ACT0.01 何処にも行けない僕たちは
弾かれ、押し返される剣。びりびりと痺れる掌。衝撃は肩を抜けて右半身を打ったが、リンドウは負けじと奥歯を噛んで痛みを耐えた。そうして周りを見れば、大勢が倒れている。
衛兵に、同業の冒険者、あるいは傭兵たち。頭をかち割られて脳みそをこぼす男、腹に大穴が開いて涙に塗れた目を見開き血を吐いて死んでいる女、夢を見た冒険者になって間も無く腕一本になった少年。
これが思い描いた冒険の末に手にした、夢いっぱいの希望と多大な努力を代価に得られるものなのか。頑張りは、報われるのではないのか。そう教えて説く神父もシスターも、嘘つきなのか。彼らは、神に裁かれるだろうか。
生い茂る草花に、木々の数々。樹冠一〇〇メートル近いそれらは枝葉を広げて天蓋をなし、日光さえも届かない薄暗い森の中を包み込んでいる。濃い緑の匂いと湿った腐葉土が立ち上らせる死と命の香り。じっとりとした湿気の多い空気はまともな判断力を奪い去るように、その場で澱んでいる。
飛んできた大きな拳を掻い潜って避けると、その剛腕は岩盤を叩き砕いて
どうする、どうする──そんな焦り。みんな逃げたか、隠れたか。
死を探す。理想の死に場所を。人は、命は無意識のうちに終の住処を追い求める。けれども、死へ抗う者は、その果てにどこへいくのか。
目の前の悪魔じみた──否、悪魔そのものの怪物は醜悪な顔に歪な笑みをべったりと貼り付けてリンドウを見下ろした。
ここで死ぬのかという恐怖は、次第に、もう無意味な生を貪る日々への終わりを予感させ、いっそそれこそが救いなのかと思えた。
リンドウは気付けば抵抗をやめていた。とうとう、繰り出された拳がリンドウの体を打ちのめし、彼は巨木に叩きつけられた。樹皮が潰れて、リンドウは喀血。腐った木の葉と土の上に落ちて、息をするのもやっと、という状態で激しい頭痛に襲われていた。
頭の角の一本が砕けていた。右の側頭部を触れると、根本から折れている。竜の誇りが、また一つ──。
こんなものは子供の頃思い描いていた冒険者の姿ではない。自分が夢想した旅は、こんな終わり方ではなかった。それでもなお追い求め、追い求め、戦って敵を殺し、財宝を目指して歩き続けた。
自分が見つけた財宝は、とっくに誰かに取られていて、叶わぬものだと知りながらもまだ希求していた。次第にそれは希死念慮へ挿げかわり、こうして死地へ導かれた。そうとも、死ぬことなど知っている。年老いて、殺されて、事故で、病気で──いつか、命はどこかへ還っていく。
その、手に入らないものを、身の丈以上のもを欲しがるという
うっすらと微笑んで、リンドウは深呼吸して立ち上がる。落としていたわずかに紫色を帯びる剣を掴み上げて、まだ、彼は抗おうとした。口からも、鼻からも耳からも血が溢れる。頭からはべとべとの黒ずんだ血。
悪魔はそんな彼に気付き、振り返った。
じっとこちらを、その黒く濁った白目と金色の瞳で睨み、それから興味を失ったように──あるいは、リンドウの死などわかりきった、という風に背を向けた。
伸び上がる羽が空気を叩いてはばたき、悪魔はどこかへ飛び去る。枝葉を突き抜けて、遠い空の果てへと消えた悪魔は、完全に何処かへとその行方をくらましてしまった。
助かったという生の実感はあまりない。
さながら、此岸に取り残されたような気分だ。
そうか、──そうだな。
この世の未練に縛られた自分は、彼岸へ渡ることもできないような、きっと……一種の
どこへも行けない僕は──なにを探し、なににどう
一体、どうするのが自分にふさわしい末路なのだろうか。死ぬことさえも否定され、どこへも行けないのなら──ただただ、漂うことしかできないじゃないか。
「教えてくれ。……僕は、どうすることで君への罪を償えるんだろう」
吐露した言葉に応じる者はいない。死者は口を利かない。
それでもなぜか自分を殺す気にはなれなかった。どうしてか、剣を手放せなかった。
なんでもいい──どんなものでもいい。
何かに縋ってでも、生きていたい。
そうしてリンドウは冒険者をやめた。
亡霊らしく、ふらふらと漂うように、彼は死地を求めて歩き始める。
そうして、三年が経った。