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この作品「風呂だ浴衣だお色気だ?ワガハイの蟹は何処ですか編」は「ペルソナ5」「主人公(ペルソナ5)」等のタグがつけられた作品です。
風呂だ浴衣だお色気だ?ワガハイの蟹は何処ですか編/mizukiの小説

風呂だ浴衣だお色気だ?ワガハイの蟹は何処ですか編

15,221文字30分

佐倉さん家の家族旅行、山登りとお風呂編。
前回のお話が第一話。
novel/8424408
色々と旅行計画やら色々とするお話。まだお読みでない方はこちらからどうぞ。

今回は前話でアンケを取らせていただいた、ばったりお風呂には行き着いていない。次回に回す事に。
次回に回すが、何が何でも今回、浴衣姿の主人公(漫画版から来栖・暁 くるす・あきら)は出す、と勢い込んで書き込んでいる。惣治郎に着付けしてもらう主人公。
あとマイペースな猫やら、同じく浴衣姿の双葉やら惣治郎が出てくるお話。
全体的にちょっとしんみり?今まで書いてた長編の影響が出ているなぁとか思いながら書いている。若干、描写が祐介贔屓になっているのがいかんなぁと猛省するところ。なるべく万遍なくな描写を目指したい。
微妙に主双かと見せかけて特に何も起きないのは、まあ、カップリングは特に決めていないから、色々と読み手様で想像してくださいと、そんな感じ。仲の良い兄妹だけど、微妙に恋心があるようなないような、そんな感じ。にやけながら読んで頂けると作者としては、有り難い所です。
何故かしら最後がしんみりしてしまったけれど、最後に主人公が歌っている曲は、P5ゲーム内の夜に流れるあの曲。
次ものんびりペースで進んでいくかと思います。
次は猫待望の蟹かな。多分。そろそろ美味しくなる時期ですね、食べたい、蟹。あと旅行行きたいです。
あと、このお話で、明確に何処に行っているかは上げていません。読み手様のご想像された、行かれた事のある観光地に主人公達がぶらりと立ち寄っている、そんな感覚で読んで頂ければと思います。まあ、朝風呂で朝日を海辺から拝める地理的背景を考えると、太平洋側のどこか、にはなるんですけど。

そして、前回分、お話を読んで下さって有り難うございました。
コメントやブックマーク、いいねの評価、ユーザー入りのタグ付けをしていただいて感謝感謝なのです<m(__)m>毎回、喜んでいる作者です。たくさんの方に読んで頂ける事を祈りつつ、次のお話の糧にさせて頂ければと思います。
最後に今回もアンケートを実施しております、お気軽にご協力いただけると次のお話の参考にもなりますので、ぜひぜひ宜しくお願いいたします。

2017年9月17日 15:45
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 飯屋での一騒動の後、事なきを得た面々は、ひとまず移動を開始する事になった。
 まだ宿泊場所である旅館に向かう前に、何ヶ所か観光地を巡ろう、という事にはなっている。
「にゃはふふ~!腹いっぱいだぜぇ」
 大変ご満悦な様子の黒猫のモルガナが、空いた椅子に座り込んで、ふにゅふにゅと自分の腹を撫でさすっている。
 にゃはっと笑っているのを、相方の暁はちらりと横目にしながら、椅子の上に置いた鞄の中に入るように促す。
「ほら、行くぞ、モルガナ」
 暁に呼ばれて黒猫はよっこいせと言いたげに、椅子から腰を上げ、するりと鞄に入り込んだ。
 鞄からにゅっと顔を出すと、けぷっとげっぷをしている。
「…………」
 暁は無言のまま、鞄を肩に掛ける。
 モルガナ入りの鞄は心なしか重みを増しているような気がするが、それは気の所為でもなんでもなくて、そりゃ、あれだけ口いっぱいに頬張って喉に詰まらせそうになるくらいにがっついていれば、当然重さは増すだろう。
「モルガナ…」
「ん?何だ?」
 無邪気な様子で次に何を食べようかな♪と、黒猫は空色の瞳を輝かせながら、傍でガイドブック片手にはしゃいでいる双葉と話をしている。
「……いや、何でもない」
 そんな猫の様子に、暁は何も言えなくなってしまって、曖昧に言葉を濁した。
 重みを増すなら、その分、自分が頑張って猫を抱えれば済む話ではないかと、暁は思い直す事にした。
 重さに比例して、肩こりの具合も増していくような気もするが、どうせ今日と明日我慢すれば良いだけだ。明後日からは猫にも強制ダイエットをさせようとは、考えてはいるが。
「そうじろう、次は何処に行くんだ?」
 双葉は、鞄からちょっとだけ顔を出している猫の頭を撫でながら、養父を見遣った。
 惣治郎は養女へと顔を向けて、にやりと笑みを浮かべる。
 お父さんオススメの所があるんだと言いたげな様子で、思わず彼女は苦笑を漏らしていた。
 やはり、父にとっては初めての家族旅行は余程嬉しいもののようだ。
 そんな父の様子に愛おしげな眼差しを向け、双葉は目を細めて笑んで答えると、何処だろ、と彼に合わせて話を進める。
 こんな風に、自然に家族とやりとりが出来るようになった事に、そのきっかけをくれた一人と一匹の存在に感謝しつつ……
――そして、全員で車に乗り込んで、惣治郎の運転で移動を始めるが、何故か次に来た場所は、観光街からは少し外れた山だった。
 なんで山?と暁は内心思った。
 折角、海辺の温泉地があるのだから、その辺りでも観光出来る場所はあるだろうにと思うが、双葉達とガイドブックを眺めてみたら、この時期はこの辺りでは樹氷を目にする事が出来るらしい。
 それを一緒に見よう、と惣治郎は言いたいらしかった。
 山の奥まった場所にある駐車場に車を停めると、皆で車から降りる。
 平日だからか、ほとんど観光客の車は停まっておらず、広めに取られたその場所の先には、高い山の峰が広がっていた。
 山の上まではロープウェイで移動するか、登山道を利用するかなのだが、暁達一行は登山用の服装で来ているわけではないので、当然前者を利用する事になる。
 ペット同伴可能かは分からないので――駐車場の入口付近に設けられたロープウェイ乗り場の説明を見ると、山頂付近は国立公園の扱いとなっているようだ。となれば、動物の糞尿などで生態系を崩す恐れがあるからと、禁止になっている可能性の方が高いだろう。
 幾らモルガナがそこかしこでしないとは言え、大っぴらに連れ歩くわけにもいかない。
 とりあえず、人気のない場所以外では鞄の中に引っ込んでろ、という事で、暁はしっかりと鞄を抱えて、皆で乗り場まで歩いて行く。
 ロープウェイ乗り場の券売場は、屋外にあるのではなく、ちゃんと建物が建てられていた。
 ロッジ風の建物で、場の雰囲気を崩さないように配慮がなされてはいるものの、中は当然山小屋とは程遠い。
 地元の様々な土産物が所狭しと陳列され売られていた。暁達以外には店の店員が数名いる程度で、適当に雑談を交わしている。
 券売のカウンター奥には暇そうに茶を啜っていた店員がこちらに気付いて、愛想笑いを浮かべていた。
 惣治郎が直ぐに動いて、三人分の券を購入している間に、暁は双葉とともに土産物売り場で、山積みにされた○○名物の○○チップスだとか、じゃがりこのご当地バージョンだとかあれこれ売ってあるのを眺めていた。
 試食用のタッパーに入れられた菓子などをつまみつつ、二人で皆への土産は何にしようかとあれこれと話していると、暫くして、券を買い終わった惣治郎が戻ってきた。
「五分後には出るらしい」
 そこまで待たずに済みそうで良かったなと、奥にあるロープウェイの入口付近らしい、柵がなされた出入口を見遣った。
 出発は三十分刻みらしく、時間が来たら柵を外して、更に奥の通路に設けられたロープウェイ乗り場から乗り込むらしい。
 程無くして時間が来て、山から下ってきたロープウェイに乗り込む事にはなるのだが、暁達以外にはやはり乗り込む客は一人もいなかった。山から降りてきた数名の親子連れの観光客とすれ違う程度だ。
 恐らく紅葉の時期や土日、連休の時は人も多いのだろうが、平日は閑散としている。まあ、その方が暁にとっては有り難い事だった。
 ここならば、公安の監視だって無理に入って来ようとはしないだろうし。
 残念ながら、今回の旅行にも、それらしき車が東京からずっと付いていた事に暁は気付いていた。
 只の家族旅行なのにとうんざりした気持ちを抱きはするが、向こうも仕事なのだから、仕方ない。
 何をどうしようが、こちらの行動に支障がない程度にはついてくるだろう。
 それはそれと割り切ってしまえばそれで済む話だ。
 それに、一度山頂に行ってしまえば、向こうも次の時間までは追ってこない。下手をすれば行き違いになる事を考えれば、山の上までは来ない可能性だってある。
 暁はそう思いながら、ロープウェイに乗り込んだ。
 案の定、誰も追いかけてくる様子はなく、乗り場の監視員が、ロープウェイの出入口にある落下防止用の錠を、外側からしっかりとしてから、暁達を送り出してくれた。
 乗り物の内部は数十人は乗り込める程のものなのだろうが、その広い空間に三人分は余計に広く感じた。
 乗り物は床と天井以外は外の景色が見れるようになっており、備え付けの長椅子に座りながら、約10分程の短い時間、空中からの外の景色を楽しむ事が出来る。
 既に季節は春を間近に迎え、冬の山から、少しずつ春の気配を見せる所だった。
 雪混じりの山肌の上には、まだ枯れ葉をつけたままの落葉樹が密集し、時折、梅や桃などの、この時期ならではの花々が山に小さな彩りを与えていた。
 暁と双葉は並んで長椅子に腰掛け、その隣には惣治郎が立ったまま、ロープウェイから見える遠方の景色に目を細めていた。
 モルガナも鞄から顔を出して、目を輝かせながら眺めている。
 ロープウェイに乗り込んで、それが山頂に向かって動き始めるのと同時に、録音されたガイダンスが流れ始めた。
 この山の山頂付近が国立公園である事や、希少な動植物がいる事、季節ごとに目にする事の出来る雄大な風景の説明。
 この時期は、やはり見どころは樹氷らしい。
 説明を受けながら、双葉はガイドブックを一度確認して、それからまた外の景色に目を向けた。
「わぁ……海だ」
 モルガナがロープウェイから見える外の景色に目を輝かせてそう言った。
 つられて暁がそちらに目を向けると、遙か遠方に真っ青な海が見え始める。
 白くたなびく雲と、視界一杯に広がる海、それから、先程までいた海辺の観光地が少し霞んで見える。
 小さくなった町々の風景と、それから山が続く風景。
 近くにある小さな湖が陽の光に映えて、きらきらと光っているのが見える。
「良いな、こういうの」
 双葉がぽつりと呟いた。
 独白のように、お母さんと行ってみたかったと零していたが、ふと我に返って、はにかむように微笑んだ。
「皆とこうやって見る事が出来るのも嬉しいんだ」
 そう言って穏やかな表情で眼鏡越しに双葉は笑い、亡き母の事を想うようにまた物思いに耽っている様子だった。
 惣治郎は無言でそんな娘の様子を見守り、目を細めていた。
「お。暁、鹿もいるぜ」
 モルガナがそう言って相棒に呼び掛ける。
 何処だ、と暁が首を巡らせると、山肌の上に、小さな親子連れの鹿がいた。
 慣れているのかロープウェイが登って行くのも気にせずに、のんびりとした様子で雪の上にその愛らしい鼻先を突っ込んでいた。雪の中から木の実でも探し出して食べているのだろう。
 暁達は、時折会話を交わしながら、短めの空中遊覧を楽しみ、やがて山頂付近まで辿り着く。
 完全に山頂という訳ではないが、大分上の方まで登ってきた。
 暁はモルガナを鞄から出さないようにして、乗り場で待ち構えていた店員の指示に従ってロープウェイを降り、他の面々も降りる。
 また行き違いに数名の客が帰りの便に乗り込んでいたのを横目に、暁達は乗り場の建物から外に出た。
「…………」
「…………寒っ!」
 思わず、モルガナが鞄の中に引っ込みながら、身を震わせている。
 山頂近くなのだから、当然標高は高く、それに伴って気温も下がる。
 風はそこまででもないが、寒いものは寒い。
 さすがに暁が寒さに耐えかねて、鞄の中に入れておいたダウンのパーカーを引っ張り出して羽織っていた。
 首に巻いたマフラーを軽く押さえながら他の面々を見遣ると、双葉は剥き出しの両足が寒いのか、寒い寒いと連呼しながら、その場で足踏みを繰り返し、惣治郎は寒さに身を小さく震わせた後に、トイレに行ってくると乗り場の建物に一度戻ってしまった。
 モルガナは寒さに一度鞄に引っ込んではいたものの、自分達以外には誰も客がいないのを確認すると、そろそろと頭を出して、鞄から出たそうにしている。
 山の上は、少し開けた場所となっていた。
 恐らくは笹の類いなのだろう細長い葉を持つ低めの丈の植物が周囲に生えており、丈の低い木々がそこかしこに生えている。葉の上には、降ったばかりなのだろう、薄っすらと雪が乗っている。
 周囲も、積もるまではいかないが雪が降っており、まだ誰も足を踏み入れていない場所には真っ白な雪が冷気を運んでいた。
 はぁ、と息を大きく吐き出すと、冷たい外気に息が白くなる。
 頬も冷たさに痛いくらいに感じる。
 ふと、あらぬ方に目をやると、外気温を表示する温度計が設置されており、一桁台を表示していた。
 寒さを痛感するのも当然か、と暁は眺めながら思った。
 幾らロープウェイがゆっくり移動していたとはいえ、10分近くを上に向かって登り続けたのだから、気温も当然低くなる。
 標高はこの場所でも1000メートル近くあった。
 山頂へはスロープ付きの階段が設けられており、山々の景色を楽しみながら登っていけるようになっている。
 移動に関しては登るだけで、それ以上は考えずに済みそうで、内心で暁は安堵していた。
「寒い〜」
 双葉が、この格好は駄目だったかと、手をすり合わせながら、足踏みを繰り返している。
 そんな少女の様子に、暁は苦笑を浮かべた。
「……双葉」
 名を呼んだ後に、そっと、冷たくなった双葉の手を握る。自分のダウンの袖を少し引いて、自分の手と双葉の手が外気に触れぬように自分の袖の中に引き入れる。
 少しは寒さも和らぐだろうと思っていると、彼女は硬直し顔を真っ赤に染めている。
「双葉……?」
 どうした?と少し笑いを含ませて、からかうような口調で呼び掛ける。
 まあ、兄代わりの自分に男を意識されても困るんだけどなと暁は思いながらも、少女の顔を覗き込んだ。
「な、な、何でもない!」
 双葉は赤面しながらも、拗ねるように顔を背けた。
 それでも暁の手を振り払うような事はせずに、ほんのりと上がった互いの体温を、指先を意識する。
 暁はそんな彼女の様子を愛おしそうに眺めた後、モルガナに声を掛けた。
「どうする、モルガナ……鞄から出てみるか?下は雪降ってるから、ちょっと寒いかもしれないぞ」
 彼がそう言うと、黒猫は鞄から頭を出したまま、下を覗き込む。
「ワガハイ、雪に触りたい」
 むずむずとしながら、モルガナがそう返してくるので、暁は空いている手を使って鞄から出してやった。 
 するりとモルガナが地面の、雪混じりの柔らかな草地の上に降りる。
 真っ白な雪の上を飛び跳ねるように移動すると、モルガナの小さな足跡が雪の上に、ちょんちょんとついていく。
「モルガナー、ストップ」
 写真撮るから待って、と双葉は片手で器用にスマホを取り出すと、慣れた手付きで雪の上にいるモルガナの写真と、ついでに傍にいる暁の写真も撮っていた。
「リーダーの報告は逐一しないとな」
 二人で手を握っている写真はさすがに撮ったりはしないものの、他のメンバーの為に、こまめに写真を撮っては、報告しているらしい。
 そういえば、浴衣だの、入浴だのと何やら要望があったようだが……とりあえず、宿泊先に着いたら、色々と要注意だなと内心で暁が思っていると、漸くトイレから惣治郎が戻ってきた。
 それに気付くと、双葉は恥ずかしがるように、ぱっと暁から手を離して、一気に階段を登っていく。
「モルガナ〜上まで競争だぁ」
 無邪気に笑って猫に呼び掛ける少女に応えるように、黒猫は駆け出した。
「ワガハイに勝てるわけないだろ〜」
 こちらも楽しそうににゃはははと笑いながら駆け出し、階段の上を身軽な動きで登っていく。
 そんな一人と一匹の姿を眺めながら、やれやれと惣治郎は溜息を吐いた。
「滑らないように気をつけないとなぁ……お前はあいつらに合わせなくて良いのか?」
「お供します」
 暁は惣治郎と共に登ると宣言しながら、苦笑した。
 そうかい、と頭を掻いて惣治郎は応えながらも、彼の申し出が内心は嬉しかったらしく、幽かに口の端に笑みを刻んでいた。
 とは言え、だからと言って、二人の間に交わされる言葉自体は、そこまで多くはない。
 いつもの事、ではあるが、それでも、ぽつりぽつりと口を開く惣治郎の言葉に、ゆっくりと暁も応えていく。
 年頃の息子を持った父親ならこんなものだろうかと、惣治郎は暁と会話を交わしながらそう思った。
 言葉少なげな父親と、そんな父に接する息子と、本当の親子とは言えないけれど、惣治郎にとっては暁は息子のようなものだ。血の繋がらない、けれど、大切な子供達の一人。
「……なぁ」
 惣治郎は口を開く。
「はい」
 暁は静かに応えて、共に雪混じりの階段を登りながら、惣治郎を見遣った。
 雪は、時折、凍りついている所もあった。滑らないように気をつけなくては、と思いつつ、傍にいる惣治郎の様子も気遣いながら、暁は登っていく。
「お前は、あっちに戻った後に、いずれまたこっちに戻るつもりか?」
 大学はどうするんだと、進学するのか、就職するのかと、問うてきた。
 暁は惣治郎の言葉に暫し視線を宙に彷徨わせる。
 吐く息が、白く、ふわりと溶けて消えていくのを眺め、まだはっきりしないと前置きをしながら、
「もし両親が許してくれるのであれば、進学したいとは思いますが」
 出来る事ならばあの場所に、一年過ごしてきたあの場所に戻りたいと、そう語った。
 既に馴染んだあの屋根裏部屋の、色々な思い出が詰まったあの場所は、暁にとっては大切な場所の一つとなっていた。
 就職するにせよ、進学するにせよ、今の地元よりは東京の方が良い。
 仲間がいる、惣治郎や、その他のかけがえのない人達がいる東京の街に身を置きたいのが、暁の本音だった。
「そうか……」
 そうだな、と惣治郎は柔らかく微笑み、目元に皺を刻んで、目を細めた。
 少年がどういう判断を最終的に下すかは分からないが、そうであるならと、彼もまたそれを望む。
「あの部屋はお前のものだ」
 戻りたいと思ったら、好きにしていいからな――優しげな口調で惣治郎は言って、それから、年寄りにはこれはキツイなとふうと息を吐いて、階段を登っていた。
 休み休み、時折、スロープに手を掛けながら、惣治郎は登っていく。
 それを気遣うように眺めながらも、余計な手は出さずに、見守る暁。
「まだか〜」
 階段を上がり切った所では、モルガナが元気に声を上げて、その隣では、両膝に手を付いて、項垂れている双葉がいた。階段を一気に登って力尽きたらしい。
 ゼイゼイと喘いでいるのが、よく分かる。
「ガキどもは元気だなぁ〜」
 猫の楽しげな鳴き声を聞いて、惣治郎がはははと苦笑を漏らしながら、階段を登っていき、暁も応えるようについて行った。
 程無くして、漸く階段を登り切ると、そこは雲に包まれていた。
 真っ白な雲が時折、その山の端を掠めていき、青々とした空の上を春の日が照らしている。
 それでも、樹氷はまだ残っていた。
 枯れた葉を付ける木々の表面に透明な氷や雪が固まって付着していた。
 山頂は雪が大分残っていて、時折風に吹かれて、雪煙が舞う。
 白く細やかな雪が舞うその最中に、陽の光に輝く白い木々が一同の目を奪う。
 綺麗だなと、息切れから立ち直った双葉は、早速写真を撮っている。
 ほう、見事だなと呟いている惣治郎の言葉を耳にしながら、モルガナが一生懸命に顔を上げて、木々を見ようとしているのを、暁が笑って抱き上げた。
「これなら間近で見れるだろ?」
 自分のパーカーの袖が猫の濡れた足で汚れてしまうのも構わずに、猫の頭を撫でながら、暁は言った。
 モルガナは、その事をちょっと気にしつつも、やはり目の前の自然の造形美に目を奪われた様子で、まじまじと見つめている。
「こういうのの写真って、オイナリに送ってやったら喜ぶかな?」
 双葉がスマホを操作しながら、小首を傾げた。
 ユースケの絵の資料にはなるだろうなと、モルガナが頷いている。
 暇さえあれば絵の事ばかり考えている青年の為に、双葉は、何枚か撮った写真を厳選しつつ、チャットに上げているようだった。
 普段はオイナリ呼ばわりしてからかっている双葉だが、何だかんだで彼の事を考えてやっている様子に、暁は表情を緩めて笑った。
 それから暫くの間、山頂で眼下の景色を眺めたり、樹氷を眺めたりで満喫していると、下から観光客が登ってくるのを目にして、暁はモルガナに鞄の中に入るように言った。
 手持ちの猫用のタオルで濡れた足を拭いてやると、すまねぇなとの言葉と共に、大人しくモルガナは中に入っていた。鞄は少しだけ開けておいて、中からでも、外の景色が見えるようにしてやる。
 惣治郎が腕時計で現時刻を確認しながら、そろそろ降りた方が良いかと呟いていた。
 下りのロープウェイの時間がある。
 待ち合いは屋内にあるとはいえ、なるべくなら時間は有効に使いたい。
 楽しい一日というものは直ぐに過ぎてしまうものだ。
 限られた時間を有効に使う為に、帰りは足早に、けれど滑ったりはしないように気を付けながら暁達は階段を降りて行った。
 ロープウェイを使って車を停めていた場所まで降りてきた面々は再び車で移動を開始した。
 温泉街の方に戻って来て、皆でちょこちょこと観光をする。
 観光地ならではのグッズからスイーツから、あれこれとあるものの、大抵はガイドブックに掲載されているものを選んでしまうものだ。
 モルガナが鞄の中から、鼻を引くつかせて、地元産の地鶏を使った唐揚げや、何処そこの牧場の、放し飼いをされてのびのびと育った赤牛の牛乳を使った、とそれを謳い文句にしたソフトクリームなど、涎を垂らしそうな勢いで眺めている。
 さっき食べたばかりだろうにと、暁はモルガナがあれイイなぁと呟いているのを耳にして、内心ではそう思いつつも、ズボンのポケットに突っ込んだ財布を引っ張り出してしまう自分の姿に、何だかんだ言いつつも、モルガナにはとことん甘いなと我ながら苦笑してしまった。
 双葉と、バニラとチョコと、それぞれ違う味を買ってシェアしたり、モルガナが口に出来そうなものを選んで少しだけ与えたり、或いは、まだ時間があるからと、地元の資料館などにも立ち寄ってみて、その街の歴史を様々な資料を元に追っていったり、比較的充実した時間を過ごしながら、本日の宿泊場所に辿り着いたのは、既に夕方に差し掛かろうとする頃だった。
 惣治郎と双葉が探し出した宿泊場所は旅館風の宿で、元は古いホテルをリノベーションしたものだった。
 海沿いの部屋を希望しつつ、希望する食事や、ペット同伴可と色々と条件を付けて、そこそこの値段にはなったものの、豪勢な夕食と翌日の朝食がついたプランだ。
 日本庭園と、古く立派な門構えの入口を備えたその場所は、車を停めると直ぐに和装姿の従業員が出迎えてくれた。
 佐倉様ですね、と予約時の代表者の名を告げると、愛想よく応対してくれるのは、来訪する側にとっても心地良かった。
 接遇がきちんとなされた応対を見ながら、惣治郎はつい接客業である自分の態度も振り返ってみるが、愛想笑いを浮かべながら、客に接する自分の姿はあまり想像出来なかったので、結局今まで通りだろうなと思いつつ、洋風の洒落た内装のフロントでチェックインを済ませて、部屋に案内される。
 家族三人+ペットが泊まれる部屋、という事で通された部屋は和洋室の部屋だった。
 和室と洋室とがそれぞれ区切られ、奥にある洋室はツインのベッドルームとなった個室のような内装で、ちゃんと和室と洋室を仕切る為のドアがある。外の通路から入って直ぐの部屋である和室は布団を敷いて寝る事になりそうだが、和室の方は大きめのテーブルと座椅子があるだけなので、夕食時にそれを退かして準備をするのだろう。
 夕食は同じ階の別の個室で食べる事が出来るらしい。
 夕食の時間が近くなったら仲居が呼びに来る旨を伝えられ、何かあればフロントに電話を、と内線の番号を案内される。
 ま、数時間はのんびり出来ると、暁は改めて和室を見回す。
 とは言っても、大したものはない。
 和室は10畳ほどの広さで、一人で寝るには少し広すぎると感じた。
 部屋は海辺沿いに面しており、部屋の直ぐ側には板敷きの広縁がある。
 障子戸を隔てて設けられたその場所には、背凭れの付いた椅子が丸テーブルを挟んで二脚置かれていた。
 椅子に腰掛けて外の景色を眺める事が出来、暁はそこに佇んで、一面に広がる海を眺めていた。
 夕暮れの時の海辺だ。
 海は太平洋側、つまり東側にある為、残念ながら夕暮れの日が沈む光景を目にする事はできないものの、海の上に漂う雲は薄赤く染まり、背後からの夕日を受けて、夜の彩りと夕暮れの彩りとを混ぜ合わせていた。
 まだ明るい色合いと、深みのある夜の帳の色を眺めながら、暁とモルガナは日頃目にしない風景を飽きもせずに見て、次第に夜の風景へと移りゆく光のグラデーションを眺めていた。
 綺麗だなと素直に思いながら、ゆっくりと暗くなっていく景色に、やがて室内に視線を戻した。
 部屋の隅にはペット用のゲージもある。そこでモルガナを寝かせるか、まあ、希望すれば和室の布団でなら、共に寝ても良さそうではあるが……相変わらず猫毛塗れになりそうではあった。
「……お前さんは和室な」
 室内に案内され、早速双葉が洋室のベッドにダイブするのを眺めながら、惣治郎はにこやかに暁の隣に佇んで釘を刺してくる。
 まあ、そりゃそうだろう。
 仮に年頃の娘と若い男を洋室に寝かせたとしたら、隣とは言え、扉一枚隔てるのだ。見えない状態になるのは、父親としては気が気でないだろう。
 暁は引きつった笑みを浮かべつつも頷き、「しょうがねぇなぁ、ワガハイの猫毛を堪能させてやるから、それで我慢しろ〜」とにやけながら呑気な声を上げているモルガナを後で思いきりモフろうと思っていた。
「え〜私、暁と一緒で良いのに」
 ベッドの布団の上でうつ伏せになって両足をバタバタさせている双葉に向かって、養父は焦った声で、年頃の娘がそんな事を言うもんじゃないと声を上げていた。
 そんなこんなで何処で寝るのかを協議した後に、それぞれの寝場所が速やかに決まる。
 佐倉親子は洋室、暁とモルガナは和室に決まり、それぞれに荷物を持ち込んでいた。
 双葉は早速、最初にダイブしたベッドの上に寝転んで、だらだらしながら、スマホを弄っている。
 惣治郎は荷物を置いてから、和室の座椅子に胡座を掻いて座り、備え付けの地元テレビの番組表を眺めている所だった。
 暁は鞄から早速モルガナを出してやると、その場で伸びをする黒猫に目をやりながら、荷物の整理をする。
 猫用のグッズを用意しながら、部屋の隅に持ってきた荷物を置き、スマホを取り出して、仲間達のチャットを確認する。
 双葉がチャット上にupした写真やコメントに対して、仲間達からの反応がチラホラと返ってきていたのだが……
双「樹氷見に行ってきた(写真付き)寒かった。でも面白かったぞ〜」
春「わぁ、綺麗だね。山に登ったの?」
真「樹氷だったら、蔵王が有名よね。この時期だとちょっと遅いのかな」
祐「美しければ、場所は問わない」
双「後、色々と食べたぞ。ソフトクリームとか。暁とシェアした」
杏「え?シェア……」
竜「お。間接ってやつかぁ〜?」
春・真「「竜司くん、余計な事言わない」」
竜「すんません、マジすんません」
…………
 ちょっと恐ろしい事になりそうな気がしたので、この先を追うのを暁は止めた。
 とりあえず、見なかった事にしつつ、そっとスマホをテーブルの上に置く。
 こういう時は、人間諦めが肝心だ。下手に話を追うと、途轍もない恐怖体験を味わう事になるのは、今までの経験から理解していた。
 双葉が鼻歌交じりにスマホをいじっているから、早々変な事にはなるまいと思いつつも、この後どうしようかと暁は思案した。
 実は部屋の中にも露天風呂が備え付けられてはいるのだが、それはもう少し後になってから満喫したい、と考えていた。
 だったら大浴場の方にでも先に行くかな、とも思って、今の時刻を確認する。
 夕食時まではあと一時間以上はある。
 色々と趣向を凝らした湯があるようなので、先に楽しんでも良いかなと思うが……
「ん?どした」
 モルガナが暁の眼前にちょこんと座ると、相棒の顔を畳みの上から見上げる。
「ん。先に風呂に入ってこようか悩んでて」
「入って来たら良いんじゃねえの?ここの風呂、源泉かけ流しみたいだぜ?」
 ワガハイは後でここの部屋のに入るんだと声を弾ませて、言ってくる。
「じゃあ、先に入ってこようかな」
「お。暁、風呂に入るのか〜じゃあ、私も入る」
 双葉が暁とモルガナの会話を聞いて、勢いよくベッドから起き上がった。
 惣治郎は夕方のニュース番組にチャンネルを合わせている。
 暁達にちらりと視線を送り、
「遅くなりすぎるなよ」
 そう言って再びテレビに顔を戻していた。
 双葉は、浴衣に着替える、とベッド近くに備え付けてあった浴衣や、アメニティグッズが入った巾着を手に取っていた。
 好みの柄を選んでいるらしい。
 幸いにも彼女が好みそうなグリーン系の浴衣や巾着があったので、それを選んでいた。
 自分は何にしようかと暁は男性用の浴衣のサイズと色を確認する。
 サイズはフリーサイズのものがあったのでそれを選び、色は黒を選んだ。無地の黒の浴衣に赤帯と、なかなかに派手と言えば派手である。ま、こういう時くらいしか機会が無いだろうし、たまには良いだろう。
 それに何となく怪盗団の怪盗服が黒だったし、日常でもそういう服に袖を通す事が多かったので、無意識の内にそれを選んでもいた。
 双葉は洋室の戸を閉めて浴衣に着替え始め、暁は適当に部屋の隅で着替える。
「上手く着れるかな」
 帯ってどうやって巻けば良いんだと、さすがに着付けの知識がある訳ではないので、隣でのんびりと欠伸混じりに暁の着替えを眺めていたモルガナに向かって問いかけるが、問われた猫の方からはワガハイに分かると思うか?と冷静に返されてしまった。
「どれ、見せてみろ」
 見かねた惣治郎が、こっちに来いと、座椅子に胡座を掻いて座ったまま手招きをする。
 それから、大人しく傍に来た暁の帯を巻き直す。
 暁は惣治郎に慣れた手つきで帯を直され、
「出来たぞ」
 ぽん、と軽く腰を叩かれ、同時に双葉も部屋から出て来る。
 深翠の生地に、艶やかに椿の花が刺繍されている。
 冬から春にかけての柄が刺繍された浴衣は男共二人の目を楽しませた。
 双葉は気恥ずかしそうにして、上から茶羽織を羽織っている。巾着の中に部屋に備え付けのタオルを押し込んで、早く行くぞ、と暁に声を掛けてきた。
 暁も上から黒の茶羽織を軽く羽織って、適当に選んだ巾着とタオル片手に、部屋に備え付けられた雪駄を穿いて、双葉と外に出る。
「暁の浴衣姿って似合うな〜」
 暁のぴしりと姿勢を正した佇まいを目にして、スマホを片手にぱしゃりと写真を撮る。
「リーダーの浴衣姿撮ったぞ、と」
 チャットに早速上げているらしい。
 暁はスマホは置いてきたので、後で確認したら恐ろしい事になりそうだと、色々な意味で身震いをする。
 そういえば風呂上がりの浴衣姿を、とか何か要望が無かっただろうか。
 後で撮られるんだろうなと内心で溜息を吐きながら、はしゃぐ双葉と共に、館内の大浴場へと向かった。

 男湯と女湯の入口がある。
 青と赤の暖簾が下がり、男、女、とそれぞれでかでかとした字で表示されている。
 日替わりで男湯と女湯は入れ替わるそうだが、中の景観が変わる程度で、湯の内容は変わらないらしい。
 その前の入口には従業員がいるカウンターがあって、山積みの未使用のタオル置き場や、そこで宿泊客向けのドリンクサービスも行っているようだった。
 冷たい柚子茶や麦茶、冷水などが提供されていた。
 傍には畳敷きの休憩室もあって、そこには雑誌や新聞が置かれている。
 婦人向けなのか、家庭画報などの最新号や地元紙と大手新聞社の分が朝刊、夕刊と共に揃っている。
 さすがに興味が無いので、暁達は素通りしていたが、新聞に小さく獅童に関する記事が載っていたのが視界に入って、一瞬、暁は自分達を引っ掻き回してきた一連の事件の事を思い出していた。
「暁はどれくらい入ってるつもりだ?」
 双葉がカウンターでタオルを追加で受け取りながら、彼に問いかけ、暁は我に返る。
「あ……一時間くらいかな」
 髪も洗って湯も満喫したい。
 モルガナが言っていたように源泉かけ流しで尚且つ様々な湯があるなら、とりあえずは全種類制覇したいのが、人というものであろう。
 本当はこの大浴場以外にも、館の最上階に展望露天風呂があるそうだが、それは後で満喫しようと思っていた。
 そちらのお勧めは朝焼けを臨みながらの入浴だそうだから、まあ、早起き出来れば、そちらにも入ろうと思っていたのだ。
 一時間後に、と約束して、それぞれに別れて湯に入る。
 中は清潔感漂う脱衣場で、貴重品用の小さなロッカーや、脱衣籠が備え付けられている。
 適当に籠を選んで浴衣を脱ぎ、そういえば、巾着には何が入っているんだと中身を確認すると、シャワーキャップやら髭剃りやら化粧水やら……一般的なアメニティグッズを網羅したものだった。足袋用ソックスまで入っている。
 あまり日常では使う機会はなさそうだが、今は雪駄での移動だし、こちらの方が楽だろう。風呂上がりに穿くかと考え、適当に籠の中に放り込んで、後は、身体を洗うのにちょうど良さそうな手拭いも入っていたので、適当にタオルとそれを手に、風呂に入る事にした。
 風呂場は広い。
 ジャグジーから、打たせ湯から、源泉かけ流しの湯から塩サウナ、よもぎ蒸し、ワイン風呂、薬湯、炭酸湯……etc……
 何だろう……これでもかとばかりの湯である。
 幾ら何でも詰め込み過ぎではなかろうかと、内心暁は呆れはするものの、全制覇する気持ちに変わりはなく、まずは先に髪でも洗うかと、洗い場の方へと行った。
 大浴場に来ている客はまだまばらで、髪を洗い始めたのは暁一人だった。
 これが惣治郎と一緒であれば会話もするだろうが、当然一人なので黙々と自分の身体を洗う。
 髪を洗い、ふと正面の鏡に自分の姿が映っているのをまじまじと見遣る。
 一年前に比べればだいぶ逞しくはなったろうかと、自分の身体を見下ろした。
 モルガナや竜司と共にジム通いにも専念していたし、頑張れば腹筋も……まあ、多少は引き締まった身体はしているだろうしなぁ、とわしわしとたっぷりボディーソープを付けながら身体を洗う。
 黙々と洗い続ける。
 これが竜司や祐介が一緒にいたら、三人で馬鹿な話を延々と続けながら、誰のご立派様が一番かと馬鹿な男子高校生よろしく笑いながら見せあったり、サウナに籠って延々と一番最後までいる事が出来るのは誰かと競い合い、あっさりと竜司が脱落していく姿や、源泉かけ流しの大浴場の中心にある、ギリシャ彫刻っぽい美女の裸像から流れる湯と、像を見ながら、あれは様式が違うとか何とかと祐介が言い始めて、素っ裸で絵の構図を考え始める……そんな光景が自然と脳裏に浮かびもするが、それも暁一人では、只のお馬鹿な想像の範疇に留まってしまうだけだった。
「でもな、皆で来たら……楽しかっただろうな」
 身体に付いた泡を洗い流しながら、暁はぽつりと呟き、仕方のない事だと苦笑を漏らした。
 今度、皆で旅行に行ける事にもなっているのだ、その時の楽しみに取っておこうと、暁は表情を緩めて、その時の事を想像して、口元を綻ばせた。
 それから、一人で、ゆったりと湯に入る。
 一番大きな湯には、誰も入っておらず、周囲にも人はいない。
 泳いでも良いかなと、こそこそと平泳ぎなどしてみたり。
 一通り湯巡りをして満喫しながら、最後に外の露天風呂に出る。
 途端に海風がひゅう、と音を立てて吹いて来て、腹を冷やさないようにとタオルで隠しながら暁は身を震わせた。
 既に日は暮れてしまい、海辺の景色は暗くてよく見えない。
 露天風呂に急いで浸かりながら、夕暮れ時に入れば、まだ外の景色を楽しめたかと少し後悔しながらも、暮れた外の景色を眺めながら目を細めた。
 海の水平線の近くで、僅かな光が灯っているのが見える。夜漁だろうか、船から放たれる淡いオレンジ色の光が、海の水面に反射してちかちかと瞬いているのが見えた。
 海辺の町の煌びやかな街明かりも見える。
 近くには工場だろうか、煌々とした光が灯っているのも目にして、暁はぼんやりと何となしにそれを眺めていた。
 見知らぬ、海辺の町。
 今いる東京の街とは当然ながら、雰囲気も違う。
 今、目にしているこの夜の情景はとても穏やかなもので、暗い夜のその景色は暁の心を穏やかにさせた。
 何かが起こるわけでもない。けれど、確かに時間は流れていく。
 東京の、あの街の中にいれば、いつも何かしらが起きていたというのに。
 陰惨な事件、人の心を惑わす、偽りの神が仕組んだその事件。
 それに暁達は巻き込まれ、それから……勝利と言えるのかは分からないけれど、確かにそれを掴んで、それから何気ない日常の今を生きている。
 そっと、暁は胸の内に宿った無数のペルソナ達を探るように手を当てた。
 今は必要のない、力。
 これからも必要のないものだと、そう思いたい。
 認知の世界と、現実の世界とが重なったこの世界の中で、モルガナは帰って来た。自分達も今まで通り存在している。
 それで良い、と暁は独白し、柔らかく頬を撫で、濡れた髪を揺らしていく海風に僅かに目を細めた。
 一人だけがいるその場で、ぼんやりと彼は歌を口ずさむ。
 海風に乗って、低く、途切れがちに、ではあるけれど。
 東京の街中で聞いた、自分の好きな、英語の歌詞の、歌。
 あまり長湯は出来ない、と暁は思いながら、一曲口ずさみ終わったら、風呂から上がろう、そう思って、独白のように、静かに彼が口にする歌が流れ――星空が現われ始めた海辺の夜空に、沁みるようにそれは溶け込んでいった。

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コメント

  • ノーコメもOK

    シリーズ通して読みましたがゲーム版での設定をよく理解された上でまとめられ後日談としても違和感があまりなくて面白いです。特にモルガナと双葉に関しては作中の修学旅行にはノータッチだったのでこの辺りを主人公が思い出してたら意外な事に…というシュールな展開を取り入れても面白いと思います。

    2017年9月24日
  • 666

    その他 モナともふもふイチャイチャきゃっきゃうふふな感じでお願いします!

    2017年9月18日
  • セン
    2017年9月18日
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