default
pixivは2021年5月31日付けでプライバシーポリシーを改定しました。詳細
この作品「そうだ、温泉に行こう。黒猫の災難編」は「ペルソナ5」「主人公(ペルソナ5)」等のタグがつけられた作品です。
そうだ、温泉に行こう。黒猫の災難編/mizukiの小説

そうだ、温泉に行こう。黒猫の災難編

14,597文字29分

佐倉さん家の一泊二日の家族旅行。
まだ、肝心の温泉にも入れていない、おバカほのぼの話。
本編知らなくても基本は問題無し……だけど、2月くらいのお話です。
主に猫が生き生きとして、惣治郎がはしゃぎ、主人公と双葉がのほほんとしている。蟹食いたい、と言っていた猫……とりあえず、他に書いた話が影響しているのは明らかな感じ。
今回は主人公のお名前はコミカライズ版の来栖・暁(くるす・あきら)からです。まあ、何となく浮かんで書いている話。
他の長編物どうしたとかツッコミは入れられそうな気はするけれど、ちょっと息抜き。明智君の軍服姿を黙々と書いてたりはしてる。
今回のお話は主に猫が色々な目に合う話。書いている本人は大変に楽しかったです。こっちは続きはのんびりペースになるかもです。
ご興味ございましたら、お読み頂ければ幸いな事です。
今回もアンケートを設置させていただいています、宜しければ、ご協力いただければと思います。

2017年7月17日 01:48
1
white
horizontal

「ワガハイ、蟹が食べたい!」
 唐突に、黒猫のモルガナがそんな言葉を口にした。
「モルガナ?」
 同居人である黒猫は、屋根裏部屋の主のベッドの上で腹を見せ、くにゃくにゃと身を捩り、先程から「蟹、食ーべーたーい!」とぶんぶんと首を左右に振り、悶えながら自己主張していた。
 そろそろ厳しい冬から少しずつ春に向かっていく、そんな季節。
 後一ヶ月もすれば、部屋の主の少年――来栖暁は自分が元いるべき場所に帰り、黒猫も同じように少年に付いていく事が決まったそんな矢先――黒猫は美味しいものが食べたいと言う。
「蟹!刺し身!肉!ここの所、ずっとサバイバルな野良生活だったんだ。オマエがあっちに戻る前に食べたい」
「そうは言っても……」
 ならば、ここでスーパーで適当に1980円くらいの冷凍たらばを買い、携帯コンロでも使って蟹鍋するか?と提案するものの、目の前で蟹の事を主張し続けるモルガナは、それでは納得しなかった。
 起き上がってとんでもない事を言い出した。
「嫌だ。ワガハイ、旅行に行って蟹食べたい。あ、費用はオマエ持ちな」
「…………え」
 そんな事を言われて暁は困り果てた。
 一応、自分が帰る日と3月の連休が重なっているので、怪盗団のメンバー全員で、帰路に着くついでに旅行にでも出掛けようか?と言う事にはなっているが、蟹絡みでとなると、行ける方向も限られてくるだろうし、若干難しいだろう。
「うーん」
 旅行費用に関してはどうにかなる。
 パレスやメメントスでお籠もり中に悪魔共から得た金がまだ幾らか残ってはいる。
 相手を混乱に陥らせ、運が良ければ大金を落としてくれるプリンパやテンタラフーの能力を使ったり、包囲してがっつり金を巻き上げ、まだ出せるだろ?とばかりに搾り取ったりでシャドウ相手に毎度の如く金を稼いでいたら、仲間達からちょっと白い目で見られた事もあったものの、毎回ベルベットルームで溶けるように万札が消えていくのだから、そうでもして稼がねば仕方無かったのだ。
 その辺りの事情は最後まで誰も理解してくれなかったのは、悲しい所ではある。
――それはともかくとして、旅行資金に関してはまだ良い。
 問題はそれ以外だ。
 何処に行くのか、どのタイミングで行くのか、誰と行くのか。
 学校に関しては既に散々休みまくっているので、3月17日の終業式だけ出られればもう良いや、という気分なので問題無し。
 どうせ出席日数は圧倒的に足りないし、2月上旬にあった学年末試験も参加出来ないままだった。
 とは言え、担任の川上が各方面に色々と掛け合ってくれた事もあって、今までの試験や授業、11月中頃までの出席状況から評価してくれて、地元での復学は可能だし、今更多少休んでもどうにかなるだろうと言う楽観的な気持ちもあった。
「お前と二人旅か?」
 モルガナに対して首を傾げて問う。
「…………さすがに保護者はいるかな」
「それに、お前を鞄に入れて長時間移動は結構大変だろう。後、言っとくけど人間用のトイレとか使えないからな?毛づくろいとかで混じった猫毛で、トイレを詰まらせる。お前用の猫トイレは必須だ」
「うぐぐ、猫じゃねぇと言いたい」
「まあ、となると……やっぱり」
 暁は階下に意識を向け、モルガナも唸り声を上げる。保護者に頼むしかない。
――それでは早速、ダメ元でお願いに。
「……あ?旅行?お前と猫で?」
 少年の保護司兼保護者兼、こちらでの父親代わりになりつつある佐倉惣治郎は、少年と猫のお願いに、案の定顔を顰めた。
 一階のルブラン店内に客はいない。
 が、惣治郎と共に娘の双葉もいてカウンター席でノート型PCを弄っているところだった。彼女は、少年達の会話を聞きながら軽やかにキーボードで入力を続け、何やら作業中の様子だった。
「蟹食べに旅行行きたいって、猫が言ってるって?俺には猫が何言ってるか分からんからな」
 惣治郎は、駄目だと言いかけて口を噤んだ。
 黒猫は、精一杯、お願い、の姿勢を見せている。
 ちょこんとカウンター傍の椅子に座り、うるうると潤んだ眼差しで首を傾げて、惣治郎を見上げている。
 モルガナ、あざとい。だが可愛い。
「駄目ですか?」
「二人旅は……実質一人旅になるから、お前達だけでは駄目だ。公安共がお前の監視にもついているし、一人での行動は色々面倒だ」
「なら、皆で行けばいいんじゃないかー?私も旅行行きたい。皆で家族旅行だ」
「しかしな、ペット連れの旅行となると、泊まれる所は限られて来るぞ?」
 家族旅行と言われて惣治郎は複雑な表情を見せるものの、双葉はにやりと笑って、
「それに関しては私に任せろ。さっきネットに掲載されてる全国の旅館、ホテルに一斉に問い合わせのメール送っといた。猫との宿泊が可能な所、部屋食、出来たら露天風呂付客室とかだったら良いだろ?普通にペット可の所はあるだろうから、後はこっちの条件に近い所を選ぶだけだ」
 後は、大量に返信されて来るメールの本文に書かれている内容から、幾つかこちらが指定したキーワードごとにメールを自動で振り分け、お断りの文面が記載されているものは最初から確認せず、残りを確認するだけで済むように、双葉は迅速に簡素化を済ませる。
「条件に合いそうな所があれば、後は好みの問題だろ?ホームページで部屋の雰囲気確かめたり、料理確認したり……」
「しかしな……」
 なおも言いかける惣治郎に、ふと双葉は表情を改めて視線を向けると、
「私、お父さんと、皆で一緒に旅行行きたい」
 ぽつりとそんな言葉を零し、これで惣治郎は陥落した。
 日頃、滅多に聞けない、「お父さん」の一言には滅法弱い。
 愛した人が残した愛娘からのとどめの一言に、観念したように惣治郎は声を上げる。
「分かったよ。じゃあ、俺達皆で家族旅行だ。まだ場所が何処になるかは問い合わせ次第だが、ま、一泊二日か、長くても二泊あれば充分だろ。ルブランも臨時休業せにゃならんし」
 まいったなと言いたげに、頭を掻いているが、惣治郎の表情はやはり何処か嬉しそうだ。
 そんな養父の様子を見つめながら、双葉も嬉しそうに笑いつつ、カウンター下の、惣治郎には見えない位置でガッツポーズを見せ、思わず少年は苦笑する。
「やったぜ、蟹だっ!」
 猫はにゃはふふーと鳴きながら、無邪気に喜びの声を上げているが、この様子だと、多分モルガナは気付いてないな、と暁は思う。
 旅行に行くならば、やはり準備がいる。
 しかも、不特定多数の者達が集まる場所に行くならば事前にやっておかないといけない事がある事に。
 今までは自称ニンゲンと主張し、それをする事に対して、モルガナはのらりくらりと避けてきたのだ。
 自分が望む事をするには、何事にも対価が必要になる。
 暁は無言のまま、モルガナの背後に立った。
 未だ無邪気に喜んでいる黒猫は、その事には全く気付いていない。
 で、彼が猫の背後で他の二人に目配せすると、直ぐに状況を察した惣治郎は猫を見遣った。
「……ま、何だ。猫」
「…………?」
 んにゃ?とモルガナは小首を傾げる。
「お前に大事なミッションを与えないといけなくなった。分かるか?それを済ませないと、旅行には行けない」
 酷く真面目な口調で惣治郎は言う。
 黒猫もまた、ふむ、と表情を改めるのだが……
「とりあえず、モルガナ。今すぐお前は動物病院で予防接種を打ちに行って来い」
 惣治郎が言い終わると同時に、背後にいた暁が、がっしとモルガナを確保する。
 完全に油断しきっていた黒猫は、え?え?え?ときょろきょろと見回し、途端じたばたと抵抗し始めた。
「やだやだやだ。ワガハイ、予防接種なんかしないぞ!ワガハイ、猫じゃねぇ、予防接種なんか必要無い!」
「諦めろ、モルガナ。これ済ませないと行けないから」
「近くの動物病院に予約入れといたぞ〜七種混合で、ばっちり対応だ」
 にやにやと笑いながら、双葉は諦めろとばかりにスマホの予約完了画面を見せる。
「注射嫌だぁ!」
「俺だってこの間お注射したけど、全然平気だったぞ」
「オマエの場合は、自白剤だろっ!」
 そんな掛け合いをしながらも、鞄に押し込められたモルガナは、容赦無く最寄りの動物病院に連れて行かれたのだった。

――動物病院では、モルガナの悲鳴が響き渡った。
 動物病院は明るい雰囲気に包まれていた。
 院内はガラス張りで、外の景色が見えるようになっている。
 外は様々な木々が植えられ、院内は一見すると小さな森の中にあるカフェのような雰囲気だ。柔らかな日の光がブラインド越しに差し込み、広い通路を明るく照らす。
 通路側の窓側部分にはペットと飼い主が座れるスペースが設けてあり、動物用のキャリーの中に入れられたペット達が反応も様々に自分の順番を待っている様子だった。
 双葉は惣治郎と共に院内の受付窓口の傍にある待合室で、診察室に入って行った少年とモルガナが出て来るのを待っている。
 先程聞こえた叫びは、モルガナが注射を打たれた時の悲鳴だろうが、双葉には、「やめろぉぉぉ!」と聞こえるも、惣治郎には、うなぁぁぁ!としか聞こえていなかった。
 双葉は、惣治郎の傍で靴を脱いで、椅子の上で膝を曲げて座り込みながら、スマホでメールの確認をしていた。
 何件か自分達が希望した条件に対して良好な返事が来ている。
「そうじろう」
「どうした、双葉?」
「何件か返事来てる」
「……どれ?」
 見せてみろ、と手を差し出して来るので、双葉は惣治郎にスマホを手渡す。
「……手近な所もあるな。あまり遠い所で無ければ、車での移動もしやすいか」
 宿泊地が県外になるのは仕方ない事だが、惣治郎の運転で数時間の距離なら、それほど遠い訳でもない。
 ざっと返信のあった旅館やホテル名を確認すると双葉に返し、
「空き室の具合は?」
「んーさすがに土日は空いてない」
「平日で一泊二日か……双葉、臨時休業の張り紙は作れるか?」
「作成済みだ。あとは日付入れて印刷するだけ」
 いざ行くと決めてしまえば、後は迅速に決まっていく。
 宿泊の予約、日取り、観光のプラン。
 あとは、ペットとの初めての旅行での必要な物の手配。
 お出掛け用の猫トイレ、何かあった際のリードや、キャリーバッグ、ケージ、緊急時のご飯の為の猫のカリカリ。
 猫の、猫の、猫の……etc
「家族旅行のはずなのに、猫に関する準備ばかりだな」
 思わず惣治郎は苦笑した。
 それでも、娘の双葉と息子のような存在になりつつある少年とのささやかな家族旅行に行ける事になったのだ。
 それは、惣治郎には嬉しいと思う出来事だ。
 表面上は、如何にも仕方無い、と言いたげにせよ、本心は正直嬉しかった。
 だから、まあこれくらいなら良いかと思う。
 血の繋がらない者同士で、家族として振る舞い、幸せを感じる。
 家族としての形は、それぞれに違うかもしれないが――
 惣治郎は、幽かな笑みを浮かべながら、彼にとっての家族が診察室から出て来るのを待ち続けた。

――二月から三月に掛けての平日で宿の予約を取り、それぞれに旅行の準備を始める。
 モルガナはお尻に注射を打たれて、暫くの間は不機嫌な様子だったが、それでも旅行の予定日が近づくにつれ、そわそわとし始めた。
 暁に旅行時に持って行くものを確認したり、天気予報を見ようぜとテレビのニュースやネットの情報をしきりに知りたがった。
 楽しみにしている遠足前の子供のように、無邪気に喜んでいる様子を眺めながら、暁も楽しそうに、旅行の計画を練る。
 一泊二日の温泉旅行。
 恐らくは移動に費やす時間がかなりを占めるとは言え、それでも、ここ一年の大変な日々を振り返れば、こんなにも気楽に、楽しみに日々を待てる日など無かっただろう。
 一日一日が過ぎて行くのを楽しみに待つ面々がいた。

 旅行当日は、生憎と都内は曇り空だった。
 屋根裏部屋では、少年とモルガナが早朝から起き出して、出掛ける準備をしていた。
 まだ日の登らない早朝から出発する事になっていて、暁はモルガナを入れる鞄をいつものように肩に掛け、着替えなどが入った鞄も手にする。
 服装はいつもの格好と大差ない。
 せいぜいマフラーを首に巻き、外出先でジャケットの上か、或いは代わりに着込めるようにと、かなり小さく収納出来るダウンをモルガナを入れた鞄の中に放り込んでいる程度だ。
 猫に関するその他の荷物は、前以て惣治郎が運転する車に置かせて貰っている。
 モルガナは、鞄の中から少しだけ顔を覗かせている。
「戸締まり、ガスの元栓はちゃんと締めたか?」
「確認済みだ」
「トイレは済ませたか?持って行くもんのチェックは?」
「問題無い」
 お前は俺の母親か、と内心でツッコミを入れながらも、モルガナの問い掛けに応えていく。
「よし、じゃ行くか」
「ああ」
 頷いてから、抱えていた荷物を軽く持ち直し、自分の部屋を改めて見遣った後に階下に降り、足早にルブランの外に出た。
 ルブランの扉を締め、戸締まりを済ませると、鍵をポケットに突っ込む。
 外はまだ暗く、街灯が灯っていた。
 外に出た途端に切るような外気の冷たさに晒され、一人と一匹は身を震わせた。
「……うう、寒っ!早く行こうぜ」
 鞄の中でぶるぶると震えているモルガナに同意しながら、暁は歩き出す。
 外気に触れる皮膚が、痛いくらいの冷気に当てられて、みるみる内に体温が奪われていく。
 冷たい空気が当たる頬がやけ痛く感じ、指先もかじかんで、じんじんと痛んでいきそうだった。
 呼気を吐き出す度に、空気は白く染まり、消えていく。まだ春を感じるのはもう少し先の事だろう。
 静かな街の通りを歩く。
 時折、早めの出勤と思しきスーツ姿のサラリーマンを見掛けた。
 朝5時を過ぎたばかりなので田園都市線の四軒茶屋駅ではそろそろ運行を開始してはいるだろうが、やはりこの時間帯では人通りは少なかった。
 佐倉家に着くと、既に惣治郎と双葉が家の前で待っていた。
 一応、待ち合わせの時間よりも早めにルブランを出たつもりだったのだが、顔を合わせた二人に、遅い、と言われてしまった。
「おはようございます」
 とりあえず、暁は苦笑混じりに惣治郎達に朝の挨拶をする。
 猫の方は鞄からちょこんと顔を出して、にゃーにゃーと惣治郎や双葉に向かって同じようにおはようと挨拶していた。当然、惣治郎にはモルガナの言葉は分からないのだが、自分に向けられた挨拶だと言うのは何となく分かるらしくて、
「はいよ、おはよう」
 と、少しだけぶっきらぼうに、だが目元に笑みを浮かべて猫の頭に手を載せていた。
 惣治郎は、ピンクのシャツの上から冬用の厚手の白のジャケットを着込んでいる。
 後ろに撫でつけている髪の上には、白のソフトハットを軽く被っていた。
 暁と高校に挨拶に行った時や、少年院に迎えに来てくれた時など、外出時はいつもこの格好だったから、彼にとってはこれがよそ行きの格好として定番の型なのだろう。
 双葉の方はと言うと、これまたいつもの姿で、思わず寒くないのかと言いたくなるくらい太腿が剥き出しの、黒の短パンにサイハイソックス、ブーツ、フード付きのモッズコート姿なのだが、さすがに早朝は寒さを感じるのか、着崩したいつもの感じではなく、きっちりコートのファスナーを上まで上げて、その場で足踏みしている状態だった。多分、中身は黒のタンクトップにTシャツといった出で立ちなのだろうなと暁は思った。
「ほら、とっとと出発するぞ」
 と惣治郎は言って、自宅近くに止めていたセダン車に向けて顎をしゃくり、既にエンジンが掛かっている車に乗るように促す。
「お前は助手席だ」
 そう言われたので、大人しく従った。
「私は後ろだ〜♪」
 双葉が早速後部座席に乗り込んで、暁の小さな手荷物鞄を受け取ると、自分の定位置と定めた場所の傍に置いていた。
 暁も運転手である惣治郎の隣に座る。膝の上にはモルガナが入ってる鞄。
「まずは首都高に入らにゃならんからな」
 問題は渋滞に巻き込まれずに済むかどうかだと、惣治郎は苦い顔で言った後に、暁に道路地図やらガイドブックを押し付けてきた。
「お前にはナビを頼む」
「「ナビ!」」
 惣治郎の言葉に反応したのは、暁ではなく双葉とモルガナだった。
 双葉は後部座席から身を乗り出して、惣治郎と少年の間に割って入り、モルガナもまた鞄から身を乗り出して、ナビなら任せろとばかりに胸を張っている。
 怪盗団として活動していた時はそれぞれナビゲーションとして戦闘時に活躍してくれていたから、ナビ、の言葉には敏感らしい。
 状況をよく呑み込めていない惣治郎は、養女と猫の意外な反応に怪訝な顔をして一人と一匹を眺めていたが、ひとまず出発する事にした。
「ほら双葉、車出すからちゃんと座れ……どうしたんだ?猫もえらく反応してるが」
「えと、心の怪盗団で心を奪う相手のパレスに……認知世界上のダンジョンに入り込んだ時、双葉達にナビゲーションを頼んでいたので」
「そうそう、シャドウと戦う際にサポートしたり、逃げ道探したり、セーフルーム見つけたりな。情報収集と分析は私に任せろ」
 その時の事を思い出しながら、実に楽しそうに目を輝かせながら双葉は語る。
 そんな言葉を聞きながらも、やはり惣治郎にはいまいち想像し難い様子で、
「……まあ、お前が怪我するような事してなかったなら、別に良いがな……今後はそんな事も無いだろうし」
「うーん……」
 モルガナは、惣治郎が何気なく口にした言葉に唸り声を出す。
「どうした?モルガナ」
「あ、いや、何となく、本当にこのまま何事も無く済むのかなって。GW期間中とかに早速何か来そうな気もするがなぁ」
 ぼそりと、ダンスとか格闘とかさぁ、と何やら訳の分からない事をモルガナは呟いた後に、ま、良いかと話題を変えて、旅行先の事を考えたいからとガイドブックを開くように暁にねだっていた。
 ひとまずモルガナが見えるようにガイドブックを開く。
 惣治郎が買ってきたものなのだが、行こうと思っている所があるのか、随所に色とりどりの付箋が貼り付けられていた。
 何ページかめくっていると、色がそれぞれ、観光スポットや、食事関係、お土産関係など色分けされていて、何だかんだで惣治郎自身も楽しみにしていたのだなと、暁は幽かに口元を綻ばせた。
 そして、鞄から早速黒猫が本を覗き込み、時々、器用に自分でページをめくっているのを横目に、彼はスマホで渋滞情報のアプリを起動させ、首都高の情報とその先の高速道の情報も取得する。
 国道沿いにある四軒茶屋ICから首都高速3号渋谷線に入り、そこから経由して他の自動車道に入って行くルートを選んで行く、と言う事にはなるのだが……予定地への所要時間は、大体3時間から5時間前後を想定している。
 途中のサービスエリアでトイレ休憩や朝食を挟みつつ順調に行ければそれくらいで着くだろう、と運転手である惣治郎とも話をしていた。
 太平洋側にある海沿いの、温泉が有名だと言う、とある観光地が目的地だ。
 露天風呂付きの客室と、一面の海を見る事の出来る展望の大浴場が目玉らしいのだが、ペットとの宿泊が可能な事と、部屋食は叶わなかったが、個室での食事の提供があるので、大変有り難い。
 最初のサービスエリアで軽く休憩を取ろう、という事にして、それからは、只管目的地までは、惣治郎の運転に一任するしかない。
 暁は、助手席で黙々と地図を確認し、交通情報のアプリを活用しながら、惣治郎にルートを伝え、助手席の席の隅っこに置かれていた菓子や飲み物が入った袋から、飴玉やら、眠気覚ましのガムやらを取り出して、時々運転手に渡していた。
 運転手の惣治郎は時々暁と取り留めのない会話を交わし、彼からガムを受け取ったり、高速道のサービスエリアで珈琲でも飲むかと言う話になりつつも、やっぱりルブランで自分か暁の淹れた珈琲が飲みたいとぼやく。
 双葉は、後部座席でシートベルトを締めなさいと、惣治郎に釘を刺されつつも、早速ブーツを脱いでいた。
 お腹にブランケットを掛けた状態で、暁の着替えが入った鞄を枕代わりに、足を伸ばしてごろんと横になっている。
 既に自宅でのリラックスモードに近く、持参したかなり小さめの自作のノートPCや、タブレット端末を使いながら何か検索している様子だ。
 しかも車内の暖房が効いてくると、上着もだらしなく着崩していた。
 最後にモルガナだが、最初はガイドブックを熱心に眺めていたのだが、十分に見終わって満足したのか、その後は鞄から抜け出して、少しずつ日が登って明るくなっていく外の景色を暁の膝をぶにっと踏み付け、窓際の縁に両の前足を掛けながら、楽しそうに眺めている。
 そんな風に眺めている時は急ブレーキなどでモルガナがすっ転んだりしないように、暁はさり気なく黒猫の身を支え、彼も同様に外の景色に目を輝かせて、車外の景色を眺めていた。
 その後は黒猫は、双葉や暁の間を行ったり来たりしていたのだが、今は双葉の隣で俯いて黙りこくっていた。
 飽きたのか、眠くなってきたのか。
「モルガナ、どうした?」
 さすがに様子が気になって、肩越しに顔を向けて、暁は問うた。
 猫の傍にいる双葉も怪訝そうな顔をしている。
「…………う」
「……ん?」
「………ち」
「………何?」
 ぼそぼそと俯いたまま猫は呟いているが、よく聞き取れずに聞き返す。
 暁と双葉の様子にさすがの惣治郎も、何だ?と視線は向けずとも眉を顰めていた。
「モルガナー、どうしたんだ?」
 もうお腹空いたか?カリカリあるぞ〜と双葉が笑いながら言うが、やがてがばっとモルガナは顔を上げた。
「うんち出そうって言ったんだっ!何度も言わすな」
 今にも泣き出しそうな声音で、猫は言った。
 暫し少年と双葉は沈黙。
「……ど、どうするんだ?」
「どうするって云われても、既に高速道に入ってるから、サービスエリアまではもうちょっと先だ。大体、モルガナ。お前、あれ程俺にトイレを済ませたか聞いておいて、お前は済ませてなかったのか」
「仕方ねぇだろ、緊張して出なかったんだからっ!」
 モルガナの悲痛なその言葉に、暁と双葉の二人は慌てた。
 そして、そんな慌てふためく面々に怪訝な顔をしたままの惣治郎が、どうしたと口を開いた。
「モルガナがトイレって」
「…………」
 惣治郎は、ま、仕方ないだろと小さく溜息を吐きながらも至極冷静な口調で、
「こんな時の為に外出時の猫用トイレ持ってきたんだろうが」
 後部席の鞄の中に入ってるから、ちゃんと用意してやれ、と双葉に指示を出してやる。
 双葉は養父に言われて、最初は慌てていたものの、直ぐに冷静になって、鞄からおでかけ用の猫トイレを取り出した。
 ちゃんと蓋も付いていて、使用後は臭いも遮断出来るようになっているコンパクトタイプのものだ。
 ネットで購入した後に何度か試しに使用もしていたから、準備に慣れた双葉は手早く用意してやる。
「モルガナ、ちょっと待っててー、今準備するから……」
 トイレに猫砂を適量入れて、隣でぷるぷる震えて我慢してるモルガナを抱き上げると、そこに降ろしてやる。
「うぐぐ、ワガハイ、最大の屈辱……」
「仕方ないだろ、猫なんだし」
「そうそう、何にも恥ずかしい事なんてないぞ〜猫なんだし」
「猫って言うなぁ!」
 半べその状態になりつつも言った後に、自分の姿をまじまじと注視している二人に、
「……お願い……見ないで」
 との台詞を潤んだ瞳と共に吐いてきた。
「…………」
 そんな言葉を受けつつ、無言で二人共視線を逸らし、ついでに窓も開ける。
「…………」
「…………」
「…………寒っ!」
 大変冷たい冷気の風が一気に入って来て、全員が寒さに震えながらモルガナが事を終えるのを待っていた。
 双葉は待つ間に、そういえばさっきのモルガナの台詞って、漫画とかによくある、ヒロインが主人公の目の前でライバルとかに色々されちゃう時に吐くヤツだよなぁとか、場違いな事を考えていたのだが、終わったぞ、とのモルガナの言葉に我に返って、ペット用のシートでお尻をさっと拭いてやると、速攻でトイレの蓋を締めて、座席下の一番隅っこに押しやった。
 しゅしゅっと消臭剤を車内に撒きつつ、暁は窓を閉める。
 なんと言うか、実に連携が取れた動きで、チームプレイは慣れたもの、というのが大変良く伝わってくる光景ではあった。
 とりあえずは、もはは〜んと薔薇の匂いが車内に充満するのを確認しながら、どうにか事なきを得た面々だった。
 猫は終わった後に溜息を吐くものの、心底安堵した様子で口を開いた。
「はぁ、何でワガハイこんな目に。フタバも災難だったな、ワガハイのケツを拭くなんて事させちまって。すまねぇ」
「いや、別に気にしてないけど。小さい子供だって、車の中でもトイレ行きたくなる事あるだろうし。それに対処してやるようなもんだろ」
 上目遣いで謝ってくる黒猫に対して、姉がちっちゃい弟を慰めるように、いい子いい子と双葉は頭を撫でてくる。
「ま、でもさ。モルガナで良かったじゃないか」
「何でだよー」
「少なくとも、ちゃんと言葉で分かるんだし。普通の猫なら喋れないし、気付いた時にあらら、な事だってあるだろ」
 暁に言われて、ワガハイ、猫じゃねーもん、といじけた様子で彼の膝の上に移動すると、そのまま、ふて寝を始めてしまった。
 そんなモルガナの様子に、暁と双葉は互いに苦笑し合うと、和やかに談笑しながら、車内で過ごしていた。
 それから数時間程して――漸く高速道を降りた車は、とある海辺の街へと入って行く。
 街の中心地には、広い大通りの道があり、その中央分離帯には海辺の街でよく見かける南国系のヤシ科の背の高い木々が一列に植えられ、緩やかに続く道が海沿いに伸びている。
 観光地化された街らしく、洒落た店も多く並んではいるが、昔からの馴染みの店や大型のスーパーなども目にする。
 大きな建物も多く、観光者の為のバスセンターなどには、何台もの大型バスが発着の為に出入りを繰り返しているのが見える。
 平日でこれなのだから、土日などは人の出入りが凄いのだろうなと、暁はぼんやりと思った。
 街の中心地に着く頃には、モルガナもすっかり機嫌が直って、目を輝かせながら車の窓から外の景色を見遣っていた。
 横を通り過ぎる車から小さい子が、にゃんにゃんだと言いたげに、懸命に手を振っていて、黒猫は思わず、応えるように、器用に手を振って、にゃふっとくすぐったげに、小さく笑っている。
 そんな光景を暁が微笑ましく目を細めて眺めていると、不意にモルガナが、彼を振り返った。
「わぁ……やっぱり、海が綺麗だぁ。なあなあ、ここから何処に行くんだ?」
 着いた先の天気は良好で、真っ青な空に、白い雲がゆっくりと空の上を流れていくのが目に出来る。
 陽の光にきらきらと光る海の水面が窓越しに見え、黒猫は興奮気味に問いかけた。
「えと……最初はお昼かな。そろそろお腹も空いてる頃だろ」
 暁はガイドブックを開きながら、惣治郎が付箋を貼り付けていたページを確認する。
 海辺の街ならば、海鮮を扱ったものが口に出来るだろう。勿論、猫がいるから、利用出来る店は当然限られてくる。屋外で食事が出来るような場所がある店、という事にはなるだろうが……
「ワガハイ、車の中でカリカリ食べるだけでもいいぞ?折角、美味いもん食べれるんだ、オマエ達だけで行って来いよ」
 ワガハイは、旅館で蟹が待ってるから、我慢出来るぞ、と胸を張って言ってくるが、その実、本当はモルガナだって、一緒に行きたい事は、暁達も知っていた。
「何言ってるんだ。今日は家族旅行に来てるんだぞ?お前もいなくちゃ意味がないだろ?我慢しちゃ駄目だからな」
 黒猫の頭を撫でながら、暁は苦笑を漏らす。
「そうそう、おっ、この店だな。そうじろう、停めてくれ〜」
「はいよ」
 運転手は、双葉の楽しげな声に、内心で微笑みながら、ぶっきらぼうな様子で、目的の店の駐車場に停車していた。
 一応、店はまだ営業を始めたばかりの時間帯で、客の数も多くはない。
 広めの店で、テーブル席やカウンター席、座敷席などもあるようだし、店の外でも食べる事が出来る。主に海鮮丼などを扱っている店だった。
 惣治郎が、店員に、屋外の席で食べても良いかどうかと、ペット同伴も可能かを確認してから、屋外の日除けのパラソルが設置されたテーブル席に三人と一匹は陣取っていた。
「何にする?」
 双葉がテーブル隅に備えられていたメニュー表を眺めながら、他の面々に問いかける。
 注文が決まったら、店の中にまで言いに行く必要があるようで、ついでに前払い制だった。
 暁はモルガナが入った鞄を覗き込んだ。
 猫は写真入りの料理を食い入るように見つめていた。
 日頃口に出来ないものが並んでいるとあって、涎でも垂らしそうな勢いである。
「モルガナは何が食べたい?あ、イカとかは駄目だからな、お腹壊すぞ」
「ワガハイが選んで良いのか?」
「どうぞ」
 暁は、笑って応える。
 最初からモルガナが食べたいと思うものを注文するつもりだったのだ。 
 カリカリと一緒に、モルガナが注文したものから、少し取り分けて食べさせるつもりだった。
「……じゃあ、この豪華盛り合わせ海鮮丼にする!色々入ってるから、ワガハイが食べられるのもあるだろ?」
「分かった……二人は何にする?」
「俺はウニ丼かな」
「私はモルガナと同じのにする、豪華盛り合わせ海鮮丼」
「海鮮二つにウニ一つか、じゃあ注文してくるから、ここで待ってろ」
 惣治郎が早速席を立って注文に行こうとするのを、暁は慌てて自分も払うと口にした。
 惣治郎は暁の申し出に頭を振った。
「何言ってんだ。今日は家族旅行に来てるんだ、父親が払うのが当たり前だろ。お前は自分の土産代とか、そういうのだけ出したら良いんだ。お前もちゃんとそこで座って待ってなさい」
 ガンとして俺が払うと惣治郎は主張し、さっさと店内に入って行く。
 暁は惣治郎の姿を見送った後、椅子に座り直しながら、申し訳ないなと零していた。
「にひひ」
 双葉がにやにやと笑いながら、テーブルの上で頬杖を付いている。
「どうしたんだ?双葉」
「いいから、そうじろうの好きにさせてやれよ。多分、今回の旅行、一番楽しみにしてたのはそうじろうなんだ」
 何だかんだで、色々調べてプラン立てたり、熱心に臨時休業の紙用意したり、色々してたんだからと双葉は笑ってる。
「……お父さん、家族旅行に行くの初めてだろうからさ、すっごく張り切ってるんだ。だから、私も嬉しい」
 ふふっと楽しそうに双葉も笑い、暁とモルガナもつられて微笑んだ。
 楽しみにしていたのは、暁もモルガナも同様の事で、何だか、皆、くすぐったいような気分になってくる。
 本当に、血の繋がらない面々なのに、まるで本当の……昔からの家族のように感じてしまうのだ。
 それが嬉しくて、そして、ちょっと気恥ずかしく感じてしまう。
 皆ではにかむように微笑み合っていると、惣治郎が戻って来て、何、にやにやしてるんだ?と首を傾げていたが、何でもないと答えるばかりだった。
 注文したものが来るまでには少し時間が掛かるだろうからと、暁は、モルガナを鞄から出してやる。
 猫はするりと抜け出すと、んーっと伸びをするように、その場で体を伸ばしていた。
 それから、ちょこんと座り直して、早速毛繕いをし始める。
 それを眺めながら、モルガナ用の小さな取り皿や自前の箸を準備していると、それ程の間を置かずに丼が三つ、テーブルの上に並べられた。
 暁と双葉が注文したものは海鮮丼だが、大きめの丼の中にはたっぷりのご飯に、大葉が添えられ、その上に、マグロや甘エビやウニ、烏賊、イクラ、鯛やヒラメ、鮑なども入っている。中心には擦った山葵が添えられ、刻んだ海苔も散らされている。丼に掛ける醤油たれは甘口辛口お好みで小さな容器に入れられていて、それぞれ好みでかけていく事になる。
 まあ、モルガナに食べさせても良いものは限られてしまうから、食べられるものをスマホで再度確認しながら、ほんの少量だけ用意していた別皿に取り分け、それと一緒にキャットフードのカリカリもモルガナ用の皿に入れてやる。勿論、飲み水も。
「うはぁ。美味そうだぁ」
 猫はきらきらと目を輝かせて、自分の目の前に置かれた皿を眺めている。
「ごめんな。ちょっとだけになるけど……栄養とか、お前の消化機能を考えると、色々は無理かなぁって」
「かまわねーよ、これで十分だ」
 言うが早いか、早速がっつき始めるモルガナ。
 惣治郎は、これでもかと山盛りとなったウニ丼を早速食べ始めていて、こちらも海の味を満喫している様子だった。
 実質、これが最初の朝食兼昼食になるので、皆お腹が空いていた。
 暁と惣治郎は結構早いペースで食べ、双葉はマイペースに、まずはスマホで写真を撮りながら、ゆっくりと食べている。
「むふふ~皆に報告だなぁ」
 スマホを弄りながら、ぽちぽちと怪盗団の面々に昼食の報告をしているらしい。
 惣治郎に食事中にスマホは止めなさいと言われて、大人しくそれに従いつつも、やっぱり他の面々の反応が気になるのか、時々、思い出したように、スマホでの面々の会話の内容を確認していた。
 暁は食事を終えると、水を啜りながら自らもスマホを取り出して、内容を確認してみる。
双『今、リーダーと旅行中(写真付き)』
竜『何だと~くっそ羨ましい、俺達も誘ってくれよ』
祐『今日は平日だろう、俺達は普通に学校に行ってるじゃないか』
杏『サボるって手が……』
真『元生徒会長の前でそれを言う?』
春『でも良いよね、皆で旅行行きたいな。海外とかどうかな』
双『海外!私には難易度高っ』
祐『む。俺は金が無い。だが、行きたいな……良い絵の題材が見つかりそうだ』
竜『行きたいけど、海外だとお袋が何て言うか。あ、いや、この前、修学旅行でハワイは行ったなぁ』
真『海外って決まってるんだ』
春『何だかんだで、皆で行ったら楽しそう。日程決めてくれたら、手配するよ』
杏『行動力ありすぎでしょ……あ、双葉、旅行って温泉だよね。後で暁の浴衣姿のUpもお願い♥』
春『寝てる時の姿も』
真『入浴中の姿も』
竜『飯食ってる姿でも良いぞ~あいつが幸せそうなら見ていて楽しいぜ』
祐『絵の題材になりそうなら、なんでも……入浴直後の浴衣姿でどうだろうか。濡れ髪に火照った肌を晒した浴衣姿など』
杏・春・真『それでお願いします』
双『らじゃー』
…………
暁『頼むから止めてくれ』
 暁は溜息混じりに、その言葉を入力して、目の前にいる双葉を見遣った。
 双葉も気付いて、むふふと暁を眺めている。
 女性陣からのミッションを受けて、遂行する気満々の様子だ。
 内心で入浴中や就寝中も気が抜けないな、と暁は身を震わせていたが、ふと、ふぐぐと猫が呻き声を上げているのに気付いて、怪訝な顔で視線を下に落とすと――
 口に食べ物を詰め込むだけ詰め込んで、詰まらせそうになっているモルガナがいて、暁は慌てた。
「モルガナ!何やってる、急いで食べて詰まらせたかっ」
「ふぐぐぐぐぐ(美味いもん吐き出してたまるか!)
「モナの馬鹿―、ちゃんとぺーしなさい、ぺ」
「何だぁ?」
 惣治郎ののんびりとした声と、他の面々の慌てふためいた声が響き渡る最中――
 佐倉さん家の家族旅行は始まったばかりだったのだ。

作品一覧を見る

コメント

  • NaTa
    2017年7月17日
  • セン
    2017年7月17日
センシティブな内容が含まれている可能性のある作品は一覧に表示されません
人気のイラストタグ
人気の小説タグ