間話 恋文

「そっか」

 天城探偵事務所、その事務室で深桜は全員を呼び、全てを語った。

 友季は大人として冷静に、セラはどこか共感を覚えた顔をうっすらとして、瑞奈は涙をこぼしていた。

「それでお前は、兄を許すと?」

 そう問うたのは若い男だった。赤い隻眼。銀色の髪。彼は鬼だ。友季の姉が産んだ子供の一人。友季にとっては甥である。普段はデバッグルームにいる青年で、なにをしているのかわからない。

 彼は早い段階に多大な知識と、鬼でありながら独立する力を手にしていた。腹の中にいた二人の弟を殺して喰らい、自らの意志で出てきた。そして急速に成長し、あの家を飛び出したのである。つまりサメと同じことを彼はやったのだ。それはつまり、母胎で蠱毒が実行されたとみなされており、それ故に彼は力を得たのである。

「うん。そして、僕も兄さんから許してもらわないと」

「ふん。俺はなんとも言わんが、だが厄介だぞ。友季、ちょっとすまない」

「どうぞ、フェイ」

 フェイという鬼はリモコンでテレビをつけ、音量を上げた。

「こちら、見えますでしょうか。山川市にある大槻病院で起こった立てこもりからすでに二時間が経過しています! 突入した機動隊との通信が途絶えているのでしょうか……」

「まさか……」

 友季が慌てて電話。

「理由は後で説明する! 大槻病院を封鎖! 報道を止めて!」

 急にテレビが電波未受信状態に。これが権力か。

「確か生き残りがいるという病院でしたか」

「そうだ。お前らがあの女の鬼から聞いた風間という女だ。この十日、大勢が死んだが……とうとう仕上げだろう。お前の兄は復讐を完遂させるぞ」

 深桜は兄を思い出す。そして──あることを思い出した。

「そうだ、僕は兄さんから手紙を預かったんだ。全部終わったら読め、って」

「ああ、あの封筒か。待ってろ」

 フェイが出ていく。それからすぐに固定電話がなった。

「おい、おい! 誰でもいいから開けろ! 治だ!」

 外から怒鳴り声。瑞奈が慌てて出て鍵を開けた。

「くそっ、やべーぞお前ら!」

「知ってる。私が何のために報道を──」

「違うわボケ!」

「兄さんの鬼が、怨禍ってこと?」

 治は汗を拭って、言った。

「違う。やべえのはあの女だ! 風間周子! こいつ、先祖の中に鬼がいるんだよ!」

 全員が言葉を失った。治は持ってきた資料を広げる。

「いいかよく聞け。この女、大昔にいた大蛇が元となった化け物の子供でな。その大蛇ってのはとにかく……いや、姦姦蛇螺かんかんだらっていう正真正銘の鬼がこいつの中で芽吹いてんだよ! 怨禍に精液注がれたせいでその血が発露しててもおかしくねえんだ! カルテをクラックして、見たんだ。色々おかしい。ありえないような状態だ。そしてな、これだ。緊急手術中、こいつは突然あらゆる全員の医者を丸呑みにした!」

 兄が襲った相手、深桜を呪っていた女。そいつこそが、真に危険だった。

 裕子の鬼が言っていたことは、真実だった。


 風間周子こそ、真の黒幕。


「お前らのことだから何するつもりかはわかってる! その上でだ、俺とこい。玉子が今電話しただろうが遅え。雷獣様なめんじゃねえ。こちとら雷になれるんだ」

 速度、それは情報屋なら絶対に必要なものだ。治は雷獣としての能力を伝達に使っているらしい。

「おい、俺のライバルを呼ぶな。腹立たしい」

「うるせーよ! つーか今おまえと喧嘩してる場合じゃねえ。覚悟があるやつだけ来い。死んでも知らねえ……いや、死ねるかさえ・・・・・・わからねえ・・・・・

「なら俺は降りる。死にたくはないからな。深桜、これだ。友季は詮索が仕事ゆえに見つけていたら読んだはずだが、俺はそんなものに興味はない。じゃあな」

 フェイは「さて、アプデ前の素材集めだ」などと言いながら去っていく。

「ほんっとあの野郎自分本位だな……。行くぞ」

 治に促されて全員が同行。鍵をかけて降り、治が運転するバンに乗り込む。

「僕はこれを」

 兄の手紙だ。

 夏休みに兄が渡してきたもの。

「しばらくしたら、全部終わったら読んでくれ」

 まだ終わっていない。けれど、その手は動くのだ。


「拝啓、親愛なる月乃深桜様へ


 あなたのことが、ずっと好きでした。俺は、あなたが自殺しようとしたその日、助けを求められた日にあなたに恋をしました。

 数えきれないほどの愛を、俺は毎夜呪詛のように呟いていました。けれど俺とあなたは血縁にあり、そして同性でした。

 本当に申し訳ありません。

 俺は去年、あなたを犯しました。

 本当にもうしわけありません。

 俺は、この手紙を書いているこの瞬間も、まだあなたに恋焦がれています。

 深桜様。俺を、嘘でもいいから愛していると言ってください。

 さようなら、深桜様。


 醜く歪んだ月乃天花より」


「…………っ!」

 これが、世界なのか。愛する人と結ばれない。そうなるよう仕向けられる。これがこの世界の、真理だというのか。

「僕も、あなたのことが……好きでした。天花……っ!」

 じわじわと伸びる灰色の髪。それはやがて、白銀に染まった。少しだけ丸みを帯びる体。喉仏が消え、周囲は、友季やセラさえもが絶句する。

「僕の中の鬼を……認めました。僕は、……今はもう、鬼です。同時に、これがこれからの僕です」

 表裏同一。男から女へ。望んでいた生き方。

 その両目は、血のような赤色。深桜は前髪を分け、右目が出るようにツユクサの髪留めをする。すると右目は紫色に。邪視は引き継がれていた。

 鬼を完全に受け入れたのだ。今や深桜は、もう人間ではない。セラやフェイと同じ、肉体を持った鬼。

「天花を止める。僕の好きな人を、僕から奪った鬼から返してもらう」

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