠の輝きをもって。 それがどうした。そんなもの外してしまう方法などいくらでもある。









あなたのことがそれほど
【キャプション必読】
以前募集したリクエストの「不倫または略奪愛」がテーマです。
(アイドルの不倫ってヤバそう)という謎の遠慮により、ふたりともアイドルにはなっていません。
ふたりともモブ女と結婚しています。
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倫理観や道徳心を薄めてお読みください。
タイトルは某ドラマのもじりです。

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