嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

66 / 103
第66話「困ってる人のために戦うゾ」

 真由美と雫が呼んだヘリが到着するまでの間、鈴音が予想した駅前広場への侵攻経路を警戒するために、腕に覚えのあるメンバーでチームが結成された。

 チームは全部で2つ、1つは深雪・エリカ・レオ・幹比古の1年生4人、もう1つは五十里・花音・桐原・紗耶香・寿和の2年生+警察官という組み合わせだ。“警戒”と銘打ってはいるものの、状況とメンバーの意気込みを鑑みれば“迎撃”と表現した方が適切かもしれない。

 

「――来たよ!」

 

 1年生チームの中で最初に敵の接近に気づいたのは、幹比古だった。風に乗せてばら撒いた呪符によって喚起された精霊が、幹比古の脳内に映像を送ってきたのである。

 彼の呼び掛けに深雪とレオとエリカが表情を引き締め、それから数秒後にビルの陰から直立戦車が姿を現した。3人は一斉に構えの姿勢を取り、そしてそれを崩さぬまま3人の表情に疑問の色が浮かんだ。

 

 直立戦車は市街戦を想定して作られた兵器であり、完全な戦闘用ロボットとして作られたものではない。狭い路地に入れるように移動砲塔を上に向けられるようにし、階段や瓦礫を越えられるように無限軌道に短い脚部を装着しただけだ。たとえ直立戦車が“人型”と称されているとはいえ、人間の動きを完全に再現できているわけではない。

 しかし彼女達の前に姿を現したその直立戦車は、明らかに先程見たものとは違っていた。右手にチェーンソー、左手に火薬式の杭打ち機、さらには右肩に榴弾砲、左肩に重機関銃を備えつけられたそれは、ロボットであることを感じさせないほどに滑らかな動きを実現していた。

 

「嘘っ! 戦闘用ロボット!?」

 

 自分の妄想が現実のものになったかのような驚きを顕わにするエリカの隣で、深雪はその冷たい眼差しを直立戦車(仮)に向けていた。

 そして、既に魔法を発動させていた。

 2輌の直立戦車の足元が突然凍りつき、動きをむりやり停止させた。前のめりになって倒れるようなことが無かったのは、おそらく優秀なバランス制御システムを搭載しているからだろうが、残念ながら直立戦車が深雪に反撃することはできなかった。

 凍結魔法で動きを封じるのと同時に、深雪は“凍火”(フリーズ・フレイム)を発動していた。熱量の増加を禁じるこの魔法により、直立戦車の榴弾砲も機関銃も火を噴くことなく沈黙している。

 

 そしてそれを確認するや、レオが飛び出した。

 手にする得物は、双頭ハンマーに似た短いスティック。ハンマーヘッドから突き出た先端はグリップよりかなり幅広で長さも約10センチ、横幅の比率はむしろラテン十字の十字架に近いかもしれない。

 そのヘッド部分がモーターの駆動音をたて、スティックの先端から薄くて黒く透き通ったフィルムが吐き出された。そしてモーター音が止まった直後、そのフィルムがまっすぐな2メートルの刃に変貌を遂げた。完全な平面であり、横からでは存在を視認できないほどだ。

 これこそが、千葉一門の秘剣“薄羽蜻蛉(うすばかげろう)”。カーボンナノチューブを織って作られた厚さ5ナノメートルの極薄シートは、硬化魔法で固定されることでどんな刀剣よりも鋭い刃となる。

 それこそ、直立戦車の装甲板を易々と切断するほどに。

 

 レオがスタートを切るのに1歩遅れを取って、エリカも動き出した。

 鼓膜保護用の耳当てを即座に装着し、左腕で抱くように立てていた大蛇丸の柄を掴んで鯉口を切った。刀身の長い鞘を抜かず蝶番に開くことで、ほとんど反りの無い刀身を顕わにする。

 全長180センチ、重さ10キロにもなる刀を、エリカはいとも軽々と肩に担ぎ上げた。この時点で既に魔法は発動しており、だからこそ彼女はそんな芸当ができるのである。

 そして次の瞬間、エリカの姿が消えた。

 直後、直立戦車の“向こう側”に彼女の姿があった。大太刀を地面まで振り下ろした姿勢のエリカの背後で、前面の装甲を唐竹割で真っ二つに断ち切られ、そのままの勢いで直立戦車が仰向けに倒れていた。

 

 これこそがエリカの切り札である、加重系・慣性系魔法“山津波”。自分と刀に掛かる慣性を極小化して高速接近、インパクトの瞬間に消していた慣性を上乗せして刀身を対象物に叩きつける秘剣である。この偽りの慣性質量は助走が長ければ長いほど増大し、慣性を消して得たスピードに乗せて叩きつけることにより、最終的には10トンものギロチンを空高くから叩き落とすかの如き破壊力を生み出す。これほどの攻撃力に堪えられる装甲は、少なくとも今の人間界では存在しないと断言できる。

 慣性消去から慣性増大へと切り替えるタイミングを見極める目に、慣性の無い不安定な状態で相手に接近する足捌きに、刀身をぶれさせない技術が合わさって初めて可能になるこの技は、エリカの先天的な才能に加えて努力に努力を重ねた末に辿り着いた境地が具現化したものといえる。

 

「さすがエリカ、見事に一撃ね」

「レオも凄いよ。よほど鍛錬を積んだんだね」

 

 深雪と幹比古が素直な賞賛を口にすると、エリカもレオも居心地悪そうに僅かに口元を歪めた。

 

「アタシはともかくコイツは、まぁよくここまで出来るようになったと思うわ」

「そりゃ、てめぇとコージローの2人がかりで散々(しご)きやがってくれたからな。本当あの日々は今思い出すだけでも……思い……あば、あばばばば」

「レオ!? 正気に戻るんだ、レオ!」

「……エリカ、あなた何をやったの?」

「いや、ほぼ代々木くんのせいだから」

 

 なぜか錯乱状態に陥ったレオを女子2人が宥める間、幹比古は先程レオとエリカが切り裂いた直立戦車へと目を遣った。ちなみに直立戦車は破壊されたものの中にいた操縦士は(奇跡的というレベルで)無事であり、戦車ごと地面に倒れた衝撃で気を失っているものの命に別状は無かった。

 それを見て、幹比古は思わず訝しげな視線をエリカへと向けた。

 すると気配でそれを察知したのか、エリカがバッと顔を彼に向けてきた。あまりにもタイムラグが無かったからか、彼の肩がビクッと跳ねた。

 

「どうしたの、ミキ? 何か気になる?」

「僕の名前は幹比古だ。――まぁ、確かにさっきの戦車の動きは気になるね」

 

 幹比古が口にしたのは頭に思い浮かべていたのとは別の疑問だったが、そちらも気になっていたことには変わりないので嘘を吐いたわけではない。

 

「そういや確かに、あの動きは妙に人間っぽかったな。無駄なくらいに」

「良かったレオ、元に戻ったんだね。……っと、レオの言う通りだよ。そもそも直立戦車と人間は構造が違うのに、そんなことをしたら却って動力のロスになる」

「つまり、何かしらの魔法が働いていたということですね?」

 

 さすが筆記試験2位の秀才だけあって頭の回転が早い深雪に、幹比古は力強く頷いて答えた。

 

「あれはおそらく“剪紙成兵術”の応用だ」

「……せんしせいへいじゅつ?」

「陰陽道系の、人形(ひとがた)使役の術式ですか? 元は道家の術だとか」

「そうです。紙を人の形に剪み切り、雑霊を宿して兵と成す術、という意味です」

「ということは、敵は大亜連合?」

「いやいや、そうとは限らないぞ? 陰陽道系ってことは、売国奴の可能性だってある」

 

 レオが珍しく慎重論を口にしたが、幹比古が大袈裟に頭を振ってそれを否定した。

 

「いや、僕はエリカが正しいと思う。奇妙な話だけど古式魔法にも流行があってね、ここ10年以上は国内のどの系統でも実体を持つ式神(しき)は使われなくなってる。剪紙成兵術もこの国では既に廃れてしまっているし、そもそも直立戦車でチェーンソーや杭打ち機を使わせたいならそれ自体に術を掛けるとかもっと効率的な方法がいくらでもあるのに無駄が多いと分かってわざわざ廃れた術式を持ち出すほど僕ら古式魔法師は頑迷じゃ――」

「分かった、分かったから! 敵は大亜連合の魔法師、これで良いだろ!」

 

 レオの辟易した表情に、幹比古も八つ当たりだと自覚して恥ずかしそうに口籠もった。

 何とも気まずい空気が流れかけるが、それを断ち切ったのはエリカだった。

 

「んで、それをアタシ達に説明するってことは、何か考えがあるんでしょ?」

「そ、その通りだよ、エリカ。――柴田さんを、僕らのチームに加えたい」

「おいおい、それって……」

 

 レオが思わず反論を言いかけるのも無理はない。美月はこの中でも直接的な戦闘力に乏しく、だからこそチームに入れないことにしたのは本人とも話し合って決めたことだった。

 

「僕が使う魔法とは性質が異なるから、僕には敵の術式を上手く捉えられない。でも柴田さんの“眼”なら、魔法を継続的に行使する敵の動向を僕よりも早く捉えられるはずだし、敵の魔法の核を見つけることもできるはずなんだ。それさえ見つかれば、僕の魔法で術を無効化させられる」

「……広場にいるよりも危険度はずっと高くなる。ミキもそれは分かってるでしょ?」

「もちろん、分かっている。――僕が、絶対に彼女を守ってみせる」

 

 思いがけず目の当たりにした幹比古の男らしい姿に、深雪は「あら」と口元を手で隠し、レオはヒュウと口笛を吹き、エリカは「へぇ」と意地の悪い笑みを浮かべた。

 そしてその反応に自分が何を言ったのか自覚したのか、幹比古の顔がサッと紅く染まった。

 

「……良いじゃない、ミキ! ちょっとでも美月に怪我させたら承知しないわよ!」

 

 幹比古の背中に勢いよく平手を打つエリカに、幹比古は痛みと恥ずかしさで顔をしかめた。

 

 

 *         *         *

 

 

 一方、もう1つの警戒チームである彼らも、2輌の直立戦車と対峙したところだった。

 五十里が地下3メートルの地層に振動を遮断する壁を作り出し、地面を媒体とする振動魔法が得意な花音が地下通路を気にせず魔法を使えるようにするのと同時に、地面の振動を感知することで索敵の役割も果たす。

 とはいえ、万全を期するためにもあまり強力な魔法は使えない。なので花音は、“地雷原”のバリエーション魔法の1つである“振動地雷”という魔法を発動した。舗装された地面に細かいヒビが入って砂となり、地面から水が滲み出て水溜まりが作られる。そして液状化した地面が直立戦車のキャタピラを苦も無く呑み込み、頭1つ分沈ませた。

 直立戦車の無限軌道が唸りをあげて泥水を掻き出そうとするが、数秒もしない内に地面の水が抜けて凝固した。花音が水分子を振動させて蒸発させたからだが、単に水を含んでいた砂が固まった状態なので完全に拘束したとは言い難い。

 

 しかし、戦闘の最中に敵の目の前で数秒間身動きが取れなくなるというのは、それだけで致命的である。

 直立戦車が捕らえられた瞬間、寿和が空中から姿を現した。

 そしてその場にいる誰もが彼の動きを認識できないまま、寿和が振り下ろした刀が直立戦車を真っ二つに切り裂いた。

 

 千葉家に伝わる秘剣“斬鉄”は、刀を単一概念として定義することで折れることも曲がることも欠けることもなく物体を切り裂く魔法だ。そして彼が持つ雷丸(イカヅチマル)でそれを使うと、刀を持つ剣士自体が集合概念として定義され、僅かなブレも無い高速の襲撃が可能となる。

 雷丸による斬鉄――“迅雷斬鉄(じんらいざんてつ)”は、刀を振り下ろすときに自分がどのような動きをするのか隅々まで把握する必要がある。なので寿和は何千、何万、何十万回と素振りを繰り返してきた。つまり“迅雷斬鉄”は型を極めたことで可能となる技であり、故に攻撃の最中は型通りの動きしかできない。なので寿和は型を読まれないためにも人目を盗んで練習するしかなく、そのため彼を怠け者と誤解する者が門下生にも多かったのである。

 

 そして寿和が片方の直立戦車を沈黙させる横で、桐原も地面を蹴ってもう片方に迫っていた。

 直立戦車の上半身がクルリと回転し、機銃の銃口を彼へと向ける。しかし最終的に、その機銃が火を吹くことは無かった。

 彼の背後から飛来した小太刀が機銃に突き刺さり、直立戦車の肩からもぎ取ったからである。そしてもう1本飛んできた小太刀が榴弾砲を同じようにもぎ取り、2本の小太刀は放物線を描いて、桐原の斜め後方に立つ紗耶香の手へと戻ってきた。

 打ち合いでは女性故にどうしても腕力に劣る彼女が、投げる動作に合わせて魔法を発動させれば腕力は関係無いと身につけたのがこの“投剣術”だ。剣術で実戦に臨んだ魔法師である父の手解きを受け、地道に修練を重ねて物にした技術である。

 

 火器が無力化されたと知るや、桐原は最後の1歩を踏み込んだ。

 頭上からチェーンソーが振り下ろされるが、既にその機動を見切っている桐原は体を自然にスライドさせてそれを避けながら、直立戦車の左脚を“高周波ブレード”で両断した。

 のし掛かるように倒れ込んでくる車体に対し、桐原は後退しながら杭打ち機を根本から切り落とし、側面に回って操縦席に刀剣を突き込んだ。肉を貫く感触に桐原は僅かに顔を歪めて刃を引き、大きく跳び退いて転倒する直立戦車から距離を取った。

 

「……桐原くん、大丈夫?」

「心配すんな、壬生。怪我はねぇぜ」

 

 悲痛な表情を浮かべて尋ねる紗耶香に、桐原はむりやり笑顔を作ってそう答えた。彼女が尋ねているのはそういう意味ではないと分かっていながら、敢えてそう答えた。

 そんな2人の下に、寿和がやって来た。

 納得できないと言わんばかりの、訝しげな表情と共に。

 

「……この状況は、不自然だな」

 

 寿和の呟きに、桐原も紗耶香も揃って首を傾げた。

 

「敵はわざわざ、俺達が待ち構えてるここを選んでやって来ている。もし駅前の広場に行きたいってんなら、ここ以外の狭い路地を使うという選択肢も当然あるはずだ」

「なのに奴らは、直立戦車を使ってまでここを通ろうとしている。――あるいは、ここを通ることで俺達に対処させようとしている」

「ってことは、奴らの狙いはアタシ達の足止め……!」

 

 紗耶香の言葉に、寿和も桐原も口を引き結び――

 

「3人共、次の敵が来たよ!」

 

 背後からの五十里の呼び掛けに、3人は推理を中断せざるを得なかった。

 

 

 *         *         *

 

 

 広場でヘリを待っていた雫が装着する通信ユニットに、着信が入った。

 

「黒沢さん? ……うん、そう。……ううん、ありがとう」

 

 雫が通信ユニットを耳から離すのとほぼ同時、遠くの空からヘリのローター音が聞こえてきた。

 

「七草先輩、ウチのヘリがもうすぐ到着するそうです」

「……そう、分かりました」

 

 雫の報告を受けた真由美は、本来なら嬉しいニュースのはずなのにどこか浮かない表情をしていた。彼女の手には情報端末が握られており、彼女は雫に話し掛けられる直前まで険しい顔でそれを睨んでいた。

 

「……何か問題でも?」

「……正直に言うと、2機のヘリが同時に到着するのが理想だったのよ。どちらかが先に到着すると、避難を後回しにされる市民が出てくるでしょう? ただでさえこんな子供に主導権を握られている今の状況に不満を抱いている人がいるというのに、そんな扱いをされて不満が爆発する人がいるかもしれないわ」

 

 真由美の言葉に、雫は納得した素振りを見せた。

 とはいえ、このまま愚痴ってばかりもいられないことは、真由美も重々承知している。

 

「それでは北山さん、女性と子供連れの家族を優先してヘリに収容して脱出してください。稲垣さん達は先に避難する人とそうでない人の誘導をお願いします。それと稲垣さんは、北山さんと一緒にヘリに乗って彼女のサポートをお願いします」

「了解しました」

 

 雫と稲垣が同時に返事をして、市民の集まっている場所へと歩いていった。まだまだ予断を許さない状況であることには変わりは無いが、少なくともこれで懸案事項の“半分”が達成されたと言っても良い。

 そうこうしている内に、雫の呼んだヘリが上空から姿を現した。ダブルローターの輸送ヘリであるそれは、確かに人を運ぶには打って付けだ。

 そしてそれを操縦するのは、夏休みのときに達也たちを乗せたクルーザーを運転していたハウスキーパーの黒沢女史だった。あいのボディーガードである黒磯しかり、名前に“黒”の付いたお嬢様の側近は万能でないといけない決まりでもあるのだろうか。

 

 そんな黒沢の操縦するヘリが徐々に高度を落とし、駅前広場へと着陸の準備を進めていた、

 まさにそのとき、

 

「――――!」

 

 何も無い空間から湧いて出たとしか思えないほどに突然、まるで黒い雲のようなイナゴの大群が現れた。たかがイナゴとはいえ、エンジンの吸気口に入り込まれたら厄介なことになる。そもそもこんな不自然なタイミングで現れたイナゴが、野生の生物であるはずがない。

 最初に動いたのは、ヘリの出迎えに動いていた雫だった。ポーチから取り出した銀色のCADは九校戦終了直後に購入したシルバー・モデルのセカンドマシンであり、それに登録されている“フォノン・メーザー”がループ・キャストによって矢継ぎ早にイナゴの大群に襲い掛かる。

 音による熱線が、イナゴを次々と消失させていく。

 しかし、

 

「……数が多すぎる!」

 

 魔法によって消失しているのは大群のほんの一部だけで、大部分が熱線をかい潜ってヘリに迫っていく。真由美や鈴音もCADを取り出して対処しようとしたが、雫の魔法と相克を起こすのを恐れて手が出せない。

 そしてイナゴの大群がヘリに取りつく――と思われたそのとき、

 

 突如としてイナゴの大群がその輪郭を曖昧にし、まるで幻のようにスッと消えていった。

 

「――――!」

 

 信じられない光景に真由美と鈴音が目を丸くし、ほのかと雫が空を仰いだ。

 その視線の先には、全身黒ずくめのプロテクトスーツに身を包んだ人影が、銀色のCADをイナゴの大群が先程までいた空間へと突きつけていた。

 

「……達也、さん?」

 

 雫がぽつりと呟く中、その人影と同じ黒ずくめの集団がヘリを取り囲み、ヘリは再び降下を開始した。

 

 

 

 

「化成体による攻撃を撃退。ヘリの降下を護衛します」

『護衛は他の者に任せ、特尉は術者の排除に移れ』

「了解」

 

 通信を終えた達也は、先程のイナゴを作り出した術者を捜すべく“眼”を凝らした。彼が先程分解したのはイナゴの個体ではなく、イナゴを作り出した魔法式そのものである。術式が分解されてイナゴがサイオンの粒子へと返っていく過程で、達也は魔法式の出所を掴んでいた。

 そして達也はほぼ同時に、ここから離れていくように逃走を図る魔法師を見つけた。ここからでも充分に排除は可能だが、直接視認した方がより確実だ。

 達也はちらりと駅前広場へ視線を向け、そこにいる見慣れた人物1人1人を見遣ると、すぐさま逃走する魔法師の頭上へと向かっていった。

 

 

 

 

 やがてヘリが広場に到着し、市民が次々と乗り込んでいく。

 そしてその間にも、黒ずくめの集団が上空でヘリを取り囲むように円陣を形成していた。プロテクトスーツ以外これといった装備は無いが、その集団は自由自在に空中を飛び回り、その動きにはまったく疲れを感じさせない。全員がハイレベルな魔法師であることは間違いないだろう。

 

 その集団を食い入るように眺めていた真由美は、ふと或る噂を思い出した。

 特定分野に突出している癖の強い魔法師を集めて作った、国防陸軍所属の実験部隊。個々の魔法師のランクは大したことのないように見えるが、実戦では戦局を左右するほどに強大な力を発揮する部隊である、と。

 成程、確かにこの性質は“彼”のそれとぴったり一致する。

 

「……何者ですかね、彼らは」

 

 正体不明の黒ずくめの集団。その見た目からすれば、確かに何の事情も知らない者の目には不気味に映るだろう。

 しかし稲垣のその問い掛けに、真由美はにこりと笑って自信満々にこう答える。

 

「とても頼もしい、私達の味方です」

 

 

 

 

 雫と稲垣、それから多数の市民を乗せた輸送ヘリが狙撃の届かない高度にまで上昇したのを見届けた独立魔装大隊の飛行歩兵隊は、周囲を警戒すべくビル街へと散らばっていった。広場に残る鈴音と摩利も、その光景をジッと見つめていた。

 残された市民達にも、明らかに安堵感が漂っていた。正体不明の気味悪さこそあるものの、子供に主導権を握られるよりは安心できるのか大人しく次のヘリを待っている。

 と、鈴音がふいに周囲を見渡して口を開いた。

 

「――妙ですね」

「妙? 何がだ?」

 

 当然ながら疑問の声をあげる摩利に、鈴音は普段通りの冷静な表情で答える。

 

「現在この広場の周辺で深雪さん達を筆頭にここを狙う敵を警戒、もとい迎撃してもらっている状況ですが、おそらく向こうは機動部隊で戦力を前方に引きつけ、その間に歩兵部隊が抜け道を通って広場にやって来ると予想していました」

「なっ――! そんなことを考えていたのか!? だからアタシをここに残したと!?」

「摩利さんの場合は機械化部隊と相性が悪いという考えもありましたが、そんなところです。そして仮にそうだとして、タイミングとしては市民の一部が脱出して人数が減った今、真っ先に人質となるのが真由美さんと親しく対人戦闘力が低い()()()()()()()であろう私だと思っていました」

「……おまえ、そういうことは事前にアタシや真由美に言え!」

 

 鈴音は表情を一切変えずに「すみません」と頭を下げ、すぐに言葉を続ける。

 

「しかし先程から周囲を警戒してみても、そのような者達が広場に来る気配がありません。敵の動きからして戦力を足止めしている様子なのは窺えるのですが……」

「つまり足止めの目的が、鈴音が予想していたものとは違うということか?」

「おそらくは。魔法協会支部への襲撃に人員を割いているか、あるいは……」

「――――横浜公園」

 

 防災無線を使った“自称アクション仮面”による放送は、当然ながらこの広場にも届いていた。市民からは「こんな非常時に悪戯なんて何という馬鹿な奴だ」とばかりに憤慨する声が聞こえ、もし自分達もその声の主と知り合いでなければ同じ反応を示したことだろう。

 正直なところ鈴音も摩利も、相手が狙うとしたら横浜公園よりも魔法協会支部の方が圧倒的に可能性が高いだろう、と今でも考えている。

 しかしそれでも、心の奥底に巣くう不安を拭いきれないのも、また事実だった。

 

 

 *         *         *

 

 

 十師族直系の義務感から義勇兵として魔法協会支部を目指していた将輝は、現在中華街の手前で義勇軍に加わっていた。敵が往来する真っ只中を堂々と歩きながら、時折真紅の華を咲かせながら踏破していった結果、たまたま侵攻軍と交戦中だった彼らと居合わせたからである。

 負傷者から譲り受けたプロテクターを身に纏い、赤味を帯びた光沢を放つCADを握りしめる彼は、大きく肩を上下させて息をしていた。彼の得意魔法“爆裂”を連発したこと、そして敵の攻撃が機甲兵器から魔法によるものに切り替わったことへの対処により、彼の体に疲労が蓄積していったからである。

 しかも現在の相手は、将輝の疲労をさらに倍加させるような戦法を採っていた。

 

「くそっ、卑怯な……」

 

 将輝の前に立ち塞がるのは、隊列を組んだ“幽鬼”だった。これは比喩ではなく、かといって本物でもない。これは古式魔法によって作られた、いわば幻影だ。

 しかし、将輝の“爆裂”に対しては非常に有効な戦法となる。“爆裂”は対象物内部の液体を瞬時に気化させる魔法であるため、対象物に液体が無ければそもそも成立しない。なので将輝が幽鬼に対応するためには、普段使っている特化型CADではなく汎用型CADを使って、干渉力を放射させることで幽鬼を消滅させる他ない。

 そしてこの幽鬼自体には、攻撃力が備わっている。催眠術、あるいはプラシーボ効果と同じような理屈で、幻影に斬られた者は赤い線を残して絶命する。魔法師ならば情報強化でそれを防げるが、魔法師ではない一般市民も混じっている義勇兵ではそうもいかない。

 この攻撃を打ち倒すためには、魔法式を展開している魔法師そのものを叩かなければならない。将輝は得意の魔法を封じられた状態で、幻影の攻撃を凌ぎながら、敵がどこにいるのかを探し当てなければならなかった。

 

「……こうなったら」

 

 しかし一向に打破できない状況に嫌気が差したのか、将輝は発想を変えることにした。今までは市民の巻き添えを恐れて単体のみを対象とした攻撃しか行わなかったが、このまま事態を長引かせては却って市民に被害が拡大すると考えたのである。

 3人1組で散開する敵が最も集中しているエリアを狙って発動箇所を設定すると、左腕に嵌めたCADを操作してその魔法を発動させた。

 最初の変化は、緩やかなものだった。敵兵は体が熱を持ったくらいにしか感じなかっただろうが、それはすぐにひりつく熱さに変わり、地面を転がり回る激痛に変化し、30秒後には眼球を白く濁らせた死体へと変わり果てた。

 

 その魔法は、液体分子を振動させる加熱魔法“叫喚地獄”。

 威力自体は“爆裂”の劣化板であり、本来なら一瞬で液体を気化できるものを30秒から1分の時間を掛けて気化させる。その代わり、“爆裂”の対象があくまで物であることに対し、こちらの対象は“領域”だ。将輝が設定したエリアはその名の通り地獄と化し、そこから激しい動揺が伝わってくるのを感じる。

 この魔法も人体に直接干渉する魔法であるため、情報強化を纏う魔法師には効きづらい。しかし裏を返せば、その魔法で生き残っている者は魔法師であることを示している。

 

 ――とにかく今は一刻も早く、この場を鎮圧しなければ……。でないと、横浜公園にいる“野原しんのすけ”が危ない!

 

 そう。最初は魔法協会支部を目指していた将輝だったが、例の放送を聞いた次の瞬間には、その目的地を横浜公園に変更する方針を固めていた。しかしそのときには既に義勇軍との合流を済ませ、中華街の手前まで進んでしまった後だった。この戦闘が終わり次第、彼はUターンして横浜公園へ向かう腹積もりである。

 将輝は一高生徒ではないため、しんのすけと直接話をする機会はほとんど無い。故に彼の為人(ひととなり)などほとんど分からないし、ましてや今回の行動の真意など分かるはずも無い。

 しかし十師族の一員として“野原しんのすけ”に関する話を父親から或る程度聞いていた将輝にとって、『その行動を起こしたのが野原しんのすけである』の一点のみで、自分が動く理由としては充分に足る。

 

「――さっさと退きやがれ、侵略者共!」

 

 自らを奮い立たせる意図も込めて、将輝は目の前の敵に向かってそう叫んだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。