プロのイラストレーターは「トレパク」を見抜ける
──これは単純に疑問なんですが、プロのイラストレーター、例えば中村佑介さんは、この人はトレースしているなとか、怪しいな、とか判別できるものなのでしょうか?中村佑介 わかります。というか、真面目に絵を描いている人たちはみんなウッスラわかると思いますよ。
通常のように目の前や脳の中の3次元(立体/世界)を2次元(平面/絵)に描き起こしている訳ではなく、トレースだと2次元を2次元でなぞる訳なので、立体や造形を把握できていないことが多いです。先ほど「根本的な練習にはならない」と言ったのはそういう理由です。
例えば、必要だけど描き忘れている線があったり、後ろの線が手前に突き抜けていたり、形は整っているのに線がたどたどしかったり、線は上手いのに塗りでの立体感が把握できていなかったりが主なポイントです。そんな場合は何かしらの「ドーピング」はしてるのかなと思ってしまいます。
──模写やトレースが用いられている可能性があると。
中村佑介 はい、そうですね。また人間の手は、表情をつけないといけないことが多く、意外と描くのが難しい人体パーツなので、その部分でそれらの症状が出る事が多いです。手は画力の基礎ともいえます。
ただし、そうなっていても、あくまで「模写」や「トレース」という技法の話であって、イコール著作権侵害という訳ではありません。それが誰かの著作物の無断盗用なのか、許可を取ったのか、ご自身の写真や著作権フリーの画像を下敷きにしたのかまでは当人じゃないと判別つきませんから。だからあくまで「おかしいなぁ…」とウッスラわかるくらいですが。
──なるほど。気になるのは、例えば、僕らKAI-YOUも含めてメディアや業界、あるいは世間が無知とはいえ、古塔さんのことをプッシュしていたことに対する、違和感のようなものはありませんでしたか?
中村佑介 いや、その点は何も思っていないんです。最近はもうそういう感覚すら正しく当てはまらなくなっているといいますか。
これまでのように長い下積みや練習を経て、絵の知識や技術、著作権のこととかを少しずつ学んでようやくプロとして芽が出る、とかではなく、近年は「プロアマチュア」みたいな感じで、SNSから一気に飛び級のようにデビューする人が本当に多くなっています。
絵の技術や法律の知識はないけれど「人気がある」からデビューしてしまう。Twitterというプラットフォームがあることで、イラストレーターという存在がインフルエンサーになった。そういうケースは本当に増えています。
「模写」の誤解と危険性
──今回改めて問題を難しくしているなと思ったのが、「トレパクは駄目だけど、模写ならOKだよ」みたいな意見やアドバイスのようなものが非常に多かったことです。中村佑介 それは本当に勘違いしている人が多くて、著作権フリーじゃない素材の場合は、模写の方が法律的にはヤバいんだよっていうことを伝えたいです。
模写って、要はトレースよりもアレンジが加わってしまうので、複製権だけではなく、作品の翻案権まで侵害してしまう可能性がある。だから実はトレースより模写の方がヤバくなる可能性がある。
著作権侵害という面では、トレースも模写も同じく危険です。「トレースしてるからダメ」とかじゃないんですよ。「他者の著作物を無断で下敷きにして描いてる」、ということが良くないんです。模写のことを「目トレース/目トレ」とも言いますけれども、全部一緒です。
──どうして、こんなにも「模写はOK」という言説が広まってしまっているのでしょうか。
中村佑介 作品を発表する上で、法律をちゃんと調べていない──というのは置いておいて、模写って、ものすごいアレンジを加えすぎて元の作品と一切どこも似ていないみたいな状態になることもあるから、制作手法として模写を使っているかどうかがそもそも作者以外にはわからないからでしょうね。
しかし、模写とトレースは別のものだと勘違いさせている一番大きな要因になっているのは「頑張ったかどうか」という尺度です。「頑張ってる人は認められるべき」という価値観が、良くも悪くも日本のインターネットのアマチュアリズム、美意識にある。
トレースは「ラクしたんでしょ?」と言われやすい。本当は著作権侵害の可能性としてはどちらも同じですが、確かに「なぞった(トレース)」より「見て描いた(模写)」という方が”頑張った”感はある。
その点で誤解が生まれてるのと、おそらく二次創作の扱われ方が、日本におけるイラストレーションの著作権問題を複雑にしてしまった理由だと考えています。