「ウクライナとクリミアの歴史的経緯を鑑みれば、ウクライナが"善"でロシアが"悪"なんていう簡単な構造ではないことがわかります」
佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol034--「くにまるジャパン発言録」より深読みジャパン
伊藤: 東京新聞国際面です。「ロシアがウクライナ大統領選へ圧力」。
軍事圧力でウクライナ南部クリミア半島を併合したロシアが、5月25日に予定されるウクライナ大統領選を前に、ロシア系住民が多い東・南部の自治権拡大につながる「連邦制」導入の憲法改正を迫り、ウクライナ新政権やてこ入れする欧米諸国に外交面でも揺さぶりをかけています。
ロシアは外交攻勢とともに、ウクライナ向け天然ガスの値上げを発表。また数万人の軍部隊をウクライナ東部国境沿いに結集させ、東・南部への軍事進攻がいつでもできる態勢を整えているもようです。
邦丸: 佐藤優さんが以前おっしゃっていたことは、このウクライナとロシアの対立は、毒ヘビと毒サソリの戦いだということでした。日本は下手に手を出さないほうがいいよと。
佐藤: そのとおりです。それから率直に申し上げて、この東京新聞の記事は素人の記事ですね。
邦丸: 素人の記事?
佐藤: はい。ロシアのこともウクライナのこともわかっていない人が、アメリカの情報を基にして書いている「素人の記事」ですから、鵜呑みにしないほうがいいと思います。
邦丸: ふむ。
佐藤: まず、「連邦制」の導入をすることはロシアの押し付けだとしていますが、実は、この問題を解決する方法は「連邦制」しかないんじゃないかという論考をいくつか、私はロシアが「連邦制」を言い出す前から書いているんです。
邦丸: はい。
佐藤: どうしてかというと、東部と南部のウクライナの人は、ロシア語を常用しているんですね。自分たちはロシア人なのかウクライナ人なのか、自分でもよくわかっていない。
ウクライナの今の政権には、「スボボダ」という自由党が入っているんですが、これはウクライナ語を常用する西ウクライナのガリツィア地方のウクライナ民族至上主義の人たち。ステパーン・バンデラというかつてナチスと協力してユダヤ人殺しをものすごくやった人が指導するグループがあったんですけど、その末裔なんです。このの「スボボダ」は国際基準でいうと「ネオ・ナチ」なんですが、そういう連中が閣内に入っているんです。
この政権ができたときに、公用語からロシア語を外した。今まで東・南部地域でロシア系の人、つまり国籍はウクライナだけれどロシア語をしゃべっている人たちが多いところでは、公用語としてロシア語も使えたんですよ。すぐにここでデモが起きた。
なぜかというと、公用語からロシア語を外すということは、公務員でウクライナ語をできないヤツはみんなクビということなんですよ。マスメディアもウクライナ語でしか記事を書けなくなる。企業もウクライナ語で役所と文書のやり取りをするから、幹部はウクライナ語をしゃべらないといけない。ところが、東・南部にはウクライナ語をできる人はあまりいないわけです。
だから、ニュース映像にも出ていた「火炎びんを投げていた兄ちゃん」とか、「猟銃をぶっ放していたおじさん」とか、そういうヤツらが西ウクライナから東・南ウクライナに入ってきて、市の幹部あるいは大きな工場の幹部になる。もともと東・南ウクライナに住んでいる圧倒的大多数の人たちは、公用語を使わなくても済むキツくて汚くて大変な仕事だけに就けという発想なんです。そんなことになったら、大変な混乱になる。
邦丸: ふーむ。
佐藤: それから、ロシアは軍隊を軽々に入れることはできないんです。例えばクリミアは、住民が本当にロシアに編入したいと、昔から思っているんです。そういう意味で、あそこは歴史的経緯がぜんぜん違うところですから。
そのクリミアと東・南部ウクライナでは事情が違うということを、ロシアはよくわかっているわけです。要するに、自分がロシア人かウクライナ人かよくわかっていないような人たちのところに軍隊を入れると、その人たちはロシアかウクライナかを選ばないといけなくなるんですね。その選択が家族のなかでも分かれて、家族で殺し合いが始まるわけですよ。そうなると、ウクライナ人とロシア人がいがみ合うことになるんです。
樺太(サハリン)や極東には帝政ロシア時代、ウクライナの出身者をかなり移住させているんです。北方領土にもウクライナ人が多いんですよ。このようなところでもインターネットやテレビを見て、「ロシア人はなんていうことをするんだ」と彼らは血が騒ぐんですよ。
それによって、ロシア国内でウクライナ人とロシア人の民族対立が起きたら、ロシアはもう収拾がつかないことになる。だから、軽々には軍隊を導入できないということは、専門家ならみんなわかることなんです。