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春がいっぱい

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2022.02.28

『春寒の夜に想うこと』

豊田道倫

 作家の西村賢太氏が亡くなったのには驚いた。
 特に彼のファンではないが何冊かは読んでいたし、存在感としては忘れたくても忘れられない作家である。自分の三つほど年上だから、ほとんど同世代と言っても過言ではない。
 家族もつくらず、友もつくらず、時々女を買い、酒も煙草も旺盛にやり続け、文学に人生を捧げた生き方は簡単に無頼という言葉では片付けられない気がする。
 清廉なひとだったと思う。
 大抵、作家というものは文学賞など手にしたら権威を有り難がる様々な機関から仕事が舞い込むらしく、大学で教えたり、地方の町興しのアートプロジェクトでワークショップをやったり、アマチュアの文章コンクールや自主映画みたいなものの審査員になったりする。
 本来地べたを這いずり回って血反吐を吐きながら言葉を紡ぐことが生業なのに、教えたり審査をしたりするという立場となり金を稼いで、一体何が書けるのだろうか。
 教えるという立場にいるひとの表現物には、自分は一切目を向けないようにしている。
 西村氏はテレビでタレントまがいのことをしていたが、学校などで教えたりはしていなかったと思う。さすがに中卒という学歴ではそんな話も来なかったのだろうか。
 前に友人が大塚という街に住んでいて、繁華街の方へ歩いてゆく西村氏を何回か見掛けたことがあったと言っていた。
 繁華街の奥の方にはホテル街があり、そこで女を買っていたのだろうか。友人いわく、西村氏は見るからにいかつくて柄が悪く、くわえ煙草で歩いていたという。
 最高だなと思った。

 女を買う男が好きだ。
 そんなことをうかつに女性の前で発言したら、今は袋叩きになるのかもしれない。人間の本質をわかっていない連中を相手にするほど暇ではないので、別にどうでもいい。
 濃厚接触という言葉が今や半ば犯罪的な意味を含みつつある世の中でも、女を買う男はいるし、男を買う女、男を買う男、女を買う女もいるだろう。
 金で身体を買ったことがある人間は金銭を介さないで誰かと肉体関係を結ぶ時、そこには相当な有り難みと相手への深い慈愛を感じるはずだ。
 タダで抱けることの幸運に、涙を流さんばかりに感謝する。
 少なくとも自分の場合。
 西村賢太氏は風俗嬢たちとの座談会で「三十分以上は舐める。汚らしいところを舐めることに興奮しますなあ」と言っている。これはおそらく性器、あるいはその周辺のことだろう。
 通常の恋愛関係や夫婦関係の中でも、それほど女性にかしずく男性は稀ではないだろうか。
 素晴らしいひとだ。
 
 東京の山手線の東側には少し独特な薄暗い悪所がある。大抵、熟女風俗は池袋から東側に多い。新宿、渋谷もあるにはあるが、基本は若い子と遊ぶ街だと思う。
 かつては三業地と呼ばれた花街の残り香みたいなものはかすかに大塚にも残っていたが、それも十年ほど前の記憶で、今はどうなっているのかわからない。
 その大塚の二つ隣の駒込という駅に幾度か降りたことがあり、その回数は少ないが記憶としては強く残ってしまっている。
 あれは東日本大震災の頃だから、もう十年以上前のことになる。
 当時は離婚をして、まだ幼少の娘と離れた頃で色々酷い状態にあった。
 落ち込むなんてものではなく、その頃勤めていた会社に行けなくなり解雇され、ずっと家に居て酒を飲み、ろくに風呂にも入らず、しまいには金も尽きて電気や水道も止められた。賃貸マンションの家賃を滞納し管理会社から鍵を換えられた。しばらくネットカフェで何とか雨風を凌ぎ、夜勤バイトの稼ぎをかき集めて何とか溜まった家賃を払って、部屋に入れた。
 とにかく娘と会えない辛さが身体を貫いて、まともにひとと話せなかった時期であったが、そんな時期でも金を工面して女を買っていた。これは肉欲を解消する遊びがしたいというより、自分を汚したい欲望がまさっていた。何かもっと酷い目にあって我を忘れる境地に浸りたかった。
 自分よりひと回り以上年上の初老の女を抱いてみたらどうなるか。娘や元妻という女という生き物への愛情が反転して、憎しみとは違うが、その生き物を手篭めにしたいという邪悪な欲望がもたげていた時期の話しだ。
 
 駒込駅から十分ほど歩いた閑静な住宅街にあったホテルは熟女、あるいはもう老婆に近いような風俗嬢たちの仕事場になっていたかのような場所だった。ホテルのスタッフも老婆たちで、その割烹着姿は妙に親しみやすく、なぜかみんな小柄だったので、心の中でこっそり妖精のようだな、なんて思ったりした。
 ネットで調べて指名した女性は、もう正確な記憶はないが年齢は五十代後半くらいだったと思う。女優の音無美紀子に少し似ていた。
 部屋に入ってきた時、その上品な物腰にひるんだ。こんな安ホテルに本来居るような婦人ではない。着ているものも上質なものに見えた。
 通り一遍のやり取りで金を渡して、風呂に湯を溜めて、服を脱ぐと肌は色白く質は悪くないが、肉は弛み皺も目立ち、やはり初老という現実の年齢は隠せないものだった。一緒に風呂に入ったが、まともに相手の身体は見れなかった。
 ベッドに入り、ゆっくり前戯をすると「優しいのね」と言われた。挿入すると演技とは思えない過敏な反応だったが、正直自分の昂りは弱く、まるでこちらが演技するように何とか鼓舞して「全部、一滴残らず出して」と言われるままに最期は膣内に精を吐き出した。
 時間はまだ残っていたので、そのまま布団の中で話をしたりした。つい、自分の身の上話をしてしまった。話しやすいひとだった。彼女も最近離婚したようで、愛知から上京したという。娘は二十四歳とか。自分は関西出身であることを言ったら「昔のテレビ、面白かったわね。色んな芸人さんがいて」と色々な関西芸人の名前を口にしてくれたが、ほとんどの名前を自分は知らなかった。でも、なんだか楽しげな気分になって、癒された。自然に手を繋いでいた。未知の感触がする手のひらだったが、安らげた。
 こんな世界の果てみたいな場所で、金で結ばれて肌を重ねているが、その女性の今までの人生の豊かさを感じられたことが、この日の悦びとして身体に生温かく残った。

 それから、それほど日も置かず、また同じ女性を指名した。彼女はとても喜んでくれた。プレイの方はそこそこに、すぐ終えた。前回よりも燃えるということはない。
「最近若い子から指名よく入るんだけど、自分からは全然何もしなくてマグロみたいに寝てるの。あなたみたいに強いひとはなかなかいないわ」とお世辞なのか褒めてくれているのかわからない言葉だが、その鼻に掛かった甘い声の響きは悪くはなかった。
 外食に飽きて、そろそろ自炊して、時々は娘にも家に泊まりに来てもらおうかなと思っていた頃だった。「料理なんてロクなもん出来んけどなあ」と呟いたら、「今、春キャベツ安いじゃない? 春キャベツは柔らかいから、豚肉入れてめんつゆと水で煮るだけで美味しくできるのよ」と言われた。その時はじめてキャベツに、春キャベツという種類のものがあることを知った。
「今度会える時までに、料理の本買っておくわね」と言われたが、結局女性の本名や連絡先は聞けずじまいで、その日以降に会うことはなかった。
 ふと、もう、遊びに飽きてしまった。

 最後に覚えているのは、ホテルの部屋を先に女性が出る時、急に振り向いて「あなたの別れた奥さん、綺麗なひとだったんでしょうね」と言われたこと。結婚生活や元妻のことなど、一言も話さなかったのにどうしてそんなことがわかるのだろうかと思ったが、そのひとの所作から別れた相手が視えるのは今ならわかる。そして、駒込駅の改札まで送ってくれて、その時雨が降っていたので、傘を差したままずっと見送ってくれた姿も。その時の感情は言葉に表せない。いつも大切な場面は情景でしか記憶されていないのは、自分だけなのだろうか。   

 東京を離れて、もう三年目となる。都落ちという感情はもちろんあったが、もう五十を過ぎて、街で存分に遊べる体力も気力も金もない。
 ただ、夜、家で安酒を飲みながら、東京の街やひとに思いを馳せたりはする。
 生きて連絡を取れるひとたちよりも、激しく生きて死んだ作家の姿や、もう一生会うことは出来ない歳上の淫売婦だった女性の影が、長屋の窓辺で吸う煙草の煙の中に浮かんでいる。
 しばらくの間は。

 
 

豊田道倫

とよたみちのり

1970年生まれ。1995年にTIME BOMBからパラダイス・ガラージ名義でCDデビュー。以後、ソロ名義含めて多くのアルバムを発表。単行本は2冊発表。

今年2月14日にシングル『戦火の中を-2022』をデジタルリリース。

配信リンク→ https://linkco.re/axq1vvAZ
MV→ https://youtu.be/dDZGWtGgp78

photo by 倉科直弘