推定300万人以上とも言われる国内のギャンブル依存症者。厚生労働省は12月11日、依存症治療を公的医療保険の対象にすることを固めた。背景にあるのはカジノを含む統合型リゾートIRの開業だ。
カジノを含む統合型リゾートIRの誘致が動き出している。現時点で誘致を正式表明しているのは横浜、大阪、和歌山、長崎だが、東京、千葉、名古屋は検討中だ。最終的に名乗りを挙げた候補地の中から、国が最大で3カ所を選定されることになっている。
横浜市は多くの観光客が訪れているものの、その9割が日帰り客。「残念ながら東京に行かれてしまう。横浜でお金を落として頂けない」(林文子横浜市長)という市にとって、大きな経済効果が見込めるIRは是が非でも欲しいところだ。東京ドーム10個分の敷地を持つ山下埠頭を予定地に指定、民間企業の投資で様々な施設を作る計画で、その投資規模は1兆円に上る。
ただ、港湾業者らを束ねる“ハマのドン”こと横浜港運協会の藤木幸夫会長はギャンブル依存症への懸念からカジノ建設に猛反対、「俺を殺すかどこかに拉致するか。俺が生きているうちはダメだ」と主張。協会の水上裕之常務理事は「ディズニーさんもF1もそうだし、ご本人たちがここでの可能性を探りたいと言ってきたわけだから、可能性としては非常に高い」とし、協会は豪華客船で巡るディズニークルーズやF1レース開催という独自再開発プランで対抗する構えを見せている。さらに先月には反対派の住民が新団体を組織、是非を問う住民投票の署名活動も始まっている。
一方、着実に準備を進めるのは府市ががっちりタッグを組んだ大阪だ。2025年の大阪万博と同じ夢洲の一画に予定地にしており、「MGM+オリックス」「ギャラクシーエンターテインメント」「ゲンティン・シンガポール」の3社が事業者として名乗りを上げる。「事業者からは9300億円を上回る提案が出された」(大阪府・大阪市IR推進局の那須雅之氏)。
横浜や大阪が目指す“世界最大規模のIR”だが、専門家はその投資額に懸念を示す。「日本という市場は世界的に見ても有望な市場ではあるが、巨額投資が本当に回収しきれるのか言われると、建てたはいいけど儲からない、という状況が発生してしまう可能性がある。継続的な施設のクオリティの維持だったり、サービスレベルの維持というのができなくなってしまって、残念ながら観光集客施設としての質が落ちていくことになるのではないか」(国際カジノ研究所の木曽崇氏)。
さらに本場ラスベガスにも、日本のIR構想、とくにカジノの行く末を気にかける人物がいる。ディーラーやVIPのお世話係などをするカジノホストを務め、日本からのカジノ誘致関係者の案内役なども務めてきた、カジノディーラーの片桐ロッキー寛士氏だ。
ディーラー学校の講師もしているロッキー氏は大阪の誘致成功を見込み、ディーラー学校を設立準備のために大阪を視察した。その上でロッキー氏は「そもそも誰も来ない。今のままでは100%成功しない」と断言する。
17日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、ロッキー氏に加え、カジノで100億円以上を溶かし、特別背任の罪で収監された経験を持つ大王製紙前会長の井川意高氏と、日本版カジノの「失敗の理由」を分析した。
■失敗の理由(1)顧客目線
まずロッキー氏が指摘するのは、顧客目線の不足だ。賭け金やゲーム時間によってポイントが貯まり、宿泊や飲食、飛行機代などが無料になったり、キャッシュバックなどの優遇があったりする「コンプ」が、カジノ管理委員会の検討結果次第で、禁止される可能性があるという。また、日本居住者はマイナンバーカードで全プレイが記録され、勝ち分が一時所得として課税、非居住者は勝ち分に対して源泉徴収などの案がある点だ。
ロッキー氏は「業界内では、コンプがかなり規制されるのではないかという話出ている。やはり利益を多くしたいというのが理由ではないか。また、ラスベガスの場合、テーブルゲームに関しては配当が300倍以上のものは課税対象で、5000万賭けて5000万勝ったというのが何回か続いて5億勝ったとしても、それは課税対象にならない。そして、スロットマシンの場合は1200ドル以上の配当が源泉徴収の対象になる。そう考えると、海外から来た人にとって、日本のルールは全く魅力的なものではなくなる可能性がある。やはり他国のカジノとの競争を考えれば、お客さんに対して何らかのメリットを示さないといけない」と指摘。
井川氏も「日本の近くにはマカオもあればシンガポールもある。そこがやっていることを取り入れなければ顧客を呼べないのに、役人は競争があるということが分かっていない。課税については、贈与なのか交際費扱いになるのかなど、そういった問題が大きいのだと思うが、そもそも勝つのが難しいのに、たまたま勝ったものに課税するのはセンスがない。“ギャンブルは愚か者への課税”という言葉があるくらいだ。私は106億も課税されてしまった」と苦笑する。
■失敗の理由(2)ディーラー目線
次にロッキー氏が主張するのは、ディーラー目線の不足だ。中でもラスベガスのディーラーはチップで稼ぐといい、優秀なディーラーを集める上で、日本版ではチップが賄賂に当たるとして禁止されることに警鐘を鳴らす。
「ラスベガスに限っての話だが、カジノディーラーはネバダ州が定めた最低収入しかいただかないので、チップが全体の収入の8割か、それ以上になる。お客様からいただいたチップをその日働いたディーラー全員で割って、そこから税金を引いた状態で給料としてもらう。チップがなければ、はっきり言って生活できないレベルになってしまう。最後に働いていたカジノでは、1日あたり350~400ドルくらいをもらっていて、最高で1人のお客様から30万ドルいただいたことがある。ただ、全員で割らないといけないので、実際は悲しい結果になることもある。マカオでも収入は30万円もいかないと思うし、日本もそのくらいになると予想している。日本人で足りなければ必ず外から連れてこないといけなくなるが、人が集まるだろうか。やはりチップは賄賂ではなく心付けだ。仲居さんに心付けとしてお金を渡したり、タクシーに乗って“お釣りはいい”というのと同じ感覚だという考えが定着してほしい」。
井川氏は「国にもよるが、韓国でディーラーと話したときに聞いたのは、収入のかなりの部分がチップだということだった。シンガポールやマカオはメインのお客が中国人で、チップをあげているのを見たことがない。そして、アメリカのディーラーはチップが欲しいから“タイに駆けろ”と言う。タイで当たるとチップをあげるのが基本的なマナーになっている。私の場合、シンガポールで大きく勝っていた時は一張りで50万ドル張っていた。気分次第だが、負けているとそのチップも惜しくなる。今回のトリップは勝ったなという時には、最後に1万ドルくらいはチップをあげていた。でも次に負けると、“畜生、あの時にあれあげなければ良かったと思う(笑)」と明かした。
また、飛行機やホテルの手配、資金繰り(回収)まであらゆる面倒を見てくれる“執事的存在”の「ジャンケット」も禁止される可能性もあるという。
これについて井川氏は「マカオでは中国語の名前がついたジャンケットの部屋やテーブルがあって、セールスしてくる。しかしミイラ取りがミイラになって本人がジャンケットのセールスになってしまった日本人もいた。彼等は箸の上げ下ろしまで面倒を見てくれるくらい、24時間、最大限のサービスをしてくれる。“今回は全部使っちゃってないけれど、もう少しやりたい”と言うと、お金も与信によるが貸してくれる。日本では禁止してもいいと思うが、シンガポールではカジノがジャケットの代わりに担当のマーケティングスタッフをつけてくれる」とコメント。カジノ企業のVIP専用担当者で、身の回りの世話の他、資金貸付などの相談も受ける、いわば“クリーンなジャンケット”というイメージの「カジノホスト」の導入を提案した。
ロッキー氏も「僕もジャンケットは反対派だ。マカオに入ってきたアメリカ企業がすごい売上げを叩き出したが、それはまさしくジャンケットがいたからだ。要は“汚いお金”をスクリーニングせずにカジノにどんどん落としていくという、反社的な側面があった。やはりサードパーティー、第三者がカジノにお金を入れる形になるのは良くない。カジノホストは完全にカジノに雇われている者なので健全だ」と話した。
■失敗の理由(3)カジノ事業者目線
最後にロッキー氏が指摘したのが、カジノ事業者目線の不足だ。日本では一つの区域にカジノが一つだが、遊び慣れた客は複数のカジノを渡り歩くため、すぐに飽きてしまい、お金が落ちなくなってしまう懸念があるという。また、投資額は9600億円以上で、経済波及効果は建設時1兆2400億円、運営時7600億円(年間)を想定する大阪は49万平方メートルでディズニーシーと等しい面積、投資額は1兆円規模で、経済波及効果は建設時7500億円~1兆2000億円、運営時は6300億円~1兆円(年間)を想定する横浜は47万平方メートルで、東京ドーム10個分と、規模が大きすぎるとも話す。
「また、競争が起きないということは、長い目で考えると投資が集まりにくくなるということでもある。お客さん目線でもあるが、やはり一つしかないと、毎年同じ部屋に泊まって、同じ所でご飯を食べて、同じショーを見ることになり、必ず飽きがくる。そうして離れたお客さんは二度と戻ってこない。どうやって継続的に来てもらうかを考えると、複数のカジノを巡らせるのがいい。そして、事業者としてはすぐに投資額を回収しないといけないが、あまりにも規模が大きすぎると思う。どういう形でお客さんを呼び込むのかが気になる」。
そして最後にギャンブル依存症対策に関連しては、「筋を通すのであれば、現存しているパチンコなどのギャンブル依存症に対して手を打つべきだと思う。僕が最もダメだと思うのは、年齢確認をしないことだ。ラスベガスでもし未成年者が遊んでいることが分かると、数億円単位の罰金か、ライセンスを剥奪されるくらい事業者に厳しい。実際に僕が働いていたカジノでも、17歳の男の子がスロットで遊んでいた。彼が十数億当てたことで管理委員会が来て、罰金のほか、彼が遊んでいた時にいた従業員60人くらいが全員クビになった。もちろん17歳には支払いがなされなかった。カジノはそれくらい厳しいところだが、業界が働きかければ簡単にできることだ」と訴えていた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)