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最下位職から最強まで成り上がる~地道な努力はチートでした~ 作者:上谷圭

別離の章

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1話:辺境の村の2人

「ルーク、そっち行った」

「オッケー。任せてくれ」


 森林のしげみをかきわけて、白いうさぎが逃げ惑っていた。

 うさぎの背後には革のバックラーをつけた少女が退路を断っており、左右は木々と太い根に道をふさがれている。


 つまり、ホワイトラビットは前方に待ち受ける僕のところに飛び込んでくるしかないのだ。

 動物的な逡巡(しゅんじゅん)を見せた後、ホワイトラビットは意を決して僕の足元をすり抜けようと特攻を仕掛けてきた。


「甘いな。その動きは予想済みだった」


 僕は股のあいだを通り抜けようとするうさぎをキャッチする。

 ホワイトラビットがピギィと可愛らしく鳴いた。


「やったね、ルーク」


 獲物を仕留めた僕に、黒髪をショートカットで揃えた可愛らしい女の子が、弾けるように笑う。


「うん。ホワイトラビットの肉は美味しいからね。村の子供たちに食べさせてあげられる」

「ホント、最近はラグーボアすら見かけないもんねー。ここでホワイトラビットは貴重だよ」

「まったくだ」


 彼女の名前を、リリと言う。

 僕と同じ辺境の村で生まれ育った女の子だ。


 辺境の村は食っていくことにすら毎日必死にならなければ生きていけない。

 特に僕たちの村は魔物が()巣窟(そうくつ)に近く、田畑が荒らされることが多い。


 それゆえろくに作物も実らず、頼みの食料は山に入っての狩りや山菜の収穫から得ることになる。

 それも迂闊(うかつ)に深いところに入ってしまえば、魔物の餌食になってしまうため、狩りもなかなか難しい。


 僕とリリはここ最近はずっとペアを組んで狩りを行っている。

 小さい頃からずっと同じ時間を過ごしてきただけに、息もぴったりだった。


「苦しまないように、せめて一息に殺してあげるね。ごめんね、うさぎちゃん」


 リリが物悲しそうな顔で、僕が両手で捕まえているホワイトラビットの頚椎(けいつい)をナイフで刺した。

 動物の断末魔が聞こえ、鮮血が滴り落ちた。


 ホワイトラビットの息の根が止まったことを知ると、リリは静かに祈りを捧げた。


 優しい子だ。

 その上、リリは可愛い。


 幼なじみの僕ですら、時折ハッとされられる美しさがある。

 まるで十代の少女のありったけの輝きを集めたかのようだ。


 村の男子からはすでに何人からも、求婚を受けている様子だった。

 もっとも、何故かすべて断っているみたいだが。


「よし、山菜もとれたし、今日はこれで狩りを終わりにしようかリリ」

「そうだね。もうちょっとお肉が穫れたらなー」


「それは高望みというものだよ」

「ちがいないね、ルーク」


 僕とリリは顔を合わせてくすくすと笑った。



 ◇ ◆



 道なき道を歩き、茂みをかきわけながら進むこと半刻(約一時間)

 山と山のあいだにある、狭い台地に寂れた家が点在している。


 僕たちが生まれ育ったロロナ村だ。

 僕はこの村に特別な愛着を感じているわけでもないけれど、いつかリリが言っていた。


 ――ロロナ村は、なんにもないのに、なんでもある村だね。


 どういう意味かと尋ね返すと、彼女は優しく微笑むだけだった。


 豊穣の聖歌の口ずさみながら僕の前を歩くリリ。

 僕たちが村の入口にたどり着くと、まだ狩りにも農業にも出られない小さな子供たちがわらわらと寄ってきた。


「リリねーちゃん! 今日は何捕まえてきた?」

「ふふふー、なんだと思う? じゃん! ホワイトラビットでしたー」


「「「うおおー! すげー! 久しぶりの肉だ!」」」


 子供たちに合わせて会話するリリに、少年たちが喝采(かっさい)を送る。


「でしょー? おねえちゃん、頑張っちゃった。今日はホワイトラビットのシチューだね」

「リリ、よくやった! ほめてやるぞ!」

「こらこら、なんで上から目線。もっと私とルークに感謝しなさいよ」


 リリは少年たちに囲まれて楽しそうに笑っている。

 そんな姿を少し後ろから見守る僕に、気弱であまり集団の輪に加われない女の子が話しかけてきた。


「ルークおにいちゃんは? なにとってきてくれたの。かごの中見せてー」

「ん? これはだいたい山菜かな」


 背負っているかごを降ろして見せてあげた。

 だいたいが癖なく食べられるふきのとうや、ツクシ、ヨモギだった。


「うえー。わたしはっぱ嫌いー」


 苦そうな顔をする。


「はは。でも食べないとアニータも大きくなれないぞ」

「ルークおにいちゃんがそう言うなら食べようかな……」

「おー。いい子だ」


 そんな僕とアニータの会話を聞きつけて、村の少年たちが色めき立った。

 アニータのことを(はや)し立てる。


「うわぁー! あいつルークのことが好きなんだぜー!」

「ルーク、アニータと結婚してやれよ」

「根暗同士お似合いだぜ。なー?」

「なー!」


 ガキ……もとい未発達の少年特有の冷やかしに、アニータは顔を真っ赤にさせて首を振った。


「ちっ、ちがうもん! ちがう!」

「バーカ、何必死になってんだよ。だっせぇ。リリ、これ(ホワイトラビット)もらってくぞ」

「あ、ちょっと」


 そう言うやいなや、少年たちは「アニータはルークのことが好きー!」「お似合いカップルー!」などと大合唱しながら村の中へ去っていった。


「ったく……これだからガキどもは……。アニータ、大丈夫? 気にしてない?」

「あっ……うん。だいじょうぶ、だけど」


 優しく声をかけるリリに、アニータはうなずきながら僕をちらちらと見る。

 顔がわずかに紅潮していた。


「何? アニータ」

「なっ、なんでもないっ!」


 そう言うと、アニータはぱたぱたと足音を鳴らしながら僕たちの前から去っていった。


「ははぁ……やっぱり何歳でも女は女ですなぁ」


 腕組みしながら、リリはしたり顔で頷いている。


「何を達観しているんだ、リリ」

「ルークは一回、地獄に落ちたほうがいいよ」


 分かっていたけれど、分からないフリをした。



 ◇ ◆



 日の出とともに起きて、畑が魔物に荒らされてないか巡回して、柵が壊れていたら修繕する。

 それが終わると村のみんなで農作業を行って、朝日が心地よくなってきた頃に朝ごはんを取る。


 村の朝ごはんはそれぞれの家に配分された食料で(まかな)うことが多く、だいたいは白米を水で薄く伸ばしたお(かゆ)だ。

 それに山菜のスープがつけば上等、ホワイトラビットやラグーボアの干し肉が加わる日は神に感謝する。


 朝ごはんが終われば、比較的運動能力の高い私とルークは山の中に狩りにでかけ、村に残った人たちは農作業の続きや女性のみんなは機織りをする。

 夕暮れとともに家路につき、夕ごはんを食べながら、明日も収穫が豊富でありますようにと祈りながら眠りにつく……。


 それが私たちロロナ村の一日。

 毎日毎日なんの変わりもない、色めきたつようなこともない、普通の貧しい村だった。


 けれど、私はこの村での生活が気に入っていた。

 それもルークの存在が大きいだろう。


 ルークは特別みんなの先頭に立って引っ張ってくれるような男子じゃないけれど、繊細で優しい心を持つ子だ。


 たとえば狩りをしている最中に、私が革靴で靴ずれを起こし足に血豆ができて歩けなかった時は、2クピテ(約4キロメートル)はあろうかという道のりを何も言わず背負って帰ってくれた。


 それだけじゃない。

 彼の優しい心は、私の少女時代からずっと道の先を照らしてくれていた。


 今でこそ私も女らしくなってそこそこモテるようになったけれど、幼い少女時代はもっと内気で根暗な子だった。

 昔は引っ込み思案でグループの輪に加われず、よく悪ガキたちにいじめられたものだ。


 そんな時、ルークは必ず私のことを守ってくれた。

 何も言わず、ただそばにいて、一緒に地面でお絵かきして笑うんだ。


 ――ねぇ見て、リリ。リリの顔、上手くかけたかな?


 それがいじめられっ子だった私に、どれだけの力をくれたのか分からない。

 だから、私はその時からずっとルークに恋をしてる。


 ルークの隣を胸を張って歩けるような、そんな女の子になりたい。

 ずっと、そう思ってる。



 ◇ ◆



 何の変哲もない貧しい辺境の村の日常が過ぎていく。

 しかし、この時の朝ばかりは少し様子が違った。


 まだ年若いルークやリリが同席することを許されていない、村の幹部のみを集めて行われる重役会議でのことだった。


「なんじゃと? 近くの村が魔物にやられた……?」


 村の最長老で村長をつとめるアルマが、彼女の自宅につめかける村の幹部たちに言った。


「あぁ……なんでも近くのレスティケイブ(魔物の住処)から湧き出した魔物たちに全滅させられたようだぜ」

「ということは、俺たちの村に大侵攻してくるのも時間の問題ってことか……?」

「違いないな」


 暗い情報に、村の中心人物たち一同が意気消沈した。


 この世界では人間と動物の他に、魔物と言う種族が生きている。

 魔物が生まれる詳しい原理はまだ解明されていないが、レスティケイブと呼ばれる魔物の住処から一定時間で湧いて出てきて、群れをなして人里を襲う。


 それを大侵攻と呼んでいる。


 基本的に辺境の村人では魔物を倒すことは不可能で、せいぜい木の柵や防御陣地を敷いて侵攻を遅らせる程度だった。

 前回の大侵攻では村の主力だった20代~30代の男が軒並みやられた。


 だからロロナ村は今、子供か老いた者がほとんどを占めていた。


「柵を張り巡らしても、大侵攻は防げないのかね」

「ダメだろう。今回ばかりは魔物の量が異常だ」


「ってことは王都の騎士団様か冒険者様に護衛を依頼するしかないが、そんな大金はうちの村にはねぇよなぁ……」


 再び、全員が肩を落とす。

 魔物の大侵攻は一定周期でおとずれるが、そのいずれもがロロナ村のような辺境の村に、大ダメージを与えている。

 大侵攻を防ぎたければ城塞都市(じょうさいとし)のような堅固な城壁に守られ、騎士団が常駐している大都市ではないと難しい。


「我慢に我慢を重ねてここまで頑張ってきたけどよ、俺たちもついにここで終わりってことか……?」


 暗い事実に、ロロナ村の重鎮たちが深い溜息を落とした。


「最悪の場合、私らおいぼれはもうどうなったっていい。しかし子供たちは村の宝だ。あの子たちだけでも逃がしてやれんかね」

「裏山の中に洞窟があったろ。そこに十何人かは逃がせそうだな」


「しかし子供たちだけを生き延びさせても、続く人生が地獄だろう。大人も何人か連れて行っておいたほうがいい」

「そうさね……。子供とまだ若い夫婦を優先して洞窟に逃してやりなさい」


「分かった。アルフォンスのところと、レリックのところがまだ子供もいない新婚夫婦で体力もある」


「残った俺たちは?」

「当然、村を守るべく最後まで戦うんだよ」


「貧乏くじだなぁ」

「当たり前だよ。何のために長年生きてると思ってるんだ」


「ルークとリリはどうする? あいつらはまだ15歳だし、2人だけでも生きていける力がある」

「あの子たちは才気もそこそこあり、特別輝かしい未来がある。どうせ優しい2人のことだ。私らが逃げろと言っても最後まで残って村のために戦おうとするだろう。だったら、嘘か方便をでっち上げて、王都の方へ逃がしてやろう」


「王都へか……。たしかにあいつらなら王都でも食っていけるかもしれないな」

「村の民芸品を売りに王都へ行かせる、という方便はどうだ? それなら当面の金も手に入るし、もし運が良ければ祝福の儀を受けて天職を授かることができるかもしれない」


「あぁ、それはいいな」


 王都の神官に一定額の寄付を送ると、祝福の儀という儀式を受けることができる。

 それは人間が本来持つ力を覚醒させる儀式で、天職というその者にふさわしい職業を得て、その職業に見合った魔法やスキルを習得することができるのだ。


 基本的に祝福の儀を受けたものでなければ魔物と戦うことは難しい。

 だから騎士団や冒険者のほぼすべてが祝福の儀を受けている。


 騎士団に入りさえすれば一生が安泰、冒険者でも商人や農民よりよっぽど稼ぎがいいとされている。


「私らの全財産をかき集めれば、なんとか2人を王都に送って祝福の儀を受けさせてやることができるかね」

「大丈夫だ。俺のかあちゃんもへそくり貯めてるからな。ルークとリリのために使ってやれる」


「そうだね。村の民芸品を持たせて王都に売りに行かせるという方便で、あの2人は送り出してやろう。きっと2人なら、どこでも強く生きてくれるはずさ」


「あぁ」

「そうだな。ロロナ村が滅んでも、あいつらが生きてくれていれば、きっとロロナ村の血を引き継ぐ子は生まれる」

「違いない」


 悲壮感漂う会議の中、空元気を出すように村人たちは笑いあった。

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あらすじ
冒険者の主人公・ウェイドは、せっかく苦心して入ったSランクパーティーを解雇され、失意の日々を送っていた。
しかし、あることがきっかけで彼は自分が古代からの転生者である記憶を思い出す。

前世の記憶と古代魔法・古代スキルを取り戻したウェイドは、現代の魔法やスキルは劣化したもので、古代魔法には到底敵わないものであることを悟る。

ウェイドは現代では最強の力である、古代魔法を手にした。
この力で、ウェイドは冒険者の頂点の道を歩み始める……。

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