ファンダメンタル・ラブ
(D.Cダカーポ)

第2部
第82話 「さらば道化師」

written by 九朗  2009.1

バイクに乗っていたので
授業開始の10分前には学校に到着できた。

階段をのんびりあがり、
4階の踊り場に到着した時、
霧生と出くわした。

彼女は俺を見るなり繭を潜めて、
開口一発、
「うわ、バカ発見」と
びしっと指をさしながらそんな事を言ってくる。

そして即興で唄いだす始末。
「メジャーデビュー蹴ったバカ?♪
 恩知らずのバカ?♪
 ファンを裏切ったバカ?♪
 歌でも作っちゃおうかしら。
 タイトルは”間抜けな男の唄”とか」
「霧生~」
なんなんだよそのタイトルは。

「アンタ、私と変わりなさい。
 変わりにデビューしてあげるから」
びしっと腰に手を当てつつこちらを指差してくる
ガールズバンドのボーカリスト。

「霧生ギター弾けないじゃないか」
「うっ」
指摘すると冷や汗をかきながら一歩後ろに下がる。

「マ、マラカスぐらいならいけるわよ」
マラカス……って、
唄いながら振るのか?

まぁ世の中には眠りながら木琴叩ける器用な人もいるし、
ハーモニカやサックスじゃないから出来るだろうけど。

「世の中メジャーデビューしたくても出来ない人間がうようよいるのに、
 それを平然と蹴るだなんて信じられないわ!」
霧生の言っていることはもっともだ。
世の中メジャーデビューを目指してる音楽家なんて沢山居るだろう。
そんな俺はみなが欲しがってるプラチナチケットを手にしてる。
だけど、それを平然と捨てようとしている。

特にバンド活動をしている彼女からしたら
俺の行動はありえないのだろう。

「どうして辞めたの? やっぱり白河さん?」
「うん」

彼女は特大の「はぁ」とため息を吐き、
「普通彼女のためにメジャーデビュー諦める?」
と呆れた声と顔をされる。
別にメジャーデビューを諦めた訳じゃないんだけどね。

「俺がさ、無理なんだ。
 彼女がいないと全然ダメで」
話を続けようとしたら
「ストーップ!」
と霧生が手の平をかざしてきてこれ以上の台詞を止められた。

ジト目で、
「それ以上ノロケ話なんて聞かされたくないんですけど」
「別にノロケてなんて」
そんなつもりなんてないんだけど。

「あ~嫌だこれだからラブラブバカップルは。
 どうせ私は彼氏いないわよ。 悪かったわね!」
呆れ口調かと思ったら、なんで逆ギレ?

「白河さんが大事なんだ」
「うん、大事」
そんなの、あたりまえ。

「真顔で言うな!」
霧生は怒鳴ったあと
何故か蟹股で明後日の方向へ歩いていってしまった。
な、なんで怒ったんだろう?

しかし途中でこちらに振り返って、
「姫乃」

どうしたんだ?
「行く宛てがなかったら、あんた雇ってあげてもいいわよ?」

霧生……。

「ありがと」
そう答えると「ふん!」と言って
また教室の方へ歩いていってしまった。

霧生もなんだかんだで優しいところあるよな。

…………………………
……………………
………………

ことりと話し合おうと決めたものの
今日は体育だの音楽だの移動教室が多かったので
なかなか休憩時間に時間を確保できず、
結局放課後まで会うことすらままならなかった。

でもここからが勝負。

まだ教室にいるかな?
仮に学園を出ていてもことりの足からしたらまだ桜公園あたりだろう。
そこで捕まえられればなんとか……。

よし。
善は急げ、だ。

机の引き出しから教科書やらノートを取り出し
鞄へ放り込む。
そして駆け出そうとした瞬間だった。

「先輩、大変です!」
「月城さん?」
普段大人しい月城さんがよほど慌てて来たのか
胸に手を当て荒立てた呼吸を整えながら
教室のドアから大きな声を出して俺を呼んでいた。

……………………………………
………………………………
…………………………

全力で走っていた。
階段なんて3段抜かしぐらいで駆け下りて行く程に。

そして4階からあっと言う間に下駄箱付近に到着。
すると女生徒の比重が多いが、
なんだか人だかりが出来ていた。

なっ!

「ことり!」
人の隙間から見えた彼女の姿。
しかしまるで力が抜けたかのようで
膝がカクンと曲がり、
ふらっと後ろへ倒れかけていた。

間に合えっ!

たぶん生まれてから一番早いスピード、
超高速で人々の間を潜り抜け、
廊下に倒れこむ寸前でなんとか
両手で受け止める事ができた。

体の力が完全に抜けてるためか、
ぐっと腕に重みが走る。

「ことり、しっかりしろ! ことり!!」
体を揺らし、頬を軽く叩いてみるが返事が無い。
ぶらんと片腕が下に垂れる。

胸に耳を当てると心臓は動いている。
よかった、ただ気絶しているだけのようだ。

「白河先輩!」
何故か居る美春も肩膝をついて
心配そうな顔をしてことりの肩を揺らしてる。

ここでこんな事をしていても無駄だ。
とりあえず保健室!

「美春!」
「はぃぃ!」
「先に保健室行って恋先生いるかどうか確認。
 いなかったら職員室に居るはずだ、すぐ保健室に連れてきてくれ!」
「りょ、了解なのですっ!」
すくっと立ち上がり人々を掻き分けるようにして
保健室へ向かって駆け出していく妹。
こういう時すばしっこくて助かる。

それにしてもなんでこんなところで?
って、これだけの人に囲まれたら
人ごみが嫌いな彼女。

人の瘴気?みたいなもので酔って頭痛が発病したんだろう。
いやそれよりも、
なんでことりが囲まれてるんだ?

「なんなんだアンタ達はっ! いったいことりに何を!」
怒鳴り散し目で牽制するとみな一歩下がる。

彼女を抱きかかえてそのまま保健室に向かおうとすると、
「待って、姫乃君」

振り返ると一人の女子生徒に呼び止められた。
彼女の事は知ってる。
名前は知らないけれど、
よく道化師のライブに来て目にしているからだ。
「本当に道化師、辞める気?」

彼女がそう言うと次々に
「辞めないでください」
「そうです。 もったいないですよ」
などいろんな言葉が飛び込んでくる。

中にはこの前月城さんが連れてきた、
握手を求めてきた女の子達もいた。

静まり返る空間。
視線が俺に集中する。

ファンが居るから聞いてくれる人たちがいるから音楽が続けられる。
自分達が伝えたい”想い”を描いて、それを形にして
届けたいからその手段として道化師は存在する。

みんなが期待してくれている。
俺の演奏を聞きたいと思ってくれている。
道化師のリンであり続けて欲しいと願ってくれている。
それは各々の目を見て一瞬で分かってしまうほど。

けれど俺は大切なものを見つけてしまった。
かけがえのない世界で一番大切なものを……。

「好きな女の子と一緒に居たいって思うの、そんなにいけないこと?」

そう言うと誰も何も言わなくなり、
当たりは静まりかえった。

……………………………
………………………
…………………

「いつもの頭痛ね。 しばらく寝ていれば大丈夫よ」
そう言いながら保険医で白衣姿の恋先生はベッドで眠っていることりの
肩までシーツをかけてくれる。

「ありがとうございます」
ことりは極度の頭痛持ちでここにはよく来ている。
そのため恋先生も対応が手馴れていた。

保健室のベッドの上でよく眠っている彼女。
苦痛の表情も浮かべてないし、命にかかわる事ではなかったので
とりあえず安堵した。

「暦、呼ぶ?」
「いえ、必要だったら自分で言いにいきます」
なんかこんな事知られたら「何やってるんだ!」って責められそうで怖い。

「わかったわ」
恋先生は首にかけていた聴診器を外しながら、
「今噂になってる事が原因でこうなったのかしら?」

う、鋭いところをついてくる。

たぶんそんなに情報を仕入れていないハズなのに
憶測というか予測で話してきて、
さらに的確なところが大人だな~と思ってしまう。

「はぁ、まぁ……」
と曖昧に誤魔化そうとしたが、
「彼氏なんだからしっかりしなさい。
 彼女の心のケアをするのも大事なお仕事よ」
「はい」

「起きたら飲ませてあげて」
と先生は薬棚から薬を出して机に置き、

「じゃあ私、職員室に居るから。
 あとは二人でごゆっくり♪」
ウインクひとつに颯爽と保健室から出て行った。

恋先生がいなくなったので
丸椅子に座り彼女の寝顔を眺めてみる。

なんかこんな形だけど、
ことりの顔をじっくり見るなんてすごく久しぶりに見るような気がした。

たった4日離れていただけなのに、
もう何億光年時がたったような錯覚に陥る。

あいかわらずかわいい寝顔だよな。
ずっとこのまま、眺めていたい気分。

しかししばらくすると、
保健室のドアがノックされた。
スリガラスから覗くシルエットで誰だかすぐ判別できる。

入ってきたのはやっぱり、
「美春」
「お兄さんと白河先輩の荷物、持ってきたですよ」

妹はまるで耳が垂れ下がってシュンとしている子犬のように
とぼとぼとこちらにやって来て俺のとことりの鞄、
そして彼女のトレードマークである
ベレー帽を空いている椅子の上に置いてくれる。

「ありがとう、悪かなったな」
礼を述べると目を閉じながら思いっきり首を横に振る。

「何があった?」
たぶん俺より先に現場に居たはずだから、
ことりがあんなところで頭痛を起こしたが原因が分かるはず。

「下駄箱でお兄さんが道化師辞めないよう署名活動があったですよ。
 それを白河先輩が止めに入ったんです」
「ことりが?」
どうして?
俺の脱退、反対してたのに……。

「それから誰かがお兄さんが道化師を辞めるのは
白河先輩が引きとめたからって言い出して、
 それでみなさんが”なんでお兄さんの将来をつぶすような事を言うの?”
みたいになって、 白河先輩が責められて……」
そんな圧迫感のある中に居たんだから倒れても当然か。

「そっか……」
彼女の額にかかった髪をぬぐう。
こんな事になったのは俺の、せいだ。

ごめん、ことり。

ごめん……。

……………………………
………………………
…………………

「後は俺が見てるから」と
美春を先に帰らせた。
心配そうな表情をしていたが、
ここに二人いても仕方がない。

茜色に染め上げられていた窓が
次第に紫色に変化してゆく。
日がだんだん短くなっていく事を実感する。

「ん、んっ」
睫毛が揺れ、
ベッドで眠っていた彼女の
瞳がゆっくりと開いていく。

「ことり」
少しばかり腰を上げて顔を覗き込む。

「凛、く……ん」
ことりは不思議そうな顔をして見つめてきた。

「大丈夫か?」
「ここ……」
きょろきょろと辺りを見回して今自分の置かれてる状況を確認しているよう。

そして理解したからか上半身だけ起き上がってきた。
「まだ起きない方がいい」
「平気」

倒れた時は真っ青だったけど、
今は休んだためかさっきよりずいぶんよくなってる。

「頭痛だろ? 薬飲むか?」
「あ、うん」

冷蔵庫からペットボトルの水を拝借し、
さきほど恋先生が机に置いてくれた錠剤2つを持ってきて
彼女に手渡す。
ことりはペットボトルのキャップを開け、
慣れた手つきで錠剤と一緒に水も飲み込む。

飲み終わったペットボトルを受け取り、
蓋を閉めてから近くにあるテーブルカウンターに置いた。

再び丸椅子に着席すると
ふと瞳が重なった。

ことりが小さな口を開こうと、
何か言いたそうなそぶりだったけど視線をシーツへ向けてしまった。
俺も何か言いんだけど、
でもこうしていざ彼女を目の当たりすると
なかなかどうして言葉が一つも浮んで気やしない。
こんな時もうちょっとだけ器用に生きられたらな、
なんて思ってしまう。

静寂に包まれる重い空気。
今まで二人っきりで居て、こんな事無かったのに。
でもこんな風になってしまったのは俺が、
悪いんだよな。
だから俺から先に邂逅を開かなきゃ。

「ごめん、なさい」
しかし先に沈黙を打ち消して来たのは彼女からだった。
そう告げてくると膝にかかっているシーツをぎゅっと両手で掴む。

「私、自分の考えおしつけてた。
 凛くんは道化師としてメジャーデビューした方が絶対いいって、
 夢を叶えたほうが幸せだって。 でも、違っていたんだね。
 だから、ごめんなさい」

違う。
ことりは何も悪くない。

「嫌、悪いのは俺の方だ」
ぐっと拳を握り、
膝の上においてから床に視線を落とす

「俺、俺がいなくなったらことりが寂しがると思ってた。
 だからここに残ることを選んだんだけど、
 けれどそうじゃなくて俺が、俺の方が寂しいんだって
 ことりがいないと全然ダメで……」

今回で散々思い知らされた。
たった数日君と一緒に居られないだけで、
必要十分以上の孤独感を味わった。
友達も家族も周りにはちゃんと居た。
けれどやっぱりことりがいないと、
心の中の”何かか”がすっぽりと抜け落ちた気分で、
耐えられなかった。

これを”虚空”とでも言うのだろうか?

「それにちゃんと君に相談する、意見を聞くべきだった。
 だから俺が悪いんだ。 ごめん」
友達とか親とかにはどうしたらいいか?と意見を聞いたりした。
けれど肝心の彼女であることりには結局何も話さないで決めてしまった。
心配させたくないって気持ちもあったけれど。

でも彼女は俺が暴力事件を起こしてふさぎ込んでる時こう言ってくれた。
「心配させて欲しい」と。

心配させる事=迷惑をかける事。
ほんの少し前の自分ならそれが許せなかった。
誰にも何も関わりたくないって気持ちがあったからだろう。

けれど恋人同士である前に俺とことりは少なくとも家族だ。
だから、ちゃんと話をしなくちゃいけなかった。

「ううん、違うよ。 悪いのは私だよ」
ことりは長い髪を揺らしながら首を横に振る。

「いや、俺だって」
君はただ、
俺の将来を心配してくれただけで何も悪くはない。
意見を最後まで聞こうとしなかった、
耳を塞いでしまって逃げ出した俺が全面的に非がある。

「私!」
それでもなお力強く反発してくる。
あ、相変らず頑固だな。

「俺!」
こちらも負けじと主張する。

視線で小競り合いが始まる、
かに見えたが、
「「ぷっ!」」

お互いの顔を見て思わず吹き出してしまって
なんだか馬鹿馬鹿しくなって
それから二人して大笑いしてしまった。

「なんか、バカみたいだね」
「だな」
ほんとバカみたいだ。

「私ね、心のどこかで嬉しい自分がいたの。
 大切な道化師じゃなくって私そばに居てくれるって言った凛くんの気持ち」
ことり……。

「でもそれで、凛くんの、
 道化師のファンの人たちが離れていっちゃったらヤダなって」
「そか」
そういう娘、なんだよな。
自分よりも他人がどうであるか?って常に考えてる。
いかにもことりらしい発想だ。

でもファンが離れていく事、
それはしかたがないのかもしれない。
自分で自分が招いた結果だ。

「凛くん」
ことりは手を伸ばしてきて俺の右手に触れてきた。
ひさびさに感じる、彼女の温かい感触。

「あの時の”お願い”はまだ有効?」

お願い?
いったい何の事だ?と一瞬考えてしまったが
ああ、先週みんなで人生ゲームした時のヤツと思い出す。

「ああ、もちろん」
ことりのお願いなら
いつでもなんでも来いってところだ。

「じゃあ言うね」
一度瞳を閉じ、それからゆっくりと開いて、

「そばにいて」
揺れる真紅の瞳。

「ことり……」
その台詞を聞いた途端
思わず丸椅子を蹴って、
気がついたら彼女を抱きしめていた。

「ずっと、こうしてたかったんです」
彼女はそっと、背中に腕をまわしてきたので
俺も同じ動作をする。

「そばに、いるよ。 どんな時でも」
「うん♪」
もう何があったって二度と離れるものか。

ゆっくりと離れて顔を胸元にある彼女の表情を覗き込む。
「ことりの家、帰ってもいいか?」

「何言ってるんですか。 凛くんのお家でしょ?」
その華のような笑顔に心が救われた。

ああ、帰れる家があるっていうのはホント、
いいもんだな。

………………………………………
…………………………………
……………………………

今日は学校までバイクで来ていたが、
生憎ことり用のヘルメットがないので置いていく事にした。

すっかり体調も回復した彼女とスーパーで
久しぶりに夕飯の材料の買い出しを終えて
白河家に帰宅した時にはすっかり日も暮れていた。

あれ?
玄関に明かりが付いてる。
それに駐車場に真っ赤なRXー8があるって事は
めずらしく暦姉さんも早く帰ってきたんだな。

「ただいま~」
ことりが鍵を開けて玄関へと入っていく。

彼女の後に続いて入ろうとしたがなんだか躊躇してしまった。
まりあママや暦姉さんになんの断りも無く家を出て行ってしまったので、
なんか心のどこかで後ろめたさ?みたいなものがあるからだ。

「凛くん♪」
なかなか入ってこない事に気がついてか、
彼女がドアから顔を覗かせてきょとんとしてこちらを覗いてる。

その顔は温かな、陽だまりのような笑顔で、
受け入れてくれるんだなと思うとフッと気持が楽になった。

「あ、うん」

そして一歩踏み出して中に入ると、
「「おかえり」」

玄関にはウチの大人二人が立っていた。
暦姉さんは分かっていたけど、
まさかまりあママまで居るとは予想外だった。

でも、出迎えてくれたのはとても嬉しい。
気を抜いたら思わず頬がニャけてしまいそうだ。

「た、ただいま」
手にしていたスーパーの袋と鞄を玄関に置き、
咄嗟にそう答えた瞬間だった。

ドゴン!×2

「ぐはっ!!」

ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

痛った~い!!

死ぬ!×100

頭が強烈に割れそうで死んでしまう!
気がついた時には玄関の床とキスしていた。
体が痺れて思うように動かない。
一瞬自分の身に何が起こったのかぜんぜん把握できなかった。

けれど、この脳天に響く強烈な痛みはまさか!?

見上げると母と姉の右拳から煙が吹き上がってるって事はやっぱり……。

「もう、心配させて!」
腰に手を当てながら頬をふくらましてる母君。

「本当だ。 家を無断で4日間も開けるだなんていい根性だな」
4日間もの”も”のところを強調させながら
キラリと眼鏡の銀色の縁を光らせている姉。

やはり白河家伝家の宝刀垂直ゴツン
しかもまさかダブルで受けるとは思いもしなかった。
き、凶悪すぎるぞこれ。
象ですら一撃で倒せるんじゃないか?

「凛。 罰として今夜の夕食はお前が作れ」
ビシッ!と暦姉さんは人差し指で使命してくる。

「ええっ?!」
そ、そんな。
帰ってきてそうそう
その仕打ちですか?

助け舟を求めようと彼女に視線を向けると
「あ、それいいかも」
な~んて手を胸元で合わせてにっこり極上の笑顔。

………………。

ゆ、唯一の後方支援部隊に裏切られ孤立無援状態。

うう。
君までそんな事言わなくったっていいじゃないか。

「お風呂入ってこよ~っと。 あ、凛ちゃん
 私も今夜は暦につきあうから熱燗ね」
まりあママはそう言いながら、
くるっと体を翻して鼻歌交じりにバスルームへと向かってゆく。

「つまみがなかったら殺すからな」
まるで地獄の底から這い上がってきた亡者のごとく
凶悪な言霊を残して立ち去ってゆく暦姉さん。

ひぇぇぇぇぇぇぇ。
目がこ、怖い。
佐伯先生、ちょっと結婚考え直した方がいいんじゃないですか?

「私も着替えてこようっと」
ことりも靴を脱いで鼻歌交じりに階段に向かっていく。

ふぅ。

体の自由が効いてきたのでズキズキ痛む頭を撫でつつ立ち上がる。
ったく、たしかに二人に心配かけたのは悪かったと思うよ。
でもなにも本気で殴らなくたっていいじゃないか?!
と青年の主張をしてみる。

あ~、まだ頭がぐわんぐわんする。
これで今よりもっとバカになったら恨むよ、まりあママ、暦姉さん。

あの垂直ゴツンは神をも凌ぐ超光速。
挙動の瞬間は見切れても気づいた時にはすでに喰らってる。
回避する事なんて絶対無理。
たぶん杉並や修ちゃんですら不可能に近いだろう。

それを2発同時に受けてなんとか生きてる俺って
意外にタフ?

それにしても
はぁ。
なんなんだよ暦姉さん。
「凛。 罰として今夜の夕食はお前が作れ」って。

いきなり言われたって献立なんて何にも考えてないんだし、
材料はさっき買ってきたけど
あれはことりがすでにどんな料理にするか決めて選んできた物だから
彼女にどの食材使っていいか聞かないと手がつけられないし、
ほんと厄介な事頼んでくる……。

え?

ちょっと待て。

今姉さん俺の事「凛」って呼んだよな?
そう、だよな。
聞き間違えてなければ……。

家でも学校でも「姫乃」って呼んでたのに急にどうして?

……………………

ああ、そっか。
俺は、この家の人間なんだ。
白河家の姫乃凛なんだ。

そういう、事なんだな。

階段から視線を感じたので見上げてみると
彼女も俺の意図をくみ取ってか、笑っていた。

頭はまだ痛かったけど、
心はとても嬉しかった。

……………………………
………………………
…………………

なんとか献立を考えて夕飯を無事済ませ、
ことりはお風呂に行ってそろそろ上がってくる頃だった。
さて、ドライヤーの準備でもしておくかな。

そう思って棚の方へ移動しようとした時、
ふと母さんが「一緒に暮らさない?」と言ってきた事を思い出した。

ちゃんと言わないとな、
自分の気持。

俺は翻して机の上の充電器に差し込んである携帯電話を手にして
母さんの携帯に連絡を入れた。

すると2コールぐらいで出てくれて、
『凛? どうしたの?』
「あの話さ、ごめん」

咄嗟に切り出すと、少しの間の後、
『そう』
と、すぐに何の話か理解してくれて
ちょっとだけ寂しそうな声で返答してくる。

「別に母さんと暮らすのが嫌とか、そんなんじゃないから」
本当に小さい頃は一緒に暮らしていたが、
もうその記憶はほとんどない。
だから母さんや美春と生活した事なんて無いに等しい。

せっかく再会できた血の繋がった母と妹。
できるなら一緒に暮らしたい。
だからいずれは天枷家に行こうと思う。 

でも今は……。
『分かってるわよ。 ことりさんと、一緒にいたいんでしょ?』
「うん」

さすが、
というか俺の心情を察してくれてる。

『仲直り、出来たの?』
「元から喧嘩なんてしてないよ」
冗談っぽくそう返すと
『ふふ、そうね』
受話器越しに上品な笑いが聞こえてきた。

『凛』
「何?」
『週1回のお泊りは継続してね』
「それはもちろん」
それはもうすでに習慣化されてるから何も変わらない。

「母さん」
『なあに?』
「いろいろ、ありがと」
なんかすごく迷惑かけちゃったよな。

『いいのよ。それじゃ、ことりさんとまりあさんによろしくね』
「うん、おやすみ」
『おやすみなさい』

俺は電話を切り、再び充電器に戻した。
ふとカーテンの隙間から覗く三日月は青白く、
粉雪のように舞う桜の花びら
悠久の幻想をいだかせる。

そして階段から足音が響いてきたので
手にしているドライヤーのコンセントを電源に差し込んだ。


次の日

学校が終わりその足で
駅前にあるスタジオ松本の前にやって来た。

何を今更って所もあるけれど
道化師のみんなにちゃんともう一度謝っておきたかったし、
ケジメもつけなきゃいけないと思ったからだ。

この時間ならみんな居るだろう。

「ふぅ」
一つため息を落す。

この前よりも気分は憂鬱ではないけれど、
でもやはりいい気はしない。
結局またテツさんを怒らすだけだと思う。

けれど、ここで逃げちゃ何も変わらない。
それに自分で決めたんだ。
ことりの傍に居たいって。
だから……。

力拳を強く握り、
意を決していざ行こうとした時だった。
「何やってるんだお前?」

振り返ると、
うわぁぁぁぁぁぁぁ。

テ、テツさん?!

そう、
道化師のリーダーで俺様的ボーカリストが後ろに立っていた。
び、びっくりしたぁ。

心の準備がしっかり出来てなかったので
なんか予想外で心臓が跳ね上がる。
「とりあえず中入れよ」

そう促されたのでテツさんの後について
地下のスタジオへ通じる階段を降りていった。

防音の重苦しいドアを開くと
予想通り道化師のメンバー全員集まっていた。

テツさんはたばこに火をつけ、
それからパイプ椅子に背もたれを前にして座る。

そしてメンバー全員が俺を見ていた。
「あの、えっと、その……」

逃げちゃダメだ。
ここで逃げたらまた同じ事の繰り返しだ。

しっかりしろ、姫乃凛。

「テツさん、みんな。 すみません。
 やっぱり道化師、脱退させてください!」
深々と頭を下げる。

「それが、お前の答えか?」
視線の先が床なのでテツさんの表情が見えないけれど、
口調でイラだってるのだけは分かった。

「すみません」

「くぅぅぅぅぅぅ、やっぱり美少女には勝てなかったかー」
はい?

顔を上げると、
テツさんはものすっごく悔しそうな声をあげて、
「くっそ~、負けだ負けだ。 もってけ泥棒」

銜えていたたばこを灰皿にグリグリと押し当てて、
それからズボンの後ろポケットから財布を取り出し
日本銀行券の一番高いお札を取り出しマネージャーさんが座っている
簡易机の前にバンと力強く差し出す。

マヤさんやクマさん、それからシュウさんも
渋い顔をしながらテツさん同様お札をサラさんに差し出していく。

「おほほほほほ! 悪いわね~、一人勝ちで」
サラさんは女王様?みたく右手の甲を口元に当てて高笑いして
そのお札を受け取り、それを扇形に広げて団扇みたいにして仰いでる。

一人勝ちって?
それになんでみんなサラさんにお金渡してるんだ?

「ごめんね~凛ちゃん。 みんなで賭けてたのよ」
両手を合わせて謝ってる形をしているが
財布が潤ったのがよっぽど嬉しいのかニッコリ笑顔。

「賭け?」
「私は凛ちゃんがついて来ない方。 他のみんなはついて来る方」

は、なんですと?!

「我ながら迫真の演技で迫ったんだけどな~」
パイプ椅子を正常な位置にして深く腰を落としつつ、
顎に手を当ててるリーダー。

「それが逆効果だったんじゃないか?」
苦言を述べるクマさん。

「悪かったな~凛坊。 つい本気で殴っちまったい」
と言いながらテツさんは手を伸ばしてきて
俺の髪の毛をわしぁわしゃと揉みほぐしてくる。

あ、あれが演技?
嘘だろ?
本気で怒って殴ってきたんじゃなかったのか?

シュウさんがずれたメガネをくいっとあげて
「テツ、ことりくんにも凛くんを説得するように頼んだんだろ?」

「え、そうなの? 卑怯よ!」
とみんなからせしめたお札を握りしめながら
サラさんが未来の旦那さんに向かって睨みを利かせる。

「るせ~、凛がいなくなって困るのは間違いないだろ~が!」
「あ~、開き直ってる~」

おいおいおいおいおい。

という事は何?
みんな俺が道化師を辞めるか辞めないか、
賭けの対象にして立って事?

……………………………

この人達はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
俺が真剣にものすごく悩んで迷ってさんざん考えて、
ことりと喧嘩までしちゃったのに、
賭けてたぁ?

くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。

大人なんて、
大人なんて、
大人なんて、

だいっ嫌いだー!

………………………………………
………………………………………
………………………………………

そして慌しくも試験も終わり
気がついたら道化師が東京へ出発する日になった。

4月までまだだいぶあるけれど、
早く向こうの生活に慣れておきたいのと
曲作りに専念したいからとの判断らしい。

俺の事でレコード会社と契約で揉めないか?と心配していたが
どうやらサラさんは始めから俺抜きでの道化師で交渉していたみたいなので
特に何も問題ないとの事らしい。
よかったような、
初めから未カウントだったのが寂しいような、
なんか複雑な気分だ。

そして俺は今朝霧が立ち込める中、
見送りのため初音島駅のホームに来ている。

ことりも誘ったんだけど
「泣いちゃいそうなので遠慮しておきます。
 みなさんによろしく伝えてください」
と言って自宅に残っている。

「これ、ことりから。 電車の中で食べてくれって」
その代わりと言ってお重を持たされ、
それをマネージャーさんに手渡す。

「わぁ、ありがと」
昨日の夜一生懸命下ごしらえしていたものだ。
きっとおいしいに違いない。

朝一番の列車のため
ホームに居るのは駅員さんぐらいしかおらず静かなものだった。
サラさんの横では朝が苦手なテツさんとマヤさんは大あくびをしていて、
少し離れたところにある自販機でタバコと飲み物を購入してきた
シュウさんとクマさんがこちらに戻ってくる。

そういえばよくタバコ買って来いとか
酒買って来いとか
缶コーヒー買って来いとかいろいろ使いっぱしりさせらてたっけ。

シュウさんとクマさんはいつもちゃんとくれたけど、
テツさんとマヤさん、かなりいろいろ代金を踏み倒されてるような気が……。

まぁ今となってはいいんだけどね。
でも、そんな事すら思い出に変わってしまうだなんて、
なんだかちょっと悲しい。

「そろそろ行くか」
リーダーがそういうとにぎやかに喋っていた会話が
プツリと途絶えた。

よく見ると時計の針はもうすぐで出発時刻を示している。

「ううううう、凛ぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うわぁぁぁぁ。 クマさん、痛い痛いって」
突然クマさんが長い間ガテンで鳴らしてきた腕っ節で
力いっぱい抱きしめてきて
さらに髭ずらでほお擦りしてくるから体全体がものすごく痛い。
く、苦しい!
死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!

「寝る前にはちゃんと歯を磨くんだぞ」
しばらくしてようやく離れてくれて、
濡らした涙をトレードマークである肩にかけていたタオルで
拭いながら頭をなでて来る。

歯を磨けって……、
俺はどこかの子供ですか?

でもクマさんのドラム、ほんと好きだった。
抜群の安定感があって、
トップを勤める者としてはすごく縁の下の力持ち的存在感を
ライブの時は背中からヒシヒシと感じていたからだ。

トボトボと足取りを重そうに列車に乗り込むクマさんの次は
道化師のメンバーの中で一番の博識で常識人であるベースのシュウさん。
サラさんとこの人が居たからこそあの脱線した大人3人が
道化師はまっとうにやって来れたと言っても過言ではない。

「また演ろう」
「はい」
差し出された手を握り、がっちりと握手をかわす。

機材マニアのシュウさんにはそれこそエフェクターやらアンプなど
音響機器に関してはド素人だった俺をライブセッティングが
出来るようになるまで鍛えてくれた。

シュウさんが教えてくれたなかったら今だに機材関係には疎かっただろう。

続いては長い銀髪を赤いリボンで首の後ろ側でまとめてる
マダムキラーで同じギタリストのマヤさん。

「ギターの道は一日にしてならず」
「わかってます」

すっごく顔立ちが整っていて陽気で女の人にだらしなくって、
なんかどこか修ちゃんみたいなところあるけれど、
でもこの人がいなかったら俺、
こんな半年で劇的にギターの技術なんて向上しなかった。

左で弦をはじくだけで弾くレフトハンド奏法は特に
マヤさんにそれこそ手が腱鞘炎になりかけそうになるような
地獄の猛特訓で叩き込まれなかったら未だ出来なかっただろう。

俺のギターの師匠はマヤさんしかいない。

「ことりちゃんと仲良くね」
そしてポンと俺の肩に手を触れてから少し距離を置いたのは
道化師メンバーの紅一点のマネージャーさん。

「サラさんこそ」
会場設備やチケットの手配、
各関係者との連絡、
お金の管理などなど
サラさんが居てくれるおかげでメンバーみんな
音楽に専念出来ているんだと思う。

それに私生活が破綻しまくってるテツさんをここまで生かせておけるのは
まさにサラさんの処世術がなせる業なのかもしれない。

来年になったらそんなテツさんと結婚するんだよなぁ。
なんか、いつも喧嘩(と言っても怒られてるのはテツさんだけど)してる
イメージあるけど、
本当はすごく仲がいいんだよな。
テツさんは何も言わないけれど、
なんとなく雰囲気でサラさんの事を大事にしてるの分かるし、
サラさんもまた歌っている時のテツさんを誇らしげに見てる。

これからも二人で幸せに過ごして欲しいと願うばかりだ。

そして最後にリーダーと向き合う。

なんかライブハウスでバイトしていた時、
初めて話しかけられてから半年以上経っているのに、
ものすごく長い年月一緒に居たような気がする。

俺はこの人の音楽に触れて
人生でこれ以上にないぐらいの衝撃を受けて、
憧れてギター初めて、
そしてここまで来たんだよな。

でも一介のギター小僧だった俺が
まさか道化師のメンバーになれるなんて思いもしなかったけれど……。

「やる」
ポンと無造作に何か頭に載せられた。

頭で受け取ると、
それはA4サイズぐらいの茶色の紙封筒。
中をあけると数枚の用紙があり、
出してみるとそれはスコアだった。

いつもながらの手書きのものをコピーされたもの。
でもめずらしくパートごとのではなく
ちゃんとボーカル、ギター、ドラム、ベースの譜面までおこされてる事、
そして特筆すべきはいつもならギターⅠ、Ⅱと俺とマヤさんのパートが
別々にあるはずなのにそれがない。
さらに何故かキーボードの譜面まである。

しかもこのスコア、見たことがない
つまりまったく新しいもの。

ボーカルのコードの下にはちゃんと歌詞もついてる。
けれど肝心のタイトルが空白になっていた。

「タイトルはお前がつけろ」
いつもどおり高いところから見下ろしてくるような視線で、
さらにニャリと口元に笑みを浮かべてる。

「テツさん……」
まさかわざわざ作ってくれたか?
俺の、ために……。

たぶんこれがインディーズ道化師、
最後の曲。

こんなもの自分がもらっていいものかと思ったが、
でも今はありがたく受け取った。
これは一生の、俺の宝になるに違いない。

「じゃあな、凛坊」
テツさんこちらに背中を向けて片手を軽く上にあげて
左右に振りながら列車に向かっていく。

俺と背丈なんてほとんど変わらないのに、
その姿はとても大きく見える。

それはいつも追いかけていた背中。

ゆっくりとゆっくりと、
それはスローモーションに距離が離れていく。
それは同時に道化師との別離を意味していて、
急に胸が締め付けられる衝動が襲ってくる。

「テツさん、みんな!」

ドア付近にいるメンバーが一斉に俺を見る。

憧れて尊敬してずっと追いかけてきて、
でもまだまだ全然で、
だけど、
だけど、

「俺、俺……」

でもいつか、
きっといつか、
「必ず追いつくから。 絶対絶対追いついてみせるから!」

かならず辿り着いてみせるよ。
あなた達と同じ土俵の上、
プロというステージへ。

「ば~ろぉ! お前が追いつく頃には、俺様達の天下よ」
テツさんが不適の笑みを浮かべて、
右手の人差し指を立てた瞬間プシューとドアが閉まり、
列車が徐々に加速し始める。

電車のドア越しの向こう側。
クマさんままだ泣いていて、
マヤさんはサムズアップしていて、
サラさんとシュウさんは手をふってくれていて
テツさんはVサイン。

俺はその動きに歩調を合わせ早足になり、
そして駆け出して、
気がついたらこれ以上行けない
ホームの先の行き止まり柵まで来ていた。

遠ざかっていく、みんな。
ファンと電車の汽笛が遠くで鳴り響く。


クマさん、
シュウさん、
マヤさん、
サラさん、
テツさん……。

スタジオで練習した事、
アルバム作った事。
夏に全国のライブハウスへ周った事。

その他いっぱいの思い出。
どれもみんな、

楽しかった。
楽しかった。
楽しかったよ!

「ありがとう、ございました!」
ありったけの感謝と敬意を込めて、
深々と頭を下げた。

……………………………
………………………
…………………

顔をあげるとすでに線路には列車の陰も形もなかった。
くるりとターンしホームの階段を下りていたら
もう道化師として演奏できないんだ、
俺は道化師のメンバーじゃないんだ、
あの仲間の枠からはずれてしまったんだ、
そう考えるとなんだか寂しさがこみ上げて、
目頭が熱くなってきたけど、ぐっとこらえた。

胸に詰まる想いってこういう事を言うんだなぁ
なんて、
思いながらトボトボとうなだれつつ改札口を通り
駅の郊外へ出る。

えっ……。

どうしてここに?
家で待ってるって……。

そう彼女が、ことりが
灰色の空を見上げながら街灯のところで後ろに手を回して立っていた。

ああ。
ああ、そうか。
心配で来てくれたんだな。

俺と視線が合うとたたたっと駆け寄って来て、
「ちゃんとお別れは、できた?」
「あ、うん」

ちゃんとつけてきたよ。
最後の、ケジメを。

「帰ろ」
ニコッとやわらかい笑みを浮かべて、
差し出された手の平。

もちろんなんのためらいもなくその手に触れる。

道化師とは今生の別れって訳じゃない。
けれど今まで当たり間に居た存在が、
急に居なくなってしまうという一種の喪失感みたいな
寂しさは隠せない。

けれど今の俺はもう一人じゃない。

母さんやまりあママ、美春や暦姉さんっていう家族が居る。
修ちゃんや美咲姉さん、朝倉や杉並っていう友達が居る。

そしてなによりこの手の温もりの先、
ことりが、彼女が傍に居る。

だから俺は大丈夫。

後は迷うことなく、
あの人達に追いついて、
追い越すだけだ。

だからまた会う日まで。


さらば、道化師。

(つづく)

 


次回予告

みなさんこんにちは、鷺澤美咲です。

ことりさんと仲直りできて良かったですね。
でもこうなるって分かっていましたから、
私は何も心配していませんでしたけど。

さて次回は……

道化師という音楽活動の場を失ってしまった凛さん。
他のバンドの方のサポートなどでギターを演奏なさいますが
いまいちシックリきません。

そしてバンドのライブの日、
なんとメンバーの方全員牡蠣鍋でお腹を下してしまって
救急車で搬送されてしまいました。
たった一人の凛さん。
この窮地を救ったのはもちろん♪

次回、新章 ニュージェネレーション編開始
D.C.F.L 第83話「ミチシルベ」
みなさんまた、読んでくださいね。


あとがき、みたいなもの

D.C.F.L第82話、読んでくださってありがとうございました。

究極の選択編はこれにて完結です。

メジャーデビューをして栄光を手に入れるため道化師をとるか?
それともかわいい大切なことりちゃんをとるか?
主人公:姫乃凛にとってはこれ以上にない程の
究極の選択だったと思いますが、いかがだったでしょうか?

人生は選択の連続だと思います。
みなさんも今までいろんな選択を迫られた事があるはずです。

あの時こうしておけばよかったな~と後悔したり、
これでよかったと納得できたりと
その時の状況を凛を通して思い出してもらえたら
作者としては嬉しい限りです。

さて、いよいよ次回からニュージェネレーション編に入ります。
初音島、ことりちゃんのところへ留まる事を選んだ凛。
はたして次のステージは?!

それではまた次回お会いしましょう。


<風の妖精HPより読者の皆様へお願い>

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