嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第53話「人の心は儘ならないゾ」

 九校戦の代表チームが52人に対し、論文コンペの代表は僅かに3人。これだけ人数に違いがあると、校内での盛り上がりもさぞかし差があることだろう――と思いきや、校庭では大勢の生徒達が1ヶ所に集まって何やら作業をしていた。あちこちから大声があがるその光景は、普通の高校ならば文化祭を思わせるような賑わいである。

 それもひとえに、論文コンペが九校戦と同じくらい重要な行事と見なされているためである。

 

 理由は2つ。1つは、これが実質的に魔法科高校間での優劣を競う大会だからであり、九校戦で成績の振るわなかった高校は雪辱戦のつもりで臨むため。そしてもう1つは、代表に選ばれなかった生徒でも直接関わることのできる機会に恵まれているため。

 論文の発表に“実演”が含まれている以上、張りぼてでは評価されない。魔法装置の設計、術式補助システムの製作、システムを制御するソフト、搭載するボディ、テスト要員と補助要員、安全確保のためのシールド精製要員と、その作業は多岐に渡る。

 また製作作業だけでなく、それらプレゼン用の機材やデータ、さらにはプレゼンターを警備するために風紀委員や部活連の有志が駆り出されるし、少し関係が薄いところを挙げるならば、作業に携わる生徒達のために女性生徒有志による飲み物・お菓子の差し入れ部隊まで組織されている。そしてその部隊の中には、ロボット研究部が有する人型家事補助機械・3H(Humanoid Home Helper)まで導入されるという総力戦ぶりである。

 しかし、賑わいの原因となっているのが彼らの声や作業の音だけかと言われると、必ずしもそうではなく――

 

「あ、いたいた! おーい、達也くーん! しんちゃーん!」

 

 エリカが大きく手を振りながら、作業している生徒達の中心にいた達也とその傍にいるしんのすけの下へと駆けていった。ちなみに彼女についてきたレオと幹比古は少し離れた所で他人のフリをしており、美月は顔を真っ赤にして「邪魔しちゃ駄目だよ……」と恥ずかしそうに注意していた。

 彼女の性格をよく知る達也は作業の手を止めて苦笑いを浮かべ、しんのすけはそもそも気にする素振りも無く手を振り返している。

 そしてもちろん、そんな彼女に苦言を呈する者もいるわけで、

 

「おいっ、千葉! おまえ、ちょっとは空気読めよ! 今達也が作ってんのは論文コンペのキモ、一番大事なところなんだからよう!」

「あ、さーやも見学?」

 

 熱弁を奮う男子生徒・桐原を無視して、エリカはその隣にいる紗耶香に話し掛けていた。彼のこめかみに、くっきりと血管が刻まれる。

 

「おい千葉! 無視すんな、こら!」

「えーっと、どちら様ですか?」

「桐原だよ、桐原! ってかおまえ、普通に何回か話してるだろ!」

「そう! せっかく紗耶香ちゃんとお付き合いを始めたのに、手を繋ぐことすら儘ならない初心(うぶ)な桐原くんだゾ!」

「余計なお世話だ、野原!」

「エリカは見学じゃなさそうだな、何か用か?」

 

 桐原が本格的に怒る前に達也が話を切り出すと、エリカもそれを悟って「美月が美術部としてお手伝いに呼ばれたから、その付き添い」と簡潔に答えた。

 

「エリカ、面白いものが見られるからこっちにいらっしゃい。しんちゃんも一緒にどう?」

「面白いもの? どれどれ?」

「ほっほーい」

 

 と、達也たちの輪の中に入ってきた深雪の言葉に興味を惹かれ、2人はそのまま彼女に連れられてこの場を離れていった。その際に深雪は、達也たちを見遣り申し訳なさそうに頭を下げていた。

 

「……おまえの妹、本当にできた奴だよな」

「ええ、同感です」

 

 腕を組んで真面目な表情で深雪を眺める桐原と達也に、紗耶香は思わず吹き出してしまった。

 

 

 

 

 2人が深雪に連れられた先にあったのは、台座と4本の腕で支えられた直径120センチほどの透明な球体だった。その装置を組み立てるスタッフだけでなく、騒ぎを聞きつけてやって来た野次馬が周りを取り囲んでおり、活気溢れる作業場の中でも特に賑わっていた。

 

「……でっかい電球?」

「あれはプレゼン用の常温プラズマ発生装置よ」

「常温? 熱核融合ですよね?」

 

 いつの間にか近くにやって来ていた幹比古が、未だに癖の抜けない丁寧語で深雪に問い掛けた。

 そして深雪はそれに対し、自分の頭の中から記憶を引っ張り出して答える。

 

「熱核融合というのは反応のタイプであって、超高温であることは必ずしも必要ではないみたい。……ごめんなさい。私も詳しいことは理解していないから、後でお兄様に訊いてみる方が良いと思うわ」

「深雪ちゃんが分かんないなら、オラ達が聞いても分かんないゾ」

 

 しんのすけの言葉にエリカが「それもそうか」と快活に笑い、深雪は否定するように苦笑いで首を横に振る。ちなみにレオは、先程から興味津々といった感じで実験装置に釘付けになっていた。

 と、周りが途端に静寂に包まれた。多くの視線を集める中、五十里が鈴音に目で合図を送り、平河と達也がモニターする据置型の大型CADへ鈴音がサイオンを注ぎ込む。身につけて携行する小型CADよりも遙かに高速な術式補助機能が発動し、行程が幾重にも積み重なった複雑な魔法式が発動した。

 高速の水素ガスがプラズマ化し、分離した電子が発光ガラスに衝突して光を放つ。高い電圧を掛ければ簡単に引き起こせる現象も、魔法だとエネルギー供給無しに電子を分離して電気的引力に逆らって電子を外側に移動させるという操作を持続的に行う必要がある。

 その光景を目の当たりにした生徒達は「やった!」とか「第一段階クリアだ!」などといった歓喜の声をあげた。その声が大きかったおかげで、エリカの「やっぱ電球じゃん」という失礼な呟きが掻き消された。

 

「皆さん、お疲れ様でした。引き続き、よろしくお願いします」

 

 あくまでこれは数多くある装置の1つに過ぎず、残っている作業はまだまだ沢山残っている。鈴音の声に生徒達はそれぞれの持ち場に戻り、それに釣られるように野次馬も解散していった。

 しかしそんな中、しんのすけだけはその場を動かず一点だけをジッと見つめていた。

 

「どうした、しんのすけ?」

「達也くん、あそこに千秋ちゃんがいるゾ」

 

 しんのすけが指差す先には、校舎の陰に体をほとんど隠しながら頭だけを出してこちらを窺う女子生徒・平河千秋の姿があった。そして達也がこちらを見ているのに気づいたのか、ギョッと目を見開いて踵を返すのが見える。

 そんな彼女の手には、携帯端末のような機械が握られていた。

 

「――おっ、達也くん?」

「んっ、どうしたの?」

「何だ?」

 

 いきなり走り出した達也に桐原・エリカが反応して後を追い、1拍遅れてレオ・紗耶香がそれに続く。

 

「あらっ、お兄様は?」

「何だか千秋ちゃんを追い掛けて行っちゃった」

 

 深雪は目を丸くして彼らを見送り、しんのすけは不思議そうに首を傾げてその場に残り、

 

「――えっ? 千秋?」

 

 そして作業中だった平河小春が、妹の名前に反応して顔を上げた。

 

 

 

 

「そこの女子生徒、止まれ!」

 

 達也の鋭い声に、全速力で逃げていたその生徒が咄嗟に足を止めた。声に驚いて体を強張らせてしまったのか、逃げられないと悟って諦めたのかは分からないが、彼女の逃走劇は芝生の敷き詰められた中庭で幕を下ろし、その間にエリカ達が2人に追いついていた。

 

「1年G組、平河千秋だな。今ポケットに隠したデバイスを出してもらおうか」

「……何のことですか? 私にはさっぱり――」

「エリカ」

「オッケー。さて平河ちゃん、ボディチェックのお時間ですよー」

「……分かりましたよ。出せば良いんでしょ?」

 

 ふてぶてしい態度を崩すこともなく、千秋は普通の人間には見覚えの無い携帯端末を取り出した。達也はそれを見て、自分の憶測が正しかったことを悟る。

 しかしそれの正体を知る者が、彼以外にもう1人いた。

 

「無線式のパスワードブレーカー……」

 

 それはパスワードを盗み出すマルウェアをハード化したもので、パスワードに限らず様々な認証システムを無効化し情報ファイルを盗み出す機械だ。もちろんそれは立派な犯罪行為であり、よってこの機械も違法な代物である。

 憤りが籠もった声が、紗耶香の口から漏れた。そんな彼女に、桐原が心配そうな視線を向ける。

 

「目的は、論文コンペのデータか?」

「……だったら、どうするつもり?」

「外部に情報を漏らす可能性のあるおまえを、風紀委員権限で拘束する」

「――はっ。そうやって、また優越感に浸るつもり? 私のことを馬鹿にして」

 

 鼻で笑ってそう吐き捨てた千秋の言葉に、達也だけでなく他の面々も首をかしげた。

 

「どうせあんたは、自分のことを頼ってきたお姉ちゃん達のことも馬鹿にしてるんでしょ! 一科生が二科生である自分を頼ってくるのを見て、内心では優越感に浸ってるんじゃないの!?」

「……何を言っているんだ?」

「本当はアンタ、普通に一科生になるだけの実力があるんでしょ! なのにわざと二科生で入学して、自分の方が上だと思ってる奴らのプライドを踏み躙るのが快感なのよ! 九校戦のときだって、技術スタッフとして裏で牛耳ってるのはさぞ楽しかったでしょうね! モノリス・コードで一条家の御曹司を公衆の面前で倒したときなんて、小躍りしたくて仕方がなかったんじゃないの!」

「……アンタ、さっきから聞いてれば――」

 

 エリカが怒りを顕わにして千秋に詰め寄ろうとするのを、達也が腕を真横に伸ばして制した。

 

「そのことが、どうして論文コンペのデータ漏洩に繋がる?」

「別にデータが目的じゃなかったわ。プレゼン用のプログラムを書き換えて使えなくできれば、それで良かった」

「プレゼンを失敗させることが目的か?」

「まさか。どうせアンタなら、その程度のハプニングはカバーできちゃうんでしょ? でも本番直前でプログラムが駄目になったら、少しは慌てるんじゃないかしら? 何日も徹夜してダウンしちゃえば、いい気味だって思った。……私はただ、あんたの困った顔が見たかった」

 

 今にも泣きそうな表情で声を絞り出す千秋の姿に、達也の後ろで話を聞いていた面々は、彼女の話を聞いていたときの“違和感”の正体に気づいた。

 達也を責めているように聞こえる彼女の言葉だが、それは全て彼の実力の高さを認めたうえでのものだった。彼の実力を信じて疑わないからこそ、達也が実力を隠して他人のプライドを踏み躙っている、という考えが成立するのである。

 

 別に達也としては、彼女の勘違いについてはどうでもよかった。自分が彼女にどれだけ嫌われようとも、そもそも碌に話したことも無い間柄なのだから気にする必要も無い。

 達也が気になるのは、はたしてその勘違いから()()()()()()()()論文コンペの妨害という行動へと繋げていったのか、という部分だった。しかも非合法のハッキングツールなんて、一介の女子高生が手に入れられるような代物ではない。

 

「……平河さん、あなたが持ってるそのデバイス、どこから調達したの?」

 

 達也の隣に移動した紗耶香が、千秋に問い掛けた。

 

「……借りたものです」

「誰から?」

「……誰だって良いじゃないですか」

 

 所在悪そうにあちこちに視線をさ迷わせる千秋に、紗耶香は溜息を吐いて口を開いた。

 

「平河さんだからこそ、教えるね。――アタシも、スパイの手先になったことがあるの」

「――――!」

 

 紗耶香の言葉に、千秋はハッとなったように彼女へと顔を向けた。

 

「だからこそ忠告するわ。今すぐそいつらと縁を切りなさい。長引けば長引くほど、後で苦しむことになるわよ」

「……先輩には、関係の無いことです。放っておいてください」

「放っておけるわけないでしょう! あれから半年経ったけど、アタシは今でも体の震えが止まらなくなるときがあるの! 自分でも気づかない内に唇を噛み切ったこともあるし、掌に爪を食い込ませたときだってある! あなたには、アタシのような想いを味わってほしくないの!」

「だから! そんなの、先輩には関係無いじゃないですか!」

 

 千秋のその言葉は、明確な拒絶を意味していた。しかし紗耶香もここで諦めるわけにはいかない。もしここで彼女を踏み留まらせることができなかったら、彼女はもう二度と“こちら側”へは戻ってくることはできない。

 紗耶香の意志を感じ取ったのか、桐原もエリカもレオも戦闘態勢に入った。生憎得物は無かったが、武道の心得の無い彼女を取り押さえるくらいは訳無いだろう。

 そして千秋も、相手がそう思っていることは織り込み済みだった。だからこそ彼女にとっては、ポケットに忍ばせている閃光弾が何よりの切り札になる。

 

 一触即発。まさにそんな状況のとき、

 

 ごすんっ!

 

 鈍い音を響かせて頭をグーで殴られた千秋は、痛みのあまりその場に蹲ってしまった。そして緊張感がピークに達していた紗耶香達は、見事にその雰囲気を粉砕してしまったその生徒へと呆然とした表情を向ける。

 その生徒とは、論文コンペ代表の1人にして千秋の姉・平河小春だった。

 

「お、お姉ちゃん! なんでここに――」

「こんな大勢で妹を追い掛けてるって聞いたら、普通気になって見に行くものでしょ。そしたら何だか妹が洒落にならないことをやってるもんだから、そりゃ殴ってでも止めるのが姉の責務ってものよ」

「で、でも私は――」

「皆さん、妹がご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした」

「お姉ちゃん! なんでそんな奴に頭を下げてるの! アイツはお姉ちゃんのことを――」

 

 ごすんっ!

 千秋の主張を遮るように再び頭にげんこつを食らわせた小春は、蹲る妹をむりやり立たせると「はい、ごめんなさいしようね」と彼女の頭をむりやり下げさせた。彼女は未だに文句を言っているが、誰もそれに耳を傾けられる状況ではない。

 

「んで、達也くん。風紀委員に突き出すのは、少し待ってもらえないかな? せめて私達で“家族会議”を行ってからってわけにはいかない?」

「……分かりました。それで構いません」

「うん、ありがと。それじゃ達也くん、ついでで悪いんだけど、急用ができたから今日は帰るって市原さんに伝えてくれないかな?」

 

 達也が首を縦に振って了承すると、小春は千秋をむりやり引っ張ってこの場から離れていった。途中千秋が何度も声を荒らげて振り解こうとするが、小春がそれに堪える様子は微塵も無かった。

 

「……作業に戻るか」

「そうですね」

 

 2人の背中を見送った桐原の言葉に、その場にいた全員が同意した。

 

 

 

 

 達也と小春がその場を離れたことで、彼が操作していたキーボードの前に人の姿が無くなった。そのディスプレイには、論文コンペに使用する術式の原データが表示されている。

 そのディスプレイの近くを、1人の男子生徒が通り掛かった。彼はディスプレイの前でふいに立ち止まると、興味深そうな表情を浮かべてそのデータに顔を近づけていく。

 

「関本くん、何してるの?」

 

 突然背後から声を掛けられ、関本と呼ばれたその男子生徒は、ビクッ! と体を震わせて振り返った。

 そしてそこにいたしんのすけの姿を認めると、深呼吸をするように大きく息を吐いた。鼓動が早くなった心臓を落ち着かせる目的もあるだろうが、どことなく安心して胸を撫で下ろしているようにも見えた。

 

「ああ、野原か。いきなり話し掛けるな、驚くだろうが。――というか、俺のことは“関本先輩”と呼べと何回も言ってるだろ」

 

 関本はしんのすけと同じく風紀委員に所属している3年生であり、生徒会の代替わりを機に辞めた摩利や辰巳と違って未だに籍を置いたままだ。そして他の先輩のように諦めたり面白がったりすることなく、未だにしんのすけの上級生への言葉遣いを矯正しようとしている。

 

「んで、関本くんは何してるの?」

「……別に大したことじゃない。論文コンペの内容がどんなものか、少々気になったものでね」

「だったらリンちゃんに教えてもらったら? ――リンちゃーん! 関本くんが教えてほしいってー!」

「お、おい野原!」

 

 離れた場所で作業をしていた鈴音に呼び掛けるしんのすけに、関本は慌てふためいていた。口を塞ごうと手を伸ばしかけるが、既に彼女はその声に反応してこちらへと顔を向けた後だった。

 そして鈴音の目が関本へと向いた途端、彼女はスッと目を細めてこちらへと近づいてきた。いつも以上に感情を見せない能面のような彼女に関本は気まずそうに視線をさ迷わせるが、大きく1回咳き込んで気を取り直すと嫌みったらしい自信満々な笑みを浮かべる。

 

「やぁ、市原」

「関本くんは、このような実用的なテーマには興味が無いと思っていましたが」

 

 その表情に違わぬ冷たい声に、しかし関本は怯む様子は無い。

 

「基本コードのような基礎理論や術式そのものの改良を重視すべきという意見は変わっていないが、応用技術に興味が無いわけではない」

「基礎理論を軽視しているわけではありません。実用化に伴うリスクを軽減するためには、理論のための理論を研究するよりも、厳格な基礎理論の検証が必要ですから」

「検証と研究は違う。研究は創造だ。検証だけでは前進が無い」

「人間の役に立たない理論に価値はありません。実用化されてこその理論です」

「今は役に立たないように見えても、基礎理論の研究は未来により大きな果実をもたらす」

「未来の大きな果実は、現在の小さな前進を否定する根拠にはなりません。未来とは現在の積み重ねの上にあるものです」

 

 冷静に、しかし頑なに自分の主張を続ける2人の上級生を、しんのすけは興味深そうに観察していた。正直2人の口論の内容は何1つ理解できないが、2人が“水と油”と表現できるほどに仲が悪いことだけは理解できた。

 と、そんな2人が同時にしんのすけへと顔を向けた。

 

「しんのすけくんはどう思いますか? 基礎理論を追求するばかりで実用化を想定しないのは、あまりにも無責任に思えますよね?」

「野原、おまえはどう思う? 技術革新というのは、新たな理論によって形作られるものだ。基礎理論の解明無くして、新たな世界を拓くことなどできない」

「いや、2人が何を言ってるのか全然分かんないゾ」

 

 しんのすけの答えに、2人は同時に思案顔となり、そして再び口を開く。

 

「しんのすけくんが好きなアクション仮面で例えるなら、関本くんの理屈は、怪人を倒すための必殺技や武器の開発をせず、効果があるかも分からない基礎トレーニングをやり続けるようなものです。怪人を倒す目的を果たすのなら、真に意味のある必殺技や武器の開発に力を入れる方が良い」

「基礎トレーニングをしっかり行うからこそ現状の問題点に気づき、それが新たな必殺技の開発に繋がることだってある。それにたとえ必殺技や武器を考案したとしても、それを使いこなすだけの基礎能力が無ければ意味が無い」

 

 その例えでピンと来たのか、しんのすけは「ほーほー」と納得したように頷いた。

 

「アクション仮面のお話でも、今みたいな悩みをテーマにした回があるゾ。アクション仮面が今よりもっと強くなりたいって思って、色んな武器や必殺技の特訓にチャレンジするの」

「それで、結論はどうでした?」

「『地道にトレーニングするのが一番の近道だ』ってアクション仮面が言ってたゾ」

「ほらな、市原! やはり基礎理論の研究こそが魔法の発展に一番――」

「んで次の週のお話が、怪人ドロドロって奴を倒すために専用の武器を開発するって内容だった」

「ブレッブレじゃないか、アクション仮面!」

 

 地団太を踏む関本に対し、市原は表情の変化こそ乏しいがどことなく胸を張って得意気だった。

 

「残念でしたね、関本くん」

「う、うるさい! そもそもアクション仮面で例えようとしたのが間違いなんだ! だいたい何だあの作品は! 結局はビームを撃てば終わりじゃないか! だったら最初から撃っとけ!」

「それは違うゾ、関本くん! そこまでの駆け引きがあってこそのアクションビームなんだゾ! それに敵と戦うお話ばかりじゃなくて、中には感動的なのとか現代社会の風刺とか――」

「確かに娯楽作品を通して、当時の社会情勢を垣間見ることができるのは興味深いですね。特にアクション仮面ほどの長期シリーズだと、その時代によって微妙に作風も変化して――」

「しかしその結果、過去の話との矛盾を孕んでしまう可能性もある。特に怪人スネカジーリへの処遇の変化は、考察サイトでも度々議論に挙がるほどの――」

 

「……深雪、しんのすけ達は何を話してるんだ?」

「申し訳ございません、お兄様。私では何とも……」

 

 作業場に戻ってきた達也だけでなく、他の生徒達も3人の議論を遠巻きに眺めながら困惑の表情を浮かべていた。

 もっとも、さっさと作業に戻れ、という心の中での意見は全員が一致していた。

 

 

 *         *         *

 

 

 3人のアクション仮面論議で大分時間を取られたが、無事に論文コンペの作業が再開した。達也は代表補佐としての作業、美月は美術部の手伝いとしてあちこち走り回り、幹比古は用事ができたとのことでその場を離れていった。

 なのでレオとエリカは一足先に下校することとし、2人は駅までの道中を共に歩いていた。しかしレオとしてはたまたま近くに彼女がいるだけで一緒にいる感覚は無く、よって互いに会話が無かったとしても特にそれを不思議には感じていなかった。

 

「ねぇ、アンタはどう思う?」

「……何がだ?」

 

 むしろ、エリカからいきなり問い掛けられ驚いたくらいだ。

 

「しんちゃんのことよ。昨日あのスパイから聞かされて、アンタはどう思った?」

「……正直なところ、突拍子が無くていまいち信用できねぇな。『稀代の英雄』だの『世界中の有力者が注目してる』だの、規模がでかすぎて現実味もありゃしねぇ」

「確かに、アタシも正直そんな感じよ。――でもアタシは、あのスパイの話をデタラメだと一蹴することはできない」

 

 エリカの言葉に、レオは信じられないと言いたげに彼女を睨みつけた。

 

「……エリカ、おまえ、何を言ってるんだ?」

「だったらレオは、しんちゃん達のことをどこまで知ってるの? しんちゃんの交友関係が普通じゃないことくらいは、アンタも何となく察しが付いてるでしょ」

「……仮にあの話が本当だったとして、おまえはどうするつもりなんだよ。まさかおまえ、あのスパイの忠告を真に受けて――」

「面白くない冗談ね、レオ。アタシはね、今の心地良い生活が少しでも長く続けば良いって思ってるの。それを邪魔しようって奴らがいたら迷わず剣を向けるくらいにはね」

「何だおまえ、しんのすけの用心棒にでもなるつもりか?」

 

 冗談めかしてそう尋ねたレオに、エリカは肯定も否定もせず真剣な顔つきで口を開く。

 

「レオ。アンタ、モノリスの決勝でしんちゃんが一条将輝に小通連を振るおうとしたとき、何か感じなかった?」

「俺は特に何も感じなかったが……、おまえは何か感じたのか?」

「……アタシはあのとき、しんちゃんが一条将輝を殺しちゃうんじゃないかって一瞬感じたの。あのときのしんちゃんは、それだけの気迫があった」

 

 有り得ない、とレオは否定できなかった。エリカがそんな(たち)の悪い冗談を言う性格でないことは、この数ヶ月の付き合いでよく分かっている。

 

「でもアレって、しんちゃんにとっては本意じゃなかったと思うの。小通連の刃先がバラバラに分解したとき、しんちゃんは我に返ったような感じだったし。――そしてそんなしんちゃんを見たとき、アタシもホッとしたのよ。『良かった、彼が人殺しにならなくて』ってね」

「…………」

「しんちゃんって、たとえ相手が敵でも傷つくのを見たくないって思ってる節があるでしょ? もしあのスパイの言うことが本当だとして、アタシが心配しているのは、そいつらのせいでしんちゃんが傷つくことだけじゃなく、しんちゃんがそいつらを傷つけて自分を責めてしまうことなの」

「……だからしんのすけが傷つくくらいなら、自分がその代わりに敵を始末してやろうってか? 随分と過保護じゃねぇか。達也辺りが聞いたら呆れ果てて物も言えねぇだろうな」

「まったくね」

 

 レオの軽口に、エリカはフッと気の抜けた笑みを漏らした。

 そしてその口元を引き結んで、彼女はレオに向き直る。

 

「で、アンタはどうすんの?」

 

 簡潔な問い掛けに、レオは数秒考える素振りを見せる。

 数秒で、充分だった。

 

「――良いぜ、乗ってやる。おまえほど過保護になる気は無いが、しんのすけの周りで何かあるってんなら、備えておくに越したことはねぇしな」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるレオに、エリカも同様の笑みで返す。

 しかしすぐに、エリカは表情を引き締めた。

 

「だったらアンタには、これから身につけるべきものがある」

「……身につけるべきもの?」

「そう。――レオ、あんたの歩兵としての潜在能力は一級品よ。短銃やナイフを使用した接近戦闘なら、おそらく服部先輩や桐原先輩よりも素質は上だと思う。素質って点ではミキも相当だと思うけど、有視界戦闘に絞ればあんたの方が勝ってるでしょうね」

「……な、何だ急に」

 

 普段の態度からは考えられない高評価に、レオは喜ぶよりも訝しむよりも呆気に取られた。

 とはいえ、思考停止に陥ったのはほんの数秒だったが。

 

「……素質はある、ってことは今の能力に問題があるってことか?」

「足りないもの、が正しいわね。――アンタには、“人を殺すための技術”が無い」

「……人を殺す、技術か」

 

 底冷えするような感覚が、レオの体を通り過ぎた。

 

「そう。もしも相手と対面したとき、相手を殺さなきゃ自分が死ぬってとき、一瞬の躊躇いで逆に追い詰められるって状況が存在する。そういうときに“相手を殺すための技術”を用意するのとしないのでは、いざというときの心構えが全然違うの」

 

 そう言って、エリカは目を細めた。矢で射抜くかのような鋭い視線が、まっすぐレオを捉える。

 

「あんたに、その覚悟がある? 自分の手を汚す、覚悟が」

「――愚問だぜ」

 

 そしてレオは彼女の視線から一切視線を逸らすことなく、即答した。

 挑戦的な、それでいて気負いの無い彼の目つきに、エリカは僅かに頷いて応えた。

 

「だったら、アンタにピッタリの技を教えてあげる」

「技? 何て言うんだ?」

「その名も“秘剣・う――」

「やっと見つけたぜ、このモヤシ野郎!」

 

 良い感じのキメ顔で技の名前を口にしようとしていたエリカだったが、どこかから飛んできた怒鳴り声のせいで遮られてしまい、中途半端なところで固まっていた。

 何とも不憫な、と思いながらけっしてそれを表に出さないよう注意しながら、レオは声のした方へと顔を向ける。

 

 そこでは数人の大柄な若者が1人の少年を取り囲みながら威嚇する、という何とも紋切り型(テンプレ)な光景が繰り広げられていた。若者達の方は夜の繁華街にでもいそうなチャラチャラした服装をしており、そして全員が警棒のような細長い得物を握り締めている。

 一方取り囲まれている少年の方は、先程の“モヤシ野郎”という罵倒からも分かる通り、全体的に体の線も細く身長も男子の平均を少し下回る程度しかなく、濃いブラウンの髪はオシャレに整えられ、その相貌は爽やかながら中性的だった。もしその肩に竹刀袋を携えていなかったら、どこぞのアイドルかと思っていたかもしれない。

 そんな少年は、数人の若者に囲まれて睨みつけられて尚も平然としていた。

 

「やっと探し出したぜ、このモヤシ野郎。よくもふざけた真似をしてくれたな」

「……その口振りからして、あの道場の門下生ですか? どこの不良かと思いましたよ」

「うるせぇ! もう逃げられねぇからな! 泣いて謝ったって許さねぇぞ!」

「逃げていたつもりも無いですし、なんでそこまで自信満々なんですか? こっちはあなた方の師も倒しているのですが」

「――てめぇ!」

 

 口喧嘩では敵わないと見るや、若者達が一斉に得物を振り上げて少年に襲い掛かろうと体重を移動した。

 

「おっと、さすがに加勢した方が良さそうだな」

「駄目よレオ。いくら彼がイケメンだからって、嫉妬して暴力に走っちゃ」

「そっちじゃねーよ! むしろそのイケメンを助けに行くんだよ!」

「その必要は無いわよ。――もう終わってるし」

「へっ?」

 

 エリカにツッコミを入れるために一度振り返り、そして再び前を向いたときには、少年に襲い掛かろうとしていた若者達は1人残らず地面に倒れ伏し、ピクリとも動かなくなっていた。しかしそれに反して彼らに目立った外傷は無く、何なら地面で居眠りしているようにも見える。

 そしてそんな彼らを足元に見据え、少年は小さく溜息を吐いていた。

 

「まったく、これでは何のために剣を学んでいるのか分かったもんじゃない。――そこの2人も、そう思わないかい?」

 

 レオとエリカへと顔を向けてそう尋ねる少年に、真っ先に答えたのはエリカだった。

 

「えぇ、その通りね。――代々木コージローくん」

「やっぱり、僕を知ってたんだね。その制服に隠している伸縮性の警棒が、君の使うシーエーディーというヤツかな?」

「えぇ、そうよ。見ただけで分かるなんて、さすがね」

「これくらい、何てことないよ」

 

 表面上はニコニコと笑みを浮かべながらの会話だが、それを間近で見ていたレオは肌がヒリヒリと焼けつくような緊張感を覚えていた。

 そして、その少年・代々木コージローは、ポツリとこう呟いた。

 

「……成程、今は“そういう流れ”なんだね、野原くん」


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