ウクライナ侵攻開始から2週間。病院やアパートなど民間人を次々に狙い、欧州最大の原発を占拠するなど、プーチンの攻撃の手は止まらない。今後はどうなるのか。プーチンの過去の大罪から、大義なき戦争の行方を探る。
▶︎民間人20万人を殺害「清掃作戦」再び
▶︎ゼレンスキー暗殺計画の首謀者は子飼いのテロリスト
▶︎5歳が…子どもにドーピング 使い捨て金メダル大国
▶︎批判的メディアの記者6人を撲殺、銃殺
▶︎不正選挙の常習犯 次は戒厳令で「終身大統領」
「ロシア兵はこれまであらゆる事をしたが、まだ満足していないようだ。もっと殺したがっている」
ウクライナへの侵攻を加速する、大義なき“プーチンの戦争”。対峙するウクライナのゼレンスキー大統領がこう非難する残虐行為は、まだほんの序章に過ぎない――。
2月24日の侵攻開始から2週間。アパートには銃弾が撃ち込まれ、小学校にミサイルが着弾し、病院が狙われ、欧州最大の原発は占拠された。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、ウクライナ側の民間人400名余りが犠牲になり、約174万人が周辺諸国に避難。ウクライナ当局の発表では民間人の死者は既に2000人を超える。
だが、侵攻の速度が緩まる気配はまったくない。朝日新聞の元モスクワ支局長で論説委員の駒木明義氏はこう警鐘を鳴らす。
「最悪のシナリオは、ロシアによる“民間人の大量虐殺”です。ゼレンスキー大統領が音を上げるまで、一般人を計画的に惨殺する。過去にロシアがチェチェンやシリアで行った非人道的な殺戮行為が、ロシアの兄弟国であるウクライナでも現実化するのではないか。現下の状況から、そうした危機感を抱かざるを得ません」
無差別攻撃や拷問、非人道的兵器の濫用といった“戦争犯罪”は、これまで繰り返されてきたプーチンの大罪の最たるものだ。
プーチン首相時代の1999年に開戦した「第二次チェチェン紛争」について産経新聞元モスクワ支局長の遠藤良介氏が解説する。
「ロシア連邦最南部に位置し、イスラム教スンニ派が主流のチェチェン共和国とは、帝政ロシア時代から統治権を巡り血で血を洗う争いが続いてきました。チェチェンの歴史とは、ロシアとの戦いの歴史といっても過言ではありません」
91年、ソ連崩壊を受け独立を宣言したチェチェンに対し、エリツィン大統領は武力制圧を図るも失敗(第一次チェチェン紛争)し、独立派軍閥の台頭を許した。その後、当時ロシアで相次いでいた爆破テロをチェチェン人の犯行と断定し、紛争再開の火蓋を切ったのが46歳だったプーチン首相、その人である。
そこでは多くの民間人が非道なロシア兵の犠牲になった。例えば、2000年3月には18歳の少女が蹂躙された様子を英ガーディアン紙がこう報じている。
「ユーリー・ブダノフ大佐は酒に酔った勢いで、装甲兵員輸送車で民家に突入し、少女を引きずり出した。自分の部屋に連れ帰ると大音量でロック音楽を流しながら彼女をレイプし、拷問したあげく絞殺して部下に死体を埋めさせた」
00年6月にプーチンが力業で傀儡政権を樹立。05年のアルジャジーラの報道などから試算すると、第二次チェチェン紛争で、少なくとも20万人の民間人が殺害されている。
「地球上で最も破壊された都市」と国連が表現したチェチェンの首都・グロズヌイでは、無差別絨毯爆撃、強制収容所への拉致と拷問、レイプ、真空爆弾やクラスター爆弾など非人道的兵器の使用が常態化した。
「第二次チェチェン紛争の凄惨さは、第一次とは比較にならないものだった」
前出の遠藤氏はある時、チェチェン人からこう聞かされたという。
「そこでは、ロシア語でザチーストカ(掃除の意)と言われる“清掃作戦”が行われました。まるで一部屋ごとに掃除をするように、居住地域を一街区ごとに封鎖し、ゲリラや協力者を炙り出すために男性を強制収容所に拉致し、拷問し殺害する残虐行為が繰り返されていたそうです」
「プーチンのシェフ」の存在
そんな地獄の後、チェチェンに君臨しているのが、ラムザン・カディロフ首長だ。ロシアがウクライナに侵攻を開始すると即座に「プーチンは正しい方向に向かっている。いかなる状況でもプーチンの命令を遂行する」と宣言した“プーチンの忠犬”である。
「チェチェン制圧後の03年に、プーチンは元々独立派のゲリラだったカディロフ親子(父・アフマトは04年に爆死)を寝返らせ、親露派政権を樹立。“チェチェンの安定”という大義名分で、彼らの独裁を容認してきた。ロシア側からチェチェン共和国の予算の9割とも言われる巨額の資金が流れ込む見返りに、カディロフはプーチンへの忠誠心を示しているのです」(同前)
毎日新聞元モスクワ特派員で、『「チェチェン化」するロシア』を著した真野森作氏が続ける。
「今回の侵攻にはカディロフ傘下のチェチェン人数万人からなる実力部隊『カディロフツィ』が加わっています。これまで、チェチェンの実態に迫るジャーナリストや反プーチン派の政治家が相次いで暗殺されていますが、その犯行の多くがチェチェン人によるものであり、背景にカディロフの影が見え隠れします。反プーチン派の有力政治家だったネムツォフ元第一副首相の暗殺事件では、カディロフ傘下のチェチェン人部隊の幹部らが逮捕されています」
英紙タイムズは、先日、侵攻開始からの1週間ですでに三度“ゼレンスキー大統領暗殺計画”が試みられたと報じた。この計画の首謀者も、カディロフ率いる特殊部隊と、ロシアの民間軍事会社・ワグネルとされる。後者は外食産業出身で「プーチンのシェフ」の異名をとる側近実業家のプリゴジンが牛耳っており、いずれもプーチン子飼いのテロリストといっていい。
だがこうした情報も、ロシア国民にどこまで伝わっているのかは極めて疑わしい。
プーチンが「特別軍事活動」と呼ぶ一連のウクライナ侵攻を「侵攻」や「戦争」と呼んだテレビ局は放送中止に追い込まれ、他にも10数社のメディアが記事削除命令を受けた。3月4日には「偽情報」を流した者は禁錮15年の実刑をもって処罰するという改正刑法が成立。西側メディアはロシア国内での取材活動を中止した。
「暗殺は究極の検閲です」
現在、生き残ったロシアのメディアは「ウクライナが民間人を人間の盾として使うなどの戦争犯罪を行っている」などとロシアに都合の良い“フェイクニュース”を報じている。
プーチンはまさに国民から“真実”を奪っているが、その標的の代表格がロシア語で“新しい新聞”を意味する「ノーバヤ・ガゼータ」紙だ。93年に創刊され、20数万部を発行する少数精鋭による独立系新聞で、ソ連最後の大統領・ゴルバチョフも大株主に名を連ねている。
声高に政権批判を叫ぶのではなく、一つ一つ、汚職の実態をつかむなど地道な調査報道を積み重ねてきた。その功績が認められ、昨年10月には同紙の創刊者であり計24年間編集長を務めるドミトリー・ムラトフ氏がノーベル平和賞を受賞した。記者会見で喜びを語ったムラトフ氏はこう述べるのを忘れなかった。
「(私個人ではなく)間違いなくノーバヤ・ガゼータ編集部が受賞したのであり、とりわけ殺された6人の記者が受賞したのです」
体制への批判も辞さない同紙では、実に6名もの記者がこれまで犠牲になっている。ある者は自宅の入り口でハンマーで撲殺され、また、ある者は自宅アパートのエレベータで銃殺された。
「プーチン政権下で暗殺されたのは“一線を越えた人たち”です。一線とは何かと言えば、プーチンの私生活、蓄財、そしてもう一つがチェチェン問題なのです」(前出・遠藤氏)
事実、消された6名の記者の大半が、チェチェンに関する取材に携わっていた。
「ロシア軍によるチェチェンでの虐殺の実態や、そもそもの引き金となったアパート連続爆破テロがプーチン政権の“自作自演”なのではないかという疑惑。そうした問題点に追及の手を止めなかった人たちが次々に殺されています。こうした暗殺事件の中には(前出の)カディロフ首長率いる特殊部隊の関与が疑われるものもあります。チェチェン問題は今もプーチン政権の“火薬庫”であり、いつ何時、爆発するとも限らない危うさを常に孕んでいます」(同前)
米国に本拠地を置く国際NPO・ジャーナリスト保護委員会(CPJ)のグルノザ・サイド氏が語る。
「暗殺は究極の検閲です。殺されたジャーナリストのみならず周りの多くのジャーナリストも沈黙を強いられ、別の意味で殺される。ここ数年ロシアではジャーナリストの殺害は見られませんが、CPJの最新調査では、ジャーナリストの投獄件数は右肩上がりで増えています。昨年も14人が収監されました」
メディアによる外部チェックを徹底的に排除し、国際社会で孤立を深めるプーチンは、ウクライナ侵攻後、スポーツの祭典からも締め出された。
国際オリンピック委員会(IOC)はロシア選手と役員を国際大会から除外するよう各国際競技団体(IF)に号令をかけ、現在開催中の北京冬季パラリンピックからも排除された。
こうした流れに“逆ギレ”するかのように、カタールで行われた体操の種目別W杯ではロシアの男子選手がユニフォームに“勝利”を意味するロシア軍の象徴的記号「Z」マークをつけて出場。元体操世界女王で現在は政治家のスベトラーナ・ホルキナ氏は「Z」マークの拡散を呼び掛けている。これを喜んでいるのがプーチンだろう。何しろ「人生の一部」と語るほど柔道を愛して若い頃は五輪出場を目指し、他にもアイスホッケーやスキー、水泳などあらゆるスポーツを楽しむプーチンは、ロシアの「金メダル大国」化を推進してきた。時事通信元モスクワ支局長で拓殖大学教授の名越健郎氏が語る。
「象徴的なのが自国開催だった14年のソチ冬季五輪です。プーチンは英語の練習を重ねIOC総会で情熱的なスピーチを披露して開催を勝ち取った。膨張を重ねた総費用は約5兆円と言われ、他の夏季五輪を含めても史上最高額です。道路や鉄道など大規模工事を行い、ゼロから一大リゾート地を開発しました。その陰では汚職も絶えなかったと言われています」
これには前段がある。10年、バンクーバー冬季五輪でロシアは金メダルわずか3つに散り、怒り心頭のプーチンは関係者を集め、厳しく叱責したのだ。
「こうした“恐怖支配”がその後の大規模なドーピング問題につながったと思います」(同前)
結果、ソチ五輪でロシアは13個と大会最多の金メダルを獲得し、大勝利を収めたかに見えた。その後、国家ぐるみのドーピングとロシア連邦保安庁(FSB)も関与する証拠隠滅工作が内部告発から発覚し、五輪への選手派遣を停止されたのは周知の通りだ。
プーチンの“引き際”は?
先の北京五輪でも、まだ子どもといっていい女子選手から禁止薬物の陽性反応が確認された。弱冠15歳で女子フィギュアスケートの金メダル候補とされたカミラ・ワリエワだ。
「ロシアにはソ連時代の名残で数十もの夏季および冬季オリンピック競技に向けた子ども向けスポーツアカデミーがあります。5歳から7歳ぐらいの有望な子どもたちが各地から選抜されて集められ、徹底的な英才教育を施されます。フィギュアでは厳しいダイエットで摂食障害を来す選手も多発し、選手寿命はごくわずかで使い捨てられる。北京五輪の女子フィギュアで金メダルを獲得したアンナ・シェルバコワもまだ17歳だが3月2日に“引退”を表明。そしてまた若い選手が代わる代わる現れる。まるで工場生産のベルトコンベア状態だと言われています」(スポーツライター)
年端もいかない子どもたちを犠牲にしてきた金メダル大国。その威信を汚された“屈辱”も、今回の侵攻の発火点の一つになっているという。
「プーチン肝いりのソチ五輪開催中に、ウクライナで政変が起き、親露派政権が倒れた。憤激したプーチンは、これを非合法なファシストによるクーデターと非難し、今回の開戦の理由にもしています。晴れ舞台を汚されたことに強い屈辱感を抱いたのは間違いありません」(前出・遠藤氏)
1強独裁政治の中で数々の大罪を生んだプーチンに“引き際”は存在するのだろうか。
18年に通算4度目の大統領当選を果たしたプーチン。だが、そもそもこの大統領選でも、投票所に有権者がいない隙に選挙管理委員会の人間が用紙を投票箱に入れる様を映した映像がSNSで投稿されるなど、不正が指摘された。昨年の下院選でも電子投票に不可解な動きがあるなど、ロシアは不正選挙の常習犯でもある。しかも20年7月に断行した憲法改正により、今後2期までは連続就任が可能となったことで“終身大統領”が現実味を帯びてきている。6年間の任期を満了する24年5月には71歳。さらに2期務めれば36年には83歳。ロシア人男性の平均寿命が67歳であることを考えれば、死ぬまで玉座を手放さないつもりなのか。前出の名越氏が指摘する。
「現実的には、国際世論からこれだけ批判され、国内経済も混乱に陥れたプーチンが2年後の大統領選に出られるとは考えにくい。ただし、今後の戦況次第ではロシアに戒厳令が敷かれる可能性がある。その際には今以上に情報も国境も遮断され、プーチンは自国民を人質に国家に引き籠る。戒厳令下となれば、それを理由に選挙も行われず、大統領であり続けることができるかもしれません」
これ以上、大罪の犠牲者を増やしてはならない。
source : 週刊文春 2022年3月17日号





