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ウクライナの専門家でもない筆者が、なぜウクライナの極右やネオナチ事情について書いているかというところから始めよう。
筆者がウクライナのネオナチまたは極右と呼ばれる存在を知ったのは、実は政治とは関係ない。2012年のサッカーの欧州選手権がきっかけである。
ことによってはワールドカップよりも人気があるといわれるのが、ヨーロッパのナショナルチームによって争われる欧州選手権だ。その大会が、2012年には、ウクライナとポーランドの共催となった。しかしこれが問題になった。両国が、この華々しい大会にふさわしいのかどうかと疑義が各所からよせられたのだ。理由は差別問題とネオナチだ。
以下、拙著『サッカーと愛国』(イーストプレス2016)から引用する。(注10)
ガブリエル・クーン(著述家。世界のサッカーサポーター事情とレイシズム問題に詳しい)はオーストリアの生まれであり、特に中欧や東欧のサッカー事情に詳しい。この地域でのサッカーにおけるレイシズムや排外主義の話を聞いてみようとするが、ガブリエルはあまり良い顔をしない。こちらはどうやら反ユダヤ問題が大きいらしいのだ。
(中略)
「東欧ではサッカースタジアムにレイシズムが跋扈している。ウクライナ、ポーランドは特にひどい」とガブリエルは苦い表情で言う。
2012年の欧州選手権は、ウクライナとポーランドの共同開催だった。だが、この大会ははじめから西欧各国で懸念されていた大会でもあった。元イングランド代表でキャプテンマークを巻いたこともあるDFソル・キャンベルは、BBCのインタビューで、黒人やアジア人のイングランドサポーターに対して「死の危険にさらされるだろう」と言い、両国での観戦に対して「行くべきではない」と強く警告した。もちろん理由は激しい人種差別である。BBCは、動かぬ証拠として、観客がナチスの敬礼をし、黒人選手にはモンキーチャント(黒人選手を揶揄するサルの鳴き声のマネ)を浴びせ、白人優位主義の印であるケルト十字のマークをマフラーに入れ、反ユダヤのチャントを高らかに歌うサポーターの姿を放送した。そして極めつけは、アジア人サポーターが襲われている姿が記録された映像だ。(注11)
この時、筆者がガブリエル・クーンに「日本人である私も危険か」と聞くと、ひとこと、「おすすめできない」と語っていたのを鮮明に記憶している。
「レイシストのシンボルと反ユダヤの応援歌は、ウクライナのサッカーシーンの一部である」と、このBBCの番組はリポートする。しかしそれだけではない。
サッカーの熱狂的なサポーター集団は「ウルトラス」という通称で呼ばれる。BBCだけではなくイギリスのスカイスポーツも、ウクライナの「ウルトラス」に密着取材を試み、外国人排斥をあからさまに語った現場を放送している。差別主義をひけらかすそのサポーターたちは、セルティックのアジア人サポーターやトッテナム(ユダヤ人サポーターが多いとされている)に、差別発言を続け、極めつけに「シュー」という擬音を発している姿を放送した。これはナチスのガス室を意味する差別アクションのひとつである。(注12)
なにをサッカーの話をしているんだといわれるかもしれない。そんなゴロツキが集まるスタジアムの話がウクライナの政治となにが関係あるのか。いや、もう少しだけ続けさせてほしい。なお、拙著は2015年に脱稿しているが、その時点でウクライナのネオナチ事情が深刻なことと、これらの思想の薫陶をうけたフーリガンが、かつてのユーゴスラビアのようにならなければいいのだがというところで終わっている。旧ユーゴではフーリガンが各地で民兵化し政治的存在となり、数々の悪事を続けていた。
ところがこれは杞憂に終わらなかった。
この札付きの反ユダヤと人種差別にまみれたフーリガン集団であるウルトラスが、現在のウクライナの国家の英雄になっているとしたらどう思うだろうか。そして、この集団が現在、ウクライナの軍隊の中核に存在し、そして政治家になり、警察署長になり、さらには政界と癒着しながら存在感を増して国家の英雄となったら。そして彼らは今、ウクナイナの戦場の最前線にいる。
前述のネオナチと名指しされるアゾフ大隊は、もともとはFCメタリスト・ハリコフというソ連時代からある中堅クラブのウルトラスが母体となっている。
2013年から翌年にかけて、ユーロマイダンと呼ばれる、現在のウクライナ戦争のきっかけのひとつともなった民主化運動がおきた。EUへの加入にむけて連合協定を結ぶつもりだった、ヤヌコヴィッチ大統領は、ロシアからの圧力に怖れをなして、この協定を白紙化。これに怒ったウクライナ国民による首都キエフのデモが発生し、やがて都市占拠になり暴動にまで事態は拡大した。
この占拠を排除しようとヤヌコヴィッチは警察に鎮圧を命令し、これに応じなかった市民と激しい市街戦が頻発した。事態はエスカレートしつづけ、警察と市民あわせて、死者82人の惨事になったが、ウクライナ市民はまったくひかなかった。この市街戦のなかで、異彩を放つ活躍をしたのが、FCメタリスト・ハリコフをはじめとする、全国から集まったサッカーフーリガンの集団だった。
なぜサッカーサポーターが? 不思議に思う人もいるかもしれないが、毎週毎週、各地で数千から数万人の屈強な男たちがスタジアムで警察と衝突し、繰返し戦い続けている戦闘力や組織力、そして団結力が、他の市民にはないものだったからだ。
(このようにサッカーサポーターが政治運動の場で戦闘力になるのは、旧ユーゴスラビアで象徴的に見られた現象で、その後にも2011年のエジプト革命の反ムバラクの戦いで、エジプトのアルアハリのウルトラスが主要な役割を果たした。2013年のトルコでの反エルドアンの騒乱になったイスタンブールでも、サッカーサポーターが同じように対警察の主力になっている)(注12)
これが市民の間で、ウルトラスを賞賛するきっかけとなるとともに、「愛国」で結集したサッカーフーリガンは、驚くべきことに、そのままスリルと危険をもとめるように、そろって民兵となり武装化した。もともと極右の活動家だったアンドリー・ビレツキーが、そのリーダーだった。そしてアゾフ大隊が成立した。アゾフ大隊は完全にサッカーフーリガンから出来たというわけではないが、世界のフーリガンに潜入ルポするジャーナリストのジェームス・モンタギューの『ULTRASウルトラス世界最凶のゴール裏ジャーニー』(2021カンゼン) によると、アゾフの武装民兵の6割は、ウクライナの各地のクラブのウルトラスの荒くれものだったということだ。
※このマイダン革命から武装化して東部紛争に民兵として参加していき英雄となる過程は、ドキュメンタリー映画「Хоробрісерця.Ультрас(勇敢なる魂 ウルトラス)」にてまとめられている。もちろん彼らのネオナチ思想に感化されている姿はここでは全く描かれていない。(注13)
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