忘れん坊の外部記憶域

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科学的思考~石油の起源とルイセンコ主義

 もはや我々の生活に欠かすことはできない石油について、実はその起源については今だ議論が割れています。有機成因説、無機成因説が主な説です。一応細菌説もありますが、まあ主流ではありません。西側諸国である日本としては主流の有機成因説しか学校で教えていないですが、実際のところはまだはっきりしていません。

 これが科学の面白いところです。科学とは普遍的な真理を追究する学問ですが、それはすなわち人類は今だ普遍的な真理を手に入れていないことの証左でもあります。今私たちが分かっていることは現時点で正しいだろうと思われる仮説のみであり、それがひっくり返ることはよくあることなのです。

 少し古い科学哲学ではありますが、科学とは「自らが誤っていることを確認するテストを考案し、実行することができる」反証可能性が必須と言われています。反証可能性が無いものは科学ではありません。

 「何故こうなるのですか?」「神がそう決めたからだ」

というのは科学ではないということです。もちろんただ定説を否定すればいいというわけではありませんが、「これは定説だから」「皆そう言っているから」「偉い先生が言っていたから」というような権威主義は現代科学的な考えでは無いことを覚えておきましょう。ノーベル賞を受賞した本庶佑先生が「教科書を信じるな」とおっしゃっていたのもこのような意味合いだと思います。

 石油の起源は説が確立していないものの代表的な一つで、今のところ主流な説と主流ではないが説得力を持つ異説が存在しています。権威主義的に主流な説だけを信じるのではなく、どちらも知って、どちらが正しそうかを考えるその過程こそが科学的に大切なことなのです。

 

石油の起源

 石油の起源について簡単にまとめてみましょう。

 有機成因説は学校で習った通りで、西側諸国で主流の説です。堆積層に埋没した動植物の腐食物質が高温と高圧によって根源岩に代わり、次いで液体やガスの炭化水素へと変化します。これらが岩盤内の隙間を移動して砂岩や石灰岩に補足されて油田を形成するという流れです。

 この説の根拠は炭素同位体比です。石油の炭素同位体比を調べた結果、有機物の熱分解による炭化水素生成の傾向と同じであることが知られています。そのため有機物が熱分解されたのだろうと考えられています。この説によれば中生代に石油醸成に適した条件があったことから有機物が自然分解されずに根源岩に変わったということになり、よって石油は有限でありどこを掘っても出てくるというわけではないということになります。

 無機成因説は東側諸国で主流の説で、周期表で有名なロシア人のメンデレーエフが発表したのが始まりです。この説によると、そもそも惑星の内核で炭化水素は発生し、それが岩石よりも軽いので地上を目指して浮上してくるということです。この説の根拠としては石油の分布と生物分布が異なることや化石ではあり得ない超深度からも原油が見つかること、石油の組成が多くの地域で概ね同一であることがあります。また2005年に土星の衛星タイタンを探査機が着陸して調査した結果、地表に大量の液体炭化水素が見つかったこともこの説を補強しています。炭化水素自体は他の天体にも存在し、それが生物由来である必要は無いということです。この説によれば深部採掘技術が向上すれば石油はまだまだ見つかるということになります。

 但しタイタンには生命がいて、炭化水素は生物由来という可能性もあります。タイタンに生命がいるかどうかはまだ研究中ではありますが、ロマンはありますね。

 

 現時点でどちらが正しいかは分かっていませんが、無機成因説には状況証拠が多く物的な証拠が少ないこと、炭素同位体比のバイオマーカーによる物的証拠が概ね揃っていることから有機成因説が主流です。

 しかしながら、「こちらが正しいからそちらは間違えている」と押し付けるのは良くありません。それはまったくもって科学的ではありません。

 すでに述べたように科学には反証可能性が必要です。異説に対して自説の正当性を主張して異説を攻撃的に否定するのは反証を拒否する行いであり、自らの科学性を毀損する行為となります。それぞれの仮説を持ち寄って検証した結果片方が否定されることはよくあることですが、それは肯定された説の反証を塞ぎ補強することに繋がり真理へ一歩近づくことになりますので、異説はむしろ喜んで受け入れるべきでしょう。

 A=BとA=Cという説があって、それで互いに否定し合うことは不毛なのです。もしかしたらA=BのときもあればA=Cのときがあるかもしれませんし、実はA=BかつCなのかもしれません。

 ちなみに石油起源について主流は有機成因説ですが、実際の研究者は有機派、無機派、有機も無機もある派、どっちもあるけど量が多いのは有機派、油田が見つかるならどっちでもいい派などに分かれています。このように各種仮説が出揃っている状態が科学的に健全であると言えます。

 石油は市場価格や国際問題といったことがありどうしても国家や大企業の介入が発生するため自由な研究が行いにくい分野ではあります。石油メジャーが石油価格を高くするために有限で希少性があるとしているんだ、というような陰謀論があるくらいです。いや、もちろん商売ですしある程度は石油メジャーもやっているとは思いますがその影響度は不明ですので陰謀論の域を出ません。それでも学会では異説が公表される程度に健全な状態を保てていて素晴らしいことです。

 

科学的な思考とは 

 科学における仮説というのは、それを持って殴り合うような棍棒ではなく、互いに持ち寄って味を競い合い高め合う料理のようなものなのです。「ある説に沿わないデータが見つかった」として、そこで異説を作ったりある説の考え方を変えたりとするのが科学的に正しい姿勢だということを忘れると、人類は驚くほど悲惨な社会実験をすることになります。

 近代で最も有名なのはソ連のルイセンコ主義でしょうか。

 当時のソ連では西側の正統遺伝学に対して、マルクス・レーニン主義の唯物論的弁証法に基づいたミチューリン農法・ルイセンコ農法がイデオロギー的に正しいとされました。獲得形質の遺伝を肯定し、ダーウィンの自然選択を否定し、遺伝子そのものを認めないことは西側のブルジョワ否定に繋がり共産主義の正統性を高めたためです。ルイセンコ主義こそが唯一絶対のものであり、これに反証することはブルジョワやファシストであるとされて粛清対象になりました。その結果、正統遺伝学を学んでいた3000人以上もの学者は投獄や処刑され、ルイセンコの姿勢に苦言を呈した別分野の科学者も数多くが投獄されました。

 このルイセンコ主義という運動はスターリンが亡くなるまで誰も止められず、ソ連の農業は停滞するどころか中世以前にまで後退する羽目になり多くの餓死者を産み出しました。

 さらに質が悪いことにルイセンコ主義は共産主義と一緒に他国へ輸出されていました。中国では大躍進政策でルイセンコ主義を採用し、数千万人の餓死者を出しました。北朝鮮でもルイセンコ主義を真似た主体農業を導入したせいで深刻な食糧難を引き起こし、数百万人が亡くなっています。アフリカや東南アジアの共産主義国家も同様で、世界中で無数の食糧難を産み出したのがこのルイセンコ主義でした。

 皮肉なことに現在ロシアで成育されている植物の4/5は、ロシアの生物学者達が投獄されても拷問されても隠し通してきた標本種子の遺伝子が元となっています。彼らは戦争中の食糧難でも標本種子や種芋を隠し通し、そのために餓死した学者もいました。そんな彼らが残した正統遺伝学の種子が今ロシアの農地で強く芽を出し、実っています。