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ちく〇天 
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これより【我妻善逸君捕獲杯】を始めます - ちく〇天 の小説 - pixiv
これより【我妻善逸君捕獲杯】を始めます - ちく〇天 の小説 - pixiv
22,883文字
これより【我妻善逸君捕獲杯】を始めます
 宇善です。オメガバですが捏造入ってます。ギャグ要素強めです。でもハピエンです。
オメガの善逸が、突然変異でアルファ全員の「運命の番」になれる体質になります。周囲ののアルファが次々と善逸を巡って問題を起こすので、善逸は「さっさと誰か番を決めろ」と要求されて、キメ学内で【我妻善逸争奪杯】を開催します。校内で盛大な鬼ごっこです。頑張って校内を逃げまくります。途中、宇髄先生が好きすぎる変態モブ女子生徒が楽しく乱入します。お気楽にお読みください。

2021/06/11 ルーキーランキング 85位
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2021年6月10日 15:37

 ご覧いただきありがとうございます。過去作を読んで下さった方、ポチ、コメして下さった方々、本当にありがとうございます。こうして腐りつつウキウキして書けるのも皆さまのおかげです。ありがとうございます。またお付き合いいただけましたら嬉しいです。



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 ピンポンパンポーン。

 校内放送前の鉄琴の音が学園内に響き渡る。都心から少しだけ離れたこのキメツ学園は、広大な敷地を誇る。普段の休日であれば、部活動以外の生徒はいない。だが、休日であるにも関わらず、今日は全生徒のほとんどが登校している。これから起きるイベントに参加する者、傍観する者様々だが、少なくとも誰しもがこのイベントに興味をもっていた。   『これより、【我妻善逸君捕獲杯】を始めます。では、我妻君より挨拶をどうぞ』    少し高めでゆっくりと喋るのが特徴なのは、養護の胡蝶しのぶだ。  グラウンドには集められた生徒と教職員で騒めいていたが、放送と同時にそれがピタリと止んだ。  このアナウンスは、胡蝶とイベントの主役の我妻善逸が放送室から放送している。主役だと言うのに姿を見せないのは、公平性を保つためだ。

『いいかっ、お前らっ!! 俺に求婚できるのはっ、俺より成績が良かった奴だけだっ!! 自信のない奴はっ、初めっからっ、すっこんでろ゛ぉ゛ぉ゛ーーーーっっ!!』

 最後は高音のあまり音が割れていたが、それでもその意気込みにグラウンドから拍手が沸き起こった。  続いて胡蝶より、事前に知らせておいたルールの再確認がされた。

 〇我妻善逸本人へ危険行為、及び暴行の禁止(違反者は失格)  〇タッチ一回三十点  〇捕獲一回五百点(十秒の拘束を捕獲と認定)  〇タッチ及び捕獲した者は、速やかに我妻善逸を解放する  〇我妻善逸の得点と同点以上の者のみ、求婚する権利を与えられる  〇アプローチは得点の高い者から  〇我妻善逸の持ち点は五回捕獲されるまで、十分十点で計算  〇十五時終了

『では、今から十五分後の九時から開始といたします。休憩は十二時から十三時までです。この間に我妻君への接触は禁止です。また、午後の参加もグラウンドから始めます。参加者は必ず五分前にグラウンドへ集合してください。遅刻は失格といたします。それでは、皆さまのご検討をお祈ります。頑張って我妻君を手に入れてくださいね。以上です』

 どやどやと多くの者がグラウンドから校舎へ向かって行く。その大勢の生徒の中には教職員も混ざっていた。徒党を組んでいる者もいれば、既にダッシュで校舎へ向かう者、いずれの者も目に怪しい輝きを放っていた。正に草食動物を狩る肉食動物かのごとく。

 なぜ、一生徒である善逸を捕まえるイベントが学校をあげてのイベントとなったのか、それは突然変異を起こした善逸の奇特なオメガ体質に起因する。  突然の出来事だった。放課後、美術準備室で雑用を頼まれる事が日常となりつつあった頃、急な発熱で善逸が病院へ運ばれて入院をした。そして数日後解熱した善逸は、病院を混乱へと突き落した。  優秀な才を持つ者にはアルファが多い。善逸の入院した医師の中にもアルファは多かった。元々善逸はバース性の低いオメガであったが、高熱で突然変異を引き起こして全アルファ対応『運命の番』となってしまったのだ。  『運命の番』とは、アルファとオメガの特殊な番関係である。この関係性は、既に番関係のある者にも関係なく作用する、特別に引き寄せらる強烈な絆である。どんなに惹かれ合う番がいたとしても、『運命の番』と呼ばれる特別な唯一無二の相手の魅力には勝てないという。そして、出会えばお互いが感知できる。番契約をした後に運命の番に出会えば、いままでの番へ一切の興味を無くし、運命の相手へと走る。ある意味残酷でもある魂の結びつきが、『運命の番』である。ただし、一人につき一人しか運命の相手がいないが故に、出会える幸運な者は滅多にいない。巷では都市伝説ではないかとも言われる程だった。  その運命の番に善逸は、全アルファ対応となった。その時この病院にいた七人のアルファの医師と看護師が善逸に襲い掛かり、大勢のベータの職員と警備員が善逸からアルファを引きはがしてやっと収束した。七人のアルファの内、四人は既に番契約をしていた。それにも関わらず全員が善逸を求め、項を噛もうとする者、無理やり襲い掛かる者で、アルファ同士の抗争になった。幸いオメガ対応の病院であった為、すぐに精密検査をしたが正確な原因は分からなかった。ただ、どのアルファをも惹き付ける体質になった事だけが判明した。  そして退院後、初日に風紀委員でキメツ学園の正門に立った善逸は、まず最初に風紀委員の担当職員である冨岡に攫われた。それを救助したのは美術教諭の宇髄である。次に担任の煉獄が朝のホームルームで善逸によろめいた。善逸のクラスにはベータしかいなかったため、この時はクラスメイト全員で煉獄を取り押さえた。不運は続き、一時間目は数学だった。そして数学の教諭である不死川もまた、アルファであった。不死川はことごとく邪魔する生徒を薙ぎ払い善逸の項を噛む寸前にまで至ったが、機転を効かせた生徒が中等部にいる不死川の弟を呼んで来たのが間に合った。「俺の友達に乱暴する兄ちゃんなんて嫌いだ!!」の一言で、辛うじて不死川は噛むのを踏みとどまった。朝から三件の暴行未遂のため、二時間目は緊急学級会が開かれた。この時担任の煉獄は、猿ぐるわをされて椅子に縛られていた。学級会はベータしかいないクラスメイトによって、冷静に淡々と進められた。

「この事態を回避する案のある者は、挙手をして発言してください」

 猿ぐつわの煉獄の横で、教壇に立った学級委員が司会進行をする。

「はぁい、我妻はぁ転校すればいいと思いますぅ。煉獄先生がぁ、いつまでも猿ぐつわで可哀想ですぅ」    煉獄を慕う女性徒は多い。この女生徒の発言に、多くの他の女生徒がうんうんと頷いた。 これに反論したのは、他ならない善逸である。

「俺、学校へ徒歩五分なのにどこに転校しろっていうの?!酷くない?!」

 チッと、多くの舌打ちが鳴った。こんなに一斉に舌打ちをされたのは初めてで、善逸は相当のダメージだった。

「はい、我妻には授業中、オリに入ってもらうってのはどうでしょうか?」

 この男子生徒の発言に、割と多くの男子生徒が頷いた。なるべく簡単で迷惑がかからない案ではあった。 だが、反論したのはやはり善逸だった。

「俺の人権どこにあるの?! 酷くない?!」

 結局生徒の案でまともだったのは、『誰の番にでもなれるなら、さっさと誰かと番契約をしてしまえ』だった。これも善逸の意志を無視をしてはいるが、番が決まってしまえばこのはた迷惑な体質が収まり学園に平和が訪れるだろうと、職員会議においても取り上げられて賛成が過半数を超えた。そして出た案が、『我妻善逸捕獲杯』である。生徒、教諭関係なく、かつ、善逸が相手を尊敬できる能力を持つ者を選抜するとして、善逸が望んだのは『脚自慢の俺より優れた人物』という条件だった。  もちろん、善逸にも拒否権はある。求婚の結果、だれとも番になりたくないと善逸が全員を却下したら、今後は卒業まで保健室でリモート授業になる。  こうして『我妻善逸捕獲杯』は開催される運びとなった。

 そして今、善逸は職員室に隠れていた。生徒にもアルファは数名いるが、教職員の方がアルファは多い。開始早々隠れるには、灯台下暗しで職員室を選んだのだ。

「少しでも時間稼がないと、俺の体力が持たないっつーの」

 案の定、職員室には誰も入ってくる様子が無い。既に開始時間にはなっている。廊下は足音が絶えない。生徒はほぼベータだが、だからと言って安全とは限らない。一部のベータも善逸の強烈な運命の引力に揺らぐ者もいたからだ。そして全く関係のない者でも、アルファの協力者がいるかもしれないのだ。

「転校もオリもやだってば……ぐすっ」

 大体、全アルファ対応だって、望んじゃいない迷惑な話だった。本当の番を押しのけて偽物の番が恋人を奪うなんて、そんなのは泥棒だ。人の恋路を邪魔して生きようなんて思っていない。ただ一人、唯一の俺の番にだけ愛されたいとは思うが、バース性の低い善逸には運命の相手に出会っても、それを判別できる自信が無かった。

 適当に選んだ机の下にうずくまって開始早々へこたれていると、カチャリとドアが開く音がした。誰が来たのかは善逸の位置からは分からなかった。だが、確認するために動いてしまえば、相手から見えてしまうかもしれない。幸い職員室には出入りできる入り口がいくつかある。窓も鍵をすべて開錠しておいたので、見つかってもダッシュで逃げれる通路は複数確保してあった。  ひたり、ひたり、と足音が近づいてくる。駄目だ、もう飛び出して逃げなければと覚悟した時、聞き覚えのある声がした。

「我妻、俺の机で何をしている?」 「……と、みおか先生ですよね……?」    発言からして、もう見つかっているのは分かっている。恐る恐る相手の様子を見るために首をひょこっと机の下から出すと、冨岡とはまだ距離があった。この距離なら触られないで逃げれるが、様子がおかしい。

「そもそも今日は日曜だ。お前もそうだが、なぜこんなに生徒が集まっているのだ?」 「??? もしや、イベントをご存じない?」

 冨岡にはぼっち疑惑がある。もしかすると捕獲杯のイベントそのものを知らされてなかったとしたら、慌てて逃げる必要性も無いのではないだろうか。そう考えて善逸は机の下から這い出た。

「すみません。すぐに退散しますんで……失礼いたしました」 「待て、我妻。お前、妙に甘い香りがするな?」

 冨岡の発言にどきりとした。冨岡の指摘した香りとは、オメガのフェロモンの香りだ。

「学校に香水は禁止だが……良い香りだ。ずっと嗅ぎたくなるような……そうだ、この前のような……もっとこっちへ来い、我妻……」 「あ、いや、あの、用事、そう、用事を思い出したので!!」

 息が荒くなった冨岡がじわじわと近づいてくる。相手は体力自慢の体育教師だが、全力で走れば何とか逃げられるだろう。そう考え踵をかえすと、勢いよく職員室のドアがパアンと再び開いた。

「善逸、遅くなって済まな……あ、冨岡先生!!」 「炭治郎!! 」

 炭治郎と、ここにはいないが伊之助の二人は共にアルファであるが、善逸に靡かない希少なアルファであった。匂いに敏感な炭治郎は『運命の匂いは嗅いだことないけど、なんか善逸のは違う気がする』と、感覚の鋭い伊之助も『俺の運命はお前じゃない!』と断言したので、この捕獲杯での協力者となっている。  職員室に隠れているのも、善逸が携帯で知らせたので知っていた。そして遅れてきたのには理由があった。

「冨岡先生、丁度良かったです。卒業生の錆兎先輩が先生に会いに来てますよ!!職員室の外で待っています!!」 「む、そうか? それは知らなかった。」

 錆兎は冨岡が慕う男である。そして炭治郎の近所に住む幼馴染でもあり、兄とも言えるような存在だ。ちらりと善逸を見て悩んでいるが、そこは炭治郎がぐいぐいと押してきた。

「すっごく錆兎先輩が会いたがっていましたよ……はい、そりゃもう、ものっすご……く……」

 炭治郎は嘘が苦手で顔に出てしまう質だが、今冨岡は職員室のドアと善逸を比べているので変顔はバレていない。

「分かった。竈門、感謝する。それから我妻はそこで暫く待っていろ」

 冨岡は職員室から出て行き、外では二人の話し声が聞こえ始めた。冨岡は善逸をキープしたいらしいが、当然待つ理由は無い。善逸は窓を開けて炭治郎を振り返った。

「ありがとな、錆兎先輩呼んできてくれて!!」 「丁度だったな。あと伊之助が園芸部の芋を掘っている。煉獄先生には有効な筈だ。さ、もう行け!!」 「恩に着る!!」

 園芸部の畑を目指し、壁沿いに飛び出して行った善逸の前に立ちはだかったのは女生徒の軍団だった。 ざっと二十名程はいる。

「我妻じゃぁん。ねぇ、あたし達がかくまってあげようかぁ? 全員ベータだから、安心していいよぉ」 「え? マジ? ホント? うへへへ……嬉しい……」

 善逸が鼻の下を伸ばして近づくと、女生徒が羽交い絞めにして来た。しまった、と思ってももう遅い。腕も脚も背中もがんじがらめだ。  善逸から数歩離れた所では、リーダー格と思われる派手なハチマキをした女生徒が携帯を取り出し、どこかへ連絡をしている。

「もしもぉし、宇髄先生ですかぁ? こちらF班ですぅ。職員室近くの中庭でふん捕まえましたぁ。至急来てくださぁい」 「ハニートラップかよぉぉぉぉ!! しかもF班って、なんだよ?! ABCDE班もあるのかよ!!」 「ふっ。馬鹿ねぇ。Zまであるのよぉ」 「くっそ、あのタラシめぇ……。あっ!! 職員室前の窓に宇髄先生のパンツが干されてる!!」 「! パンツですって?」

 全員が職員室の方角を見るが、距離があってパンツは確認できない。もちろんそんなのはでまかせなのだが、見えるか見えないかの距離が幸いした。

「履いたものかしら?!」 「洗ってあってもいいわ、この際!!」 「チョコを渡せる権利よりも、生パンよぉ!!」 「順番に匂いも嗅ぎましょう!」 「行くわよぉ!!」    宇髄のパンツに釣られて全員が善逸から離れ、走って職員室の方向へ走り出した。  どうやら善逸を確保すると、バレンタインにチョコを渡す権利が与えられているらしい。例年段ボールにいくつも貰っている宇髄が、善逸が入学して以来は一切貰わないと宣言していたのだ。どういう心情で貰わない事にしたのか、そして何故それに反する事までして配下を募ったのか、善逸には全く想像がつかない訳では無かったが、今そんな事を思いふける余裕は無い。即座に場所を変えないと、善逸同様の瞬足を誇る宇髄には見つかったら逃げるのは厄介だ。

「滅べイケメンがっ……」

 宇髄に場所が知られてしまった以上、この近くはやめようと善逸が向かったのは食堂だ。あそこは広い上にテーブルも椅子もたくさんある。おまけに明るい陽射しを多く取り込めるようにと、大きな窓がいくつもある。そのベランダから続きで並ぶ他の教室へも、非常階段へも移動が可能だ。逃げるのも隠れるのも絶好の場所だろう。

 適当な教室の窓から再び校舎に侵入し、食堂を目指す。 思ったより校舎内には人がいなかった。そもそもアルファ自体が少ない。多くのベータは、この愉快な惨劇を高みの見物と決め込んでいるのだ。善逸を見付けても手出しをしない生徒も多い。ただ、善逸を見つけるとすぐ写真を撮ってSNSに挙げられて、遊ばれている。

「我妻!! こっちだ!!」 「村田先輩!!」

 村田と呼ばれたのは善逸より一学年上の生徒だ。委員会で一緒になって以来意気投合して、友人の様な間柄になっている。  村田が手招きしたのは、食堂近くのエレベーターだ。普段は職員しか利用できない決まりになっている。

「生徒は使っちゃいけないって規則だから、あんまり思いつかないだろ? 移動すんなら安全じゃね?」

 確かに食堂は三階だ。誰にも会わないで移動できるのは有難い。誘われるがままエレベーターに入ったが、村田が押したのは二階だった。二階には【美術準備室】がある。慌てて閉まりかけのエレベーターから飛び出した。そして善逸の動きに慌てた村田も「開」のボタンを押して出てきた。

「……村田さん、ベータでしたよね? ……誰に買収されましたか?」

 村田はうっと怯んだ。そしてややあって答える。

「悪かった。宇髄先生だ……。 成功報酬として食堂で一年分の大盛チケットで……」 「はあぁぁぁぁ?! 嘘でしょ?! また宇髄先生なの?!」

 善逸はショックだが、村田を責める事はできなかった。食堂での大盛チケットは、一枚150円だ。食べ盛りの男子高校生にとって一年間の大盛は相当な魅力だと善逸も分かる。

「すまん……。あとな、大盛チケットに堕とされた男子はそこそこいる。しかも宇髄先生へ協力すると、食事一回分のチケットが見返りとして出るんだ。協力して損が無いんだよ。だから俺が言えた義理じゃないけど、ベータにも気を許すなよ。今、宇髄先生は美術準備室から指令を出してる。気を付けろ。食堂へは行くなよ。あそこはいつも食堂で料理を作っている宇髄先生の妹さん達が、今日こっそり来て待ち構えているぞ」 「……あざす」 「健闘を祈る」 「うぃっす」

 善逸が片手を上げると、気が付いた村田がハイタッチで応えた。お互いふっと笑いが込み上げ、それで別れた。たったこれだけで、わだかまり消えた。事情を全部暴露してくれた村田を、やはりいい人だと思った。  昼休憩の十二時には、まだ少しある。この後もまだまだ捕獲杯は続くのだ。体力はそうでも無いが、気が休まらない。ずっと緊張して気が張っているのが息苦しい。なるべくアルファに見つかりたくない。そしてもし遭遇しても、できる限り楽に回避したい。  この先どこへ行こうかと悩んだが、やはり園芸部の畑にした。村田の情報だと、このイベントで最大の難関になるだろうと踏んでいる宇髄は、美術準備室にいる筈だ。ならば煉獄に遭遇する前に、対煉獄用のさつま芋を確保したいと考えた。  再び園芸部の畑に行くと、伊之助によって掘り起こされたと思われるさつま芋がそこかしこに転がっていた。包む物を持って来ていないのを後悔し、ポケットに土だらけの小さな芋をいくつかしまい込んだ。そこへぬっと影が差し、善逸の姿がすっかり影に隠れた。この巨大な影を持つ人物は、この学園には二人しかいない。どちらだ? 宇髄ならばかなりの危機だ。先ほどの村田の証言が嘘だと言うのだろうか。二重に罠が仕掛けられていたのか。この状況なら、素早い認知のが大事だ。男は度胸だと振り返れば、そこには学年主任の悲鳴嶼の姿があった。

「こんなところにまで来ているのか、我妻」

 悲鳴嶼もアルファだ。瞬間的に襲われていないとはいえ、油断はできない。既にこの距離が悲鳴嶼の射程距離の範囲に入っている。

「全アルファへ対応する体質になったと言うのも、難儀なものだな。可愛そうに……」

 やばい、と本能が察知した。可能性は半々かもしれない。だけど、迷っている音がする。これ以上は危険だ。

「悲鳴嶼先生、俺、こうやって無理に番なんて作りたくないんです!!……助けてください……っにゃん。アルファの人もベータの人も信じられなくて、怖いにゃん……泣いちゃうにゃん!!」

 咄嗟に思い出したのは、こう見えて悲鳴嶼は無類の猫好きだという事だった。ネクタイなどに、猫柄の品を愛用している。善逸へ差し伸べられているのか、捕まえようとしていたのか、ともかく善逸へ向けられていた両腕の動きが止まった。猫が有効だと判断し、善逸は両手の指をぴっと揃え、頭にのせて耳を模し、首を軽く傾げた。

「逃がしてにゃんにゃん……」

 悲鳴嶼が脱力して膝をついた。この技を持ってしなければ、ここで捕獲されていただろう。間一髪だった。

「我妻。これを使うと良い。……さつま芋を持っていきたいのだろう?」

 渡されたのは、猫のイラストが描かれた可愛い風呂敷だった。渡された時に善逸をタッチする事も、捕獲する事もできた筈だったが、悲鳴嶼はしなかった。柔らかい笑みを湛えた悲鳴嶼は、いつもの穏やかな学年主任の顔をしている。

「あ、ありがとうございます!! ……にゃん。後で洗ってお返しするにゃん」 「終了まで、怪我のないように気を付けるといい……」

 善逸はさっと広げた風呂敷にさつま芋を詰め込み、背中に背負った。背骨がゴロゴロするが、両手が空く方がいい。  その後、善逸はまたもや派手なハチマキをしたグループといくつか遭遇した。善逸が女の子に弱いと知って、態と善逸の前で転んで泣きまねをする者も出没した。一度手を差し出しそうになった情報はすぐさま拡散され、それ以来宇髄の配下の女生徒グループは善逸を見る度に転び始めたので、逆に逃げやすくなった。

「や、やっと昼休みだよぉぉぉ~。やすみ、嬉しい。うぅ……」

 善逸、炭治郎、伊之助の三人は、本館から渡り廊下を挟んで繋がっている別館の屋上で、炭治郎が持ってきたかまどベーカリーのパンを貪っていた。

「よく頑張ったな。まだ誰にもタッチすらさせていないじゃないか!」 「でもこれからが正念場だな。紋逸の最大の敵は祭りの神だろ? あいつがまだ、ただの一度も顔を見せてないのがヤベぇな。手下を使って、紋逸の体力と気力を削いでるのがその証拠だ。午後には絶対出てきやがるぜ。いっそさっさとあいつにして番っちまえよ」 「伊之助!!」 「な、な、ん、だよぉ。……んな、事、考えても、しょうがねぇだろ。あの筋肉ゴリラに、なんて……って!」

 不意に善逸の頭に何かがぶつかって来た。大して痛くはない。だが何だろう辺りを見回すと、連続でコンコンコンコンと頭を狙い撃ちされた。ぶつかって落ちた物を拾い上げると、それはドングリだった。黒のマジックでくっきり『宇』の一文字が書かれている。本館二階の方向を探すと、美術準備室に宇髄の姿が見えた。こちらをはっきり見据えて、またドングリを発射して来た。なんと素手だ。五十メートルはあろうかと思われる距離を、デコピンの要領でピンピン飛ばしている。恐ろしい技だ。

「すっげぇマーキングだな。ガハハハッ。よし、俺もやるぜ!!」

 伊之助がドングリを拾って同じ要領で飛ばすが、弧を描き下に落下するだけだった。

「聞かれていたみたいだ……」 「凄いな、さすが宇髄先生だ。善逸並の聴力だな。……善逸は、その、番になりたいと思う人はいないのか?」

 善逸は答えに詰まった。『好きな人』と訊かれていたのなら、迷わずそれを訊いた男の妹の名を挙げていただろう。だが、番になりたいのかと言えば、違う。そもそも彼女はベータであるから対象外だとしても、それでも違うと言い切れる。彼女は善逸にとって憧れのアイドルの様な存在である。彼女がいずれ大人になって誰かと結婚すれば、ショックで泣きわめくかもしれない。だが、それまでだ。彼女の幸せを願う気持ちは、兄の炭治郎に近い。善逸は、笑って見送れる自信がある。  その人の結婚で、心が引き裂かれるような気持になるような人物は誰だろう。笑って門出を見送る事もできない、その人の伴侶に成り代われるものなら成り代わりたいと、心の底から渇望するような熱を俺は誰かに抱くのだろうか。  今の自分に、心に燻るものが何も無いとは言わない。どうにも判別しかねている気持ちがある。それは火の粉のようなものだ。稀に一瞬チカっと光るが、すぐに消えてしまう。無視してもいい。払いのけても火傷すらしない。だが、気が付けば確実に小さな丸い焦げ跡を残しているのだ。小さな小さな穴だ。今は。  善逸は一粒のドングリを、そっと胸ポケットにしまった。

「見ろ、紋逸。もうすぐ午後の開始五分前だって言うのに、ほとんどの奴等がグラウンドに行かないぜ。あいつら参加しないで見学する気なんだろうな」

 元々数の少ないアルファの為の様なイベントだ。在校生のほとんどを占めるベータには関係ない。だが、他人の人生がたかが鬼ごっこにかかっていると思えば、こんな面白い事はない。そこらのドラマよりもずっと展開が見えなくて、CMも入らないのだ。一部では賭けの対象にもなっているらしい。  先ほどまでその姿が見えた向かいの美術準備室に、もう宇髄はいなかった。善逸を諦めていないのなら、今はグラウンドにいる筈だ。   「俺、そろそろ行くよ。」 「うん。午後も頑張ろう!後二時間だ。俺達もできる限り妨害するぞ」 「子分の面倒をみるのは、親分の役目だからな!!」 「ありがとな!!じゃ、行って来るよ!!」

 多くの生徒が集まっている場所は想像が付く。総合体育室だ。学園内の防犯カメラを一挙に見渡せる守衛室には、本日に限り放送部が入り込んでいる。その音声をこの体育室で流しているのだ。公平を期す為に、ここに入る者は携帯を預ける決まりだ。ここで得た情報を、イベントに参加しているアルファには流せない。純粋に事の成り行きを面白おかしく楽しむ者の場所にしてある。  十三時を少し過ぎた。午後の部は開始されている。善逸は図書室を隠れ場所に選んだ。ここの学園の図書室はちょっとしたものだ。何でも創立者が、学校を建てる際に一番力を入れたのが図書館だ。本館中央に吹き抜けの二階からなる図書室は、蔵書数は三万を超え、小さな町の図書館レベルはある。吹き抜けの中央は螺旋階段だ。ここなら隠れるのも逃げるの容易そうだと思った。入り口で宇髄に出くわすのは想定外だったが。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!! 出たぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 距離があるなら隠れるのにもってこいだが、至近距離では隠れるも何もない。中央の螺旋階段の手すりを跨いでしゅるるっと回転して降りれば、宇髄は吹き抜けをそのままジャンプして一階に着地した。 図書室を出てから近くの階段を駆け上がる。

「善逸くぅん、ご無沙汰じゃねぇかあ? 会いたかったぜぇ。俺の運命♡」

 善逸が一段抜かしで登る後ろを、宇髄が三段抜かしで距離を縮めてくる。コーナーを小さく回っても、宇髄もその巨体からは信じられない程の小回りでコーナリングを責めてくる。

「俺はっ、誰にもっ、会いたくねーしっ、アンタのっ、運命の番でもねぇぇぇぇ!!!!」    途中で防火扉の出入り口を使ってUターンをし、少し距離を稼げた際に上手く撒くけたのは幸運だった。 善逸は四階にある教室へ向かった。本館と別館は、二階と三階の渡り廊下で繋がっている。だが、四階のとある教室のベランダからも、三階の渡り廊下の屋根部分を伝って本館に安全に渡れるようになっている。そこは整備された屋外の渡り廊下だ。できれば暫くここに隠れたかった。見つかっても本館と別館のどちらにも容易に逃げられるからだ。  その教室のドアを開け、真っすぐベランダへ進む。

「我妻ァ。」

 ひっと喉がなった。振り向くと、教室にもう一つある別のドア付近に数学教諭の不死川実弥がいた。ストッパーの玄弥はここにいない。おはぎも無い。ドッドッドッと、心臓の音が力強くなった。

「ここをいつか使うと思っていたぜェ……。ふん。今日もすげぇ匂いさせてんなァ。お前、まだ誰にも捕獲されてないって言うじゃねえかァ……ここで俺のもンにしちまうってのもアリだよなァ?」

 ナシです。許されてるのはタッチと拘束十秒の捕獲のみです。不死川先生、違う意味を込めてませんか?と震えながら心の中で突っ込んだ。更には遠くから宇髄の足音も聞こえてくる。一つ一つ教室を覗いて探しているようだ。このままでは万事休すだ。捕獲を二人に許してしまう。善逸は誰一人にも捕まらず終了まで持ち応えて、誰からも求婚をさせないようにしたかった。

「し、不死川先生!! お、俺は、不死川先生とは番とか恋人じゃなくって、お兄ちゃんになって欲しいんですっ!!」 「!……お兄ちゃん……」 「いっつも玄弥が、『俺の兄ちゃんは世界で一番優しい』って自慢するから、凄く羨ましくって!!」 「玄弥が……」 「実弥さんって呼ぶよりも、実弥兄ちゃんって呼びたいんだ!! ダメ? 実弥兄ちゃん、後ろから筋肉ゴリラが来て怖いんだよぉぉ~~。俺を助けて、実弥兄ちゃぁぁんっっ!!」

 近寄って来ていた不死川が何かを握ったまま腕を善逸に突き出した。「手ぇだせや」と言われて慌てて手を広げると、そこに落とされたのは透明のスティックが付いた鍵だった。

「マスターキーだぁ。学園内の部屋はそれでどこでも空く。後で必ず返せよなぁ……」 「不死川先生っ!!」 「……『実弥兄ちゃん』だろォ?……ここは兄ちゃんに任せろォ……」

 不死川が教室のドアに対峙するように向きを変えた。宇髄を足止めしてくれるらしい。

「ありがとっ!! 実弥兄ちゃんっ!! 大好きっ!!」

 後ろから『ぐふっ!!』と妙な声が聞こえたが、構わずお目当ての渡り廊下の上に向かって走った。お兄ちゃんの好意を一秒たりとも無駄にしてはいけない。折角不死川が時間を稼いでくれたのだ、隠れるよりも距離を取ろうと、渡り廊下の上を通り抜けて別館へ移動することにした。  ここから一番近い特別教室は音楽室だ。防音だから多少の音でも宇髄は気が付かないだろう。だが、それは中にいても同じだ。外からの音が聞こえないのは、致命的ではないだろうか。躊躇していると、音楽室の重い鉄の扉が開いて背の高い生徒が出てきた。

「あ、我妻君だ」

 彼の顔には見覚えがあった。生徒会の副会長だ。会長がアルファなのは有名だったが、副会長の話は聞いた事がない。恐らくベータなのであろう。

「副、会長……?」 「うん。会長に比べて印象薄いだろうけど、一応副会長を務めてるよ。まだイベント中なんだろ?ここ使えば?防音だし」

 扉を開けられて誘導され、おずおずと一歩踏み出すと中から出てきた手に腕を掴まれ、引っ張り込まれた。仰向けに引きずり倒されて上に跨って来たのは、生徒会長だった。副会長は後ろ手に鍵をカチャリとかけた。

「ふ……随分と怯えてくれるね。大丈夫。痛くするつもりはないよ」 「か、会長、俺にしていいのはタッチか捕獲のみです!!」 「俺、イベントには参加してないんだ。これは個人的な事だよ。我妻君の首は、白くて細いんだね……」    会長が善逸の首筋をつぅ……と、人差し指でなぞった。腰からぞわりと嫌な感覚が沸き上がった。

「反応がいいね……。うん、君を俺の番にしてあげるよ……」 「やだっ! やめろっ! 助け……」

 バァン!!と、扉を開ける大きな音がしたと思ったとたん、善逸の身体から上にのしかかっていた会長の重さが消えた。そこには、首根っこを持たれてぶら下がっている会長と副会長、それを持ち上げている宇髄がいた。生徒二人は瞬時に何かされたのか、既に気を失っている。

「善逸、大丈夫か? 何かされてないか?」 「ひゃ……、あ、の、なんにも、されてない、です」 「俺はこいつらを引き渡してくっから。そこの鍵忘れずに拾っとけよ」

 顎でくいっと示した床には、不死川から受け取ったマスターキーがあった。音楽室に引き込まれる時に廊下で落としたのだろう。聴力が優れている宇髄が拾ったおかげで開錠して救出されたのだ。

「あ、ありがとうございます……」

 今の今まで逃げていた人に助けられてしまった。イベントとは言え、バツの悪さを善逸は感じた。

「ん。気にすんな」

 宇髄は両肩に一人ずつ担ぎ直し、何事もなかったかのように音楽室をあとにした。  携帯で炭治郎と伊之助に連絡を入れると、偶然近くにいた二人はすぐにやって来た。

「善逸、今宇髄先生とすれ違ったが、捕獲されたのか?」 「紋逸、今ならあいつ両手塞がってっから、膝カックンしたら面白そうだぜ」 「炭治郎、大丈夫だ。捕獲もタッチもされてないよ。伊之助はね、もう今更だからそのまんまでいい!!」 「ぐへへへ。そーだろ、そーだろ? じゃ、俺行って来る!!」

 伊之助が飛び出したすぐ後に宇髄の怒号が辺りに響いたので、本当に伊之助が膝カックンをやったのだと、善逸と炭治郎はため息をついた。はた迷惑だが、さっきまでの恐怖と緊張感が不思議なくらい薄れた。二人で目配せして、へへへと笑う。笑うって大事だな。伊之助に感謝だな。それな。と言い合ってると、そこらを宇髄と走り回った伊之助が帰って来た。

「面白かったぜ。あいつスっゲーんだ。両肩に二人乗せてるくせに走って追いかけてくんの!!ガハハハッ」 「俺もそれ見たかったわ」 「それより善逸、いつまでもここにはいられないんだろう? 次はどこへ行くか決まっているのか?」 「生徒玄関前に行こうか。あそこなら俺達アレができるだろ?」 「あぁ、そうだな! よし、久々にみんなでやろう!!」

 生徒玄関前は、赤レンガで作られたなだらかで長い階段が特徴だ。階段脇との高低差は、建物一階分以上ある。三人がいるのはこの階段脇だ。狭いコの字で奥まっているから、階段を利用する者からも見つけにくい。その上、ここで一時期とある練習を毎日のようにしていたので、慣れたここならば三人の有利になるだろうと考えたのだ。そんな余裕が隙を生んだのか、煉獄が生徒階段の上から飛び降りて来るまで、気配にも音にも気が付かなかった。

「よもやよもや。誰にもまだ捕まらずどこにいるかと思えば、この様な所で歓談とは。もう諦めて誰かの番になる決心でもしたのか?」 「煉獄先生……」 「我妻少年、俺には千寿朗と言う弟がいるのだが、弟も又アルファでな。単刀直入に言おう」 「いいえ!結構です!!」

 アルファ二人にオメガ一人だ。善逸は嫌な予感しかしなかった。

「俺達兄弟の番になってはくれないだろうか? 君さえよければ、一緒でも個別でも構わない」 「俺っ、今、断りましたよねっ!! 聞いてましたっ?! 」

 何が一緒で、何が個別でもいいのか、煉獄は明確に言わなかったが、青少年には刺激が強すぎる系の内容だと察知した。とんでもない話を平然とする煉獄に恐怖を感じ、目で合図をして一斉に三人がそれぞれ別の壁に飛びついた。素早く身体を反転し、壁を蹴り上げ、その反動を使って身体を上へ上へと引き上げる。三人が交差するように飛び交うのにもかかわらず、それでもお互い接触しないのは、ここで練習を重ねた成果だ。壁を登らずに階段を使って追いかけようとするならば、遠くまで回らないといけない。煉獄をここで巻こうと生徒玄関から校舎に入ろうとしたした時、壁を蹴る音がした。振り返ると見事なパルクールで、煉獄も三人と同様に辿り着いた。

「なかなか面白いものだな。三人共鍛錬を随分と積んだのだろう。見惚れてしまった」    この男は、三人が練習したパルクールを初見でやってみせたのだ。  歴史の授業では感じなかった負のオーラを感じる。ただならない雰囲気を纏いながら普通に話すものだから、凄みが逆に増す。じわりじわりと寄られて、その分善逸達は生徒玄関側に後ろずさる。どこかのタイミングで逃げなければいけないのは分かっているが、この男から逃げきれるだろうか。お互いにタイミングを見計らっていた。

「何やってんだ、紋逸!早く投げろ!!」

 伊之助が声を掛けなければ、すっかり恐怖で縮み上がって忘れていただろう。善逸は伊之助が掘り起こしてくれたさつま芋を背負っていたのだ。

「先生!!これ差し上げます!!」

 素早く風呂敷をおろし、零れ落ちるさつま芋も無視して煉獄めがけて投げつけた。空中を芋が舞う。青空をバックに紅色の芋が舞う美しさを、後の煉獄はうっとりと語ったと言う。   「風呂敷は後で返してくださいねーーーー!!」 「むぅ。これは悲鳴嶼主任のものだな。承知した! たくさんありがとう、我妻少年!!」 「これもオマケですー」

 ポケットに入っていた小さいさつま芋も忘れずに投げた。食べ物は投げてはいけないが、風呂敷や他の芋も抱えつつ、見事にそれをキャッチしている煉獄を正面から相手取らなくて助かったと、善逸は胸をなでおろした。  校舎内に入ると、そこには見知った顔があった。

「おー、今日の主役! まだ捕まってないんだってな。頑張れよ」 「後藤さん!!」

 後藤も学年は違うが村田と同じ学年で、善逸のいい兄貴分であった。わざわざ距離を置いて離れたところから立ち止まって声を掛けてくれたのも、タッチする気は無いとの意思表示だろう。  ふと、突然大勢の足音が聞こえてきた。残り時間はおよそ一時間。現時点で集団を動かせるのは、一人だ。足音の数と残り時間から考えると、恐らくこれが最終的な攻撃に発展するのだろう。相手は集団だ。しかも女生徒の軍団はAからZ班まである。これとは別に、大盛食券で堕とされた男子学生もいる筈だ。最後にこの集団をたった三人で相手にするには、どうしたらいいのか。善逸は頭をひねった。

「後藤さん、すみませんが靴下ください! 炭治郎も、伊之助も早く!!」 「え? 靴下? 何に使うんだよ?」 「時間が無いんです!! 説明は後でしますからっ!!すみません、早く脱いでくださいっお願いです!!」 「まーいいけど、それなりに匂いするかもしれんから。」 「その方がありがたいっす!!」 「……その性癖、いや、何でもない。そらよっと」

 後藤が靴下を丸めて放ったのを受け取る。炭治郎と伊之助には、それぞれ自分のを持ったまま作戦を伝えた。そうこうしているうちに、集団の足音はどんどん近づいてきた。

「いたわ!!我妻発見!!」    宇髄の手下だ。派手ハチマキをしているリーダーが、もう宇髄へ電話をかけようとしている。位置情報を渡したくないので、電話を妨害したい。善逸は後藤の靴下を片方だけ丸めて、軍団へ投げながら叫んだ。

「あーーーーっ!! 宇髄先生の匂い付き靴下がぁぁぁぁっ!!」

 説明されてない後藤が目を剝いた。ごめんなさい、後藤さん。善逸は後藤に向かってぺこりと頭を下げた。後藤のやるせない脱力した風貌に、申し訳ない気持ちになった。

「宇髄先生の生靴下ぁぁぁぁぁーーーー!!」 「私のよぉぉぉぉ!!」 「何言ってんの、アタシのだってば!!」 「一回吸わせてぇ!!」 「やめて、仲良く吸い合いましょう!!」 「匂い付きふぉぉぉぉぉぉーーーーっっ!!」

 地獄絵図となった軍団の脇にある非常口から、三人で裏手の第二グラウンドを目指した。そちらには運動部の使う部室も多く並んでいる。割と隠れやすいかもしれないと考えたからだ。靴下で女生徒の軍団はそこそこ躱せると思われたが、男子学生対策はまだ思い浮かばなかったので、できるだけ出会いたくなかった。  途中で何度か女生徒の軍団に遭遇したので、その都度靴下を投げたら予想通りの地獄絵図ができて、その逞しさに若干引いた。  こんなに大勢の女の子を騙して、明日から俺学校で生きていけるかな?騙してごめんね。靴下は本人から貰ってね。善逸は心で懺悔しながら裏道を走り抜けた。捕獲杯終了まで、残り五十分だ。  裏道に入ると、今度は男子グループに遭遇した。

「大盛チケットがいたぞぉーーーー!!!!」

 男の声量はでかい。近くで竹ぼうきを持って待ち構えていた奴等が押し寄せてきた。どうやら藪の中に隠れているかもしれないと、竹ぼうきで藪をつついて善逸を探していたようだ。

「俺は蛇とかトカゲじゃねーっつーのぉぉぉぉ」 

 走りながら思わず叫ぶ。脚の速さは学校随一を誇る善逸だが、持久力は別問題だ。しかも朝から神経をすり減らしながら何度も走っている善逸にとって、この追手を巻くのは想像以上に厳しかった。

「紋逸、ここは親分が助けてやるぞ!!」 「待て、伊之助!!」 「遠慮するなっ!!子分を守るのは親分の役目だからな!! 行くぜっ!! ほれ、祭りの神の靴下だぞぉーーーーっ!!」

 伊之助が自分の靴下を片手に、男子軍団の中へ突入して行ってしまった。攪乱をしてくれようとしたのだろうが、男子生徒は別に宇髄の靴下を欲してはいない。予想通り軍団の中に埋もれてしまい、伊之助はここで戦線離脱となった。  次に出会った派手ハチマキの軍団にはのろしをあげられてしまい、そこから畳みかけるように次々と宇髄の手下に遭遇した。最後の靴下は炭治郎が持って女生徒の軍団目掛けて突撃してくれたので、追手は半分ほどに減った。残りはおよそ二十分だ。  再び一人になったが、あちこちに宇髄の手下がいる。物陰に潜んでいると派手ハチマキのリーダーが携帯で連絡を取り合っていたのが聞こえた。

「…はい、そうです。こちらにはいません。え?駐車場のZ班は全滅したんですか? 分かりました。はい……」

 いい情報が聞けた。教職員用の駐車場は、今いる場所からそれ程離れていない。そちらに移動して隠れていれば、終了時刻までやり過ごせるかもしれないのだ。壁と茂みに隠れながら、善逸は慎重に移動を重ねた。だが、駐車場の入り口に入った辺りで、フェンスの周りにあるツツジの茂みから大勢の女生徒の軍団が現れて、ピーピーと笛を鳴らされてしまった。

「靴下及びパンツ詐欺の首謀者発見!! 捕獲せよ!!」 「「「「「「「「「「「「「「ラジャー!!」」」」」」」」」」」」」」 「嘘だろぉ~!! 全滅じゃねーのかよ?!」 「ふ。愚かな素人め。軍隊において全滅とは、戦闘員が四割残っている状態を指すのだ!! 観念するがいい、このど変態!!」 「いや、変態は俺じゃなくって、靴下に釣られた方だってぇぇぇーーーー!!」 「問答無用っ!!」 「靴下の恨み!!」 「変態!!」 「ちんちくりん!!」

 罵詈雑言の嵐の中、胸を抉られながら走ると、駐車場の奥に白くてゴツい、ジープみたいな車が校舎を背にして停まっていた。昭和の有名サイダーのマークと似ている、エンブレムの主張が強めのメーカーだ。善逸はそれが宇髄の車だと知っている。折よく車の近くの校舎の二階は、窓が少し開いていた。

「俺が、こんっなに女の子達に文句言われたのだって、全部アンタのせいだからなぁぁぁぁぁーーーーーっっ!! 滅べイケメーーーーンっ!!」

 十分にスピードを出して車へ駆け寄る。大きく踏み切って、反対の脚も高くあげる。同時に腕を大きく振れば、ぶわっと体が浮いて高い跳躍になる。両足の裏でボンネットの上に綺麗に着地をした時、高級外車がボコンっと派手な音を出した。もしかしたら衝撃でへこんだかもしれないが、善逸は一向に構わなかった。勢いを殺さず直ぐに車の天井に両手を付き、二階の窓を狙って両脚を速く大きく回す。タイミングを合わせて腕でバネが跳ねるように身体を押し上げれば、足先からするりと二階の窓へ校舎内へ侵入できた。

「……七、八、九、十秒経過。はい、捕獲成功」

 現在、善逸は宇髄の腕の中でお姫様抱っこをされていた。頭が真っ白で、思考を拒否している。訳が分からなかった。善逸は自慢の脚を使ったパルクールで二階の窓から入った筈だった。なのに廊下に着地すると思ったら、そこは宇髄の腕の中だったのだ。完全に待ち伏せされていたのだ。

「まさかお前の方から飛び込んでくるとはなぁ。派手に嬉しいぜ、善逸」 「嘘……」    何故こんな事になったのだろう。順風満帆ではないが、それでも今の今までギリギリで全てを躱し切っていた。  だが、終了時間間際になって、突如現れた大量の女生徒の軍団と男子生徒グループ。『全滅』が軍隊では四割残っている状態であるとの誤解。パルクールができる善逸。駐車場に用意された宇髄の大型車。開けられていた窓。そこにいた、宇髄天元。お姫様抱っこの、俺。

「も、も、ももももももしかして、これって」認めたくない。認めたくないけれども「アンタのっ!!」 「譜面♡」 「ぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっ!!」 「うっせ。早よ入れ」

 近くの特別教室のドアを開けられて、諦めて入るとそこは【美術準備室】だった。美術準備室が二階にあるなんて、散々分かっていた。だが、追い詰められていた時、そこにあった宇髄の高級外車に腹が立って利用ついでに足跡つけちまおうなんて、八つ当たりがあった。愕然として善逸は膝をついた。ここまでが宇髄の言う『譜面♡』だったのだ。時間は残り五分。もう計算され過ぎて、立ち上がる気力も体力も時の運も無かった。ため息しか出てこない。よろよろと座り慣れたソファーで仰向けに転がった。

「あんだけ一生懸命走ったり逃げたりしたのにさぁ。全部無駄かよぉ……女の子達には恨まれるし……もう最悪……」 「ほれ、お疲れの善逸君にスポーツドリンク」 「あじがどうございますぅ……」

 普段、この部屋のミニ冷蔵庫にスポーツドリンクは入っていない。そんな事は知っているが、今更これ以上突っ込むのも聞くのも面倒だった。

「無駄なんてないぞ。善逸が逃げ回ってくれたおかげで、求婚の権利は俺だけだ。放送部が散々中継してくれていたし、これで学園中に、俺の番は我妻善逸ただ一人だとアピールできるしな」 「番じゃありませんって。俺にだって断る権利あるんですからね……」

 スポーツドリンクをぐびぐび飲んで、喉を潤す。大量の汗をかいた後に冷えたドリンクが染み渡る。

「お前は俺の運命だよ。誰にでも一人いるだろう?」 「アンタがそう思うのは、俺が全アルファ対応な運命の番になっちゃったからですよ。それは勘違いだし、先生にだってちゃんと本物の運命の番がいますからね。その人から俺が奪っちゃったら、本物の運命の番が泣きますよ」

 この体質になってからアルファ達が皆一様に、運命、運命と連呼するので、運命の安売りに善逸は心底嫌気が差していた。ポケットに入っていた、不死川から預かったのマスターキーを取り出して眺める。俺はこれと同じだ、と自嘲した。どの部屋も開くマスターキー。見方を変えれば、どの部屋だって構わない鍵。  善逸だって、出会えるものなら出会いたかった。世界中の人間から、自分だけを見付けて求めてくれる人を。どこかにいる筈の、運命の番を。バース性が低くなければ、奇跡的に出会えた時に感じられるかもしれないのに。

「お前はバース性が低いから分かってなかっただろうが、俺が元々お前の運命なんだぞ。卒業してから言うつもりだったけどな」 「……そういう妄想をしてらっしゃるんでしょう?……いってぇーー!!」

 ごちん。疲れ切った善逸の頭に、容赦のないゲンコツがお見舞いされた。

「ま、そういう反応も想定内だ。善逸、お前ココア好きだろ?」 「え? ……まぁそうですけど……」

 宇髄はここで善逸に散々作ったから知っている筈だ。ミルクも砂糖も多めに入れて、たまにミニマシュマロを散らすのが善逸のお気に入りだ。唐突に何を言っているのだろうと訝しむと、次々と続けられた。

「プリンはカラメルたっぷり。アイスは抹茶。ケーキは中にも上にもフルーツがあるもの。タルトはビターチョコ。菓子パンはシナモンロール。団子はみたらし。飴はレモン。饅頭は粒あん……」 「ちょちょちょっと……待ってよ……」

 挙げられるおやつに、善逸はただ驚いていた。準備室で雑用を頼まれる度に、いや、最近はそうではない。雑用が無くても呼び出され、おやつだけ貰う場合も多い。宇髄の口から列挙されたおやつは、あれこれ沢山食べさせて貰った中で特に好きだった味ばかりだ。

「俺に無駄な動きは無いって、今日感じなかったか?」

 宇髄が善逸の両肩をソファーの背もたれに押し付けた。いつも宇髄とは距離の近さを感じていたけれど、それでも今日は接近しすぎだ。   「全部、お前を知りたいが為だ。何を好むか。何が嫌か。何をすれば楽しんで、どうすれば、堕ちるのか……」

 善逸の唇に、宇髄のそれが近づいてくる。押し付けられた両手に力は籠っていない。逃げ出すのは可能だ。心臓の音が恥ずかしい位に高まった。宇髄は気づいているだろう。あと、もう少しで触れる……と、その時、朝と同様に放送による鉄琴の音が学園内に響き渡った。

「時間だな」

 ちっとも惜しくなさそうに宇髄が善逸から離れた。これも譜面だろうか、善逸には判断しかねた。善逸にとって宇髄は測定不可能だ。

『終了時刻となりました。校内の全生徒及び教職員は、総合体育室にお集まりください。これより十分後に成績発表を行います。繰り返します。終了時刻と……』

「行けよ」 「……先生は、行かないの?」 「行くに決まってるだろが。先に行っとけ、主役なんだから」

 追い出されるような扱いに、善逸は戸惑った。指定の体育館へ向かう足取りが重い。この短時間で既に情報過多なのだ。飽くまでも一方的な主張だが、宇髄が善逸の運命の番だという事。ずっと分析されていた事。そして、多分、キスをしたら堕ちると思われていた事。

「……っざけんなぁーーーー!!」

 ちょろいと思われていたのだ。あんな事だけで堕ちると思われていたのだ。向こうは大人だ。それも百戦錬磨の、海千山千のとんでもないモテ男だ。

「……ンタには、簡単な事なんだろうけどもさっ。こっちは、何もかも初めてなんだぞ……バカにしやがって……」

 悪趣味だ。悔しくて悔しくて堪らない。すっかり手玉に取られていて、翻弄された。今まで何度となく訪れて、楽しかった放課後の美術準備室で過ごしたあの時間も、ただの分析と情報収集にされていたのだ。笑い合っていたのだって、演技に違いない。もう、放課後二度と、あそこへは行くもんか。

「だい、きらい……っ……だいきらい……あんなやつっ……だいきらいだ……」

 既に人通りのない体育室へ続く廊下で、足をとめた。先ほど高まった胸と違って、あちこちからブスブスと刺されるような痛みだ。これ以上歩きたくもない。水中にいるかのように視界が揺れて、ぽろぽろと頬を伝って顎から雫が垂れた。  胸のポケットから、一粒のドングリを取り出す。これを本部に提出すればいいのだ。昼休みにぶつけられたが、そもそも昼休みは接触禁止のルールだ。マジックで宇髄の名の一文字が書かれたドングリを提出すれば、宇髄は失格になる。善逸は強くそれを握りしめた。

「あら、ここにいたのですね。もう始まりますけど……大丈夫ですよ。善逸君は十分健闘しました。五時間で捕獲を一度しかされていないじゃないですか? よく頑張りましたね」

 体育室から探しに来てくれたのだろう。しのぶが泣いている善逸を見て、どうやら悔し泣きだと勘違いをしてくれたようだ。結果発表の場になど行きたくなかったが、取り仕切ってくれたしのぶやそのために集まった生徒にも悪かったから、仕方なくしのぶと体育室に入った。

 しのぶが壇上で簡単な挨拶と結果を伝える。捕獲を一度しかされなかった善逸は、五時間で五百点がそのまま持ち点として残った事を話すと、あちこちからどよめきの声や拍手が沸き上がった。善逸にタッチできた者は、参加者ではいない。唯一捕獲できた者は宇髄であると紹介されると、それもまたどよめきと拍手が沸き上がった。   壇上に善逸が呼ばれ、右の舞台袖から登場する。本心は、これ以上茶番に一秒たりとも参加したくなかった。だが、無様に泣くのだけはすまいと、親指を包むように拳を握り、歯を食いしばって耐えた。  宇髄がしのぶに呼ばれ、反対の舞台袖から現れた途端、女生徒からの黄色い悲鳴と歓声で体育室の窓がカタカタとした。宇髄がタキシードを着て現れたからだ。上下白のタキシードに、ベスト、タイ、チーフは共に黄色。大きな花束は、縁が赤く、中は黄色になっているグラデーションの薔薇だ。  白のタキシードは、結婚式の新郎の定番。黄色尽くしの小物は、誰がどう見ても善逸の色。薔薇に至っては、善逸と宇髄のカラーではないか。先ほど美術準備室にいた宇髄は、普段からよく着るパーカー、Tシャツ、ジャージ素材のパンツだった。いつ着替えたのか、それは善逸を先に送り出した後にしかできない。  壇上中央で立ちすくむ善逸に、宇髄がやってきて膝をついた。バラの花束を両腕で差し出したが、その腕が一瞬、揺れた。

「……善逸、泣いたのか?……」

 さっきまで泣いていた目は、まだ赤い筈だ。無言でいると、宇髄が小さな声で告げた。

「泣くほど嫌なら、それを提出していいんだ」

『それ』と言われたのが、何を示しているのか分かっていた。『それ』が今、手の中にあるのも読まれている。断りたかったら、宇髄を反則にすればいい。断った善逸が悪いと周りから反感を買う事も無い。わざわざ自分を絶つ切り札を、最初から宇髄は用意して善逸に渡していたのだ。そうでなければ、なぜ、ドングリに手間をかけて名前を書く必要があるというのだ。  ふわり、ふわりと、何かが心に舞った気がした

「……先生は、それで、いいの?」 「お前を泣かせてまでどうこうしようなんて思ってない。これでも惚れているんだ。心底な」

 宇髄が困ったように笑い、そっと善逸の頬を撫でた。この指が優しいと善逸は知っている。拗ねている時は軽く頬をつつき、嬉しい時は頭をなでる。寂しい時は肩を抱いてくれる。泣いた時は泣き止むまで包み込んでくれた。  何もない闇に煌めくそれは、火の粉だ

「俺、先生嫌いって、思った。さっき」 「っ……お前のその顔見たら、しくったのは分かったさ。ずっとお前を見ていたのに、ざまぁねぇよな……」 「先生が運命だって、やっぱり分かんないよ、俺」 「分からなくてもいい。お前が俺を選んでくれれば、それでいいんだ。俺はお前が可愛くて仕方ねぇよ。」

 突然変異のオメガとなった原因の高熱が出たのは、宇髄と美術準備室にいた時だった。近くに総合病院があるにも関わらず、迷わずオメガ専門医のいる離れた病院へ運んでくれたのも宇髄だった。変異後の初登校で冨岡から守ってくれたのも宇髄だった。今日、音楽室で襲い掛かる生徒会長から身を守ってくれたのもまた、宇髄だった。  その火の粉が消える前に、また仄かな煌めきがふわりと舞い落ちて重なり合う

「お前が無防備に放課後やって来るのが、どれだけ楽しみだったか分かるか?」

 ココアを入れる黄色いカップが用意されたのはいつだった? 職員室でやりそうな書類書きまで、なぜわざわざ美術準備室でしていた? 楽しかった事、つまらなかった事、愉快だった事、辛かった事、宇髄はどんな話でも、いつも耳を傾けて聞いてくれていた。相談をすれば応え、自信が無くなれば励まし、背中を押して欲しい時は遠慮なく蹴っ飛ばしてくれた。  煙が立ち登れば、後は風が煽る

「俺を選んでくれ、善逸」

 火がたなびく

「……先生、を……選ぶ、よ……俺……」

 瞬く間に炎となり、燃え盛る   「番になってくれるか?」

 ちらちらと舞っていた小さな火の粉は、無自覚な恋心だった

「……なる……」

 差し出されていた薔薇を受け取ると、割れんばかりの拍手が会場に鳴り響き現実に引き戻された。  目の前の宇髄ばかりに気を取られていたが、ここはほぼ全生徒と教職員が集まっている会場だった。茶番だと馬鹿にしたそのステージで、立派な主役を不本意ながらも勤め上げてしまったのだ。  急に顔が火照る。恥ずかしすぎて逃げたい。宇髄先生のバカ。いたたまれなくて、そっと薔薇を宇髄に押し付けた。

「おい、返すんじゃねぇよ。しっかり受け取って『天元さん愛してる』位言ってみろ」 「クーリングオ「それ最後まで言ったら、今すぐこの場でどちゃくそあっついベロチューを派手にかますぞ」ひっ!」 「しゃあねぇから、これで勘弁してやるよ」

 善逸の額に宇髄の唇が小さな音を立てて触れた。途端に耳をつんざくような悲鳴が会場中の女生徒達からあがり、善逸は衝撃と騒音で卒倒しかけたのを宇髄がお姫様抱っこをしながら、器用に手まで振ってステージから立ち去った。  誰もいない廊下を宇髄の足音だけが響く。

「うぅ……いっそ殺せ……」 「死にそうな位善くするのは夜だ。積極的なのはうれしいが、まず項を噛んで番契約しねぇと」 「バッカじゃないのっ!! 意味がぢがう゛がら゛っ!!」 「愛してるぜ」 「っ…………俺もぉ……」

 会場から、しのぶの放送が漏れて聞こえた。

『宇髄先生と我妻君が、お二人だけの甘々な世界へと行ってしまいましたので、これで【我妻善逸君捕獲杯】結果発表を終了とさせていただきます』

これより【我妻善逸君捕獲杯】を始めます
 宇善です。オメガバですが捏造入ってます。ギャグ要素強めです。でもハピエンです。
オメガの善逸が、突然変異でアルファ全員の「運命の番」になれる体質になります。周囲ののアルファが次々と善逸を巡って問題を起こすので、善逸は「さっさと誰か番を決めろ」と要求されて、キメ学内で【我妻善逸争奪杯】を開催します。校内で盛大な鬼ごっこです。頑張って校内を逃げまくります。途中、宇髄先生が好きすぎる変態モブ女子生徒が楽しく乱入します。お気楽にお読みください。

2021/06/11 ルーキーランキング 85位
いただきました。支えていただきありがとうございました。

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2021年6月10日 15:37
ちく〇天 

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