渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う(パンセ) 渓流詩人の徒然日記 ~since May, 2003~

温泉とスキーとビリヤード

2022年02月20日 | open



バブルな時代。
まだ父のきょうだいたちも健在
だった頃。
毎年一族で正月には旅行に行った。
子どもたちも一緒に30人位で。
それを数年続けた。
観光バスを仕立てて全員で移動し
たり、観光クルーズ船旅用とかを
ていた。
まあ、バブリーな時代ですね(笑
旅行代理店を通さず、自分たちで
企画してやってた。
コンダクター役は持ち回りで。
バブル弾けてからも2年ほどやった。

一度、観光バスで群馬県の水上
温泉に行った。スキー旅行だ。
ゲレンデでは私も父も親戚たちも
スキーを楽しんだ。




ゆったりと温泉と夜は大宴会。


翌日もスキーと温泉。


そして、宿泊したホテルには撞球室
があった。四つ玉台だ。
私が一人で撞こうかとしていたら、
父のきょうだいの東京の末弟の叔父
相撞きしようか、と言う。
もうキューを握るのは何十年ぶり
だと言いながら。
以前は仕事帰りに毎日のように撞い
ていたという。四つ玉。ポケットは
やった事が無いらしい。
会社経営者になってからは全くやっ
ていないと言う。
古代史の研究者でもあった。
相撞きをした。
とんでもない上級者だった。
100点のショートでやったが、すぐ
に撞き切ってしまう。私はカウント
しているだけ(笑
あいやぁ!だった。
叔父と3時間程玉撞きをしていたら、
母や叔母たちもやってきてビリヤー
ドを教えろと言う。
急遽、入門教室になって、家族親戚
でビリヤードを楽しんだ。
あれはよい思い出になった。

これほど豪華な部屋ではなかった
が、これに近い撞球室のある水上
(みなかみ)のホテルだった。


こういう部屋が自宅にあると最高
だろうと思う。


温泉旅館に卓球はつきものだが、
かつて、1987年にポケットブーム
が来る前にはビリヤードルームが
旅館や老舗ホテルにはある所も多
かった。
広島県尾道にひなびた温泉があり、
日帰り入湯もできるその古い温泉
には娯楽室があるのだが、今は
卓球台が置いてある。
しかし、部屋の寸法と作りを見て、
私は察知した。
ここは元撞球室だった、と。

撞球は一般的に紳士淑女、そして
庶民にも旅先での遊行の際の娯楽
しても親しまれていた。
今はもう取り壊して存在しない東
京弁護士会の旧会館の中には「撞
球室」という部屋があった。
私が法曹界に勤務していた頃は既
にその東弁の撞球室は明治建築の
ようなドアのガラスに印刷された
ものがあるだけで、部屋は弁護士
たちの碁会所となっていた。
いつも混んでいた。
ある時、東弁の3階会議室で打ち
合わせしていた。
なんか、でっけーテーブルだなぁ
とか思って足元を見た。
ぬぁんと、日本玉台製のビリヤード
テーブルだった。
それに天板を置いて、会議室の
大テーブルに使っていたのだった。
あれには激しく苦笑した。
多分、大正時代か戦後間もなくの
頃のビリヤード台だろう。当然、
古風な箱台。
弁護士たちも少ない余暇には撞球
を楽しんでいたのだろう。

先日、外国人の友人が私に尋ねた。
「なんで日本の大学にはビリヤー
ドルームが全然無いの?」と。
うーん。こっちが訊きたいわい(笑


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