化石から出てきた“柔らかなもの”は何なのか
辻極さんは自身の直感が赴くまま、モンゴルの化石に「動物の骨に使う分析手法」を試したという。その手法は「脱灰(だっかい)」。骨からカルシウム分を取り除き、残った物質を観察するという、骨の成分を分析する場合には一般的な方法だそうだ。
そしてその結果、「化石から何か柔らかいものが本当に出てきてしまった」というのだ。顕微鏡で拡大すると驚くことに血管や細胞の痕跡、穴が見えた。それはつまり、現生動物の骨を脱灰した時に出てくる“柔らかなもの”とそっくりだったのだ。
では“柔らかなもの”とは何を指すか。
辻極さんは「タンパク質としか考えられない。初めて作った時ビックリしたんですけど」と恐る恐るつぶやく。恐竜学者の千葉さんも「こんなもの見たことない。1億年前の化石で、こんな感じで残っていることは信じがたい」と強調した。
「恐竜化石からタンパク質が出てきた」
読者の方がどう思うかはわからないが、この発言は恐竜学者の多くが耳を疑う内容だ。そもそもタンパク質とは、私たち生物の体を主に構成する有機物で、大昔に生きていた恐竜も当然、何万種ものタンパク質が作用することで生きていたのは間違いないが、「石となってしまった化石にはDNAは勿論、タンパク質も残っていない」と考えるのが恐竜研究の常識だからだ。
なお一つ、ここで断っておきたいことがある。「恐竜化石からタンパク質を取り出した」という報告自体はこれが世界初ではない。アメリカの研究者によって2000年代の前半頃から「恐竜化石からタンパク質が抽出された」という趣旨の報告がすでになされている。当初、大きな話題となったのは事実だが、それから10年以上たった今も、他の研究チームから追随するような研究成果が発表されることもなく時は流れ、今日に至る。
私の取材実感としては、多くの古生物学者は「そんな研究が一部あるよね」と受け止めている感じだ。だから2022年の時点でも「恐竜化石はあくまでも石」、「恐竜化石からタンパク質は出ない」とするのが古生物学の常識なのだ。
ちなみに恐竜学が専門ではない辻極さんは上のような経緯も特に知らないまま、あくまでモンゴルの化石を見た時の自身の直感に基づき研究を始め、「恐竜化石の脱灰」まで行ったという。辻極さんたちの「恐竜化石からタンパク質を取り出した」という発言は、多くの研究者が目を丸くする非常識な研究結果なのは間違いないことだった。しかし現物を直に見せてもらった私の目にも、化石から出てきたというそれはどうみても有機物、タンパク質っぽいものだった。