ロシアによるウクライナへの侵攻には、もうひとつの危機が隠れている。この危機は戦争によって世界中の食糧システムに長期的なダメージを与え、飢餓を増やし、市場を混乱させ、土地と水の利用のあり方を変える可能性がある。さらには空気中に排出される炭素の量まで増やしてしまうかもしれないのだ。
ロシアとウクライナは欧州を支える穀倉地帯だ。ふたつの国が輸出している食糧は世界で消費されるカロリーの12%を担っていると、国際食糧政策研究所は推測している。世界の市場に出回っている小麦の約30%やトウモロコシの約20%、ひまわり油の80%以上の原産国はロシアかウクライナである。
侵攻を受けているウクライナと制裁を課されたロシアという、ふたつの異なる理由で穀物の輸出は滞っているが、世界が食糧危機に陥っているという事実に変わりはない。米国で例えるなら、穀物生産の要であるアイオワ州とイリノイ州が地図上から消し去られてしまうようなものだ。
こうした被害の初期の兆候は3月上旬に現れた。戦争が始まってから初めて発表された米農務省の世界農業需給予測の月次評価によると、ロシアとウクライナから今年輸出される小麦の量は少なくとも700万トン減少すると予想されている。同時にウクライナ政府は小麦の輸出を全面的に禁止し、オーツ麦やキビ、ソバの実、そして畜牛の輸出も禁止することを決定した。自国民のための備蓄を目的としているようだ。
「この食糧危機は、通常の供給網では太刀打ちできない状況になっています」と、農業経済学者でイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校教授のスコット・アーウィンは指摘する。「現在の供給網は崩壊してしまい、非常に大きな経済的代償を払うことになるでしょう」
ウクライナで起きている穀物危機には、いくつかの原因がある。例えば、昨年の秋に収穫されたトウモロコシのように、収穫済みの穀物を輸出することができない点だ。これには港や航路が封鎖されていることや、貿易会社が安全のために運営を一時的に停止していることが影響している。さらに、国の送電網が破壊されていることから、貯蔵庫に蓄えられている穀物の腐敗を防ぐ換気システムや温度調節システムに支障が出ている。
今年の7月に収穫期を迎える小麦は、コンバインの燃料やそれを動かすための労働力がないので収穫ができない。また、農家は種や肥料といった資材の供給が不安視されていることから、来季の作付けをするか否かで頭を悩ませている。ロシアは世界最大の肥料輸出国だが、3月上旬に輸出を停止している。
世界の食糧価格は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって供給網が圧迫された影響もあり、開戦前から史上最高値を記録している。なかでも現在の小麦の価格は14年ぶりのピークに達しているようだ。アナリストたちは、ウクライナから小麦を輸入しているアフリカや中東諸国が価格の上昇への対応に最も苦労するだろうと懸念している。
「こうした国は小麦の大部分、場所によっては80%ほどをウクライナやロシアから輸入しているだけでなく、パンを主食としている地域です」と、イリノイ大学の助教で土木工学と環境工学を研究しているミーガン・コナーは指摘する。エジプトとトルコは小麦のほとんどをウクライナやロシアから輸入しており、バングラデシュやパキスタン、サハラ砂漠の南に位置する国で消費される小麦の半分はウクライナから輸入しているのだ。