中村佑介はなぜ「怒り」を表明したのか──「トレパク」を生んでしまう業界の構造
──ただ、それだけ根深い問題になっていても、トレパク問題に対して真剣に向き合って自ら意見を表明しているプロのイラストレーターというのは、中村さん以外に見つからなくて。中村佑介 なかなか難しいと思います。というのも、東京在住の作家さんなら、結構個展や出版のパーティー、打ち合わせ、プライベートの飲み会などで、何かしら横の繋がりができます。僕は大阪に住んでるんですけど、同期のイラストレーターや漫画家の友達は石黒正数くんぐらい(笑)。長年一緒に仕事をしている編集者やデザイナーさんにもほとんど会ったことがありません。
多くのクリエイターやクライアントが薄く知り合いになってるような状況で、一方でときどき「あの人、トレパクしてるくさい絵なんだよなあ」みたいなことを気付いたりする。僕も画集を買うと、結構見つけるんですよ。
──ええ? 見つけてしまうものなんですか。
中村佑介 ふつうに見つけます。有名な人の中にも残念ながらいます。多分みんなはそんなに画集までは買わないから気づかないのかもしれない。
そういうクリエイターやクライアント同士の連帯がある中で、「トレパク、良くない!」みたいなことを言うと、同時に、作家友だちや付き合いができるかもしれないクライアントにまで言及することになってしまう。その空気が「トレパク」に関するクリエイター側からの意見や言及を止めている気がする。もちろん単純に他人のことは気にしなかったり、重大な問題と捉えていないっていう人もいると思いますけどね。
──中村さんはTwitterスペースで、かなり明確に、今回の件について怒りを表明していました。それがすごい印象的だったからこそ、今回改めてインタビューを依頼しました。
中村佑介 なるほどー(笑)。ただ、僕が怒ってたのは「トレパク」をしてしまった人に対してではなく、その人の能力や影響力を買おうとして、仕事として使ってきたクライアントが、サッと無言で引いてしまう態度に腹が立ったんですよ。
なぜかというと、その人の絵に価値を感じるということは、本来は“絵柄”だけを評価しているのではなくて。絵の”内容”を見て素敵だなと思って「自社の商品に合う」と思って描き下ろしてもらって──という過程があるべきだと信じているんです。
でも今回のように「トレパク」があった時に、知らんぷりしてトカゲの尻尾のように切ってしまうっていうのは、絵の”内容”まで見ていなかったと認めてるようなものじゃないですか。「トレパク」というのは、絵でいえば”外側”の問題ですから。
──作品のコンセプトやテーマ、思想の問題ではない。
中村佑介 そうです。絵柄というのは、絵の奥にある、その人が作品に込めた本質ではない。あくまで外側の、外見の問題で。つまり「トレパク」っていうのは単純で「楽をして、上手く描きたかった」ということでしかないんです。
日本は海外に比べるとコミックタッチのイラストの仕事が非常に多い。そういう作風だけでもたくさんの仕事があって、多くのイラストレーターにとってありがたい状況といえます。しかし、ほとんどの企業は「人気があるか/ないか」とか「絵柄が流行りかどうか」みたいな表面上の評価でしか仕事を発注しません。
そうなると絵の”外側”の問題になる。「楽をして、上手く描く」ために「トレパク」や盗作問題を引き起こしてしまう。
──なるほど。日本のイラストレーションを取り巻く構造そのものが、「トレパク」を誘発しやすいと。
中村佑介 残念ながら、実際に誘発していると思います。
具体的に、YouTubeに表示される広告のイラスト制作の仕事をするとします。1枚描いて3,000~5,000円しかもらえない上に、名前も出ないような仕事で「Noritakeさん風に描いてください」とか「長場雄さん風に描いてください」とか、明らかに絵柄の参照元(リファレンス)を指示されている仕事ってあるじゃないですか。
そうなると、駆け出しの絵描きは流行りの絵柄にしないといけないんだと錯覚してしまう。さらに「一週間後に締め切りですけど、できますか?」みたいな無茶を当たり前に言われるわけです。となると「時短するにはトレパクするしかない!」っていう流れも頷けますよね。美大や専門学校に通っていなくて、著作権に対する情報も意識的にならないと手に入れづらい状況の方はそう思ってしまっても仕方がない。
──なるほど。中村さんは、古塔つみさんの問題について率直にどう感じましたか?
中村佑介 そういう日本のイラストレーションにおける産業的な構造とか、InstagramやTwitterでのイラストの取り扱いが生み出した、古塔つみさんの中のモンスターが起こしてしまったことだと思いました。
古塔つみさん、数年で20万人ぐらいTwitterフォロワーがいて公認マークもついてた。僕なんて、トレパクしてないのにフォロワー数はようやく18万人で、Twitterの公式マークもついてない(笑)。でもつまり、そういうことなんです。
毎日あんな風に、あのスピードで、あのクオリティで絵を描き続けるなんて、不可能なんです。古塔つみさんがおよそ3年ぐらいで20万人もフォロワーを集めることができたのは、無料で高クオリティの壁紙を毎日のように配ってくれたから。その集客力によって「この人、SNSで人気あるらしいよ」と、クライアントワークにも結びついていく。
僕もイラストレーター志望の方から「制作ペースを上げないとプロとしてやっていけないのでしょうか」とか「もっと早く描かないと、みんなに忘れられる気がするんです」とか、よく聞かれます。
──人気になるためには、たしかに制作のペース、ファンと作品との接点の頻度も非常に重要だとは思います。そこで「トレパク」に走ってしまう場合があると。
中村佑介 そうです。でも法律的にも倫理的にも、「トレパク」は良くないことだって絵を描く人ならみんな知っている。理解しているから、少しでもバレないようにするために元の写真を反転させる。本当にわかってない人や、著作権フリー写真をトレースする場合は反転させないですから。
本来は反転しない方が最も美しい構図になっているはずなのに、反転させるのは「この構図、美しいな」ではなくて、「高クオリティな絵を早く楽に描きたいな」という欲望の表れでしょう。
今のSNSのスピード感であるとか、フォロワー数が仕事に直結するような仕組みであるとか、クライアントが「この人の絵柄で」と言うような──アートディレクションを自社でできない会社と言えばいいんでしょうか──ブランドづくりをしない業界の無責任さも大いに加担していると考えています。
──フォロワー数や人気を尺度にして発注するというのは、ある種イラストレーターが培ってきたブランドを借りるというか、頼りにするみたいなことですよね。あえて露悪的な言い方をすれば「盗む」ともいえます。
中村佑介 近年はSNSでの広告に企業も力を入れてますので、フォロワー数の多さが仕事に結びつきやすいのは事実です。その人が20万フォロワーいたら、20万人が読んでる雑誌の広告枠を実は無料で買ってることになる。本当はズルですよね(笑)。僕はコミュニケーションにおいてソリがの合わなかった仕事の場合は、宣伝しません。ギャラに宣伝費は入ってないですから。
「トレパク」をするという行為は素直に愚かだなと思いますけど、説明したようにイラストレーターを取り巻く構造そのものがそうさせている、という側面もあるということです。
「トレパク」をする人が正しく謝罪できない理由
──もちろん、「トレパク」を含めて盗作をしないということが一番当たり前で大切なことですが、それでも説明していただいた構造が実際にあれば、残念ながら今後も「トレパク」は誘発され続けていくと思います。実際に「トレパク」をして、それが世間に露呈してしまった場合はどのように対処するべきだと考えますか?中村佑介 謝り方が非常に重要だと思います。もう当事者間で解決済みの問題を掘り起こすのはよくないので具体例は出しませんが、それによってちゃんと許されて、鎮火した例もいくつかあります。
でも「トレパク」する人が正しく謝れないっていうのも、表裏一体の関係なんです。
──どういうことでしょうか?
中村佑介 謝れないからこそ「トレパク」する。逆に言うと「トレパク」するからこそ謝れなくなる。著作権侵害とはまた別の問題として、要は「トレパク」をする人は”嘘”をついていますよね。
「これはトレースではありません、オマージュで描きました」というような(苦笑)。「これは自分の能力を使って努力して描いたんです」というスタンスを作家が取るのが「トレパク」問題を非常に厄介にさせている点です。
──”偽物”であることが最初から自明なコピー品や海賊版等とは違い、自分の「オリジナル作品」として世に出すわけですものね。
中村佑介 そうです。だからこそ二次創作とも違い、大きな問題になる。でも、それって惜しいなと思うんです。
100枚作品があるうち50枚ぐらいトレパクをしながら長く活動してきた人が、「さあ、謝ってください」と言われた時、どこが悪かったのか、どこが重大だったのか、誰を傷つけたのかなんてわかるはずがないんです。だからいびつな謝り方になってしまう。でも、それって惜しいなと思うんです。
古塔つみさんの場合、時代を読む力や色の選び方、惹きのある画面づくりとか、そういう感覚は優れているのに、「トレパク」してしまったがために、これまでの評価がすべて覆って0点として評される。それは絶対に惜しいことだと思うんです。いくらなんでも0点なわけないですから。
本当に下手な人は、トレパクしても下手です。本当に描けない人は、どこを省略していいかわからない。ある程度の技術を持ってるのに、謝り方一つでここまで状況は変わってしまうのかと思います。