「もし江戸時代にピアノが存在し、日本独自の進化を遂げていたら」――。

 そんなパラレルワールドを空想して作り上げたピアノがあるという。どんなピアノなのかを確かめてみた。(デジタル編集部・谷口愛佳)

■桐たんす、文机、衝立に鍵盤

 訪ねた先は、千葉大の産学連携拠点「墨田サテライトキャンパス」(東京都墨田区)。建物内にのれんをかけた和室があり、架空の店舗「洋琴(ぴあの)屋」という想定でピアノを展示していた。

 のれんをくぐった先に「桐たんす」「文机」「衝立」と、木製の小さな三つの和家具が置いてあった。「このたんすは、鍵盤の部分を引きだすとピアノになって演奏できます」と、たんす型のピアノを考案した同大2年生の坂井千隼(ちはや)さん(20)が軽やかにメロディーを奏でて見せた。桐たんすのひきだしにピアノの鍵盤が隠れており、引っ張り出して鍵盤をたたくと、おもちゃのピアノのかわいらしい音が鳴る。文机も天板部分をスライドさせると鍵盤が登場し、衝立も片側に鍵盤が取り付けられている。

■江戸の下町文化を意識

 ピアノは幕末に日本に伝来したとされ、今も西洋の形が基本になっている。

 今回の展示は、同大の卒業研究・制作展の一環で、サテライトキャンパスに入居している「ヤマハ」(本社・静岡県浜松市)のデザイン研究所の檜尾安樹絵さんと、千葉大工学部総合工学科デザインコースの学生たちが、「もしも鎖国時代にヤマハとピアノが存在したら、江戸の生活様式の中でピアノはどのような姿へと進化したか」をテーマに作り上げた。江戸時代の下町文化が残る「墨田らしさ」も意識しながらデザインを考え、地元の木工所の協力も得て、形にした。

 桐は軽くて燃えにくく、江戸時代には火事が起きると、人々は桐たんすを担いで逃げたという。婚礼家具にもなってきた桐たんすをピアノと組み合わせることで、新生児の用品を収納したり、知育玩具として楽しめたりする新たな贈り物として、坂井さんが「弾(ひ)き箪笥(だんす)」を提案したそうだ。「音机」は、本を読みながら鍵盤を弾いたり、思いついたメロディーを書き込めたりできる文机をイメージ。江戸時代の長屋暮らしで空間を仕切る衝立が重宝されてきたことから、間仕切り型の「透き間」は人々の気配が感じながら演奏できる楽器として考案したという。

 昨年10月から「プロダクトデザイン」演習の一環で15種類のデザインを考案。テーマに即した3作品を3月18日から20日まで展示している。入場無料だが、卒業研究・制作展の特設ウェブサイトで予約する必要がある。

 商品化の予定は今のところないが、檜尾さんは「日本文化を基にしたピアノを作るという手法を開発でき、デザイン力の蓄積となった。江戸時代の失われた文化を思い起こすことで、新しい視点も取り入れることにもつながったのではないか」と話していた。

■日本最古のピアノはシーボルトが持ち込んだ

 日本でのピアノの歴史はどうだったのか。ヤマハや河合楽器製作所(本社・静岡県浜松市)などによると、ピアノは1709年にイタリアで発明された。長崎・出島のオランダ商館医として来日したドイツ人医学者シーボルト(1796~1866年)によって持ち込まれたピアノが日本に現存するもので最も古いという。

 ヤマハの創業者、山葉寅楠(1851~1916年)は浜松尋常小学校からの依頼で壊れたオルガンを修理したのをきっかけに、1897年にヤマハの前身となる「日本楽器製造株式会社」を設立。1900年にアップライトピアノ、1902年にはグランドピアノの製造を始めた。1927年には、山葉の下でピアノを作っていた河合小市も「河合楽器研究所」(現在の河合楽器製作所)を設立してピアノ製造に乗り出し、国産ピアノが広がっていった。