ゴヲスト・パレヱド
RRRRaika
EP.1 初夏、半吸血鬼と新たな家族
ACT1 いざ、新天地へ
ガタガタとリズミカルに揺れるバスの中で、
やや白っぽい、不健康そうな肌。濡羽色の髪をミドルヘアに整えており、衣類は安物のシャツとジャケット、ジーパンというもの。履き物は高校の入学祝いで父親からもらったショートブーツ。膝の上にリュックサックを乗せて、足元には黒塗りのキャリーケースが一つ。それだけ見ると、この『妖怪の街』と言われる
「次は
合成音声で流れてきた声に、燈真はハッとして目を開けた。藍色の双眸が車窓の向こうの落ち着いた街並みを見据え、それから右手でベルを押した。運賃を財布から取り出して、寝ぼけ眼を擦る。
「ずっと寝てた……」
市営バスに乗っていた約一時間、彼は出立前の忙しさにかまけてろくに寝ておらず、ついつい車内で寝ていた。客が少ないということもあり、遠慮なく座席に座ったのも理由だ。初夏に差し掛かっている外でバスを待っていたという苦痛も、睡魔に拍車をかけていた。半吸血鬼を含め、純血の吸血鬼も映画のように太陽光で焼け焦げて死ぬことはないが、常人よりは日光に弱い。普通に、吸血鬼以外の種族より体力を消耗する。半分の血が吸血鬼である燈真には、七月……というか、大体六月から長ければ十月くらいまでは地獄のような日々が続くのである。
大きなあくびをして、両手を伸ばした。パキパキと小気味いい音を立てる関節。首を回し、バスが停車してから立ち上がった。数人の客はいずれも妖怪で、五人のうち一人だけが……運転手だけが人間だった。もっとも妖怪の中には、外見だけでは人間と変わらない種族もいるため彼が人間であると見た目だけで断言はできない。燈真だって色白で目が青いだけの人間、という表現で通じるほどだ。
「ご乗車ありがとうございました」
燈真は運転手に軽く会釈し、バスを降りる。車内の冷たい……というか、寒いほどの空気から一転して焼かれるような温度にさらされる。中肉中背で特別肥満ではないが、それでもこの暑さでは汗が滲んだ。肌を焼き焦がすような日輪の熱射が降り注ぎ、燈真は白い肌に汗を浮かべてため息をつく。
燦月町駅前はそれなりに賑わっていた。地方都市である裡辺市だが、その人口は三〇万人。現在は頓挫して白紙に戻ったとはいえ、一度は政令指定都市への構想もあったという。なので地方であるとはいえそれなりに設備は揃っているし、普通に暮らす分にはなんら不便はない。神奈川の大都会で育った燈真には落ち着いた雰囲気に思えるが、けれど田舎と称されるほどの土地で育った者にとっては驚くような発展具合だろう。
「死ぬ……」
燈真は三十度越えの炎天下に、五分と経たず諦めた。死にそうな顔で近くの自販機に向かって、小銭を入れて冷たいトマトジュースを買う。出てきたそれのプルを引いて一気に飲み込んで、少しでも体を冷却させようと試みた。濃厚なトマトの感触と、人によって好みが分かれる味が口に広がり、五臓六腑に染み渡っていく。完飲して缶を捨て、多少はマシになったな、と燈真は日陰のベンチに座った。日に当たる場所と日陰では温度差が大きく生じ、それは夏場に弱い吸血鬼にとっては常識と言えるようなものだ。場合によっては倒れることもあるが、まあそれは他種族でも熱中症で倒れることもあるので、特別なことではないだろう。
「迎えが来るらしいけど……そろそろだよな」
周りの高校生、ないしは大学生くらいの男子がベンチに座る燈真をチラチラ見ては去っていく。
彼の顔立ちは中性的……というか女顔で、下に穿くものをスカートにすればそれだけで性別が変わるような感じだ。最悪、男物のズボンでもナンパされてうんざりする。自分はクラインフェルター症候群というものらしく、燈真の場合はX染色体が二つ多いXXXY型。症状が強く出ているタイプのものだった。男女の性別を決める染色体が異常を起こす病気で、そのせいで燈真は体つきもやや女性的で、身長は高校一年生でやっと一六四センチ。骨格もがっしりしていない。合併症や運動能力は吸血鬼の血で防がれているが、思春期男子なら誰もが持つ悩みである男性器は、精々平均サイズかそれよりも下ほどだ。
そこまで考えて思い出したくない過去に行き着き、ため息をつく。陰毛も生えない、髭も生えない……まあ、髭は生えなくていいが、顔立ちまで変に女性的なので短いヘアスタイルが壊滅的に似合わないのも悩みだった。それが理由でいじめられたこともある。なるべく顔を隠せるようにと、あとは前の高校での校則に引っかからない範囲で伸ばしていた。
両親はそれがあなたらしさでしょう、と励ましてくれたが、だからといってなんの慰めにもならなかった。子供のいじめは悲惨だ。小さな心では受け止めきれない罵声が次々に、数十人、或いは百人以上からぶつけられる。
「やめよ。……馬鹿馬鹿しい」
余計な思考を振り払う。燈真はなんとなく顔を上げて道路の方を見た。すると、一台の乗用車が近づいてくる。メタリックブルーのそれは写真で見た通りの迎えと一致しており、燈真はあれが
「おーい」
助手席から降りてきた真っ白な妖狐が手を振った。可愛らしい少女で、尻尾が五本ある。妖狐は尻尾の数で格が決まる妖怪であり、大半は三尾から四尾ほどで頭打ちだ。大半は一尾や二尾であるが、五尾ともなれば超優良物件、と断じても過言ではないだろう。それ以上になると稀少種族としか言いようがない、ごく稀なものとなる。それこそ妖狐の中でも超長寿の個体が百年以上、二百年以上かけてそうなるか否かだろう。
あの白い妖狐は多分燈真と同い年くらいだが、それで五尾になれる妖狐など……それこそ百年に一人いるかいないかだろうと思った。
「あんたが燈真?」
「うん。霧島燈真。……えっと、
「ええ。稲尾椿姫。……ひょっとして、覚えてないの?」
燈真は質問の意図がわからなかった。
「え……前に会ったっけ」
「小さい頃一緒に遊んでたでしょ。確か、四歳か五歳の頃くらいにあんたが引っ越したけど、それまでは……」
「ごめん、小さい頃の記憶があんまりないんだよ。……嫌な思い出ばっかで、忘れたくて」
椿姫はどこか物悲しそうな顔をする。燈真は慌てて首を振って、
「いや、椿姫たちとの思い出が嫌じゃないんだ。そのあと、その……見た目で虐められて」
「そっか。……人間って、残酷だからね。妖怪とは違って精神的に追い詰めてくるし。気に入らない奴がいるんならぶん殴ればいいのに」
後ろのトランクを開けてくれた椿姫に礼を言って、荷物を積んだ。それから後部座席に座ってシートベルトをする。運転席には、二十代半ばほどの淑女が座っていた。
「初めまして、燈真様。お初お目にかかります。お元気そうで何よりです」
「……えっと、その……」
「セラ・アージェイド。汎用型の、生活サポートアンドロイドです」
「アンドロイド? 生で初めて見たけど、本当に自然に喋るんだな……」
近年普及しているアンドロイドは、ニュースなどでよく取り上げられる。生身に近い人間や妖怪のような会話が可能で、思考能力も同じく。様々な分野で活躍しており、高い筋力などを活かして医療現場や介護の場で活躍しているが、一台で一億から三億、物によってはその十倍ほどの値段がする。稲尾家は確か、裕福な家だったという記憶があるものの、はっきりとは思い出せない。山の方にあることと、屋敷、というほどの自宅だった記憶がある。
「燈真様の身の回りのお世話を任されておりますので、なんなりとご命令を。ただ、度を越したものは無理です」
「わかってるよ」
「セラ、早く帰ろうよ。私のプリン食べられたら嫌だし」
「そうですね。ご家族の方々も、燈真様を心待ちにしておられますので」
車が静かに発進。電気自動車なので当然だが、小さい頃に乗っていたガソリン車に比べるとほとんど音がしない。道路に出てすぐに交差点を曲がり、山の方へ進んでいく。人工物が減っていき、見えてくるのは田舎の風景。川や乱立する木々、野原と、ときどき建つ一軒家など。高校に通うのに時間がかかるかも、と思ったが、些細なことだ。今までだって通学に四十分以上かかっていたのだし。
次第にフロントガラス越しに大きな屋敷が見えてくる。築地塀に植え込み、立派な門構え。大物政治家の家、もしくはヤがつく人々の本拠、といったところか。
「椿姫、お前らカタギだよな」
「……私たちをなんだと思ってんの?」
振り返りざま、椿姫にそこそこきつい睨みを利かされた。紫色の瞳は綺麗で、耳と尻尾の先端も同じ色合い。白という体毛に神秘を滲ませているとでも言えばいいのか、キャミソールにスカートには似合わない神々しさがあった。
「ごめん。家があんまりにもでかいしさ」
「まあ、当主がお金持ちだし。……ひょっとしてさ、
「えっと……妖狐、だっけ。長生きの」
「まあそうね。その認識でいいわ。九尾の妖狐で、……っていっても二代目って感じだけど。玉藻前とかとは違う狐。九尾だから色々あって、お金を持ってるの」
九尾の妖狐……それを聞いて、燈真は自分の父に疑問、というか懸念を抱く。あの人は、ひょっとして九尾を怒らせたのだろうか。だからおかしな縁ができたのではと疑い始める。よもや燈真が生贄のような扱いにはならないと思うが、少し不安になってきた。
「父さん、稲尾さんに恨まれてる?」
「えっ、そんなことないけど……」
「霧島
セラがそう言った。少しだけ安心するが、九尾に感謝されるほどのことを父がなぜ、どうしたというのか。新たな疑問が浮かんで、考えてもわからないのでそれ以上の思考を放棄した。
車が門に近づくと何かのセンサーが働いたのか、自動で頑丈そうなそれが観音開きに開いた。玉砂利敷の庭を進んで大きなガレージに入る。そこにはこの車以外にもいくつかの自動車やバイク、自転車が置かれていた。
「あ、そうだ。この辺の土地、稲尾家の私有地だからね。あっちの山も」
「は……山?」
「うん。だから時期になると山菜を取りに行ったりするの。冬になると猟銃持ってって猪とか鹿とか捕ってくるわよ。危ないから猟銃免許持ってるやつだけで行くけどね」
猟銃が日本にも存在することや、それを用いた狩りが実在することも知っていた。けれどそれが現実で行われていることは、それこそ現実味がなくて他所の土地の出来事、というような認識である燈真には狩りをすると言われてもいまいちピンとこない。
「燈真様、荷物は私が運びますので、椿姫様と家の方へ」
「流石に悪いって。自分のは自分で持つ」
「平気ですよ。アンドロイドは主人の役に立つことこそが使命ですからね。どうか私を燈真様のお役に立たせてください」
椿姫が「本気でこう言ってるから」と耳打ちする。燈真は頷いて、
「ありがとう。セラ、それから椿姫、よろしく」
「はいはい。セラ、燈真の部屋に運んでおいてね。あと、中身は勝手にみちゃだめ」
「わかっていますよ。思春期の男性は色々難しいですからね。覗いたりはいたしません」
なんというか、少しおかしな勘違いをされた気がする。が、気にしても仕方ないので燈真は椿姫の案内に従って玄関まで歩いていく。目の前をモッフモッフ動く尻尾に、つい手が伸びそうになるのを堪えた。
「……そんなに尻尾が気になる?」
「ああ、ごめん。なんか懐かしい感じがして」
「ちっちゃい頃、あんたよく私や柊の尻尾にくるまって昼寝してたしね。九尾の尻尾を抱き枕にするなんて、一国の主でも無理なのに。まあ柊も懐かれてるって喜んでたし、いいと思うけど」
いいんだ、と燈真は内心胸を撫で下ろす。九尾の妖狐の怨念ほど恐ろしいものはなく、その祟りは命を吸い取るほどであるとされている。世界最強の大妖怪は生きている間も、そして死してなおも馬鹿みたいな力を発揮するのだ。二代目が初代に比べどれほど力の差があるのかはわからないが、それこそ国の軍隊を相手取っても余裕で制圧できるほどには強い、ということは知っていた。そして得てしてプライドが高い妖狐は、無断で尻尾を触られると酷くその人物を恨むとされていたが……柊が怒らなかったのは、やはり父の善行が理由なのだろう。
「ただいまー。燈真連れてきたよー」
「燈真さんですって!?」
玄関のすぐそばにある
「十年以上ぶりですねえ……覚えてます? って、さっき椿姫さんからメールをもらってますけど」
「ごめん、あんまり覚えてない」
「ちょっとショックですけど、まあまあ、いいでしょう。クラム・シェンフィールドです。見ての通り、西洋最強格の大妖怪、竜です」
セクシーなポージングをするクラム。椿姫が「わかったから、なんか飲み物用意してくれる?」と促す。クラムは「ちょっと待っててくださいね。あ、手洗いとかしてくださいよ」と言って去っていく。多分、彼女はキッチンへ行ったのだろう。
燈真と椿姫は洗面所に向かってしっかりと手を洗い、うがいをした。それから予防のためにアルコール消毒。ジェル状のそれを塗り込んで、さっきクラムが出てきた居間……というか、大広間に入る。
「お?」
広間には妖怪が多数。種族も性別も異なる妖怪がいて、その中には上座に座る九尾もいた。彼女は軽く手を振って、燈真は会釈する。そんなことなどお構いなしに近づいてきたのは、二尾の可愛らしい白い妖狐。椿姫の……弟、だろうか。多分小学校に上がってすぐくらいだろう。六歳か七歳くらいだ。
「お姉ちゃん、この人が燈真?」
「うん。あんたのお兄ちゃんになる人よ。ほら、挨拶」
「稲尾
「俺の話?」
「昔一緒に遊んでた仲のいい人だって。ちっちゃい頃は結婚──」
「馬鹿このっ、余計なこと言わないの!」
一体なんの話をしていたのか。まあ、幼少期の思い出を聞かせていたのだろうけど。椿姫は竜胆のほっぺたにアイアンクローを決め、必死に抵抗する幼狐を座らせる。
「お姉ちゃん、僕は暴力はだめだと思う」
「私は余計なことを言うのは駄目だと思うな」
「ムー……」
竜胆の隣に燈真は座って、頭を撫でた。兄弟がいないので、なんとなく新鮮だ。
「ねえねえ、お兄ちゃんって呼んでもいい? だめ?」
「いいよ。でも俺、弟とか妹とかいないから……椿姫みたいにちゃんとした接し方できるかわからないぞ」
「へーき。お姉ちゃんもわりとちゃんとしてないし──いだだだだ!」
ぐい、と耳をつまむ椿姫。竜胆が慌てて「なんでもない! 幻聴!」と反論する。やや姉に権力が偏っているが、仲が悪い感じではない。
「飲み物ですよ。燈真さんはカフェオレ好きでしたよね」
クラムがタンブラーに注がれたカフェオレを持ってきた。甘さはお好みで、ということでシュガーが別個でおいてある。お盆から下ろしたタンブラーと、あとはお菓子。バウムクーヘンだ。
「クラム、なんで私にはバウムクーヘンがないの?」
カフェオレだけの椿姫がやや不服そうに言う。
「あなたはプリンがあるじゃないですか。冷蔵庫の中に置いてあった焼きプリン、椿姫さんのじゃないんですか?」
「あっ、そうだった!」
ばっと椿姫が立ち上がり、居間を去る。
「騒がしいお姉ちゃんだな」
「うん。おかげで毎日退屈しないよ」
どこか大人びたことを竜胆が言った。確かにこの家なら、退屈はしなさそうだなと燈真も思った。
ゴヲスト・パレヱド RRRRaika @Thukinohra0707
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