世界に先駆けて、ワクチン接種を進めたイスラエルや英国では、ワクチン2回接種者が感染する「ブレイクスルー感染」が次々に発生しており、感染が収束する兆しは見えない。こうした状況を見て、反ワクチン派の識者のなかには「ワクチンには感染や発症予防効果がないばかりか、むしろ感染を促進するリスクがある」と主張する向きもある。
ベストセラー『新型コロナワクチン「本当の真実」』の著者である宮坂昌之・大阪大学免疫学フロンティア研究センター招へい教授は、こうした見方に否定的だ。それでは、ワクチン接種が進んだイスラエルや英国で起きている急激な感染拡大はなぜ起きているのだろうか。免疫学の権威が解き明かす、謎のからくりとは。
ワクチン接種するから感染者が増えるのではない
イスラエルの最近の感染者の急増を見て、ワクチン接種自体がむしろ感染拡大を促進しているファクターだと考える人もいますが、私の意見はまったく違います。
ブレイクスルー感染が急増しているとはいえ、8月17日の時点ではイスラエルの感染者の新規感染者の半数近くがワクチン未接種者です。
イスラエルは接種可能な12歳以上の約78%は2回のワクチン接種を済ませていますが、国民全体では接種対象外となる12歳以下も含めると2回未接種者がまだ国民の4割近くおり、こうした若い世代で感染が広がっているのです(この国では12歳以下が全体の約25%を占め、12歳以下はワクチン接種をしていません。このために、接種を完了していない人の割合がまだ4割近くもいて、12歳以下を含む未接種者では感染が起りやすくなっています)。
さらに、未接種者は、接種者よりも重症化も起りやすいために、重症者の約7割がワクチン未接種者です。これに対して、重症者の約2割がワクチン1回接種で、わずか1割以下がワクチン2回接種者ですから、ワクチン接種者は未接種者に比べて重症化率が大きく下がっています。
反ワクチン派が言うのと大きく異なり、ワクチン接種をしているから感染者が増えているのではなく、むしろその逆で、ワクチン接種をしていない人たちの間で感染が増え、さらには重症化が起きているのです。
どうしてイスラエルでこのようなことが起きているかというと、前回(「ブレイクスルー感染、日本はイスラエルの二の舞になるのか?」https://gendai.ismedia.jp/articles/-/87870)に述べたように、6月1日の規制の完全撤廃で気が緩んだために感染者が急増し、彼らが排出するウイルスの量が大きく増えてしまったからです。
私は、感染者が排出するウイルスを雨滴に、ワクチンを、雨風を防ぐレインコートにたとえました。社会でウイルスの大流行が起きると、厚手のトレンチコートあるいはレインコートだけでは降雨を十分に防げないことがあり、その結果、ブレイクスルー感染を起こす人が増えたのです。
以上のことをあわせて見てみると、社会的規制を一気に緩めると、世の中に降る雨の量が大きく増えてしまうことになります。その結果、ワクチン2回接種者が社会の6割を超えていても、一部の人たちにはブレイクスルー感染が起きてしまうことになります。
ただし、ワクチン接種者が感染しても病状は軽く、重症化する人は稀です。幸い、デルタ変異株であってもワクチンには感染予防効果がまだ強く残っています。従って、社会の中のワクチン接種率をできるだけ上げるとともに、ひとびとが引き続きマスクを着用し、三密(密集、密接、密閉)を避けて、換気を励行するなどの感染予防策を続けていけば、ブレイクスルー感染のリスクをかなり減らすことができるはずです。
急激な感染拡大はADEのためではない
イスラエルの急激な感染拡大は、ADE(抗体依存性感染増強)が起きているためだと考える人もいますが、私はこれにも否定的です。
ADEは、ワクチン接種でできた悪玉抗体の影響で、接種後にウイルス感染したときに、かえって病態を悪化させてしまうというものです。実は、ADEは、新型コロナウイルスの近縁であるSARS-CoV(SARSの原因ウイルス)のワクチン開発中にも観察されています。これまでに複数種のコロナウイルスで観察されていることから、今回の新型コロナウイルスに対するワクチン開発についてもこのような現象が起きる可能性があり、懸念されてきました。
私も、本格的なワクチン接種が始まっていなかった昨年末までは、ADEのことを懸念していましたが、現在はそうではありません。2021年9月7日までに全世界で55億回以上のワクチン接種が行われていますが、ワクチン接種を原因とするADEが確実に発生している報告は私が知る限りありません。
米国やイスラエルではブレイクスルー感染が起きていますが、前述したとおり、感染者の半分はワクチン未接種者で、重症者、死者の多くをワクチン未接種者が占めます。感染者の急増は、ADEのためではなく、デルタ変異株の感染性が高いためにワクチン未接種者で感染者が増えるとともに、2回接種者でもブレイクスルーが起きているためです。
しかし、ワクチン接種を受けて抗体を作っている人たちでは、感染率も重症化率もワクチン未接種者に比べてはるかに低いのが実情です。ADEが起きているというエビデンスはありません。