間話 if

「ねえ」

 僕は、どうしたのだろうか。

 暗い。

 ばんっ、と音がした。スクリーンに映し出される映像。回るフィルムの音。

 ここは──映画館? レトロな、そういった趣味の好事家がくる映画館だろうか。

 映るのは『僕が望んだ人生の物語』というタイトル。唐突に暗転し、シーンが始まる。

「あなた、たまには天花と遊びなさいよ」

「うん? いやあ、天花はだって、ほら。……ったく、まだ七歳だろ? こましゃくれてるなあ」

「あら、嫉妬? こんなに可愛い妻の前で?」

 家。どこの。天花……天花って、誰だ?

「いや、可愛い息子がさ、あんな美人を連れてくると……男として悔しいじゃないか」

「もー、男ってこれだからいや」

 微笑ましい夫婦。カメラが映すのは、黒髪の男児と灰色の髪を伸ばした可愛い少女。

「ねえ深桜! 俺たち、結婚しような!」

「うん! 僕、天花のこと大好きだよ!」

「えへへ」

「あはは」

 暗転。切り替わる。

 学ランとセーラー服を着たさっきの男女。通学路を手を繋いで歩いている。手には卒業証が入った筒。舞い散る桜。

「ねえ、高校って別々になるのかな。僕嫌だな、天花と離れ離れになるの」

「たかが高校だろ? 気にするなよ。俺はどこにいてもお前を愛してる。当たり前さ。俺たちは恋人なんだから」

「あっはは、そうだね。女の子なのに僕とかいうやつが好きとか、どうかしてると思う」

「知らねえの? 僕っ娘、結構人気だぞ」

「うわ、オタクじゃん。まあ僕も音楽好きだし、あんま他人のこと言えないけどさ」

 少女の目は、どちらもブラウン。けれど頭には、右目を主張するようにツユクサの髪飾り。

 笑い合う二人。

 暗転。切り替わる。

 裸で愛し合うさっきの男女。高校の制服が床に投げ出されていた。

「あんっ、ちょっと、強引だよ」

「ごめん……初めてで……痛いよな……血、出てるし」

「あっ、馬鹿中折れするなよ! 最悪だよもう!」

「ごめんって! でも、血だぞ……平気か?」

「もー! いいよ。横になって。大好きな口でしてあげるからさ」

「いや……マジでごめん。情けない」

 愛し合う二人。

 暗転。切り替わる。

 そこは南国だった。どこかの浜辺にある教会で、結婚式。花嫁姿の女と、スーツを着た新郎。

 拍手喝采。大勢が──なぜか、既視感がある──人々が祝福する。

「ねえ、こどもの名前は考えた?」

「それ、お互いの課題じゃないか」

 キスをする二人。歓声を上げる人々。

 とうとうディープキスした二人に、割って入る神父。彼も微笑んでいた。

 夫婦は笑い、微笑み、そして花嫁が言う。

「ごめんね、深桜」

 誰だ、それは。お前だろう、それは。

「そう。僕だよ」

 ああ、僕だ。

「この物語を望んだのは他ならない僕だ」

 そうとも。僕が望んだ、何度も何度も思い描いた理想のラブストーリー。

「タイトルは思い出せる?」

「僕が望んだ人生の物語」

「そう。決して叶わぬ物語」

「…………」

「このあとの物語を、君は否定した。自分の家庭と重ね合わせるようになってしまったから」

「うん」

「だからこそ求めたんだ。手が届かないものを、手が届かない場所からずっとね」

「うん」

「不思議だ。僕はもっと否定されるかと思ったよ。随分と素直じゃないか」

 鬼が笑う。鬼が、深桜が、その、心が。

「僕は兄さんが好きだった。とても。……ねえ、深桜」

「どうしたの?」

「隠しているものがあるんだろ。君さえも、見せたくないもの」

「そっか。……思い出せたんだ」

「うん」

 深桜は深呼吸する。

「僕はとっくに兄さんと初夜を過ごしていたんだ。あの時僕が君を受け入れていれば、きっと……違う今だったはずだ。唐突に帰ってきた兄さんは僕をドライブに連れって、眠らせて……うん、ホテルに行ったんだ。そうだ。僕は……僕が兄さんを呪ったんだ」

「そうさ。君のその中途半端な美貌が兄を呪った。兄だけじゃないさ。大勢を呪っている。魅了する形で」

「うん。ありがとう。……やっと、兄さんに会える」

 ぶつん、と消える映像。

 深桜は席を立った。

 行かなくては。

 兄を、あのひとを止めねば──。

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