第2話 一家惨殺事件と病の真実

「はい……はい、ええ。神代友季かじろゆき、それから神代セラという女が二人……えっ、ああ……はい、でも……」

 取調室の外で、警官は電話のやり取りに混乱していた。相手は県警のトップで、なぜか身柄を抑えた容疑者二人を無罪放免で解放しろ、と言っているのだ。

「……わかりました」

 神代友季は取調室でどこ吹く風という顔である。監視している警官の目など気にせず、今にも鼻歌を歌いそうなほどに落ち着いている。

「おい、その女は釈放だ。それからさっきのセラとかいう子もだ」

「ちょっと待ってください、被害者は大怪我してるんです! 骨折に内臓の損傷! 二人も緊急手術ですよ!」

「いいから。逆らうな。……出ろ」

 友季は「どうも」と言って、それからこう言った。

「もう一人、怪我をしていない被害者がいただろう。準わいせつ罪の被害者だ。加害者・・・の一人が録画していた映像を見ていたんならわかると思うが」

「あ、ああ」

「あの子は私の身内でね。できれば返してほしい」

 有無を言わさぬブラウンの目で睨まれ、警官は「わかった」と頷く。この道一筋二十五年の経験が、この女には殺しの経験があり、そしてためらいがないことを物語っていた。

「わかった、連絡しておく」

「ありがとう。行こうか、セラ」

 いつの間にか隣にいたセラが黙って頷く。二人は颯爽ともう一つの取調室へ。無線で連絡を受け取った内部の警官が渋々扉を開けて、少年を解放した。

「あんたは……」

「詳しくは車で話す。来るんだ」



「月乃深桜です。……神代、さん」

「できれば所長、と。あと、無理な敬語はいらない。……お前はどうしてあんなところにいたんだ」

 深桜は迷って、黙り込んだ。

 黒塗りのSUVで、何故か後部座席でセラと座っている。彼女は車窓から夜の街を眺めていた。その目は赤く、それがコンタクトではないことはさっき見た変色が夢でなければ、そのはずだ。もともとの虹彩が赤いなど、聞いたことがない。

「僕は……その」

「ごめんね、意地悪だった。本当は知っている。お前はクラインフェルター症候群を持っていて、それが理由で酷い目にあったと。そして親に似ていないことに混乱していて、その苦しみはなおのことだろう。私たちはお前を保護することを依頼された。本来、こういう案件は請け負わないんだが依頼人があまりにもしつこかったことと、あとは事情を知ったら他人事に思えなくて、そして請け負うに値する可能性が浮上した。その依頼人は、」

 友季は依頼人の名を口にした。

「月乃天花てんか。お前の実の兄だと言っていた」

「兄さんが……?」

「そう。依頼を受けたのは四ヶ月前だ。色々と調べ、お前について知った。裏も取ったが、残念ながら深桜、お前は月乃家の血を引くことがわかった。親子で顔が似てないことは、実はよくあることだから気にしなくていい。私たちはお前を保護し、そして天花くんのもとへ連れて行くのが依頼……。そのはずだったんだ」

 過去形で言った彼女に深桜は疑問を抱いた。


「深桜、落ち着いて聞いてくれ。お前のお兄さんは半月前から音信不通になっている。大学にも顔を出していないらしい」


 深桜はその言葉にすぐさま反駁はんばくする。

「兄さんは無断で学校を休んだりしない。そもそもあんたたちはなんなんだ。依頼とかなんとか、意味がわからない」

「私たちは怪奇専門の探偵だ。世間一般には存在しないとされるオカルトを相手にする仕事だよ。だから人間相手の仕事は乗り気じゃなかったんだが、ただお前の家系を調べていく過程であながちこれが怪奇とは無縁、とは言えなくなったから依頼を受けたんだ」

 友季は煙草を咥え、火をつける。窓を少し開けて、紫煙を思いっきり吸い込んで吐き出した。

「お前、十六年前に起きた巳白みしろ鹿野かの市の一家惨殺事件を知ってるかい?」

「質問の意図がわからない」

 そう答えると、友季は笑った。

「ああ、いや。ちゃんと繋がってるから大丈夫だ」

「……確か、強盗が押し入って一家全員が殺された事件だ。でも本当は唯一の生き残りだった少女がその強盗犯に依頼し、行ったと。それで色々騒がれて、結果的には悲惨な家庭で育った少女による悲劇だ、っていうものでしょう。去年映画になったから知ってる」

「うん、及第点だ。まず一つ言うと生き残りは二人だ。それから、実行犯は強盗犯ではない。そして、依頼ではなく降霊術だよ」

 こいつは、何を言っているんだ?

「順を追って話す。あの家庭では姉妹が毎日のように、少なくとも七歳の頃から父親のレイプ被害に遭っていた。そして三姉妹で、長女は三女が生まれた時に逃亡している。残った姉妹、少なくとも三女が性被害に遭っていた期間は約五年。二人の姉妹は合計五人出産している。

 主犯の少女は十三歳の夏、ネットで知ったひとりかくれんぼを行った。これは簡単にいえばぬいぐるみだとかそう言うものに霊を降ろすもので、さっき言った降霊術というものだ。この被害で彼女の一家は二人を残して死亡。姉が自殺だったのは嘘で、これは四歳になる彼女の息子が恨みで呪い殺したものだよ。

 そして降霊術を解いた時、偶然泥棒がやってきた。少女はもう一人の生き残りを抱きしめて押し入れに閉じ籠り、悲鳴を上げて気を失った泥棒に催眠術を施した。その結果出来上がったのが、世間的に知られる事件の全容だよ。

 少女は警察から解放されるまでの間に強盗の相棒にもう一人の生き残りの保護を頼んだんだ。そうして晴れて更生施設を出た少女は、この出来事をこう振り返っている。

『もっと苦しんで、あの親は死ぬべきだった』

 とね」

 朗々と騙った恐ろしい真実。降霊術だとかなんとか、そんなものは嘘だと断じることは簡単だが、深桜はオカルトの類に興味を持つ少年であり、どこか暗い好奇心が刺激されてしまった。そこに便乗する形でたたみ込まれたエピソードが妙な信憑性を与えている。

「その子は私の娘だ」

 セラは無言。

「今年で十六歳。私が十三歳の頃、ひとりかくれんぼをする数日前に産んだ子だ。膨大な怨嗟を私の中で受け継ぎ、鬼として生まれた」

「いや、じゃあ、まさか……」

「そう、あの事件の主犯は私だ。神代友季、この私があの事件の被害者で、主犯なんだよ。去年の映画には、実を言うとあまり稼がせてもらってない。最初に使用料というか、そういうのが百万支払われておしまいだ。気に入らなくて裁判を起こして、まあ大っぴらにはならなかったが、結果的には二〇〇〇万貰った。でも世界興行収入を考えると少なすぎる」

 深桜は言葉を失う。当事者であればあそこまで生々しく語れるのは当然だし、異様なほど様になる怪異探偵という肩書きと、路地で見た肝の座った態度には、なるほど確かに実体験に裏打ちされたものだと思わされた。

 セラが鬼という話も、赤くなる目や、人間離れした膂力からわかりきっているし、嘘ではないだろう。信じられないが、けれど証拠がはっきりとあるのだ。理解できないことを知らんぷりは人間の得意技だが、それではいつまでも進歩も成長もしないだろう。認めるべきものはあって然るべきで、そしてわからないものを排斥してしまうのは楽だが、到底損得が釣り合わない。いっそ認め、理解してしまえば利益の方が遥かに大きいのだ。

「つらくはないのか? だって……なんで、あんな目に遭って、まだ人助けなんて」

「人助けはしていない。私が相手にするオカルトの大半は、人間の恨みや怒り、憎しみ、悲しみの具現だ。人間から滲み出た悪意やなんかが実像を結び、この世に形を持つ。つまりお前らがいう怨霊は、その霊魂自体が被害者なんだよ。私はただ迷える霊を浄化しているだけで、人助けなんてしてない。……ごめん、スタンド寄るよ。電池切れだ。クソ」

 車が近くのスタンドへ。現在はガソリンへの課税率は二〇〇〇パーセントを超えている。リッターあたり、消費税のみで単価一〇〇鈴円でも二〇〇〇鈴円を超える始末なのだ。そしてガソリン単価自体が馬鹿みたいな値段であるため、ガソリンの値段だけなぜか通貨が機能しない内戦地帯みたいな単位になっていた。

「お前、人の目を避けるし、あとは性的なものが嫌いだろ」

 外に出てバッテリーにコードを繋いで、それから自販機で飲み物を買って戻ってきた友季がそう言った。

 手渡されたコーンポタージュを「ありがとう」と礼を言って受け取り、セラは「すみません」と言ってホットの缶コーヒー、ブラックの無糖を受け取っていた。

「確かに僕は、人の目が嫌いで……その、性的なものは経験上苦手だ。吐き気がする」

「やっぱりか。……お前、右目を隠しているが、それが理由だな」

 深桜は右目を長く伸ばした前髪で隠していた。その理由を、この人ならわかってくれると思っていた。

「僕の目は人の命を奪うんだ。怒ったりしながら相手の目を睨むと、そいつは意識を失う。そして目を覚ますと、酷く怯えて……精神科で過ごす。去年僕を襲った男は、未だに入院しているらしい」

「今ので確信した。それは邪視じゃしだ。知ってるだろ」

 確かに知っていた、実を言うと、そうかもしれないと思っていた。その自覚があらばこそ、目を隠して目を見ない、見せないようにしているのだから。

 邪視とはイビルアイ、魔眼とも呼ばれる世界中にその伝承が残る怪異だ。基本的には魔女の系譜に見られるもので、睨んだ相手の生気を吸い取ったりすることができるとされる。そして友季が言ったように性的なものを弱点とし、ファックサインを見るだけで凄まじい忌避感を覚え、自然と呪いを解くという。

 けれど確信を持てないのは、自分が男であり魔ではないことと、さらに追い打ちをかけるように迷いを加速させたのはクラインフェルター症候群という要因だった。それで悩んでいたのだ。邪視の存在を知ったのは去年で、その頃からネットでオカルトを調べ、読み物として体験談などのまとめサイトを眺めていた。

「お前の母親の家系……日継ひつぎ家にはときどき、異質な目を持つ女児がいたそうだ。最後に生まれた子は今から五十年前に死んでいる。七歳の時に事故でね。果たしてそれが本当に事故だったのかはさておき、お前のその目は母型の系譜によるものだろう。クラインフェルター症候群による弊害で、男でありながら邪視を引き継いでしまったんだ。もしくは邪視のせいで、クラインフェルター症候群になったかもしれない。……お前、もう一つ病気があるんだろう」

 深桜はそれを言い当ててくることを半ば確信していた。そして、はっきりと言った。

「性適合手術をするまでの五歳までは、女に近い体だったよ」

 そう。深桜は性分化障害を持っていた。陰核にしては大きく、陰茎というには小さい性器と、女性器らしきものと子宮と思しき器官、精巣であろう器官があったのだ。深桜は幼い頃から男っぽい遊びをしていたことが理由で男としての性適合手術を受け、男になった。けれども一時期は女だったこともあるし、女として生きている現在だってあり得たのだ。事実未だにペニスは小さく、とても十三歳のそれには見えない。

「お前のお兄さんは、本気で医者になって、お前を治そうとしていた。邪視について知ると、あらゆるアプローチで勉強をし始めて……多分、私がおかしなことを吹き込んだから、変なものに目をつけられたかもしれないんだ」

 友季はそう言って、ココアを飲んだ。

「えっと……いや、他人行儀なのはやめようか。行くあてはあるか?」

「……いえ」

「お前、仕事が欲しいならくれてやるぞ。どうだ?」

 友季は豪胆に言った。

「怪奇探偵事務所は人手不足が常。優秀な人材はみんな求める。未成年就労は立派な犯罪だから、表向きにはお手伝い、ってことになるけど。どうだ? 給料お小遣いはしっかり出す」

 その提案は魅力的だった。両親と縁を切るためには、金がいる。

「喜んで。ぜひ、お願いします」

「よし。じゃあまずは最初の仕事だ。行方不明になった依頼人、月乃天花の捜索だよ」

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