戦場で起きることを知るのは難しい。現代戦は機密が多いし、過去の戦争は資料が散逸していたり、混乱していたり、偏向していたりする。
私は軍事のなかでも海戦に興味があるのだが、文献をこつこつ調べるのには限界を感じている。文献にはたいてい誤りがあり、クロスチェックするのが大変だからだ。そこで、それなりにもっともらしい結果が出る図上演習――に近いゲームシステムを購入して、シミュレーションで確かめることにしている。
これはコンピューターゲームではなく、紙と鉛筆とダイスを使う、地味で手間のかかるミニチュア・ゲームである。だが、砲熕兵器なら砲身一本の射程や砲弾の破壊力、発砲レートまで考慮したうえで判定する、かなり精密なものだ。
シミュレーションとは現象のモデル化だから、プラモデルを作るのに通じるものがある。プラモデルは形や色を確かめるのに便利だ。艦船模型があればレーダー覆域や砲の死角もわかる。いっぽうシミュレーション・モデルは現象を確かめるのに都合がいい。さまざまなパラメータを入力して、だいたいもっともらしい結果が出れば、そのモデルは現実に即していると考えられる。確実ではないが、大きくは外さないし、物理的な検証もできる。
そのゲームシステムだが、現代海戦についてはHarpoon4を使っている。これを使った動画を以下に貼っておこう。動画は三部作になっていて、全部視聴するのに30分ぐらいかかるので、暇なときにでも。
動画を見ればわかるが、ゲームとは名ばかりで、やはり図上演習に近いものだ。プレイヤーを楽しませ、達成感を与えるような"おもてなし"は一切ない。初代Harpoonは海軍大学で使われていた図上演習を合理化しようとして作られたものだから、まあ当然であろう。
CaSは艦これを始めたときに購入して、ときどき必要なところを訳してはプレイしている。雷 vs 鳥海で砲撃演習してみると、駆逐艦が重巡を撃破するのは、艦これほど容易ではないことがわかった。駆逐艦の主砲で重巡に必要なダメージを与えるのに20分ほどかかるが、重巡は駆逐艦を3分で轟沈させられる。射程も駆逐艦のほうが短いので、夜戦で忍び寄って先手を取るしかなさそうだ。艦これでも駆逐艦は夜戦で活躍するようにデザインされていて、当時の海戦の雰囲気はよく出ていると思う。ただしCaSでは、夜戦だからといってカットイン攻撃を繰り出したりはしない。
さて、今年の終戦記念日は70周年ということで、テレビでもニコニコでも多くの特番が組まれた。そこでたびたび取り上げられた「特攻」について、CaSで調べてみることにした。
CaSでは特攻機や特攻艇について特別なルールがある。特攻機ルールの訳を以下に引用する。誤訳があっても容赦していただきたい。
冒頭で特攻について辛辣な見解が述べられているが、それで不機嫌になるような人はここで引き返していただきたい。私は単に特攻作戦が具体的にどういう戦いだったか、その相場観をつかみたいだけだ。
このルールを使って、沖縄戦の頃の特攻作戦をシミュレートしてみた。ただし、実際よりずっと簡略化した、模式的なシナリオになる。7.4.11 カミカゼ攻撃
WW2における最も悪名高い航空攻撃はカミカゼ攻撃である。1944年後半、アメリカの航空戦力は量・質ともに完全に日本を凌駕していた。通常の日本機による攻撃が成功することは稀で、最も献身的なパイロットさえ徒労感を抱いていた。
日本人がこれを乗り切るには、戦術を劇的に変えるほかないことは明らかだった。日本人はカミカゼが無駄と知っていたが、他の攻撃手段が残ってなかった。彼らにとって他の選択肢は、自らの航空戦力の無力とその論理的帰結である敗北を認めることだった。
カミカゼは日本人に特有の戦術だ。ドイツ空軍でも"自殺"パイロットの飛行隊が組織されたが、アドルフ・ヒトラーでさえそのコンセプトを受け入れがたいとしている。
これは絶望的な戦術だ。航空機とパイロットは高価で時間のかかる産物である。片道ミッションによってそれらを意図的に使い捨てる価値があるのは、きわめて大きな成果が得られるときだけだ。あの場合、一機あたり一隻が沈められたとしても十分な必要性はなかった。
太平洋戦争後期の未熟な日本人パイロットでは連合軍に歯が立たなかった。連合軍の訓練システムが良かっただけでなく、そのパイロットたちは勝って生き残り、ベテランになった。マリアナ以降の平均的な日本人パイロットは未熟だった。カミカゼ用の訓練を受けた多くのパイロットは訓練時間を短縮されたので、経験レベルは新兵(Recruit)である。手順: 1944年10月1日より、日本人プレイヤーは割り当てられた機をカミカゼに任命し始める。これらの機は通常どおりの装備を持ち、移動、機動、ドッグファイトも通常どおりだが、水上艦への攻撃においては特別ルールがある。
カミカゼはどのような降下角・高度からアプローチしてもよい。最後の降下は目標から8000ydの地点で始まる。カミカゼ機を撃ち落とすのは難しく、領域および軽AA(対空火器)の戦力は半分になる。カミカゼ攻撃はプレスホーム攻撃(肉薄攻撃)とみなされ、対空射撃が命中した機は目標到達前に除かれる。
カミカゼ機が目標に到達したら、攻撃側プレイヤーは移動フェイズの終わりにD100ロールする。サイズクラスAおよびBの船は40%の命中率、C以下の船には30%の命中率になる。
カミカゼ機が搭載している爆弾、ロケット、魚雷は自動的に命中し、通常のダメージを生む。装甲貫通力は1/3に減衰する。飛行機は自由落下する爆弾やロケットの速度を作れないからだ。
航空機自体がもたらすダメージポイントは、その機のダメージ値の4倍とみなす。たとえば、ダメージ値6の戦闘機が船に命中すると、そのダメージポイントは24となる。飛行機が貫通できる装甲値は2 (2cm)。最後に、飛行機とその搭載兵器の爆発によるダメージポイントから生成されるクリティカル・ヒットに加えて、燃料による火災クリティカルヒットが発生し、その重大性ロールでは2を引く。
鹿児島を飛び立った零戦52型が
(1) F6F-3ヘルキャット戦闘機の迎撃
(2) 米空母機動部隊の対空砲火
をかいくぐり、CV-12空母ホーネットに体当たりするまでを再現する。
RP艦は特攻機を遠方からレーダーで捉えて艦隊に通報する。装備されている対空レーダーはSC-2で、送信周波数は200MHz前後、アンテナは八木-宇田アンテナを束ねたもの。なんだか私でも自作できそうなスペックだが、送信出力は20kWあるから、アマチュアにはちょっと手を出しにくい。中高度の戦闘機サイズの物体なら探知半径は40nm(74km)になる。
RP艦の通報を受けた艦隊は迎撃機を差し向ける。
迎撃機はF4UコルセアかF6Fヘルキャットが定番で、ここでは後者にした。戦時中、学徒動員で高射砲弾の信管を作っていた父が、WW2の米軍戦闘機を一律「グラマン」「熊ん蜂」と呼んでいたのを思い出したからだ。
特攻機1機あたり何機の迎撃があったのかは、よくわからない。『Steel Typhoon』にアイスバーグ作戦のシナリオはいくつかあるが、今回の目的にぴったり合うものがない。ただ、連合軍側特別ルールとして「CAP(戦闘空中哨戒)機は15分ごとに20%の確率で1~3機増強される」とある。増強機は護衛空母か海兵隊の陣地から飛来する。この潤沢な補給は、やはり勝利の方程式といえようか。
迎撃機の数はとりあえず未知数として、シミュレート結果から考察することにしよう。
CaSにおける航空機のドッグファイトで、勝敗を決める要素は以下の4つだ。
(1) 機動レーティング (maneuverability rating 機動性・操縦性の評価値。零戦とヘルキャットはともに3.5で互角)
(2) 最高速度 (高度帯ごとに設定がある。ヘルキャットのほうがやや速い)
(3) 搭載火器の破壊力 (ヘルキャットのほうが強い)
(4) パイロットの経験レベル (5段階あり、1が「新兵」、3が「並」)
CaSのドッグファイトは抽象化されていて、飛行経路をプロットしたりはしない。諸条件を加味してダイス決定するだけだ。結果はパーセントで示され、D100(10面体ダイスを2回振って1~100までの乱数を作る)して判定する。
零戦とヘルキャットは飛行機としては互角だが、武装と耐久力に差がある。相手の弾が命中したとき、零戦のほうが墜落しやすい。ヘルキャットは撃たれても墜ちにくい。
零戦を特攻機に使う場合、250kg爆弾を抱えることが多かった。このときの機動レーティングは3.5→2.5に下がる。
パイロットの経験レベルは、米軍は「並」、日本軍は「並」「新兵」で判定した。菊水作戦でも後期ほど質が落ちたようだ。
ドッグファイトでは各ラウンドで機動レーティングの大きいほうが先に動く。それが互角なら、最高速度の大きいほうが先になる。すべて互角のときはコイントスで決めるが、この場合は常にヘルキャットが先手だ。
以下に1ラウンド(1分間)あたりの攻撃成功率を示す。
(設定1) 爆装なしの零戦 vs ヘルキャット。パイロットは両方「並」
ヘルキャット×零戦 12%
零戦×ヘルキャット 8%
(ご存知だろうが、× の左が攻め、右が受けである)
(設定2) 爆装した零戦 vs ヘルキャット。パイロットは両方「並」
ヘルキャット×零戦 16%
零戦×ヘルキャット 5%
零戦は艦船の破壊が任務だから、ヘルキャットとの戦いを避けて、逃走に専念したかもしれない。その場合は逃走側に有利な補正が加わる。
(設定3) 爆装した零戦がヘルキャットから逃げる。パイロットは両方「並」
ヘルキャット×零戦 14%
零戦 (逃走) ヘルキャット 50%
(設定4) 爆装した零戦がヘルキャットから逃げる。零戦のパイロットは「新兵」
ヘルキャット×零戦 23%
零戦 (逃走) ヘルキャット 30%
双方が攻撃に失敗したり、零戦が逃走に失敗した場合は次のラウンドで同様の戦闘が繰り返される。3分ごとにドッグファイトの3終了判定があり、9分後には自動的に終了する。ドッグファイトは長時間続かない。
この結果からは、設定3、4がありそうだと思う。あるいは、特攻機に随伴した護衛機が迎撃機の相手をしたかもしれない。菊水作戦では通常の作戦機も特攻機と平行して活動していたようだが、細かい状況は知らない。
(注: 2015/09/14 空戦の判定にミスがあったので、以下に修整・加筆する)
特攻機側には設定3、4が有利なので、これを採用しよう。同数の迎撃機から生き延びる特攻機は、6ラウンドまで戦った場合、パイロットが「並」なら75%、「新兵」なら49%である。 今回の設定だと特攻機は7割~半分が逃走できるので、悪くない気がする。だがこれは1対1の場合だ。
写真左のようにヘルキャット5機vs零戦2機の場合、写真右の順番で攻撃を判定する。撃墜判定が出ると、ユニットはただちに除去される。後手にまわると反撃もできないまま墜落することもあるが、これは実際の空戦でもそうだろう。なお今回は墜落するかしないかの二値状態で判定したが、オプションルールで損傷しながら戦い続ける判定もできる。また、参加機が多い場合はまとめてざっくり判定するルールもある。
迎撃機を減らすために、囮の機を仕向けたこともあったらしい。総じて言えることは、特攻するにしても小出しにせずに、多数で向かったほうが有利ということだ。
実際には迎撃機とのドッグファイトは複数回あったり、起きなかった場合もあったかもしれない。CaSのルールでは、高度30m以下の超低空飛行をすればレーダー探知を回避できる。しかし、目標まで100nm(海里 1nm=1.852km)ほどになるレーダー覆域を超低空飛行するのは大変だろう。零戦の巡航速度で100nmを飛ぶのに50分くらいかかる。ルール上、超低空飛行をする機は3分おきに1%の確率で墜落判定をしなければならない。50分だと16回判定するから15%(訂正。コメントNo.1参照)が墜落してしまう。
迎撃機が特攻機を撃ちもらせば、その報告を受けて第二波が差し向けられたかもしれない。
目標の空母上空では対空砲火が猛烈なので、迎撃機はフレンドリー・ファイアを避けるため近づかなかったと思う。
ともかく、何機かが迎撃を生き延びたとして、次は空母機動部隊の輪形陣に突入することになる。「突入編」として記事を改めることにしよう。
私は太平洋戦争の史実に疎いので、疑問や間違いの指摘、助言があればコメントしていただけると嬉しい。ただし、どちらかの軍に感情的に肩入れしている人や、過剰に反戦的、好戦的な人は遠慮していただきたい。私は特攻作戦の実際と、CaSの戦闘モデルが事実に即しているかどうかにしか興味がないので。
(特攻作戦を図上演習で再現してみた(突入編)につづく)