久住:でももう、そういう時代ではない。ということです。音楽のよりいろいろな在り方が試されている時代ではないでしょうか。個々の音楽家も自分の立ち位置を問われているような。

音楽の喜びは「共有」にある

音楽が生まれたときから「著作権」という考え方があったわけではなく、音楽に付随して大変なお金が動く時代が続いたから「タダで使っちゃダメだよ」という仕組みや、それを維持・管理する組織が生まれてきたわけですね。

久住:僕は音楽の大きな喜びのひとつは「共有」にあると思っています。

 もともと音楽は、お祭りや、自分達が無料で楽しむためのものだった。宮廷の音楽とかはまた違うでしょうけれど、今はそれをも誰もが自由に楽しめるようになった。モーツァルトだってベートーベンだって、誰でも演奏していい。ボクは「孤独のグルメ」の音楽も、も「第九」や「エリーゼのために」のように、誰でも自由に演奏できたり、自分で撮った映像のBGMにしたりできたほうが楽しいなあと思ったんです。だったら「共有」できたら嬉しいなと。そういう広がり方で、ボクらのCDが売れたならすごくシアワセなことだと思ったんです。

 で、実際楽しいんですよ! CDの発売前から、メロディーを耳コピして、ピアノやリコーダーとかで演奏し、YouTubeにアップしてくれる方がいてね。それを聴いた我々はどう思ったかといえば「嬉しい!洒落たことをやってくれる!この人たちに会いたい!」ですよ。そうしたら実際にライブ会場に「一度ご挨拶せねばと」と会いに来てくださって。

うーむ…。今回のCDの収録曲を、久住さんやこの作品とは無関係な、自分の映像のBGMにしたりするのもいいんですか?

久住:もちろんですよ! ジャンジャンやってほしい。そして、それが条件じゃないけれど、見せてくれたら嬉しい。自分の食事風景に重ねるだけで、あなたも井之頭五郎ですよ。食事だけじゃなくて、まったく関係ないところで使ってもらって、「あっ、こんな手があったのか!」とびっくりさせてほしい。

アダルト作品とかで悪用されたら?

久住:それはメンバー間でも話に出ました。でもまあ、やってみようと。この音楽を好きになってくれた人たちが、そういう行動はきっと嫌ってくれるだろうし、嫌われるモノを売ることは、商売が分かっている人ならやらないんじゃないか、と。

どう聞こえて、どう使いたくなるかは本当に受け手に任せるわけですね。

久住:少なくとも、このアルバムに関しては、どう使っても、どう演奏してもOKです。

 今回のお知らせをつぶやいたツイッターは数え切れないくらいのリツイートをもらったし、ライブ会場で「著作権登録はしてないのでガンガン活用してください!」といったとたんに、割れんばかりの歓声をもらいました。やっぱりみんな、なんとなくでも今の状況が、よくわかんないけど変だな、息苦しいな、と思っていたんじゃないかな。

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