塩見の銀髪、魔除けの銀髪
塩見周子さんは、どうしてあの髪の色になったのか。
初めて出した本に載せた短編のうちの、公開していなかった方です。
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「周子さんは見かけによらず真面目なのに、どうしてそんな髪の色をしているのですか?」 「僕も前から聞こうと思っていたんだ。僕みたいな『痛い奴』でもなかったんだろう?常識的な周子さんが、どうやったらそんな派手な髪になるのか、興味があるな」 この小学生と中学生、目つきがおかしい。何か変なものでも食べたのだろうか。 テーブルの上のサンドイッチとコーヒーはまだ半分残っているけれど、どう考えたってこれが原因ではないのは明らか。そういえばレッスン後、軽くご飯に誘ったらいつもよりも食いついてきた。 どうしようもなくお腹が空いていたのかと思ったけど、油断してた?何に? 「いや〜、趣味?みたいな?」 「趣味でそこまでできるものですか?」 聡いありすちゃんには苦しいか? 「周子さんは昨年高校を卒業したんだろう?いつから銀色に染まったんだい?」 「プロデューサーさんが言ってました。京都で初めて会った時から、あの色だって。」 プロデューサーめ、余計なことを! 「ということは、その髪の色も相当年季が入っているんだね」 飛鳥ちゃんと組まれると、とても苦しい。 身を引くことを知らない年頃は勢いが違う。いつものように上手くかわそうとしても、絶対に逃さない気迫には負ける。焚きつけたのは誰でしょう。 「わかったわかった。話すから、二人とも座ろ?ほら食べながらでいいから」 勝ち誇った年少組の瞳を見ながら、コーヒーで喉を暖める。たいして長くはならないお話。高校二年生のまでの、まだ髪が黒かった頃の私のお話。 「うちね、めっちゃモテたのよ」 髪を染めたのは二年生の初夏だったけれど、その前に私がどんな女の子だったかを話しておかないといけない。 アイドルになった今では、おおっぴらに話せないことだけど、私も男の子と付き合ったことがある。でも、中学生の頃だからセーフだよね? しかも、付き合っていたと言ったって、ほんの数ヶ月の間、言葉の上で「付き合っていた」というだけで、デートに行ったこともなければ、キスもしていない。手をつないだかどうかも覚えていない。こんな、小学生の両思いが立派な恋愛に見えるような付き合い方をしていた理由は「特に好きだったわけでもなく」「とりあえずお受けした」ものの「お店のお手伝いの方が楽しかった」から。 お互い「付き合っている」なんて認識を持てなくなった頃、向こうから別れ話を切り出され、断る理由もなかったからそのまま別れた。自然消滅してもおかしくないような状態だったにもかかわらず、ちゃんと話してくれた姿を見て、最後に心が痛んだ。 「それで、償いの気持ちを込めて、銀髪に?」 「これこれ。話の腰を折るもんじゃないよ」 場面としてキリのいい所だったから、カップに口をつける。一拍遅れてミルクティーを飲んでいたありすちゃんが、不思議そうな顔で口を開く。 「中学生は、そんな軽い気持ちでお付き合いするのですか?」 「だってよ〜、飛鳥ちゃん。中学生を代表してどうぞ」 質問する立場から答える立場に回された彼女は、特別驚く風でもなく、いつもの調子で答える。 「そういう人の方が多いさ。所詮、子供のお遊びそのもの。大人の恋愛のイミテーションでしかないことに薄々感づいているから、なんとなくでも付き合えてしまうものだよ」 「なんだか不純です」 「不純って言われちゃった」 「まあそう言うなありす。そんな付き合い方が正しくないと感じたから、周子さんも罪悪感を感じたんだろう?」 そうねーと、ため息を混ぜながら返す。 「そのあとも男の子にはよく告白されたけど、同じことになるのも申し訳ないから、断り続けてた。しばらくずっとそんな時期が続いて、で、その内みんな飽きたのか落ち着いたね」 中学生の頃のエピソードはこれくらい。 ふやけたサンドイッチの残りを食べきって、いよいよ本題の高校生編。 高校に進学してからは、やっぱりというか、また告白されるようになった。 友達から聞いた話では、入学当初から私のことは話題になっていたそうなのだけど、実際に声をかけられるようになったのは五月のゴールデンウィーク前から。 同じ中学校から進学した友達に私の連絡先を聞いたり、今まで私に告白してきた男の子が一人を除いて振られ続けていることを知ったり、他に誰が私に好意を寄せているのか詮索しあう内に、一ヶ月が過ぎたのだとかなんとか。 その間の私はといえば、新しい環境で友達を作っていく緊張感と、久しぶりに感じる周囲からの熱い視線を程よく受け流して順応していた。 周囲が動き出した5月。 高校初の告白はクラスメイトからのLINE。LINEかよ〜。 その次。下校時に校門の前で。私が友達と一緒だったのに声をかけてきた度胸は、正直に言ってすごいなって感心した。 以下、長くなるためダイジェスト。授業の合間の廊下、登下校時の昇降口、下駄箱に手紙、校外学習の夜、先輩、他校の人、稀に女の子。中学生と比べて、高校生は学校の規模も交友関係の範囲の広さも大きくなるため、声をかけられる回数も増えてしまった。 こんな具合で月に三回は告白されると、断りの言葉のレパートリーが自然と増えてしまう。 「ごめんなさい」「あなたのことが嫌いではないの」「付き合ったとしても、私があなたにしてあげられることは、何もなくて」「気持ちは嬉しいけど、好きにはなれない」「家のことが忙しいから一緒にいられない」「女の子だからとかじゃなくて、今は誰とも付き合う気が無いの」 「一体何人に告白されたんだい?」 「一々数えて覚えるほど、うち性格悪くないから」 周りがアイドルの女の子だらけな環境にいれば、これくらいでも平均的な範囲になる。飛鳥ちゃんのような個性や、ありすちゃんのような幼さがあると話し話変わるのだろうけど、その内わかるはず。 「女の子に愛を告白されたんですか?」 あ〜、小学生には早かったかも。後で大人に怒られたりしない? 「そういう人もいるよ〜。ま、それぐらい私が魅力的だったのかもしれないけど?」 今度ちゃんとフォローを入れておこう。ありすちゃんのお母さんに怒られるのは、想像するだけで恐ろしい。会ったことはないけれど。 「それだけ告白されてきた中で、心惹かれる人はいなかったのかい?今まで信じてきたことを全てひっくり返してもいいような、そんな相手は」 「いなかったかな。いたら付き合ってたと思うし」 店員さんがチーズケーキとタルトを持ってきたことで、一度静かになる。 再開させたのは飛鳥だった。 「じゃあ周子さんは、どんな人に告白されたら、全てを投げ出すことができるのかな?」 この質問は高校生の頃からよく受けるものだけど、答えはずっと変わらない。 「竹野内豊さんか、吉田羊さん」 「高校生には到底届かないレベルの方々じゃないですか!」 「だから良いんじゃーん。竹野内さんや吉田さんに告白されたら、実家飛び出してすぐ付き合っちゃうもん」 「当たり前です!」 ありすちゃん、その年でよくわかってるじゃない。 「僕はあまりテレビを観ないから分からないのだけど、どんな人なんだい?」 携帯に保存したそれぞれ画像のフォルダを表示して、テーブルの上で手渡す。飛鳥ちゃん的にはピンとこなかったらしい。不発か。 「なんとなく周子さんの趣味がわかったよ。わかったというか、傾向が掴めたというべきかもしれない」 一拍置いて 「とりあえず周子さんがモテてモテてしょうがなかったことはわかった。が、そろそろ肝心の銀髪になった理由を教えてくれないか」 いいでしょう。ここまで話に付き合ってくれたのだから、ちゃんと教えてあげましょう。 「中学校の頃もそうだったけど、しばらくすれば波は収まるもの。てことで、冬はいつも落ち着くんだけど、春になるとまた波が来てね」 ケーキのフィルムを巻き取ってから一口。 「一年生が入ってくると、入学した時程ではなくても、やっぱり言い寄ってくる子はいて。一応こっちは先輩だし、向こうも近寄り難かったり、部活に所属してる子は全滅の話を知って、諦めたりもしてたらしいんだけどね。その分、実際に声をかけてくる子っていうのは、なんというか、骨のある人に絞られてきて…」