第14話 きょうだいとふうふ

 鬼も、妖怪も、人間も。お互いに争う。

 食う、殺す。変化する。山川市の空が赤黒い闇に包まれていた。

「僕、女になったよ」

「ほんっと、可愛いな。誰に似た?」

「さあ?」

 悲鳴。男が女の人狼に馬乗りになって、殴られながら腰を振らされていた。ある場所では、力のない小さな少女の鬼が、数人がかりで押さえつけられ人間から暴行されている。

「俺、死ぬんだよ。ごめんな。……もう、守ってやれない」

「ううん。……僕は、いっぱい天花に守ってもらった。天花は、どこにいくの?」

「どこだろうな……俺、どこにいくんだろう」

 歩く。焼ける家。人。鬼。機関銃の掃射音。戦闘機が飛び、空を行く鬼を爆撃する。戦車が巨人へその砲口を向けていた。

「でも、……最後の最後で、お前といられる。……深桜、近くにホテルがあるんだ」

「うん」

 世界は変わる。

 いや、ずっと変わっていた。

 ただ、誰もそれに目を向けていないのだ。

 ある場所では猫が巨大化する。犬が、化け物になる。けれどそれらは、命としての形態変化だ。つまり進化である。

 新しい生態系が生まれているのだ。



 治はこうなることをなんとなく想像していた。だから、玉子さんが迎えに来た時、屠平ファイナンスと共にひっそりと築いていた要塞へ向かった。

 雷獣は、大妖怪に数えられる哀しい復讐者は偽りの恋人に言う。

莉緒りおは、このために死んだのかな」

「どうなのでしょうか」

 それから、罪を口にする。

「本当は全部知ってた。天花に依頼された。あの病院について。でも、わからないことだらけで……それで、せめてものって感じでの行動が、この有様だ」

「いいえ……こればかりは、相手の方が上手だったのです」

 二人の目は、遠くにある裡辺タワーへ向けられる。

「あれは、何をしている塔なんだ」

「現代のバベルです」



 中部地方にある、唯一立ち入りできる土地にある日本一高い建物──あの内戦で死んだ命を祀る慰霊碑が、モノリスと呼ばれていた真っ黒な塊が、突如割れた。



 世界は次々変わる。変わる。変わる。


 終わって、始まるのだ。あたらしい世界、新しい時代が。


×


 寂れたラブホテル。逃げ込んだ者がいない部屋。鍵をかける。

「シャワー浴びてくるね」

 そう言った深桜を天花が抱きしめた。

「時間がない」

「ばーか。匂いフェチなの知ってるよ」

 それから、何度も何度も交わった。数えきれないほどに愛し合った。大好きな人。互いの名を呼ぶ。涙を流しながら、最初で最後の愛を育む。決して、決して忘れないように。

 でも、深桜には男根がある。ヴァギナもある。だが精巣も、卵巣もない。子供を残せない。

 それでも、何度も。子供が欲しいと、そう願う。

 汗に塗れていた。お互いの全てを、それをぶつけ合う。全部を共有する。本来、男女にはできないこと。愛し合っていても、どこかで線を引き合う関係。それでも──それでもやっぱり、二人はきょうだいだから。

 同じ、血を持つから。

「好きだ」

「僕も、大好き」

 何度目かの口づけ。体の中に溢れる、愛の液体。



 フィクションだと思っていた全てが現実になった。それは、秋津の各地で、世界中で。テレビもラジオも、動画サイトも全てこの戦争を映し出していた。

 阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている世界が、今そこにあるのだ。

 今まで食べていたものが、その動物が力を得ていた。今までいないと信じていたものと、手を取り合う者がいた。あるいは己の鬼と向き合う者がいた。

 急速に、急速に──どんどん全てが変わる。



「がっ」

 セラが大槻病院を後に、爆薬によって吹っ飛んだそこを離れて風間周子を移送している最中、その車が突然ひっくり返った。野良妖怪か何かの襲撃かと思ったが、違った。そいつらは白い装束の、謎の人物。

 退魔師ではない。そして、恐らくは探偵でもない。

 友季がドアを蹴って飛び出すが、次の瞬間には組み伏せられた。

 無言の白装束は周子を抱えて、拘束具を解いた。

「姦禍様、怨禍様はあちらです」

 その声を聞いて、友季は──今まで封じていた怒りを発露した。

「天城……麗羅れいらぁぁあああああああああああああああああッ!!」



「天花?」

「深桜、さようなら」

 どごっ、と腹を殴られた。天花の拳はその一撃で、深桜の意識を奪い去る。

「最期の思い出には、あんまりにも……名残惜しいものだったな」

 跳ぶ。そして、高いビルに駆け上がる。そこには風間周子。いや、姦禍。

「怨禍よ、妾のものよ」

「ああ、姦禍。くっく、しかしな、もう我は貴様のものではない」

 天──禍。怨禍は笑う。その姿は鬼のそれ。人のサイズの鬼が二体。

「満ち満ちている。平安の空気。鬼の世が!! 我の天下だ!!」

「くだらぬ。愛に勝るものなどあるまい」

「あるさ。力だ。力さえあれば、それで全部、全部手に入るのだ!!」

 ぶつかり合う。きょうだいで愛し合う、天花と深桜。きょうだいで愛し合う、周子と周二。夫婦でいがみ合う、姦禍と怨禍。

 その、肉体で。憎み合った血族の間にできた子供の体を乗っ取った怨禍は、それを振り切る。──この空気。平安の空気。そう、これこそ望んだ世界。待ち侘びていた。

 ぶん殴られた姦禍がビルを三つ砕き、地面に叩きつけられる。怨禍がビルを蹴って跳躍。たまらない──この、快楽!

 これからの世界を、そこを生きる喜び! 愉悦!!

「ああ──泰平の世であればまだよい。貴様のものとなろう。事実、貴様の女陰ほどはよい。だがな、平安の世が帰ってくるのであればまた別よ。我の望む世界であるならば、そこは我が統べるべき天下! 怨みあい、呪い合うことこそ、我らの本能!」

「愛もまた、その、……呪いか……」

 満身創痍の姦禍がいう。

「そうとも」

「なら、その居心地の悪い体を捨てよ。のう、怨禍……この体の中には、まだ数百程度とはいえ、命がある。妾の肉体を奪え。そして、完全なる復活をせよ」

「悪くない提案よ。しかし、なぜだ」

「愛ゆえに、夫を支えるのだ」

「わからんな。……わからん女だ、お前は」

 怨禍は姦禍にまたがり、唇を重ねる。

「ああ──怨禍。一つに、なろう……ぞ…………」



 深桜が目を覚ました時、心のどこかで全部を悟っていた。

 だから、その痕跡を追う。

 誰もいない廃墟を。

 地獄を。

 これからこれが、日常になる。

 僕は。


 愛する人を亡くした僕は、何を糧に生きていくのだろう。


 やがて、大きなクレーターを見つけた。そこに突き立てられている、真っ黒な刀。

「天花……」

 それが、兄の成れの果て。

 そう、か……。

「わかった」

 深桜はそれを引き抜く。

 そして、その向こうにいる風間周子の肉体を持つ鬼へ言う。


「いつか必ず、天花の魂を取り戻す」


「そうか。やってみるがいい。……待っているぞ、鬼神の子よ」

 宣戦布告。

 鬼への、──冥王への、鬼神からの……。



 裡辺ピラーにて、風間周二は微笑む。

「俺が望むもののためだ。許せ」

 彼が欲するもの、愛するもの。



 全ては、愛という呪いゆえの──。

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