嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

33 / 102
第33話「モノリス・コードを勝ち抜くゾ その1」

 九校戦8日目。新人戦5日目(最終日)。

 モノリス・コードの会場は、困惑の空気に包まれていた。一高が第2試合で相手選手の悪質な反則行為によって怪我をし、本来ならば残り2試合を不戦敗になるところを、急遽代理の選手を立てて予選を続行することが認められたからである。

 予選は各校がそれぞれ4試合行い、勝利数の多い上位4校が決勝トーナメントに進出する。勝利数が同じ場合は、試合時間の少ない方が上位となる。そしてここまでで一高は四高戦での反則勝ちも含めて2勝しているが、今日戦う二高と八高に負けてしまうと決勝トーナメントの進出は叶わなくなる。

 二高と八高に勝つと、決勝トーナメント進出は一高・三高・八高・九高。

 二高に勝って八高に負けた場合も同じ。

 二高に負けて八高に勝つと、決勝トーナメント進出は一高・二高・三高・八高。

 つまり二高にとっては、本来ならば決勝トーナメントに進出できたにも拘わらず、一高に負けると予選敗退となってしまうのである。かといって八高に勝った後に手を抜くと、九高から八百長だと騒がれるだろう。

 

「というわけで、八方丸く収めるためには、一高が2敗して予選敗退が望ましいんだろうな」

「ほーほー。で、そうするの?」

「まさか。やるからには勝ちに行く、というか負けては特例で試合に出させてもらう意味が無い」

 

 しんのすけの問い掛けに即座にそう答える達也であるが、彼の脳裏には大会1日目での風間少佐との会話が思い起こされていた。

 あのときは自分が選手として出場する事態になるとは思えず軽く考えていたが、こうしてモノリス・コードの代表選手となってしまった以上、軍事機密指定となっている魔法を人前で使ってしまう可能性が出てしまった。もっとも達也は生死が掛かったわけでもない状況でそのような魔法を思わず使ってしまうような脆弱な精神をしておらず、そのときは潔く負け犬に甘んじることも辞さない所存だ。

 だがしかし、と達也は隣のしんのすけへと視線を向ける。

 

「おっ? どうしたの、達也くん?」

「ん? いや、“森林ステージ”とは随分と相手に有利なフィールドが選ばれたな、と思ってな」

 

 達也が口にしたのは考えていたこととはまったく違うことだったが、もちろんしんのすけはそんなことに気づくこと無く、彼の言葉に首を傾げて疑問符を浮かべる。

 

「おっ? そうなの?」

「相手の八高は魔法科高校の中でも特に野外実習に力を入れているからね、森林ステージは彼らにとってホームステージみたいなものなんだよ。乱数発生プログラムによってステージが選ばれているとなってるけど、本来なら決勝トーナメントに上がれるはずだったチームに有利なステージが選ばれた、という作為の介入を疑いたくなる選定だね……」

「考えすぎじゃないの、ミキくん?」

「幹比古、ね」

 

 試合前で緊張しているのか、いつものツッコミにも切れが無い。

 しかしそんな彼を無視して、無情にも試合の時間が迫っていく。

 

「そろそろフィールドに行く時間だな。しんのすけ、幹比古、行くぞ」

「ほいほい。――あっ! ちょっと待って!」

 

 椅子から立ち上がって控え室の出口へと向かおうとしていた2人を呼び止めるしんのすけに、2人は不思議そうな表情で彼へと振り返った。

 そしてしんのすけの、掌を下に向けた右手を前に差し出すジェスチャーに、達也は得心のいった表情に、幹比古はますます訝しげに首を捻る。

 

「幹比古、どうやらしんのすけは試合前の掛け声をやりたいらしいぞ」

「そういうことか。うん、構わないよ」

 

 2人が乗ってくれたことに、しんのすけはやけに喜んでいる様子だった。それを尋ねると、どうやら森崎達のときはいくら頼んでもやってくれなかったらしい。確かに森崎はそういうキャラじゃないだろうな、と達也は内心納得していた。

 

「オラ達のチーム名、どうする?」

「普通に“一高モノリスチーム”とかで良いんじゃないか?」

「分かったゾ。――それじゃ、一高モノリスチーム、ファイヤー!」

「ファイヤー!」

「ファ、ファイヤー!」

 

 若干幹比古が遅れ気味だったようにも聞こえるが、しんのすけにとっては及第点だったようで、彼はスキップ混じりの駆け足で控え室を後にしていった。

 そんな彼の後に続く達也の背中を眺めながら、幹比古は秘かにこう思った。

 

 ――達也って、意外とこういうとき声を張るタイプなんだな……。

 

 

 *         *         *

 

 

 モノリス・コードの会場の1つ、森林ステージの客席に、第三高校の一条将輝と吉祥寺真紅郎の姿があった。

 

「第一高校の選手が怪我をしたって聞いたときは凄く驚いたけど……、その代役としてまさか例のエンジニアが選手として出てくるとはね」

「あぁ、そうだな」

「しかもこの試合では彼が攻撃(オフェンス)みたいだよ。2丁の拳銃型に加えてブレスレット型のCAD……、彼のことだからハッタリなんてことはないんだろうけど、はたして同時に3つのデバイスなんて使いこなせるのかな?」

「あぁ、そうだな」

「異なる系統の魔法を使いたいんなら、普通は汎用型を選ぶところだけど……。わざわざ複数のデバイスを持つその意味、見せてもらうとしようか」

「あぁ、そうだな」

「……将輝、僕の話全然聞いてないだろ」

「へっ!? い、いや、そんなことないぞ! ちゃんと聞いてる聞いてる!」

 

 慌てた様子で否定する将輝だが、その態度がむしろ全力で肯定している事実に気づいていないのだろうか。真紅郎は普段とはまるで違う彼の姿に、呆れを多分に含んだ溜息を吐いた。

 

「将輝、いったい野原しんのすけの何がそんなに気になるんだい? 確かに彼の出自は他の選手と比べたらかなり特殊だし、“クラウド”で見せた彼の魔法も警戒するに値するものだったけど、それにしたって大げさに過ぎるんじゃないか?」

 

 真紅郎のもっともな疑問に、それでも将輝の表情は固いままだ。そしてその表情のまま、周りの視線を気にするようにチラチラと周囲の様子を窺い、そして真紅郎へと顔を近づける。

 それに釣られて表情を固くする真紅郎が同じく顔を近づけたところで、将輝が口を開いた。

 

「実は九校戦よりもずっと前から、俺は野原しんのすけのことを知っていた。いや、俺だけじゃない。十師族や師補十八家の間では、野原しんのすけに関する情報は1つの“常識”となっている」

「……それは、どういう意味で? 彼は何者なんだい?」

「一言で表すなら、彼は“英雄”だ。具体的な内容については言及を避けるが、野原しんのすけは一般人の知らないところで世界の危機を何度も救っている。日本の、じゃなくて世界のだから、世界中の有力者に彼の名が知れ渡っているし、ファンを公言している者も少なくない」

 

 あまりにも突然で荒唐無稽に過ぎるその内容は、普通ならば信じられないと一蹴してもおかしくない。しかし将輝と浅からぬ関係である真紅郎は、彼がそんなつまらない冗談を言う性格でないことを知っている。

 

「……彼に対して、十師族や師補十八家はどういうスタンス?」

「まちまちだな。有事の際には協力すると公言する家系もあれば、中立の立場で不干渉を貫く家系もある。――もちろん、否定的な家系もな」

「一条家は、そのどれに属するんだい?」

「協力と中立の間、といったところだな。一条家が守護している北陸から東北で事件が起これば協力するのも吝かではないが、わざわざ他地方にまで出張って協力するようなことはしない」

「それじゃ……、将輝個人としては?」

 

 真紅郎の質問に、将輝はそれほど間を空けずに答える。

 

「俺にとって野原しんのすけは……、もしかしたら“憧れの存在”かもしれないな」

「憧れ?」

「小さい頃、親父から野原しんのすけの話を聞いたとき、それこそ昔の英雄譚を聞いたときのように興奮したのを憶えてる。そんな奴が俺の目の前にいて、しかも競技とはいえ直接戦えるかもしれないんだ。――もしそのときが来たら頼むぞ、ジョージ」

「……良いよ、将輝。参謀として、できるだけ彼を分析してみせるよ」

 

 2人は互いに不敵な笑みを浮かべ、そして正面のフィールドへと視線を戻した。

 

 

 *         *         *

 

 

「八高相手に森林ステージ、か……」

「普通に考えるならこちらが不利、なんでしょうけど……」

「それについては、向こうも計算外だったでしょうね」

 

 幹比古の言った『第八高校にとって森林ステージはホームグラウンド』というのは、第一高校の天幕でモニターを見つめている真由美・摩利・鈴音の3人も同じ意見だった。しかしそれでは今回は第一高校が不利なのかというと、その点について3人はさほど心配していなかった。

 3人は今回の試合での作戦を、事前に達也から聞いていた。本来ならば中心選手であるしんのすけが説明すべきなのかもしれないが、正直彼が報告だの説明だのといったことが壊滅的に苦手なのは既に知っているため特に追及しなかった。

 そしてその際、達也が忍術使いである九重八雲の教えを受けていることを知らされた。そのときは意外なビッグネームに驚きを顕わにした3人だったが、4月の模擬戦のときに魔法を使わず服部の後ろに回り込んだ動きを思い出して納得した。それと同時に、森林ステージのように遮蔽物の多い環境こそ“忍術”の真価が発揮されることに思い至った。

 さらにもう1人の代理選手である吉田幹比古は、古式魔法の使い手だ。自身の身を隠しながら魔法を行使できる森の中は、彼にとっても有利に働くだろう。よって達也を攻撃(オフェンス)、幹比古を達也のサポート役としたことに関しては、3人から反対意見は出なかった。

 問題は、しんのすけを自陣でモノリスを守る守備(ディフェンス)としたことだ。

 

「消去法でしんちゃんをディフェンダーにせざるを得ないというのは理解できるが、はたしてどこまでやれるか、だな……」

「えぇ。さすがにこの状況でモノリスを無視して前に出るような暴挙はしないと思うけど……」

 

 相手チームの選手が自陣に攻めてきたときに備え、スタート地点から動かずじっとしている。

 確かに、しんのすけの苦手としていそうなことだ。クラウド・ボールのときにあれだけ動き回る戦法を採ったのも、結局は真由美のように3分間動かずに逆加速魔法を掛け続けることに耐え切れなかったからだ。

 しかし彼女達が心配しているのは、彼の性格的な側面だけではなかった。

 

「しんちゃんが使ってる武器、確か“小通連”と言ったな」

「はい。直接攻撃を禁じられたこの競技でも野原くんの剣技を活かせるよう、司波くんがオリジナルで開発した武装一体型CADです。最初にそれを見たときは使用者の肉体的条件に随分と依存していると感じましたが、野原くんは問題無く使いこなせているようです」

「そっちについては大丈夫だろうけど、問題は今回の舞台が“森林ステージ”ってことよね……」

 

 真由美の言葉に鈴音は頷き、そしてこう続ける。

 

「おそらく今回のステージでは、“小通連”はほとんど使えないでしょう」

 

 

 *         *         *

 

 

 互いのモノリスは、直線距離にして約800メートルほど離れている。CADを携えて、生い茂る木々の間を縫い、いつ来るか分からない敵に警戒しながら進むことを考えると、途中戦闘が無かったとしても最低で10分は掛かる距離だと見るのが普通だ。

 しかし試合開始から5分も経たない内に始まった戦闘は、八高のモノリス付近で行われていた。

 加重系の魔法で目の前のディフェンダーに片膝をつかせた達也は、魔法を使わずに持ち前の脚力で八高のモノリスへと疾走する。それを止めようとディフェンダーがCADを達也の背中へと向けるが、起動式が展開されたその瞬間、まるでサイオンが爆発するかのようにそれが掻き消されてしまった。

 ディフェンダーが驚いて立ち尽くしている間に、達也はモノリスの鍵を開く専用の魔法を放った。八高のモノリスが開き、勝利の鍵である512文字のコードが外界に晒された。このコードを審判席に送信すれば、一高の勝利となる。

 しかし達也はコードが現れたことを確認すると、すぐさま森の中へと逃げていった。さすがの彼も、敵の妨害に晒されながらコードを打ち込むのは至難の業だった。

 ディフェンダーは他の一高選手の影を気にしながら、彼を追い掛けて森の中へと入っていった。

 

 

 

 

 いくらここが富士演習場とはいえ、実際に富士の樹海を使って競技をしているわけではない。演習場の一部に人工の丘陵を作り、そこに木々を移植した訓練用のステージである。すでに移植から半世紀は経って自生化しているが、たかだか800メートルの道を迷うような密林ではない。

 しかし八高のメンバーであるその選手は、完全に自分の現在位置を見失っていた。

 

「くそっ! こそこそ隠れてないで出てこい!」

 

 苛立ちのあまり声を荒らげる彼だが、当然ながらそんなことで姿を現す相手ではない。彼は舌打ちをすると、先程から鬱陶しくて仕方のない耳鳴りを打ち消す魔法を発動した。そのときに使ったCADをホルスターにしまい、代わりに携帯端末型のCADを取り出し、断続的に襲い掛かる耳鳴りに対抗しながら一高のモノリスへと進んでいく――

 と、彼自身は思い込んでいるのだろう。

 本人は高周波音ばかりに気を取られて気づいていないが、彼は低周波音によって三半規管を狂わされていた。ヘルメットによって視界が制限されている中、右に左に方向転換をさせられてしまったことで、自分が今どちらを向いているのか分からなくなってしまっている。そして迷うはずのない人工的な環境という思い込みが、自分が迷っていることに気づけなくなっているのである。

 

 これこそ、幹比古による精霊魔法“木霊迷路”である。

 仮に彼が魔法によって方向感覚を狂わされていることに気づけたとしても、術者がどこにいるのか判別するのは非常に難しいだろう。なぜなら幹比古は精霊という独立情報体を用いて、離れた場所から彼に魔法を仕掛けているからである。

 この奇襲力が、現代魔法には無い大きな利点だ。モノリスに近づいていると思い込みながらどんどん後戻りしていく彼を尾行しながら、幹比古はどうやって彼を行動不能にしようか考えていた。

 

 

 

 

「――あった、モノリスだ」

 

 3人目の八高選手は、2つのモノリスを結ぶ直線経路から大きく迂回して細心の注意を払いながら森の中を突き進み、一高のモノリスまであと50メートルほどまでやって来ていた。乱立している木々の隙間からモノリスが見えたとき、彼は無意識に安堵の溜息を吐いていた。

 しかし、本番はここからだ。モノリスを開ける“鍵”を発動させるには、半径10メートル以内にまで近づかなければならない。10メートルというのは、物陰に隠れていない限り確実に発見される距離だ。相手のディフェンダーに発見されれば、激しい戦闘になることは容易に想像できる。

 

 問題は、そのディフェンダーが誰かということだ。

 この試合から代理出場している2人の選手については、情報がほとんど無いため何の魔法が得意なのか分からない。しかしどちらも二科生という補欠扱いの生徒らしいので、ほとんど注意する必要は無いだろう。

 注意すべきは、唯一最初の試合から続投している一科生の選手・野原しんのすけ。

 第1試合の戦い振りから見るに、この選手は典型的な前衛タイプ。卓越した運動能力によるスピードを活かして立ち回り、刃の先端が分かれる独特な打撃武器を用いた近接戦闘を得意としている。真正面からやり合えば苦戦は必至だろう。

 

 しかし彼は、しんのすけの使う武器の“弱点”に早くも気づいていた。

 直接攻撃がルールで禁止されている以上、分離させた刃の先端で相手を攻撃するしかない。しかし刃の先端は自在に飛び回っているのではなく、刃渡りを擬似的に伸ばして振り回すことで動かしている。そうすることで、遠心力を攻撃力にプラスさせて威力を上げているのである。

 よって現在彼が潜んでいる森の中のように障害物の多い場所では、刃の先端を勢い良く飛ばすことができず、それだけ攻撃力も落ちてしまうのである。モノリス付近はある程度木々も少なく開けているので一応使うことができるが、それでも第1試合のときよりその距離は短くなってしまうだろう。

 

 ――だったらその隙を突いて森の中からモノリスを開け、森に紛れながらコードを打ち込めばこちらの勝利だ!

 

 八高選手は頭の中で作戦を整理すると、1回深呼吸をし、作戦を実行するために1歩足を踏み出した。

 その瞬間、

 

「ほいっと」

 

 気の抜けた声が()()()()聞こえてきたと気づいたときには、八高選手のヘルメットがスポンと抜き取られていた。ヘルメットを脱がされたため、彼はここでリタイアとなる。

 

「――――えっ?」

 

 あまりに突然の出来事に八高選手は呆然とし、そしてその顔を声のした頭上へと向ける。

 片手で武器の柄を握り締め、もう片方の手で八高選手のヘルメットを鷲掴みにしているしんのすけが、彼の頭上で、つまり空中で静止していた。しんのすけの体にはワイヤーらしき物は取り付けられておらず、まるで魔法か何かでフワフワとその場に漂っているように見える。

 しかし、しんのすけの持つ柄から伸びる刃が途中で切れていることに気づいた八高選手は、そこから更に上へと顔を向けた。地上10メートルほどの高さにある木の枝の上に、例の刃の先端が上向きに乗っかっている、というより引っ掛かっているのが見えた。

 

「……はぁ成程、そういう使い方もあるのかぁ」

 

 むしろ感心した様子で、八高選手は呟いた。

 

 

 

 

 ディフェンダーをモノリスから引き離すことに成功した達也は、“迎撃”と“連携”のどちらを選択するか迫られていた。それはすなわち、コードを打ち込むのに必要な時間ディフェンダーを行動不能にするか、彼を引きつけて幹比古にコードを送信させるか、である。

 数瞬の後、彼は“迎撃”を選択した。

 地面にCADを向けて、引き金を引いた。加重軽減の魔法により、軽く地面を蹴っただけで彼の体は数メートル上にある木の枝の上へと舞い上がった。

 魔法の行使には、エイドスから不可避の反動が生じる。今この瞬間、この場所で魔法が使われたことは八高のディフェンダーに伝わっているはずだ。もし相手が鋭敏な感覚の持ち主なら、加重軽減の魔法が使われたことすらも分かるだろう。

 

 そのことは、達也も充分に理解している。というか、それを狙っていた。

 木の枝に着地した達也は、すぐさま隣の木へと()()()使()()()()飛び移った。

 そして少しして、達也が魔法を行使した場所にディフェンダーが現れた。どうやら加重軽減の魔法が使われたことも分かっているようで、彼は警戒するように目の前の木を見上げていた。

 そんな彼の背中に向けて、達也はCADの引き金を引いた。模擬戦のときにも見せた、無系統魔法のサイオンの合成波がディフェンダーに襲い掛かり、彼はその場に倒れ伏した。しかし模擬戦のときとは違い、意識を刈り取るには至らなかったらしい。

 しかしすぐさま反撃できるほどの体力は無いらしく、ディフェンダーはその場に蹲ったまま動けずにいる。達也はそれを確認するとすぐさま木の枝から離脱、モノリスへ到達するや滑らかなタイピングでコードを打ち込んでいく。

 八高応援団の悲鳴と共に、試合終了のブザーが鳴り響いた。

 

 

 *         *         *

 

 

「……さて、ジョージ。おまえは今の試合をどう見る?」

「それは試合の統括としてかい? それとも“彼ら”のこと?」

 

 第一高校の勝利で幕を閉じた先程の試合を観て、将輝と真紅郎が真剣な表情でそんな会話を交わしていた。

 

「そうだな……。まずは司波達也の方を頼む」

「彼は凄く戦い慣れているね。身のこなし、先読み、ポジション取り――。魔法の技能よりも、戦闘技術の方を警戒すべきだね」

「魔法技能については?」

「そうだね……。途中で八高の選手の起動式が破壊されたのは、おそらく“術式解体”(グラム・デモリッション)だろうね。確かにあれには驚かされた。――だが試合の最後に使った“共鳴”は、完全に相手の背後を狙い撃ったにも拘わらず気絶には至らなかった……。もしかしたら彼は、それほど強い魔法は使えないんじゃないかな? あるいは普段極めて高性能なデバイスを使用しているせいで、スペックの低い競技用デバイスでは力を発揮できないのかもしれない」

「確かに、あれだけのアレンジスキルがあるんだったら、普段からハードの方も高度にチューンナップされた物を使っているだろうな。急な代役だった影響が出ているということか」

「そう。だから彼の魔法自体に関しては“術式解体”以外の魔法はあまり警戒する必要は無いと思うよ。むしろ彼の駆け引きに嵌ってしまうことを警戒するべきだ」

「真正面からの撃ち合いなら恐れるに足りない、か。――だったら、野原しんのすけはどうだ?」

 

 将輝の質問に、真紅郎は達也のときよりも考え込む素振りを見せ、口を開く。

 

「戦闘が無かったからハッキリとは分からないけど、正直あの武器をあんな風に使ったのは盲点だったよ。第1試合で典型的な前衛タイプと思ってたけど、かなり柔軟な発想の持ち主だ。……それと同時に、素の身体能力がかなり高いね」

「あぁ。スルスルと木に登って枝を跳んでいく姿は、かなり口は悪いが“猿”みたいだったな」

「いや、まさにその印象で合ってるよ。考えてもみてよ。八高選手のヘルメットを奪ったとき、彼は自分の体重を()()()()()()()()()()()()支えてぶら下がってたんだよ。それにもう片方の手でヘルメットを簡単に掴み取ってたけど、あれも掌が大きくて握力が無いと地味に難しいからね」

 

 真紅郎の分析に、将輝は自分の掌を開いたり閉じたりしながら「成程な……」と納得したように呟いた。

 

「ということは、野原しんのすけに関しても遠距離から魔法を撃ち込むのが無難ってところか?」

「まぁ、今のところはそうだね。何か隠し球を持ってる可能性は充分あるから油断はできないけど、少なくとも近接戦闘よりは勝機があるのは間違いないね」

「そうか……ようし……」

 

 モニターに映るしんのすけを睨みつける将輝の目に、メラメラと闘志の炎が燃え上がっていた。

 そしてそんな彼を、仕方ないなぁ、と言いたげな目で見つめる真紅郎。

 幹比古についての意見は、とうとう2人の口から出てくることは無かった。

 

 

 *         *         *

 

 

 次の一高vs二高の試合は30分後に指定された。インターバルが少々短すぎる気もするが、そもそも一高の試合自体が急遽組まれたものであり、今日1日で決勝まで終わらせることを考えると致し方ないだろう。

 そのインターバルの時間、場所は第一高校の選手控室。他の生徒も出入りするためリフレッシュには少々騒がしいが、達也もしんのすけもその程度で心が揺らぐような性格ではないため気にする様子は無い。

 しかし幹比古だけはその2人から少々距離を取り、控室の壁際にあるソファーにひっそりと隠れるように座っていた。

 

「どうした、幹比古? もっと近くに座れば良いじゃないか」

「いや……、僕はここで構わないから」

「あら、吉田くんは意外と人見知りなんですね」

 

 そう言ってクスクス笑ったのは、深雪だった。

 なぜ彼女がここにいるのかというと、試合を終えたばかりの達也をケアするためである。彼女は現在、椅子の背もたれに寄り掛かってリラックスしている彼の後ろで、その白魚のような綺麗な指で彼の肩を優しく、それでいて凝りがしっかり解れる絶妙な力加減で揉んでいた。ニコニコと幸せそうに微笑むその姿は、まるで愛する夫に甲斐甲斐しく奉仕する新妻のようである。

 ちなみにそんな2人のすぐ傍にいるしんのすけは、携帯端末の画面で繰り広げられているアクション仮面と怪人との戦闘に夢中だからか我関せずといった具合だ。

 

「幹比古の方が普通だと思うぞ、深雪。少年とはシャイな生物なんだよ」

「まぁ! シャイなお兄様なんて、深雪は一度も見せていただいたことはありませんよ?」

 

 ――いや、僕は確かに人見知りだけど、それ以上に2人を見ているのが恥ずかしいんですよ!

 

 もちろん幹比古にそんな胸の内を公言できる勇気があるはずも無く、ただひたすらに兄妹の遣り取りを眺めているしかなかった。

 と、そんな光景が繰り広げられている控室に、真由美とあずさの2人が入ってきた。

 そうして司波兄妹の姿を認めるや、あずさの顔はみるみる真っ赤に茹で上がり、真由美は逆に目つきをみるみる冷たいものにしていった。

 

「何だか蔑まれているような気がしますが」

「気のせいよ。――次のステージが決まったわ」

「わざわざ会長が伝えに来たということは、何か問題でもありましたか?」

 

 達也の言葉に、幹比古と深雪の目つきが自然と鋭くなる。

 そんな彼らに対し、真由美は慌てた様子でわたわたと手を振った。

 

「あぁ、そうじゃないのよ。次のフィールドは“草原ステージ”に決まったわ。“市街地ステージ”は昨日の件もあったから、今大会では選ばれないんじゃないかしら?」

「そうですか。あのフィールドは身を隠す場所も多くて戦いやすいと思ってたので、その辺りは残念ですね」

 

 軽く肩を竦めてそう言ってのける達也の言葉は、強がりではなく本心からのものだった。忍術使いの教えを受けた達也と古式魔法師の幹比古を擁するこのチームならば、確かに試合を有利に進められたことだろう。

 ではなぜ会長がわざわざここに、という疑問を雰囲気で感じ取った真由美は、その目に心配の色を浮かべて達也を見遣った。

 

「達也くん。……もしかして、あんまり本調子じゃないのかしら?」

「……なぜ、そう思ったんですか?」

「だってさっきの試合、相手選手の背後から放った魔法って、4月の模擬戦ではんぞーくんに使った“共鳴”よね? でも4月のときは気絶にまで至ったのに、さっきの試合じゃそこまでの結果にはならなかったから」

「さすがですね、会長。確かに本調子ではないですが、体調面の問題ではなくデバイスの性能が原因ですよ。普段使っているCADよりもスペックが低い分、魔法の威力に表れているようです。言い訳がましいですけどね」

「そ、それって大丈夫なんですか!? 次の試合は、おそらく相手チームと直接ぶつかり合う展開になりますよね!」

 

 あずさが思わずといった感じで会話に割り込んでそう尋ねた。その声が殊の外大きかったからか、室内にいる生徒達が何事かと彼女に視線を向ける。

 そんな周りの反応に気づいて顔を紅くするあずさに、達也はフッと笑みを漏らした。

 

「大丈夫ですよ。致命的というほどではないですし、やりようはあります。それに――」

 

 達也はそこで言葉を区切り、視線を別の方へと移した。

 その先にいたのは、未だにアクション仮面に夢中なしんのすけだった。

 

「たとえ“草原ステージ”だろうと、正面からまともにやり合うつもりはありません」

「…………?」

 

 達也の言葉に、真由美もあずさも首を傾げるだけだった。

 そして彼の背後でそれを聞いていた深雪は、楽しそうに微笑むだけだった。




「いやぁ、まさかあんな使い方があるとは……。しんちゃんには驚かされてばかりだな」
「そうね、私も考えつかなかったわ。だからリンちゃん、そんなに落ち込まないで」
「…………」

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。