第4話 復讐の鬼

 俺には弟がいる。大学生の俺とは歳が離れているが、中学一年の可愛い弟が。

 彼は随分と前からいじめを受けていた。両親に相談している様子も見たが、「ただふざけているだけじゃない」と笑うだけの母は、まともに取り合っていなかった。心配になった俺は、悄然とした顔で部屋に消えるあいつを見ていることしかできなかった。けれど、その瞬間奇妙なビジョンが見えた。

 それは首に多くの鬱血が見られる、動かない弟が棺桶の中にいる光景。

 怖くなり、俺は慌てて弟の部屋に入った。当時まだあいつは部屋に鍵なんてかけていなくて、俺は何も言わずに入って、たった今椅子を蹴って首を吊った弟を必死に助けた。

 弟は「にいちゃん、たすけて」と泣きついてきた。俺は喧嘩なんてしたことがない。いい子であれ、と半ば洗脳されてきたから。だが俺は、もうその日からいい子でいることをやめた。

 俺は弟と過ごす時間を削ってでも、必死に鍛え、勉強した。人体の構造、それを知るために海外の死体画像を見た。何度も吐きそうになった。だが諦めずに観察し、観察し、人体のつくりを学んだ。つくりと、壊し方を学んだ。俺は最初、殺し屋になろうと思ったのだ。

 けれど弟は、それを聞くと必死に止めた。「兄さんに助けてって言ったのは、そういう意味じゃないんだ。僕を治療してほしいんだ」。そう言われて、今度は遺伝子工学やなんかを必死に学んだ。色々な論文に目を通し、そして俺は地元を離れて最難関の医大に現役で入学。その後もなんの遊びもせず、ただただひたすらに勉強した。高校時代から医大を目指すことを知っていた母に、父の背中を追うと言われた時は殴り倒してやろうかと思った。俺は継続してずっと鍛えていたし、格闘技も学んでいた。その気になれば、殺せた。

 だが、大学生になって三年目の夏休みに家に帰ったら弟は完全に心を閉ざしていた。俺はあいつの中学に出向き、問いただし、そして事実を全て知った。あいつに同情的な女子中学生が言うには、いじめはエスカレートしていき、ついには強姦未遂にまで発展したという。

 俺は怒りでどうにかなりそうだった。中学にいた連中が、全員悪魔に見えた。俺は家に帰って、風呂から戻ってくる弟に「しばらくしたら、全部終わったら読んでくれ」と言って封筒を渡し、さりげなくあいつの髪や粘液をとって大学に戻ったが──。

 知れば知るほど、あいつには……母の日継家には奇妙な血が流れていることを知った。俺にも、その異質な血があった。正確には因子とも言うべきものだ。

 そうして秋に、俺は裡辺へ。燦月市にある探偵を訪ねた。最初は取り合ってもらえなかったが、独自に調べた資料を渡して大学へ戻ると、その途中で電話がかかってきた。

「君の依頼を受けよう。出世払いでいいが、しっかりと支払ってくれ。なお、前金のこの五〇万はしっかりと受け取る。プロとして、ビジネスの話をしようか──」

 俺たちはそうやってやり取りし、そんな中であの女が十六年ほど前の一家惨殺事件の主犯だったことを知った。

 けれど彼女の方法は生温いものだった。

 俺は決意を新たに、自分の方法を探した。

 弟から救いを求められた日から鍛え始めた肉体は、ほぼ完成されていた。術の知識も技術も磨き、道具も揃えた。

 俺はもういい子じゃない。

 俺は、復讐の鬼になる。



「半月前……もう一ヶ月かな。三ヶ日に天花くんは私に『自分なりの方法も探しています』と言った。そして今朝、こんな文面の手紙が来たんだよ」

 深桜はその便箋を受け取った。電子メール全盛の時代だが、紙の手紙はまだそこそこ存在する。電波と違い、信頼できる者に運んでもらったり、直接渡すなどすれば絶対に内容を知られないからだ。


『拝啓、忌まわしい世界へ、そこから脱却した神代所長へ。

 依頼の報酬については目処がたちました。近いうち、弟に総額四五〇〇万の支払いが行われます。彼から三〇〇〇万円を受け取り、報酬としてください。

 俺は穏当なやり方を求めたあなたの方法では納得がいきません。弟を傷つけ、反省しないものを許すことなどできません。弟を保護していらっしゃるのなら、その口から聞いたことを踏まえれば俺の言っている意味がわかるはずです。

 俺は鬼です。鬼になり、弟に代わり復讐を実行します。止めないでください。俺は、絶対にやり遂げます。

 この世界の、弟に牙を剥くあらゆる全てを破壊します。

 もう二度と、弟が傷つかないように。弟が泣かないように。

 俺は、弟の軛を断ち切ります。

 さようなら。

 深桜、お前に会えないのが本当に残念だ』


「兄さん……? なにを、」

「恐らくだが、お前を傷つけた連中を殺すつもりだ。半月の間、ずっとその方法を練り、準備していたに違いない」

 兄に、人の命を救う選択を示したのは自分だ。弟として、兄が間違わないようにしたのに。

「所長、僕からの依頼をいいかな。……いえ、いいですか。支払いは、僕が生涯ここで働くことです」

「……言ってみるといい」

「兄さんを、止めてください」


×


 神代天花は車を走らせていた。レンタカーで、見た目は普通のワゴン。けれど、所狭しと詰め込まれているのは膨大なプラスチック爆弾である。

 彼の目に、法泉県立棚田樹たなだじゅ中学校が見えてきた。弟が通う中学校だ。時刻は午前九時。天花は正門前まで来ても減速せず、そのまま加速。途中で運転席から飛び出した。

 車が正面玄関を叩き壊し、談笑していた教師を轢き潰した。そして、職員室まで頭を突っ込ませた車が爆発する。爆音と爆圧。凄まじい威力に、天花は風圧で吹っ飛ばされ、駐車場のセダンに激突してフロントガラスに大きくヒビを入れた。

 すかさず札を抜き、霊力を込める。

「閉ざすは我が心、閉ざすは我が世界。閉門せよ、鬼打牆きだしょう!」

 ブゥン、と世界が眩む。青空が夜空に変わり、中学校の敷地を結界が閉ざした。次々聞こえる悲鳴に、胸が空くどころか天花はまだ怒りがおさまらない。

 背負っていた銃の一つを手に、安全装置を解除。非常口を見つけ、鍵をダブルオーバックで吹っ飛ばす。鉢合わせた女子が、驚くほどに冷静な顔をしていた。常に黒いマスクをしている、長い黒髪の少女だ。

「あなたでしたか。殺したければどうぞ」

 彼女は弟について全て教えてくれた子だ。教師は心当たりがないと断言し、生徒全員が知らない、と言う中、彼女だけが全て教えてくれた。

「見逃すよ。少しいいかな」

「ええ」

 天花は彼女の額に触れ、「『鍵』」と唱えた。

「君はここから出られる。その後は自由にしてくれ。それから、可能ならこれを弟に」

 封筒を手渡すと、彼女は頭を下げる。

「……深桜くんのことを襲うよう指示した子は、三年三組の風間周子かざましゅうこです。校則スレスレの、ブラウンの髪をしてます。背中まで伸びた髪と、あとは常に取り巻きの男子三人といます」

「感謝する。ありがとう、弟の味方でいてくれて」

 非常口から入り、かちあった教師が「君、落ち着きなさい!」と叫ぶのを無視。引き金を引いて、ショットシェルで上半身を吹っ飛ばす。

「落ち着いてるさ。じゃなきゃ、こんな計画的な襲撃はできない」

 薄ら笑いを浮かべる。職員室で震えていた大人たちは声をそろえて「お願い、助けて、やめて!」と叫ぶ。弟もそうやって、いじめに抵抗してきたのだろう。だが、救われることなどなかった。

「待ちなさい、こんなことをして、君はどうなるのかわからんのか!」

「死刑だろ。知るか。どのみち俺はじきに死ぬ。心臓と魂を奪われる。そういう契約だ」

 撃つ。撃って撃って、撃ちまくる。フルオートショットガンのドラムマガジン全てを吐き出し、きつい硝煙が立ち込める中無言で銃を捨てる。

 と、背後から刺股を持って押さえ込もうとする男性教員。天花は二股の両端を掴んで逸らして引っ張り、引き寄せられたそいつの顔面を全力で殴りつける。ほとんど太ももといえるほどに発達した筋肉から放たれるパワーは、その一撃で男から意識を奪った。手にしたマシンピストルで頭に三発叩き込み、職員室を出る。

 泣き喚く中学生、教師。弟と同じ。弟も泣いていた。助けを求めていた。けれど誰からも救われず、心を閉ざしてしまった。

 かちあう全員を射殺。予備弾倉がなくなって銃を捨て、ナイフを抜いて生徒を斬り、刺し、殺す。

「まっ、待ってよ!」

 屋上に出て、そこにより集まる二十名ほどの生徒。その中に、主犯の女と合致する少女がいた。

「お前が風間周子だな」

「なっ、なによ」

 天花は彼女の衣服を引き剥がすと、パンツを引き裂いて自分の陰茎を捩じ込んだ。

「ぎゃっ、ぁ……」

「弟はこういう恐怖と戦った。弟は未遂で済んだが、心を閉ざしたよ」

「ざけんな……っ、あんな、カマ野郎……私を見下して……! っ、ぁ……!」

「お前は最後に殺してやる。取り巻きはどこだ。言え」

「あん……っ、し、しらないっ、……そも、そも……あいつら、今日は……サボるって……いっ、ぁ……」

 この状況で絶頂するこいつに吐き気がした。吐精して引き抜き、周りの生徒を殺し回る。加速度的に憎しみが募る。まだ、まだ、まだ終わらない。この怒りは収まらない。殺せ、殺せ、殺せ。殺し尽くせ。全てを、何もかもを──。

「お前たちが世界を歪めたんだ。お前たちみたいなのが……俺たち兄弟の世界を……!」

 ゾワゾワと湧き立つ憎悪。怨嗟。殺せ、殺せ、殺せ、と聞こえる。

 この世の全てを殺し尽くせ。


 ──全ての人間を殺せ。


「『怨禍えんか』!! くれてやる! 全部持っていけ! その代わり……弟を傷付けた全てを、なにもかもを、徹底的に叩き壊せ!!」

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