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「北京パラリンピック閉幕 踏みにじられた"平和の祭典"」(時論公論)

竹内 哲哉  解説委員

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13日に閉幕した北京パラリンピック。開幕直前に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻により、平和の祭典の最中に多くの人命が失われる大会となってしまったことが悔やまれてなりません。

今日の時論公論はロシアの軍事侵攻が北京パラリンピックに与えた影響とパラリンピックと平和について大会を振り返りながら考えたいと思います。

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【大会直前の暴挙・ロシアの軍事侵攻】
「PEACE!」。“共生社会”や“多様性の尊重”といった、パラリンピックの理念を真っ向から否定する軍事侵攻を行ったロシアに対し、怒りを露わにした開会式での絶叫。IPC=国際バラリンピック委員会のパーソンズ会長の無念さが伝わってきました。

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ロシアの軍事侵攻が始まったのは2月24日。国連総会で採択されたあらゆる紛争を停止することが求められているオリンピック休戦決議の明らかな違反でした。ロシアの違反は今回が初めてではありません。2008年、夏の北京大会でのジョージア侵攻。2014年、自国ロシア・ソチ大会でのクリミア併合。そして今回。パラリンピック開幕直前の軍事行動はソチ大会に次いで2度目であり、パラリンピックを軽視していると言わざるを得ません。

【苦渋の決断を下さなければならなかったIPC】

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これにより、IPCは大会直前に苦渋の決断を迫られました。RPC=ロシアパラリンピック委員会の選手とその同盟関係にあるベラルーシの選手の処遇です。当初、IPCは憲章と規則に基づき「中立的な個人としての出場を認める」としました。政治からは距離を置き、“分断”ではなく “連帯”を通して平和を訴えたい。国際法を犯した相手に対し、ルールを守る団体であるという意思を示したとも言えます。

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しかし、この決定に対しイギリスやノルウェー、ポーランドなど大会に参加する国と地域の半数以上が反発。「出場を見送る」という訴えがあったことや、選手村の状況が悪化しRPCとベラルーシの選手を含む、すべての参加者の安全が守られない可能性が出てきたことなどから、大会の開催を重視したIPCは「悪いのは政府で、選手に責任はない」としながらも、決定を覆しRPCとベラルーシの出場を認めないとしました。

祖国の暴挙の犠牲となったRPCとベラルーシの選手たち。RPCの選手は帰国後、「私たちにとってスポーツは生き方そのもの。除外されることは、私たちの息を止められるようなものです」と沈痛な面持ちで語っています。

同情する声もありました。ロシアの選手と交流があるアルペンスキーの小池岳太選手が「帰っていく彼らを見て思わず泣いてしまった」と、選手同士にしか分からない複雑な思いを打ち明けました。

【戦時下のウクライナの選手たち】

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一方、出場が危ぶまれたウクライナの選手たちは戦火をかいくぐり、奇跡的に北京に到着、20人の選手が出場を果たします。しかし、大会が進むにつれ戦闘は激化。クロスカントリースキーに出場したスヤルコ選手は自宅が爆撃され、バイアスロンに出場した19歳のラレティナ選手は父親が捕虜となるなど、厳しい現実が突き付けられます。

競技に集中できるような環境ではないなか、選手たちは懸命に自分の力を発揮しました。獲得したメダル数は冬季パラリンピックでウクライナ史上最多の29。しかし、表彰台の選手たちにほとんど笑顔はなく、「戦争をやめてほしい」と訴え続けました。

ウクライナパラリンピック委員会のシシュケービチ会長はメダルを獲得した選手をたたえつつ「私たちがここにいる理由は、ウクライナの存在を世界に示し、みんなで力を合わせて戦争を止めることだ」と述べました。

ウクライナにはおよそ270万人の障害者がいるとされており、IDA=国際障害者同盟によれば、障害者の多くが地下鉄の駅などに避難できず、隣国にも逃げられず取り残されている状態だといいます。私は伝えられる映像から障害者の姿を確認できていません。選手たちは自分たちの存在を示すことで、「障害者も忘れないでほしい」と訴えていたように感じました。

【パラリンピックと平和の関係】

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もともとパラリンピックは戦争と深い関わりがあります。第二次世界大戦で負傷した軍人のリハビリテーションとしてイギリスの病院で行われた大会が起源です。そのため根底には平和への強い願いがあります。

今回も戦争で障害を負った元軍人の選手たちが出場していますが、彼らが身をもって伝えているのは戦争の悲惨さです。加えて、たとえ過去に敵国で、お互いに負傷させたりさせられたりという関係であっても、いがみ合うことなく競い合える。人は理解しあえるということも伝えています。

東京大会でも、紛争地域に従軍した軍人と、その地域の選手との間に友情が生まれたという話がありましたが、こうした小さな交流を積み重ね、平和の構築を追求するという役割がパラリンピックにはあります。

【中国・開催国の役割は?】

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さて、開催国・中国は今大会に合わせて休戦決議を起草し、国連に提出したこともあって、その役割を期待されていましたが、失望する声もありました。開会式では、パーソンズ会長がロシアのウクライナ軍事侵攻を念頭に平和を訴えましたが、中国の国営テレビは国内向けの放送で平和に関係する「PEACE」などの、発言の一部を中国語で通訳しないといったことがありました。これに対しIPCは説明を求めましたが、回答はされませんでした。

中国政府は開会式の時点では、ロシアを表だって批判しておらず、ロシア寄りの姿勢を示していました。パーソンズ会長の発言の一部が中国の国民向けに不都合な内容と判断した可能性もあるとみられます。

また、休戦決議はオリンピック・パラリンピックが開かれるごとに国連で採択されるものですが、「戦争をしない・やめる」ということだけでなく、「平和を構築する努力をする」ことも含まれています。中国は3月2日に開かれた国連総会の緊急特別会合でロシアの軍事侵攻に関する非難決議を棄権しています。大会期間中に停戦を積極的に求めなかったことは、パラリンピックの理念と相反する行動だとする指摘もありました。

【どうする?今後の対応】

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IPCは早急に総会を開催し、休戦決議違反の国の選手団を、大会からただちに排除できることを視野に入れ、憲章を改訂するという考えを示しています。

ただ、厳密に言えば休戦決議はすべての戦争・紛争の停止を求めていますから、休戦決議期間に戦争を開始した案件だけでなく、継続中の戦争についても考えなければなりません。そして、協力国の範囲をどこまでにするかの定義も求められます。

たとえば、アテネオリンピックの間も継続されていたイラク戦争のようなケースはどう扱うのか。沖縄の米軍基地からアメリカの海兵隊が出撃していますから、他人ごとではありません。

もちろん、休戦決議という期間限定の枠組みに止まらない議論をすることも重要です。また、政治とスポーツの距離を取るという理想に立つのであれば、オリンピック精神の原点に立ち返り、すべての選手を国の代表とするのではなく、中立の立場での参加にするといった識者からの意見に耳を傾けることも求められるかもしれません。

【まとめ】
今回の大会で、私が改めて印象に残ったのは、メダルに関係なく、自らの力を最大限に発揮できた時の彼らの充実感に満ちた笑顔とお互いを称えあう姿です。なかでも全盲のアルペンスキーヤー、クバツカ選手はその象徴だったと思います。先導するガイドを信頼し、難コースに二人で果敢に挑み続ける姿は一人ではできない困難も、人との絆を結べば乗り越えられるという姿を示していたと思います。

スポーツの力だけではどうにもならない現実を突き付けられた大会でしたが、大会を通して、選手たちが言葉やパフォーマンスで発信したメッセージは、平和を構築・維持するためにヒントがあったように思います。他人の価値を認めない。差別や偏見が戦争に結びつくことは過去の歴史が証明しています。平和のために何ができるか、私たちは日ごろから胸に手を当て、行動をしていくことが求められていると思います。

(竹内 哲哉 解説委員)

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