●思いをともにする者たち

続いては、コジマプロダクションのメンバーを紹介。なじみの顔から、まったくの他業種から転職してきた人まで、非常に興味深いメンツが集まった。これまでの経歴や現在の役職、現場の雰囲気なども語ってもらった。


──今回、コジマプロダクション所属の5名に来ていただきましたが、おひとりずつお話をお聞かせいただければと思います。
小島 新ちゃん(新川洋司氏の愛称)は前職からいっしょなので説明はいらないでしょうけど、最初の仮事務所からのメンバーです。その仮事務所のころ、矢野さんがよく遊びに来てくれて、ご飯をおごってもらっていました。
矢野 行ってましたね(笑)。
小島 コーヒーを飲みながら「いっしょにする?」って言ったら、「行きます」って(笑)。
矢野 はい(笑)。2016年4月1日付で入社です。
──前職のKADOKAWAでは『メタルギア ソリッド』のノベライズを担当されていましたよね。現在はどのような役職なのでしょうか?
矢野 いまはライターということで、監督といっしょにシナリオを作っています。
──どのようにして協調作業をされているのか気になります。
矢野 監督とはほぼ毎日ご飯をいっしょに食べています。外食で外部の人もいるので、直接的なシナリオの話はできませんが、イメージやアイデアを共有したり。映画の話もよくします。
──シナリオはおふたりだけで作られているのでしょうか?
小島 シナリオを含む世界観作りはふたりでやっています。
──バンスさんは同じゲーム業界からの転職ですね。
バンス じつは、まだ入社して1ヵ月くらいです。私は今年で日本のゲーム業界でのキャリアが11年になります。そこで、もう少しチャレンジしたい、すごいモノを創りたいと思って入社を決めました。
──前職ではどのような役職だったのでしょうか?
バンス 開発やプロモーションのプロデューサーだったのですが、プロジェクトによって役割や責任はさまざまでした。今回はプロジェクトマネジメントの比重が大きいので、そこを磨くチャンスだなと思っています。
小島 プロデューサーって、現場と視点が離れてしまいがちですが、ウチはあくまで同じ視点でモノを創って、プロデュースをします。
バンス 一生懸命開発を見守ろうとしても、プロデューサーがいるフロアや建物自体が違ったりすると、いっしょにやっている感じがしないですよね。ゲームを創るのは非常に複雑になってきています。開発現場と密にやり取りしたほうが作品と自分のためになるかなと。
──藤原さんはキャラクターアーティストという役職ですが、前職ではどのようなお仕事をされていたのですか?
藤原 もともとは、モデリングカフェというCGのモデリングを専門にしている会社で働いていました。ある日、コジマプロダクションの求人をWebで見て、すぐに作品を創って送りました。2016年4月1日付の入社です。
小島 ガメラ生誕50周年記念映像『GAMERA』のティザーに登場するモデルは、彼によるものです。
──映像作品のプロなんですね。ゲームのモデリング制作の経験は?
藤原 まったくないわけではありませんが、ハイエンドのものはほとんどやっていなかったです。
──それでも、コジマプロダクションに入れると思いましたか?
藤原 やることはこれまでの仕事とそれほど違わないと思っていました。何より、小島監督の作品が好きだったので、とりあえず送ってみようと。
──立川さんのコジマプロダクションでの内容についてお聞かせください。
立川 肩書きとしてはテクニカルアーティストになります。アーティストが仕事ができるようにツールを開発しています。
──立川さんは、なんと前職がニコンということですが。
立川 昨年の10月に入社しました。ニコンではカメラを作っていたわけではないのですが、半導体製造装置、つまりCPUとかメモリーなどを製造する機械を作っていました。もともとゲームの技術には興味があって、大学の研究もCGに関することがテーマでした。私も藤原さんと同じように、小島監督の独立のニュースを耳にして、すぐに応募用のプログラムを作って送りました。
──ゲーム作りは当然経験がないですよね?
立川 趣味のレベルではありますが、仕事としては未経験です。でも、入社する前に思っていたほどの支障はないですね。プログラムをやるということは同じですし、中途社員研修もありますから。プログラマーの視点からすると、ゲームはハイエンドになってくると理論が大事になってきます。センスだけでなくて、理論も大事。そういう面でなら通用するのかなと。
──ものすごく特化された集団ですね。
小島 ゲームは総合芸術ですから。
スペシャリストどうしをつなぐ仕事のしかた
──実際のコジマプロダクションでの仕事の雰囲気をお教えください。
小島 開発中には問題がつぎつぎと起こります。それこそ、1分おきくらいです。でも、全員が水平の関係で仕事をしていて、その都度修正できるので、大きな損失はありません。これが大所帯になると、判断するトップが違うところにいたり、ミーティングでもスタッフが本音で話さなかったりして、問題解決に出遅れたりするんです。
新川 机のレイアウトもかなり重要です。いままではチーム単位で箱のように区切っていたんですけど、全部オープンにしたいと監督からリクエストがあって、みんなで形にしていきました。
──チームで一応は分かれているんですか?
新川 ある程度は固まっています。
小島 島っぽくはなっていますけど、あいだにあまり関係ない人を配置するんです。
──それはなぜでしょう?
小島 交流がないチームってどうしても出てきてしまうんです。たとえば、アニメーターとプログラマーとかですね。自分の業務に近い人とは言い合いをしますけど、直接言わなくても済んでしまう業務もある。そうなると話をしないんです。なので、あいだに入れてみようと。コミュニケーション不全からくるミスが、もっとも大きく損失するところなので、役職で固めすぎてしまうのもよくありません。プログラマーはプログラマーどうしで集まったほうがいいように思えますが、アーティストをサポートする人は近くにいないとダメなんです。
──ゲーム制作のすべてを知るという意味でも有効そうです。
小島 一応、それぞれに役職はあるのですが、モデリングの人はなんでもできる人が多いです。モデリングして、アニメーションもつけて、カメラも当然できます。たとえば、カメラの人が休んでいたら、自分でやればいいんです。僕が監修しますから。もちろん、最終的にはアニメーションはアニメーターがつけたほうがいいですけど、仮のアニメーションくらいはつけられるじゃないですか。
──新川さんは、いまの制作体制についてどのような印象をお持ちでしょうか?
新川 僕も、ゲーム作りを始めた当時は10人とか20人くらいのチームだったので、みんなの顔を毎朝見てっていう感じは昔に戻ったのかなと。
小島 昔に戻りつつも、ツールを使いながら効率を上げていく感じですね。
──最後に、コジマプロダクションの2017年の目標をお聞かせください。
小島 宇宙船(スタジオ)とエンジンができたので、点火してそろそろ本格的な旅に出ます。楽しくて辛い旅ですね(苦笑)。宇宙船の席はまだ空いているので、いっしょに乗ってくれる人はぜひ来てください。
今の自分があるのは、生まれてからの53年間の結果。
その53年間に体験したこと(見た映画、読んだ本、聞いた音楽、遊んだゲーム、会った人、業界に入ってからの30年の経験)のすべてが今の自分を作った。
無駄なことは一つもなかった。
コナミでのゲーム創りもその重要な要素。
今はゼロからの新しい挑戦だが、死ぬまでモノづくりに挑んでいく。
53年の人生は、決して自分を裏切らないと信じている。
小島秀夫
The me that stands here now is the product of the past 53 years of my life.
Everything I experienced over 53 years; movies I've seen, books I've read, music I've listened to, games I've played, people I've met and the 30 years spent in this industry, have formed who I am.
Not one of these things has been without purpose, including my experience creating games at Konami.
I'm embarking on a new challenge with a fresh slate, but I intend to keep pushing the creative envelope until the day I die. I believe my experiences over the past 53 years won't lead me astray.
HIDEO KOJIMA