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「よし!!」
禁断の扉の前で、ごくりと、唾を飲み込んだ。 ここからが俺の試練時だ、と。
俺の名前は我妻善逸。
彼女が欲しい、彼女が欲しいと言い続けて、はや十数年。 こんなにも言い続けて、願い続けているというのに、彼女いない歴イコール年齢な俺。 もはや、言い続けたところで出来ないと悟った俺は、最終手段にでることにしたのだ。 そう、これだけは使いたくなった、最終兵器で、最終奥義。
「宇髄先生!俺に彼女が出来る方法を教えてください!!お願いします!!」
俺にはちょーーーーーーー意地悪な美術教師、宇髄先生に教えを乞うことである。 もはや、プライドなんて捨ててやる。 未来の可愛い彼女のことを思えば、こんな苦肉の策でも俺は取ってやるんだ。 そんなこんなで、勢い十分、気合十分、で、宇髄先生のところに乗り込んだのだけれども。
「……バッカじゃねえの?」
開口一番に、バッサリ一刀両断されました。 ぼきっと、俺の中の何かがへし折られるのを感じました。 ていうか、もっと言い方あるでしょうよ。 俺だって、馬鹿な考えだとは思ったけど。 もう、それしか思いつかなかったんだもん。 仕方ないじゃないですか!! こっちが恥を忍んで頼んでるっていうのに、なんですか、その心底呆れかえった顔は。 自分はモテるからいいけれども。 そうじゃない男に少しは夢を見せてくれたっていいと思う!! この人でなし!っと、声に出したら何されるか分からないので、心の中で叫べば、そんなことすらお見通しといった感じの宇髄先生は、これ見よがしな、それはもう深い、大きなため息を吐き出した。
「お前なあ?教えて彼女出来んなら、俺は教師なんかしないで、ど派手な愛の伝道師にでもなってるっつうの」 「……ふひ、……宇髄先生が愛の伝道師とか胡散臭い」 「おい。その胡散臭いのに教えてもらおうとしたのは、どこのバカだよ」 「だって、」
だってさ、と、もにょもにょ、口ごもると、何かを察したらしい宇髄先生が面倒くさそうに、くるっと俺に背を向けて、自身の机に向き直った。 そして、宇髄先生からノールックで飛んでくるチョコレート。
「……ありがとうございます」
ばっちり受け取って、お礼に頭を下げつつ、貰ったチョコレートを口の中に放り込んだ。 ミルク多めのチョコレートの甘さが口いっぱいに広がる美味しさに、頬が緩む。 これ、コンビニの新作のやつだ。 食べてみたかったから、嬉しい。 (……けど、) これは宇髄先生に、完璧バレてしまったみたいだ。 まあ、いつものことすぎて、バレバレなんだろうけど。
「お前、また振られたのかよ。つうか、振られるたびに俺のとこきて文句言うのやめろ。別にお前が振られるのは俺のせいじゃねえだろ?」
それは、そうだ。 宇髄先生自体が何かしたわけじゃない。 特段、邪魔とかされた記憶もないし。 むしろ、応援されたことはあるけれども。 面倒くさそうな感じで。 今みたいに。 だけども。 だけども、である。
「……俺が告白した子、みんな宇髄先生のこと好きだっていうんですもん!」 「それ、俺は関係ねえだろうが。つうか、ただの八つ当たりだろ。まあ、俺様が男前でモテモテなのは確かだがな」 「ほんと、なんでこんなのがモテんだよ。いいのなんか顔だけじゃん」 「お前、本人相手にいうとは、いい度胸してるな」 「だってーーーー!!!だあーーーーーーってぇーーーー!!」
悲しいんだもん、と、先日振られたことを思い出し、ぐす、と鼻が鳴る。 そしたら、汚ぇ、そこらにつけんなよ、とか言われた。 ひどい、ひどすぎる!! 本当に、こんな無慈悲な俺様のどこにモテる要素があるのか。 顔はいいけどさ、顔だけは!!!
「俺の方が絶対に優しいのに」 「ばーか、女は優しい男より、ぐいぐい引っ張ってくれる男が好きなんだよ」 「けど、宇髄先生、面倒くさがって引っ張ってくれなさそうだし、そもそも優しくないだろうし」 「はー??あのなあ、俺だって好きな奴には優しいんだよ。傷ついてりゃ俺なりに慰めるし、愚痴だって聞いてやるし」 「うっそだー!!」
全然想像つかなくて、ひひっ、とついつい笑ってしまえば、お気に召さなかったのか、ほお、と、一つ低く呟いた宇髄先生は椅子から立ち上がって、ゆっくりと俺に向かってきた。 あ、まずい、と、本能で思う。 笑顔だけど、うっすらと青筋見えるし。 これ、かなりいけないとこついちゃった感じがするんだけども。 逃げた方がいいのでは、と、後ずさるが、そんなことがこの、喧嘩番長な筋肉お化け、もとい、宇髄天元という男に通用するわけもなく。 あっという間に伸びてきた手に、頭をがっしり鷲掴みにされました。 めり込んでめちゃくちゃ痛いです。 ぎじぎしいってません? 頭取れそうなんですけども。 ジタバタもがいてもびくともしないし。 そんなに怒ることないじゃないか。 いつも似たようなこと言ってるし。 非モテの戯言だと思ってくれよぉ。
「ちょっ、いだい、マジでいだい、いだだだただ、」 「そんなに言うなら、特別に体感させてやるよ」 「……へ?」 「俺が恋人にはどういう風に接するかを、な」 「??……ふ、へ?」
体感? 宇髄先生が恋人にどういう風に接するか?
そんなの、どうやって?と、なるわけで。 そりゃ、間抜けな感じに口を開けたまま、ぽかんとするしかないと思う。 だって、そんなのどうやって体感できるというのか。 絶対に無理に決まっている。……はずなのに、目の前の宇髄先生が、ニヤリと綺麗に口角を上げて。
「今日から一週間俺の恋人になれ、我妻。そんで俺の恋人感覚を、その身で体感しろ」
とか、さらりと言う。 ああ、なるほどね。 確かに、それなら体感できちゃうね。 その発想はなかったなー。
なるほど、なるほどー。
……。
…………。
って、なるかあぁあぁあぁぁぁぁl!!!!
この人、何言っちゃってるの? 恋人になる? 誰と誰が? 俺が宇髄先生の? いやいやいや、おかしいでしょ、そんなの。 確かに、恋人感覚は体感できるかもだけども。 俺、男。 宇髄先生も、男。 俺、欲しいの彼女。 つまりは、女の子。 はい、無理、ありえない。 そもそも、そんなの体感する必要性がないから。 ちょっと言いすぎたくらいで、どうしてそういうことになるかな。 これだから、奇想天外な発想の持ち主の美術教師は困るんですよ。 爆弾とか使っちゃうからかな。 頭がどうかしちゃったのかな。 うん、聞かなかったことにしよう。 うんうん、頷いて、俺は、頭を掴んでいる宇髄先生の手をそっと外した。 そして、そのまま、部屋から出ようとしたのだけれども。
「お前、俺が言い出したことから逃げられると思うなよ」
そんな恐ろしい台詞と共に引き止められ、壁ドンされてしまい、脱走失敗です。 ていうか、この男前勝ち組リア充め!! さらっと自然に壁ドンするとか何事だ!! どんな生き方してたらそんな技を身に着けられるの?? というか、何で俺にしてるの?? 意味わかんないから!!
「あ、ああ、あの、ですね、宇髄先生」 「あ?」 「いったん、冷静になりましょう。俺が生意気なこと言ったのは謝ります」 「俺はいつでも冷静だけど?」 「いやいや、今、現在進行形で冷静じゃないでしょ!!俺、男です!何俺に壁ドンしてんですか???近いんですけど!!色々近いけど、特に顔が近い!!男前の顔が近いですから!!自慢??実は、イケメンの顔を近づけて自慢してんですか????」 「いや、お前が落ち着けよ」 「落ち着けるかぁ!!こちとらアンタのその綺麗な顔に慣れてないんですよ!!」 「あー、だから、お前俺の顔、あんま見ねえの?」
そうだよ、わるいかよ!!心の中で怒鳴る。 だって、ここまで完璧な端正な顔を直視できるわけないだろ。 自分と違いすぎるし。 俺には、威力がすごすぎなんだ。
「離れてください!!」 「んー、やだ」 「な、ん、で???」 「なんか、おもろいから」 「はあああ???」 「つうか、お前が男なのなんて理解しまくりなんだよ」 「へ?」 「諦めて俺の恋人になれ」 「な、ん、」
どうして、そこに戻すんだ、と、思う。 せっかくなかったことにできたような気がしていたのに。 なんだか、とんでもない台詞をぶっ込まれたからか、かぁ、と顔が熱くなった気がするし。 というか、これは、絶対に、俺が頷くまで開放してもらえない流れだ。 まずい。 非常にまずい展開になっている。
「お前、俺から逃げれると思ってんの?」
そんなこと、思ってない。 この人が言い出したらきかないの知ってるし。 だけども、そんな脅迫じみた感じで恋人になれってどうかと思う。 ほら、俺がさっき言ってたことって当たってるでしょ、絶対に。 どこが優しいんだ、と、心の中で文句をつけてやる。 そしたら。
「恋人になったら、とびきり優しくしてやるけど?」
なんて、見透かしたような台詞を、耳元で囁かれてゾクゾクっと身体が震えた。 (……ていうか、) 今の声はなんだ、と思う。 聞いてこともない艶やかで甘い音だった。 もしかして、これが宇髄さん曰くの、恋人には、という、やつなのだろうか。 恋人相手には、あんな声を聴かせるのか、この人。 なんだか、胸の奥がうずうずと疼くような音だった。 もっと聞きたい、とか、少しだけど、思ってしまった。
それがいけなかったんだと思う。 そんなこと、少しでも思ってしまったから。
「じゃあ、決まりな。これから一週間、俺たちは恋人同士だ」
勝手に決められてしまったのは。
**
「はぁぁぁぁぁぁあ」 「すごい溜息だね、どうしたの善逸?」
俺が深ーい、ながーい溜息を吐き出すと、心配そうな炭治郎が俺の席にやってきた。 その優しさにじーんときたので、正直話してしまいたい。 というか、炭治郎に縋り付いて泣いてしまいたい。 実はさー、と、延々話しを聞いて欲しい。 だけれども、それはできそうにない。 だってさ? 考えてもみてよ。 あの宇髄先生と付き合うことになっちゃって、なんて、言える?? 言えないよね??? 炭治郎が嫌な顔をするとかじゃなくて。 どこで誰が聞いてるかも分からない、ということ。 宇髄先生のファンとかに聞かれでもしたら、殺されてしまうよ、俺は。 ボコボコだよ、多分。 生徒の告白はすべて断る、で有名な宇髄先生が、生徒、どころか、男、と付き合ってるなんて知れてしまったら、どうなることか。 期間限定とはいえ、である。 考えただけでも恐ろしい、……というのも、あるし、そもそも、なんて話せばいいのかも分からないのだ。 だって、あの、宇髄先生と付き合う、だよ? 意味わかんない。 俺が一番理解してないのに、説明できるわけない。 (……けど、) 一週間。 それだけ、どうにかして乗り切ればいいのだ。 だから、一週間は静かに過ごそう、と心に誓った。 なんなら、休み時間はすべてトイレに逃げ込むとか。
そう誓ったのだけれども。
「我妻ぁー!」
さっそくの危険信号が、俺の頭の中でビィービィー、と鳴り響いている。 ていうか、それだけじゃなく、もれなく、きゃあ、とか可愛らしい黄色い悲鳴も上がってるけど。 それは俺の脳内じゃない。 現実だ。 それは、そうか。 なんたって、女子人気No.1の教師が、この教室にきてるからね!! なんか、俺のことめっちゃ呼んで、手招いてるしね!! 女子がざわざわするわけだよね!! (……空気よんでよぉ) チラリとみやり、がっくりと肩をさげる。 そんなこと言っても無駄なんだろうな、と。 そして、半ばあきらめつつ、俺を呼ぶ相手のところへと重たい足を向けた。 というか、恋人には優しいとか言っといて、全然俺の気持ちを考えてくれてないじゃないか、と、むっとなる。 自分がどれだけ人気があるかを知っているのだから、考えて行動してくれてもいいじゃないか。 これじゃ、変に目立つし。 俺に優しいとは言えないだろ。
「……なんですか」 「お前、何怒ってんの?」
絶対に分かってるくせに飄々と言われて、さらにむーっとすれば、ふ、と楽し気に微笑んだ宇髄先生が、これ、と、俺の顔の前に何かの紙を差し出した。 よくよく見ればそれは美術のお知らせのプリントで。
「これ、配っといてくんね?このクラスだけ配り漏れてたから」
なんて、普段通りに言われて。
「……っ!!~~~」
数秒考えた俺は、顔に熱という熱が全集中してくるのを感じた。 (これは恥ずかしい!!!!!) だって、これは、別に俺に会いに来たわけじゃなく、普通に教師として、このクラスにきたのだ。 こういう風に仕事を頼まれるのなんていつものことなのに。 あんなことがあって、あんなことを言われた後だったから、完全に意識しすぎてた。 というか、自意識過剰だ。 ここは学校で、この人は教師。 そんなこと、俺以上に、宇髄先生が分かってるのだから、これは当たり前の行動だ。 俺の思考があまりにも恥ずかしすぎる。 それどころか、これじゃ俺の方がめちゃくちゃ期待してたみたいじゃないか。
宇髄先生に優しくしてもらうのを。
「……ぅぅ、」 「枚数あってると思うけど、絶対に我妻が数えてから、みんなに配ってくるか?」 「……はぃぃ」
恥ずかしすぎて、宇髄先生の顔が見れず、視線を落としながら何度も頷いた。 すると、頼んだ、という言葉と一緒に、ぽん、と頭に大きくて温かなものが一瞬触れて、すぐに離れていった。 俯いてて見えなかったけど、それが宇髄先生の手だと分からないほど馬鹿じゃない。 それは普段されないことだったので、思わず顔を上げれば、見えた宇髄先生の表情に、きゅーん、なんて、今まで聞いてことのない音が俺のナカに響いた。 (……何それ、) 優しい微笑み、と、文字にすれば、そんな感じの宇髄先生の笑顔。 これは、かなりレアだと思う。 だって俺は初めて見るし。
(……なんか、これ、)
そんなわけないと頭では分かるのに。 まるで。
『かわいい』
そう言われてるみたいに、感じてしまう。 なんだ、これは。 意味がわからない。 可愛いなんて思われても嬉しくないはずなのに。 見てると、じわじわ、さらに熱が上がりそうなので、パッとそらして、それじゃ、と、俺はそそくさとその場を後にし、自分の席に戻った。 だって、あんなの、どんな顔したらいいかわかんないよ。 ていうか、あれが恋人に接する時の宇髄先生なのだろうか。 あんな、表情するんだ。 本当に好きな相手には。
俺はあくまでも一週間の恋人体験だけども。
ーーチクン。
「?」
訳もわからず傷んだ胸に、押さえて首をかしげた。 なんで、痛くなるのか。 意味わかんない、小さく呟いて、俺は頼まれたプリントを数えることにした。
「…………」
プリントを数え終わり、ばんっ、と、つい大きな音を立てて机に顔を突っ伏していた。 鼻が若干当たって痛いけど、そんなの今は気にしてられない。 だって、なんか、変なのあったからだ。 (そういえば、) 絶対、とか、我妻が、とか、あの面倒くさがりがわざと言っていたのを思い出し、やっと引いた熱が、かー、と頬に広がるのを感じる。 そもそも、あの人がプリントの枚数の心配をする時点でおかしかったのだ。 さっきは、自分の恥ずかしさにいっぱいいっぱいになっていて、気づけなかった。 (……こんなこと、) するなんて、このクラスの何人が分かるだろうか。 あの、派手なことが大好きな宇髄先生が。
ーー昼休みに俺の所にこいよ。 ーー待ってる。
こんなにも、地味なメッセージを書くこと。 こんな、プリントなんかに忍ばせること。 誰が知っているだろう。 想像できないんじゃないだろうか。 俺はできなかった。 こうやって、自分がされるまでは。 あの人にこんな可愛らしいところがあるなんて。 (待ってるってなんだよ) 普段は、命令だとかいって偉そうなくせに。 きゅーん、と、また俺のナカであの音が響いて、うぅ、小さなうめきがもれた。 そして、昼休みまでそわそわと落ち着かなかったのは、俺だけの秘密である。
知られたくない、こんなの。
初日からうっかり、宇髄先生の言う通りに体感させられてしまってる、なんて。 しかも、宇髄先生相手に、ドキドキし過ぎて、よく眠れなかったなんて、どういうことだ。 悔しいような、さすがというような、なんとも言えない複雑な気持ちで、俺は宇髄先生の恋人(仮)初日を終えたのだった。
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「失礼しまぁす」
普段はこんなに緊張しない部屋のドアを開ければ、窓を全開にして煙草を吸っている宇髄先生の姿が目に入り、ドキッとしてしまった。 (……タバコ) 喫煙者なのは知ってたけど、吸ってるところは初めて見たので、新鮮というか、なんというか。 イケメンは喫煙シーンも様になると聞いたことはあったが、本当だったとは、と、するりと思うほどには、格好いいとか考えてしまっているのだけれど。 俺はどうしてしまったのか。
「おー、善逸。悪いな、こないだから色々頼んで」 「別に、いいですけど」
そう、昼休みではなく、放課後にここに来ているのは、宇髄先生に頼まれごとをしたからだ。 というか、一週間の恋人になってから、宇髄先生は頻繁に手伝いという名目で俺を呼び出していた。 当然、呼び出され過ぎなので、二日目にそれは何故かきいた。 そしたら、当たり前みたいな顔して、会いたいから、なんて抜かしやがったのですよ、この人は。 そりゃあもう、甘々な顔と声で。 そんなの、色々と初心者な俺に抵抗できるわけもなく、あっそう、と、そっけなくしか答えられなかったのだけれどもね!!! 手伝いといってもそんな大変なことじゃないし、とういう、むしろ全然大したことじゃない。 口実と言わんばかりのことを頼まれる。 それに加えて、会いたいから、なんて、言われてみてよ。 それは、ドキドキするなっていう方が無理。 だってこの人完璧なんだもん。 有言実行というか、初めに言ってた通り、恋人(仮)の俺にめちゃくちゃ優しいし、甘い。 疑ってた俺を殴りたい程度には思い知らされている。 途中で飽きると思ったのに、もう四日目。 ほんと、変な話だけど、体感させられまくっている。 申し訳なくなるくらい。 だって、ほら。 本当に付き合ってるわけじゃないのだから、手抜きしてもいいのに。 宇髄先生の態度は完璧だ。 名前呼びも、違和感覚える間もなくされてたし。 それはもう、ナチュラルに、善逸って呼ばれてた。 しかも二人きりの時だけ。 他に人がいると、今まで通りなんだけど。 二人になると、とにかく甘い。 心配になるくらい。 甘々だ。 昼休みは放課後は一緒にいて、優しく甘やかされる そんで、当然のごとく送ってれる。 (……こんなの、) 勘違い、………俺はしないけど、他の人なら絶対勘違いしちゃうレベル。 俺のこと好きなんじゃないか、とか。 まあ、うん、俺はしないけど。 俺の発言を撤回させるためだって知ってるし。 宇髄先生のような人が、俺を好きになるとかありえない。 だからこそ、すごいと思うのだけれども。 好きでもない相手に恋人として接するとか。 俺ならできない。 けれども、そうさせるほど、俺はこの人を怒らせたということなのだろうか。 でも。
なら、何故。
初日の昼休み。 ガチガチに緊張している俺に。
『そんな気負わず楽しくやろうぜ?せっかくなら俺からテクでも盗む気で、俺の愛情味わえよ』
あんなこと言ってくれたのだろう。 怒ってるなら、俺に分からせるためなら、なんで、と思う。 というか、テクを盗むとか無理。 完璧過ぎて、翻弄されるしかないのに、そんなことできるわけもない。 いつもどきどきして苦しいのに。 しかも、今思えば、愛情ってなんだ、愛情って。 (……意味わかんない)
「……いつ、……んいつ、おい、善逸って!」 「ひゃ、ひゃい!!」
ぼーっと考え耽っていると、いつの間にか煙草を吸い終わっていた宇髄先生が、俺の顔を覗きこんでいた。 全然気づいていなかったから、突然に縮まった距離と声にびっくりして変な声が漏れる。 恥ずかしい。 俺は、何度この人に、こんな醜態を見せているのだろうか。 けど、その度に、……というか、初めの二日くらいは、ぶっちゃけ、からかわれるのでは、と、構えたが、宇髄先生は俺をからかったりはせず。
「ひゃいってなんだよ、可愛いな」
なんて、甘ったるい台詞を何度も投下してくるものだから、俺のナカの何かが爆発して、何回も居たたまれない気持ちになるのだ。 これなら、からかわれた方がいいとか思う始末。 だって、本当に居たたまれない。 頭とかほっぺたを撫でてきたりもするから。 どう返していいか分からなくて、俺はいつも言葉に詰まることしかできないし。 ドキドキが止まらなくなるんだってば。 初日からずっと、ドキドキと、あの音が止まらない。 夜もあんまり眠れない。 本当に、なんなんだ、これは。
「善逸、来いよ」
どぎまぎしていると、コーヒーを二つ淹れた宇髄先生が、ソファーに促すので、こくりと頷いて宇髄先生飲み込む隣に腰かける。 初めはこれも恥ずかしくてどうしていいか分からなかった。 だって、向かいに座るならまだしも、隣に座るなんてなかったし。 俺に淹れてくれるコーヒーは、ミルクたっぷりな甘いカフェラテみたいなのだし。 わざわざ作ってくれるんだよ? 自分はブラックコーヒーなのに。 わざわざ俺の為に。 しかも。
「っ、」
とん、と、片側に触れる体温に、俺の体温が3度は上がったと思う。 こんなに距離が近いのなんて、本当になかったのだから。 隣に座ると、宇髄先生は絶対に、俺の頭を引き寄せて自分にもたれかからせる。 そして、特段、何かを言うこともなく、コーヒーを飲みながら、画集を眺めるのだ。 俺は、というと、初めこそ緊張で動けなかったが、時間がたつと、宇随先生の腕の中は温かく心地よく、気持ちいい音がして、ふわふわと、居心地のいい空間に、うっかり寝そうになる。 けど、この居心地の良さをもっと感じていたくて、睡魔との戦いが始めるのだ。 寝てしまうには、あまりにも惜しい空間。 相変わらず、ドキドキはしてるけど。 あと数日しか味わえないなら、なおのこと。 (……あと、すこし、か、) そうしたら、ここにいるのは俺じゃない。 宇髄先生の本当に好きな人。
――じく。
(いたっ)
心臓に針が刺さったような感覚に、心で声がもれ、胸を押さえた。 こないだから、俺は少しおかしい。 時々、ドキドキとかじゃなく、胸がズキンズキン痛くなることもあるんだ。 こういう風に痛くなったことないから、なんだろう、と思う、……けど。 俺は考えないようにしている。 それはきっと、考えてはいけないことだから。 今は、この温かな空間に身を委ねたいんだ、俺は。
「お前さ?なんでいつも寝ねえの?」 「……ふぇ?」 「すっごい、眠そうなのに、我慢してるだろ?なんで?俺が一緒だと眠れねえ?」 「……ちがい、ます、」 「じゃあ、なんで?」 「……きもち、くて、うずい、せんせいの、腕のなか、きもち、い、から、寝たら、もったいない、」
だから寝ないんだ、と、寝言みたいなふわふわした言葉が漏れる。 自分で何を言ってるのか、睡魔との戦いが壮絶すぎてわかんないけど、嘘は言ってない気がするので、すり、と無意識に宇髄先生の胸元にすり寄っていた。 ぼーっとするから、仕方ない。 だって、ねむいし、きもちいいし、そんなの仕方ないでしょ。 ぽやぽや、思う。
だから。
「……かわいすぎだろ。あー、くそ、もっと甘やかしてえな」
宇髄先生の言葉は聞こえなかったのだ。
**
「送ってく」
放課後に二人でまったりとした時間を過ごした後、あの日から毎日宇髄先生は車で俺を送ってくれる。 本当は教師が生徒を送るなんてダメなことだから、みんなが帰った後に。 帰りが遅くなることは、きちんとじいちゃんに言ってあるので、何の心配もないのだけれども。
「………」 (格好良すぎじゃない?)
初日からずっと思っていること。 それは、運転する宇髄天元の格好良さだ。 しかも、今は煙草まで吸ってるし。 眼鏡というオプション付きである。 どこのイケメン芸能人だよ、って感じなんですけど?? 今までだって当然のごとく、この人の容姿を格好いいとは思っていたけれども。 それは、ただ普通に男前だと思っていただけだ。 あんまり直視は出来なかったけど。 他意はなかった、はず。 けれども、今はどうだろうか。 この人に恋人の体験なんてものをさせられているからか、胸の鼓動が治まることを知らないように脈打っている。 どきどき、どきどき。 心臓に悪いってこういうことだ。 余計に直視できなくなった気がするし。 今は横向きだから見れるけど。 いや、でも、それもあと二日。 なんなら、実質今日までなのかもしれない。 明日は土曜日だから、学校休みだし、さすがに休みの日までってことはないだろう。 だから、明日を過ぎれば、きっと、このドキドキもなくなるに違いない。 限定恋人体験は明日で終わりだ。 だから、この感じの宇髄先生も見納め。 それなら目にしっかりと焼き付けておこう。 もう見ることもないだろうから。
「お前さー。俺の顔好きだよな?」 「ふ、へ?な、なんで?」
じーっと見入っているといわれて、ぎくっと大きく俺の肩が跳ねあがり、声が裏返ってしまった。 恥ずかしいうえに、こんな態度じゃ、そうだと答えているようなものだ。 咄嗟に視線は外したけれども。
「だって、いつも見てんじゃん。俺が振り返ると逸らすけど」
バレてたのか、と、頬が一気にあつくなる。 これは、もはや言い逃れはできそうにない。
「………だって、カッコいい、です、から、宇髄先生の、かお、」 「顔だけかよ。他にいいとこないわけ?俺」
そんなことない、と叫びそうになって、口をつぐむ。 それでいいじゃないか。 顔が格好いいから、で。 なんなら、俺は面食いなのかもしれないし。 そうだ。 そういうことにしてしまえばいいんだ。
「おっ、俺って気付いてなかっただけで、実は女の子じゃなくて、男の人が好きだったりして。だって、イケメンって、ついつい見ちゃうんですよね。冨岡先生とか、煉獄先生も格好いいし、なんなら、不死川先生も、」
怖さを抜けば、格好いいですよね、と、言いかけた口が、声が出せずに、息だけがぬけた。 だって、なんか。
「………へえ」
すごい不機嫌そうな声が隣から聞こえたからだ。 音が変わった。 さっきまでとは全然違う音が、隣からする。 今にも逃げ出したいような音。 今まで、この人に、こんな気持ちになったことあっただろうか。 筋肉がすごくて、喧嘩が強いからなんてことでは、普通に怖いとは思ったことが何度もあるけれども。 (……こんな、) 恐怖で汗が吹き出しそうになったことなんてない。 そもそも、ここ数日は怒られるなんてことなかったし。 (……ていうか、) 何に怒ったんだ、と、考えるも分からない。
(……怒ってるんだよね?)
声が明らかに不機嫌だったし、音も怖いから怒ってるのだろうけど。 その理由がさっぱりわからないから、どうしていいのか分からないし。 もう二度と宇髄先生の方を向けない気がしてきた。 (……さっきまで、) こんな雰囲気じゃなかったのに。 今日で終わりなのに。 なんで、最後になって、こんなことになるんだ。
「で?そん中で一番タイプなのは?いつも引っ付いてる冨岡か?それとも、優しくて頼れる煉獄?」 「へ、ぇ?」
宇髄先生が何に怒っているのかを考え込んでいて、何を言われたのか聞こえなかったんで、聞き返そうと、反射的に顔を向けて、やっぱり顔を見ない方が良かったと心底思った。 声同様に不機嫌丸出しの表情は、完全に怒っている、というか、マジギレしている感じ。 青筋とかそんなの超えて、もはや、表情を映していない顔に、ぞくぞくと身体が震えて逃げ出したい気持ちが頭を占めた。 だけども、ここは車内で、車を路肩に宇髄先生が止めたとは言え、俺の方は壁だ。 ドアを開けたら、もれなくぶつかる、どころか、ぶつけたとしても、わずかしか開かないだろう。 要するに逃げ場がない。 横には宇髄先生、後ろは座席シートで、前はシートベルトで固定されているし。 どうしよう、どうしよう、と焦りが募る。 何に怒ってるか分からないのに、ごめんなさい、と口が勝手に謝っていて、逃げるように俯けば、チッ、と苛立ったような舌打ちが聞こえて、じくん、胸が軋むように痛んだ。 しかも、ガンッ!!と、目の前をすごい勢いで通った宇髄先生の拳がドアガラスに叩きつけられて。
「……ふざけんなよ」
低い声で言われてしまえば、小さな悲鳴と共に俺の全身が、びくりと震えあがった。
「……ひっ、……ごめ、」 「俺は、お前に男が好きかもしれないだとか言わせるために、恋人になれって言ったんじゃねえよ」 「……それ、は、」
再び謝りかけた俺に被せるようにいう、宇髄先生の言葉に、違う、といいたくても、言い出したのは俺だから、なんといえばいいのか、言葉が少しも見つからない。
「俺の気持ちを思い知らせてやりたくて、いったんだよ」 「?……宇髄先生の、きもち?なに、それ、」 「俺は何とも思ってないヤローの振られた話なんて律義に聞いてやるほどやさしくねえ。しかも理不尽に俺にあたって愚痴るような男が来たら、速攻でぶっ飛ばして、門前払いにしてるに決まってんだろうが」 「………ぇ?」
それは、おかしくないだろうか。 だって、この人は、俺の話をいつも聞いてくれてた。 呆れはしても、ぶっ飛ばされたことなんて一回もない。 イケメンむかつくーなんて、理不尽な抗議をしても、小ばかにされてたくらいだ。 いつもチョコとか飴とかくれるし。 その言い方だと、これまでの、諸々は成立しなくなってしまう。 あれはいったいどうなるのか、ってことになるじゃないか。
俺は宇髄先生にとって、何とも思ってない相手じゃないってこと? それじゃ、なに? 宇髄先生にとって、俺は、なんなんだ?
理解が追い付かなくて、頭がくらくらしてきた。 そもそも。 そもそも、だ。
「それを優しくないとか言いやがるから、俺の本気を見せてやろうと思って、甘やかしまくってやれば、最終的には男が好きかもしれない?イケメンは見ちゃう?ふざけんなよ?」
それに怒ってるなんて、聞いてない。 分かるわけない。 だって、それじゃまるで。 その流れだと、まるで。
「……おれのこと、すき、みたい、」
声にしてしまい、はっと、口元を覆うが、出してしまった声をなかったことにはできるはずもない。 当然、宇髄先生の耳にも届いてしまっただろうから、どうしよう、と焦りが募る。 こんなこと、ありえないことだと分かってるのに、言葉にしてしまうなんて。 俺はバカなのだろうか。 だって、宇髄先生が、変なこといっぱいうから、頭の中を処理しきれないんだよ。 どうしてくれんだ、この自意識過剰発言を。 恥ずかしすぎる、恥ずかしすぎる、と、最上級の羞恥に頭を抱えたのだけれども。 そんな俺をよそに。
「気付くのおっせえよ」
耳元で囁かれたと思ったら、がくん、と身体が後ろに倒れていた。 なんで? 俺、椅子に座ってたはずなのに。 なんで、と、考えたところで寝転んだ状況じゃ、俺に覆いかぶさってきた人が、シートを倒した以外考えられないわけで。 全然気づかなかった行動に、あぜんとするしかない。 というか、なんで、こうなるのか。 気付くのおそい? そんなの知らない 気付けという方が無理だろ。
この人が、俺を。
「我慢すんのはやめだ。好きだ、善逸。俺のモノになれ」
そんな風に思ってるなんて。
「なん、で、そう、なんの?」 「そもそも、よく考えろ。この俺が、好きでもねえ、しかも、男に恋人になれなんて、言い出すと思ってんのか?きもちわりい」 「……だっ、て、そんな、わけ、」 「俺だってしりてえよ。こんなちんちくりんに惚れちまって」 「っ、……ほ、ほら、」 「けど、惚れたもんはしょうがねえだろ。俺がいくらからかって苛めても、きゃんきゃん吠えてきて噛みついてくるは、そばに寄ってきてはくだらねえこと話してきて」 「ほらっ、だから、」
そんな相手に惚れる要素なんて少しもないじゃないか、と思うのに。
「男からは怖がられてる自覚あったからな。それでも懐いてくるお前が可愛いと思っても仕方ねえだろ?」
懐いてたのか、俺は。 確かに、なんだかんだと宇髄先生のところに言ってたけど。 苦手だっていいながら。 だって、話しを聞いてくれるから。 なんだかんだ言って、面倒見がいいから。
心の奥で、本当はすごく頼っていた。
でも。 だからこそ。 だって。 そんなの。 否定ばかりが浮かんでくるんだ。 この人が俺のことを好きだとかありえないって。 そうだよ。
「そ、それでも!……すき、とか、ない、でしょ、」 「お前のこと可愛いと思ったら、ぐちゃぐちゃにしたいって思ってたんだからしょうがねえじゃん」 「は、あ????ぐ、ぐちゃ、」 「ぐちゃぐちゃに泣かせたいし、甘やかしたい、……そんなん思ったのお前が初めてなんだよ、」
だから、しょうがねえだろ、と、甘やかに囁きながら寄せられた唇が、俺のおでこに、ちゅう、と吸い付くみたく触れてゆっくりと離れていった。 何してくれてんだ、と、思うよりも前に、じんじんと、熱くなり、うずくおでこはなんなのか。 しかも、人のことぐちゃぐちゃにしたいってなんだ。 全然嬉しくないし、好きな相手にいう台詞じゃないだろ。 そんな甘ったるい音を出して、そんな甘ったるい顔で、いうなよ。 こんな展開は予想していなかったから、全然おいつかない。 最近ずっと追い付いてないけれども。 今は特に本当に色々とおいつかない。 特に呼吸が追い付かなくて、乱れてくるしい。 こんなの、ありえないよ。
「……な、い、ありえ、ない、から」 「はあ?なにが」 「アンタが俺をす、すき、とか、そんなのしんじられるわけ、ない、でしょ、」 「なんで?」 「アンタ自分がどれだけモテると思ってんの?あんな、よりどりみどり、のなかから、おれを、えらぶとか、ないでしょ。ありえない、ありえない、から」 「それは、何?褒めてんの?それとも、俺のこと、振ってるわけ?」 「そ、そうじゃなくって!俺じゃないって、」
俺なんかを選ぶのがおかしいって伝えたいのに、見上げた先の宇髄先生は、首をゆっくりと横に振った。 それだけの仕草なのに、そんなにも艶っぽいのはどういいうことだ。 俺の目がおかしいのか。 この人の色気がすごいのか。 (あー、もー、) この人に酔ってしまったみたいに、くらくらするんだけど。
「善逸。無駄だから」 「え?」 「俺はお前がいいの。ここでいくら駄々こねても無駄だぜ?つうか、お前気付いてねえだろ?」 「……な、に、」 「俺のこと好きになりかけてる自分に」 「……は、あ?」 「一緒にいると、すげえ可愛い顔するし」 「そ、……してない!」 「甘えてくるし」 「そ、それは、アンタが!」 「へえ?お前は誰が相手でも、甘やかされれば尻尾振るわけ?」 「ちがうっ!!」
尻尾ってなんだ、そんなのついてないし誰かれ構わずそんなことするわけないじゃないか。 そう思ってしまうから、つい、噛みつくように否定してしまった。 ああ、まずい。 めちゃくちゃ嬉しそうな顔になった。 さっきまでものすごい鬼の形相だったくせに。 こんなことで喜ばないでくれよ。
それじゃ、まるで本当に―――。
「ほらな?俺が相手だから、だろ?」 「……うう、」 「つうか、お前、イケメンが好きなんじゃなくて、俺の顔が、好き、なんだろ?俺以外の顔を褒めてんのあんま見ねえし」 「ぅ、……ぅ」 「文句言う割に毎回顔褒めるから、脈ありなのは知ってたんだよな。あとは分からせるだけっつうか?」 「……ぁ、ぅ、」 「お前が男がとか言わなきゃ、とりあえず今回は一週間で勘弁してやろうと思ってたのに、バカだなー、お前。もう逃げらんねえぜ?俺は教師とか生徒とかそんな地味なこと気にしねえし。今まで以上にお前のことド派手に愛するぜ?」 「……ぅ、ぅ」 「覚悟は、今すぐしな。俺は手に入れたら遠慮とかしねえからな、」 「ぅ、ふ、むぅっ、」
一つも言葉を返せないまま、降りてきた宇髄先生の唇が、俺の唇に乱暴に重なった。 つい先ほどまでの余裕はどこに置いてきた、と思うほどに、荒くて、貪られるように深い口づけ。 今まで、遠慮されてたのだと、痛感した。 この人が本気をだしたら、恋人は食べられてしまうのだ。 そうでなくても追い付かない息がとまりそうなほどに苦しい。 それなのに。 どうして、俺は抵抗もできないのか。 やめて欲しいと思わないのか。 ありえないと、思ってるはずなのに。 俺のすべてを喰いつくすような、宇髄先生の荒くて乱暴なキスが、伝えてくるからかもしれない。
――好き、だと。
(こんなのずるいよ) あんなに、上手に恋人を甘やかすような人が。 こんなキスするなんて。 そんなに俺のこと、なんて、生意気にも思ってしまいそうになるじゃないか。 食べられてるみたいなのに、同時に甘えられてるみたいだ。 うう、どきどきする。 苦しいのに、嫌じゃない。 あの音が、きゅーん、きゅーん、と俺のナカで響き続けている。 だから、分かってしまった。 ここ最近の俺の動悸息切れは。
俺が、宇髄先生を好きになってるサインだったのだ。
ちょろいと思われるだろうけど。 こんな人にあれほど甘やかされて、こんな風に求められたら、好きにならない方がどうかしてると思う。 そもそも、宇髄先生がいうように、顔があまりにも好みすぎなのに。
「愛してる、善逸」
キスの合間に、甘い低音で何度も告げられれば、頭の中がぐずぐずにとけちゃって、ぎゅーっと抱きつくしかでけるわけない。
責任とってよ。
俺のこと、こんなにぐちゃぐちゃにかき乱した責任を。
もう、こんなの、なりかけなんかじゃない。
(本当の本当に好きになっちゃったじゃなないか)
「明日、デートするぞ」 「へ???な、なんで??そんな、急にむり!!」 「はい却下。俺に向かって他の奴を格好いいとか言った罰に、これでもかってくらい甘やかして、俺の愛情たっぷりその身体に教えこんでやるよ」 「ふ、へ?……え?」 「だから、ちゃんと泊まりだってじいちゃんに言って出てこいよ?」 「ふぁ??と、とまり!!!!???む、むりぃぃぃ!!!は、ハードル高すぎですってぇぇ!!」
帰りの車内、恥ずかしさで縮こまっている俺に、今までにないくらい上機嫌な宇髄先生がとんでもない難題を持ちかけてくる。 当然、初心者な俺に、そんなこと、すぐに了承できるわけないのに。
「安心しろって、初めてなんだから、とびきり優しくしてやるよ」
運転をしながら、俺の耳をふにふにと感触を味わうみたいに、宇髄先生がやわらかく揉んで、色気を含んだ声であまく囁いてくる。 それに、ふるふるっとわかりやすく身体を震わせてしまえば、これって、まるで期待してるみたいじゃないだろうか。 (俺って、もしかして、めちゃくちゃちょろいのかもしれない)
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