第6話 マスクの下は
瑞奈は節目がちに頭を下げた。
「来てくれてありがとう。天花さんからこれを預かって……。前にあの人が深桜くんのことを聞いてきた時、神代がどうのって呟いていたからもしかして、って思ったんだ」
「勘がいいね、君。それに霊気も安定している。色々聞きたいが……まあいい」
席に着く。瑞奈の隣にはセラが座り、「安心してください、尾行はなく、メールも完全に消えています」と言う。深桜は瑞奈から手紙を受け取った。
「所長、僕が最初に読んでいいですか?」
「ああ」
深桜は封筒の蝋を剥がして便箋を取り出した。
『深桜へ
この手紙を書いている時点で、俺はもう ほとんど まともな状態では ないんだと言っておく
俺は力を得た 鬼の力だ 名を出してはならない 禁 忌の鬼の 一体と 取引している 恐らく お前の口座に、『オールドオウガ共通銀行』と いうところ から 四五〇 〇万鈴円 が振り込まれて いるはずだ そこ から三〇 〇〇万を 神代友季 に支払って くれ 報酬を 二〇〇 〇万増やした 理由は、弟を 迎えられなくなった ことの契約 違反、その 違約 金だ
恐らく、既に お前の同級 生の大半が 死ん だだろ う 主 犯は 最後に 殺す つも り だ
俺の プラ ンは詳しく は 言え ないが、お前 を傷つけた 人間は 確実 に 死 ぬ
さよ うな ら、愛し の 弟
俺の かわ い い み お』
兄の字は、ひどく震えていた。重度の薬物中毒の患者のように。
友季に手渡し、それを読んだ彼女は天を仰いだ。
「なんてこった」
「禁忌の鬼……って?」
「それは、」
「
瑞奈が言った。
それからさっきの金髪のウエイターが食べ物をおく。深桜たちに、そして水菜に。瑞奈のそれはサンドイッチだった。
「おい瑞奈、こいつらは大丈夫だ。客もはけたし、マスク外せ。今更ビビるようなタマなら、玉子の顔見た時点で腰抜かすだろ」
なるほど、玉子さんはそのためにのっぺらぼうのままで出てきたのだ。つまりあれも、彼の気遣いだったのである。
そして金髪の彼は兄……なのだろうか。そんな口調だ。
「うん。……驚かないでね」
黒いマスクを外す。するとそこには、耳の辺りまで裂けた口があった。そこから覗くのは、二股の蛇のような舌。
「私は濡れ女であり、そして口裂け女でもある人外。私には、深桜くんの右目が私たちと同じものだとなんとなく感じていた」
「よくあるよね、都市伝説が実は美女だった、って。あれって本当だったんだな」
無意識で言ったのだが、友季が吹き出し、ウエイターが肩を振るわし、セラは無言でコーヒーを飲み、そして瑞奈は顔を真っ赤にした。
「……? どうかしました、所長」
「いいや。……話を戻そうか。冥界にいる七人の王とは、そのあまりの力に現世からも地獄からも追い出された鬼だ。彼らは冥界という全く異なる新たな空間領域を形成し、そしてそれは若干だがこの世界と地獄に接している。そのせいで、地獄、もしくは魔界と呼ばれる領域の事象がこちらで見ることができたりするし、そして人間もまた悪魔などと取引できるわけだね。けれど天花くんは可愛げがある悪魔どころか、七人の冥王……つまり禁忌の鬼そのものに接触したみたいだ」
この五日、深桜はただ混乱していただけではない。兄が事件を起こした日こそショックでまともな考えは持てなかったが、すぐさま気持ちを切り替えた。翌日、決意を告げた瞬間から唐突に始まったハードな訓練、座学をこなし、鍛えている。霊薬を用いた急速な強化トレーニングは最初こそ抵抗があったが、怪奇探偵なら普通であり、現在それを飲んだ影響で多少は体力もついた。それ以外にも怪奇分野における基礎的な知識などを身につけ、地獄という世界についても少しは知っていた。
「それも、日継の血が作用したと?」
「恐らく。そして、裡辺の歪みだろうね。ここはナメラスジの終着点。何が起きてもおかしくない」
「あの事件の話だろうけど……俺ができたのは精々何人かの捜索だけだったぜ。あの時学校を休んでたのは五人。
青年はそう言って封筒を友季に差し出すが、手放さない。
「それ以上知りたいなら金を払ってくれ。情報屋だって、慈善事業じゃないんだ」
「価格は?」
「俺の苦労を鑑みた上で、八〇〇はもらおうか」
「なんだい、ワンコインじゃないのか」
その冗談に「くたばれ」と言ってから封筒を置いて、青年はヒラヒラ手を振った。寄越せ、ということだ。それから友季はその手に「まずはこれだけだが」と言って、文庫本ほどの厚みがある茶封筒を鞄から取り出して渡した。「三〇〇はある」そういった。
「現金主義だってのは覚えておいてもらえてよかった。残りもしっかり頼むぞ、友季。フツーなら倍は貰ってる情報量だぞ。サツのファイルに入るのだって簡単じゃねえし、お前と違って後ろ盾がねーんだから」
厨房へ消えた青年。どうやら彼はオカルト専門の情報屋らしい。
「さすがは狼。鼻がいい」
封筒を開けた友季はそう言った。広げられた資料は、瑞奈も見ている。深桜も一枚手に取った。
大澤
その他、細かい家系図。その上で結論として『
細かい行動履歴まであり、それによると深夜遅くまでゲームセンターにいた彼はその後成人女性とガレージタイプのラブホへ。いわゆるママ活だろう。そして午前二時に棚田樹町へ戻るも、何かに気づいたように路地に消え、消息が途絶えたという。
どうやら金髪のあの青年は、辰巳治というようだ。物凄くかっこいい苗字だな、と思った。
そして恐らく大澤誠一は、もうこの世にはいないだろう。
「はずれが四人、あたりが一人だ」
友季が手渡してきた紙を受け取る。
近藤
「この子の家は、過去に悪魔憑きが出てる。接触を図ろうか」
そう言って、資料をまとめてしまった。その後は普通を装ってカフェを楽しみ、瑞奈が言う。
「あの、所長さん」
「どうしたんだい?」
「私、その……行くあてがないんです。治兄さんにも迷惑をかけたくなくて……。あの、雑用くらいしかできませんが、雇っていただけませんか?」
「うちは託児所じゃない、と言いたいが……治、どうなんだい」
厨房に呼びかけると、静かだがよく聞こえる声でこう帰ってきた。
「義理の兄貴としては寂しいが、十三っつったら自分で人生を決められる歳だろ。俺も十四の時には実家飛び出してるし。だから瑞奈がどうするかって問題に、いちいちいい歳した俺が首突っ込めねえよ」
「なるほど、さすが狼だ。引きずらない生き方は素直に尊敬するよ」
「ならボーナスくらい出してくれ。おら、色々調べてやるから追加でちょいちょい」
「それはまた別件だろうが。資料を揃えてもらった上で持ってくる。……わかった、いいだろう。だが未成年は働かせられないから、表向きには兄の友人の手伝い、ってことだよ。いいね」
「ありがとうございます」
瑞奈はそう言って、深々と頭を下げた。それからいつも通りマスクをして、根暗な少女に戻った。
「給料……まあ表向きにはお小遣いなわけだが、それについては居住費用を差し引いた上で支給する。納税云々となるとややこしいから、本当にお小遣いのように渡すよ。贈与税に関しては私がやっておく。基本的にうちは緊急の案件なら寝ていても叩き起こすし、日付が変わっても帰れないなんてザラだ。その場合別途手当をつけるが、新人には学歴、家系関係なく大体二十五万が基準だし、相場だよ。いいね」
「はい、大丈夫です。本当にありがとうございます」
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