探し人 |
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目が冴えると、視界は素晴らしき晴天と、眩き稲妻の囲いと、黒服で白髪の男性が立っていた。 男性は目の前で倒れ込んでいる僕を見下げ、笑みを作った。 「おはよう、劣等よ」 「……」 第一声は僕を侮辱するものだった。 「君は自分が死んだ原因は何なのか、覚えているかね」 「……何も覚えていません」 「そうだろうな。君は脳を完全に壊されたのだから」 すると男性は何も無い所から白い椅子を具現化し、そこに腰掛けた。 僕には何も用意されない。 「君を殺したのは私の宗教を広めさせる為に脳を改造した男でね、あれはよく働いてくれたよ」 「改造なんて酷いですね」 「そうかな?」 男性は足を組む。 「……どうしたものかな、その男は突然狂った。理由は分からないし、私への信仰の信用を落とされたので分かりたくもない。だが、君が死んだ死因くらいは語ろうじゃないか」 「……僕は何故死んだんです?」 「どこからか手に入れた拳銃を君の頭に撃った。場所は君の家の玄関。君の友人からの電話で呼び出されて、君が家を飛び出したその瞬間に頭を撃ち抜かれた。その電話内容くらいは教えてやろう」 『禾人君、ああ禾人君!』 『佳奈!? お前泣いてるのか!?』 『私ね、デスゲームみたいなのに巻き込まれちゃったみたいなの! 毎日誰にも分からないように、一人を殺していかなくちゃいけない……! それにこのハンドガン、反動が大きすぎて手首を捻ったし、もうやり切れない……』 『場所を教えろ! デスゲームが何なのか分からないが、僕がそんなの終わらせてやる!』 『分からないよ。眠らされてここに来たから。私、一体何のために生きているのか忘れちゃったよ……』 『忘れてもいい! 僕がお前を救ってやる!』 『ああ……。禾人君、私は人じゃないのかも知れない』 『そうそう人でなくなるなら、また人に戻っちまえばいい!』 『禾人君……私にはこのデスゲームが何なのかさっぱり分からないよ! 助けて……! 怖いよ禾人君!』 『待ってろ!』 天から僕のと思わしき声と、頭の隅っこに妙な懐かしさを感じる少女の声が降り注ぐ。 しかし何も分からない僕には、他人事のように感じられた。 「君には自己紹介をしていないね。私は神。神の座を奪ったルシファーだ。なに、私はキリスト教を広めているわけではないよ」 「僕が死んだのはあなたのせいですか?」 「それは私には分からない。私は君を殺そうなどとおもっていないからね」 「僕が死んだのはあなたの男が僕を撃ったからです。これはあなたの責任だ」 ルシファーはフッ、と笑った 「さて、君の転生先は私が神となる遥か昔から決まってある。グリーンというなかなか面白そうな世界だ。チートでも欲しいのだろうが、あれは嫌いでね、特別な贈り物の方が喜ぶと思って用意しておいた」 「佳奈はどうなるのですか」 「……ほぅ。杞憂だ、安心したまえ、あの女は貧弱の割に強い心を持っている。それよりも君の転生が先だ」 手を天に伸ばすと、また声とは違うものが降ってきた。 光だ。 ただの光が僕の周りを飛び回る。 「これは……?」 「分からないか、劣等には。それは命の光だ」 「……誰の光ですか」 「無論、君の光だが?」 そうか……僕は死んだのだったな。 だから僕にこの光が渡されたということは、つまり……何だろう。 何だか凄く安心した。 「承諾しろ、劣等。転生を」 「……転生します。ですが、いつか、あなたにやり返したいと思います」 「……上等だ。復讐神フリアエにでも願うと良い。別の宗教だがな」 ルシファーが指を鳴らした。この広大な晴天でいつまでも響き渡り、高く、高く──。 ☆ 眠りから覚めるように、ゆっくりと瞼をあげた。 目に入ったのは草原の先にある森。どうやら僕は丁度座れそうな岩の上に腰掛けているようだった。 ああ、何だろう。僕には何かしなければならないことがあったはずなのに、全て忘れてしまっている。 ただ誰かを救いたいという不思議な感情のみが僕の心の中にあって、その相手の顔などは分からない。 僕は……何だろう。 「──貴方、森を眺めて何をしているのかしら」 いつの間にか目の前には人が立っていた。 声は……、暗い部分などさらさらないような、愛嬌のあって可愛い、そんなちょっとだけ不思議で綺麗な少女の声だった。 容姿はよく分からない。マントで全て隠しているから。 「僕は……人を探している」 「その人の名前を言ってみなさい。助けになるかも知れないわ」 「名前は……多分、アナ……でなくて……カナ……でもないだろうし……ヒナ……なわけないだろうし……ルナだったと思う」 「私のことを探していたのね」 首が反射で上を向いた。彼女はそれに、わっ、と少し驚く。 「いや、違う。他にもフールだったか、フリアエだったか、フューリエだったかの名前があった気がするんだ」 「あら、私でいいのよ。私がルナ・フューリエだから」 「……そ、そうだったかもしれない」 僕の探し人はすぐに見つかった。もしかすると、僕を創った人は気を利かせて探し人の近くに置いたのだろう。 そんな都合のいいことがあるとは思えないが、それはこれから検証すればいい。 「それで、貴方の名前を教えてくれる?」 探し人は僕との距離を少し縮めて、親しみちょっと込めて聴いてきた。 どう言えばいいのやら。自分の名前など知るはずがない。 「……僕に名前はない」 「あら、どういうことかしら」 「僕は人々を救うために創られた天使だと思う。人が持つべき感情が沸き上がらないし、家族や友人、果ては愛する者すら記憶にない。きっと、僕は……名前を必要としない天からの使者なんだ。黄金の翼で飛翔し、この地に舞い降りた」 「……貴方、」 探し人が顎に人差し指を当て、小首を傾げて僕に指摘した。 「どう見ても駆け出しの冒険者よ。黄金の翼の一つも生えていないわ」 「……僕は、姿を偽っているのかもしれない」 駆け出しの冒険者が記憶を失ってここにいるというのは馬鹿げた話だ。もっと他の導き方があるだろう。 僕は自分の体を抱きしめ、次の考察を出した。 「この地に馴染めるにはあまりに時が浅い。間抜けな仮面を身に付け、この世の全てと関われるようにする。……きっとそれが神からの配慮なんだ」 「……しかし、貴方は駆け出しじゃなくて?」 「どういうこと?」 「駆け出しが駆け出し以上の偉業を成し遂げられるのかしら」 「……そうだ。確かにそうだ」 僕はまた違うことを考える。今度はもっと楽観的なものだ。 「いや、そこまでではなくていい。たった少しの苦痛をも残さず浄化する下級天使なんだ。僕は……たった少しの人々でも救えたのなら、天からの迎えが来るだろう」 「そうなの。それならば丁度良いわ。さっき重たい荷物を運ぶ際に右手首を捻ってしまったの。その浄化とやらの役目で私の怪我を治してくださいな」 そうしてマントから出されたのは白い手。指先に若干の皺があるものの、これは水洗いによって手荒れができているだけだ。 手荒れを無視して見るのなら、可愛い手だと思った。 僕は自分の力を信じて、自分の右手に精神を集中し、ルナとやらの手にかざす。 「……」 「……」 「……何か唱えてみれば?」 「……キュアー……」 馬鹿みたいだった。 治れ治れと思っても、実際には治ることは無かったし、何よりも変化が無かった。 ……これは、僕はもしかすると、ただの駆け出し冒険者なのかもしれない。 「天使さん。貴方は天使ではないわ」 「うん、多分そうに違いない」 「──貴方は転生者よ」 |
はらわた 2022年03月18日(金)20時51分 公開 ■この作品の著作権ははらわたさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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