02:魔法少女経験ありの方、募集中です
「雰囲気に乗せるのは本当に上手なんですよね、相良さん。あのまま体よく追い出されるとは」
さて、どうしたものかと思いながら私はコーヒーショップの席に座ってノートパソコンを開いていた。
ネクローシスの一員、更に言うなら残された数少ない幹部の一人として働かなければならない。それについては何の異存もないのだけれど……。
「まさか私一人で動けとは。一番それがやりやすいのは事実ですけど……」
せめて他の人の手を借りることが出来ればと思ったけれど、思い浮かべた人も重大な任務に就いている途中だ。邪魔になるようなことはしたくない。
だったらせめて相良さんが手を貸してくれていいと思うのに、あの人は本当に温泉旅行に行ってしまった。
「……まぁ、あの人は隠れて何かするのには向いてないから仕方ないですけど」
思わず溜め息を零してしまう。コーヒーを飲んで頭をスッキリさせようと思うのに、どんどんと重たくなってしまう。
気晴らしになんとなく開いたニュースサイト。そのニュースの中に気になるものを見つけた。
そのニュースは大規模な不正を働き、巨額の資金をだまし取っていたと報じているものだった。
社長は警察への取り調べに「魔が差した、こんなことをするつもりはなかった」と供述していて、その動機は傾きかけていた会社を建て直すためだったと語られている。
しかし、その途中で自分が犯した罪の大きさに戦き、自首してきたという話から、何かと最近話題に上がることが多い記事だ。
「――残念。正体が露見しなければもう少し〝育てる〟ことも出来たのですけれど」
私はそう呟き、その記事を開いていたページを閉じた。
既に終わった話。私たちにとってはこれ以上、見る価値もないニュースとなった。
所詮、撒いた種の一つが育ちきらなかっただけという話。それなら次に移るのが肝心だ。
「やはり近隣で活動している魔法少女がいる筈なんですが、どうやって堕とすのかが問題ですね……」
魔法少女は、その正体を特定することが難しい。
〝彼女たち〟は魔法少女の姿に変身して、ネクローシスに対抗する魔法の力を得ることが出来るけれど、変身しているのは普通の人間だ。
その変身前の時に襲撃されないように保護されていて、その正体はなかなか特定することが出来ない。これは彼女たちに力を貸している女神によるものだ。
正体がバレないのは、根本を辿れば同質の力を使っている私たちにも同じことが適用されるのだけれどね。
「だからこそ、こうして潜伏しているとそもそも魔法少女と出会うこともないのですよね……」
以前だったら、もっとネクローシスは幹部も含めて表に出ることが出来た。
その時には、隙のあった魔法少女を狙ってこちら側に引き込んだりもすることが出来たのだけれど、今はなかなか難しい。
「バラまいた種で捕獲出来る魔法少女も減ってますし、やはりあちらの地力は上がっているのですね……」
やはり正面から捕らえるのは難しいと言わざるを得ない。かといって種をばらまいても育ちきる前に刈り取られてしまうので、捕まえるのに役に立たない。
そんな状況だからどうにかして魔法少女を押さえたい、という相良さんの考えはわかるのだけれど……。
「無理難題ですよ……でもやらないと、幹部待遇のお小遣いがカット……!」
お小遣いのカット、即ち軍資金の低下。それは今後、私の課金戦争を生き抜くのに大きな足枷となってしまう……!
良い方法がないなら思い付くまでアイディアを探し続けるしかない。そう、出るまで回せば出るの精神です。とにかくアイディアを……。
「……あっ」
思考が煮詰まりつつあった私は、ふと目に入った物に天啓を受けた。
「求人広告……これです!」
* * *
※求人募集※
即戦力となる魔法少女、募集中!
■魔法少女経験ありの方、OK!
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* * *
「――いや、流石に頭が湧いてたでしょう、私」
ネクローシスが正体を隠して活動するためのダミー会社の一つ、その事務所として借りているビルの一室で私は腕を組みながら呟く。
そうだ、求人広告で魔法少女と銘打って魔法少女を誘き寄せよう! そんな馬鹿げた案を心の底から良案だと思っていたのは、我ながら疲れていたのだと思う。
「どう考えても怪しさしかないです。魔法少女が見たって訝しげな顔になるに決まってますよ、こんなの……連日徹夜はやはりダメですね……」
元々、怪しまれて当然のつもり出したものだ。だって魔法少女経験ありって、この世界では架空の存在でしかないのに、その経験がある人を求人しているだなんて頭がどうかしているとしか思えないでしょう。実際私の頭はどうにかしていた訳ですが。
これで魔法少女が食いついて調べに来れば、そこから正体を探り、捕らえてこちら側に寝返らせる手段を考えられると昨日までは本気で思っていたのですよね。一日寝てから思うと、本当に頭がどうにかしていたとしか思えないのですが。
「はぁ……こんなのネットではもうネタ扱いでしかないですよね。止め止め、さっさと消しましょう。次の手段を考えないと――」
――そう思って、適当に作った求人広告を抹消しようとした時だった。
軽快なメロディが流れて、スマホが振動した。
それは今回の求人のために番号を用意したスマホだった。思わず冷や汗が流れる。まさか、とは一瞬思ったものの、どうせイタズラ電話だろうと思いつつ、通話をオンにする。
「もしもし……」
『――もしもし、こちら魔法少女経験がある方を募集していた求人のお電話番号で間違っていないでしょうか?』
電話の向こうから聞こえてきた声、それにまたドキリとしてしまう。
その声は、どう聞いても少女のものだったからだ。またまさか、と思ってしまうけれど、流石に気のせいだと自分に言い聞かせて淡々と返事をする。
「はい、そうですが」
『……そうですか。ちなみに確認しますが、本気でしょうか?』
「本気、とはどのような意味でしょうか?」
『――貴方、ネクローシスですか?』
ゾッ、と背筋に一気に悪寒が走った。
この電話の相手は、この少女は何だ? 決して好奇心から声をかけてきた少女ではない。
(だとしたら――本物!?)
ごくり、と唾を飲み込んでしまう。まさかと思っていたことが現実に起きているかもしれない。そんな可能性に私は混乱してしまった。
「……もし、そうだとしたら?」
『そうですね。――こうしますかね』
――先程よりも強い悪寒を感じた瞬間、窓が吹き飛んだ。
ガラスが割れて、咄嗟にその場から離れるために飛んで勢い良く転がっていく。
すぐに身体を起こそうとするも、首に何かが突きつけられた。
「――やはり、ネクローシスの人も変身してないと誰か見分けが付きませんね」
「あっ……」
空を赤い化粧で染めたような黄昏時。
その空を赤く染めた光を背に背負いながら、その人は歌うように口を開く。
それは少女だった。私は彼女をよく知っている。
彼女に抱く思いは複雑だ。それは憧憬であり、敬意であり、そして畏怖である。
心臓がばくばくと鼓動を速めて、口の中がカラカラに乾いていく。
この状況に私は緊張を感じている。そうだ、今、下手なことを口走れば私は無事では済まされないだろう。
何故ならば――。
「こちらの求人を見て面接希望に来ました。――〝魔法少女経験あり〟、その文言に嘘偽りはありませんね?」
「そんな、何故貴方が……!?」
――彼女こそ、かつて隆盛を誇っていた私たちを壊滅させた最強の〝魔法少女〟。
「エルシャイン……!」