嵐を呼ぶ魔法科高校生   作:ゆうと00

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第9話「美少女剣士現る! だゾ」

 闘技場での一件により、達也の存在が学校中に知れ渡ることとなった。一科生を10人近く相手にしながら一切怪我を負うことなく無力化したその実力が、公に認められた証拠と言えるだろう。

 しかしそれは達也にとって、新たな受難の始まりでもあった。

 プライドの高い一科生の中から、達也のことをやっかんで悪質な嫌がらせをする者が現れたのである。例えば生徒同士の乱闘騒ぎが起こったと聞きつけてやって来た達也の死角から魔法が飛んできたり、例えば現場に駆けつけている最中に木陰から魔法で彼の足元に穴を空けようとしたり、が挙げられる。

 大怪我にも繋がるため“嫌がらせ”の一言では片づけられないのだが、達也自身はそれら全てを冷静に対処していたために怪我1つ無かった。そしてそんな彼の態度に腹を立て、ますます反感を買うという悪循環に陥っている。

 

「あれ、達也? 今日は風紀委員の仕事は?」

「ああ、今日は非番だ。新入生の勧誘期間も終わったし、久し振りにゆっくりできそうだよ」

 

 しかしそれも、昨日までのことだ。新入生勧誘期間も終わり、狂乱とも呼べた熱気も収まってようやく普段の日常が戻ってきた。ここ1週間は授業が終わるやすぐさま教室を飛び出していた達也も、今日は授業が終わった後も教室に留まり、落ち着いた動きで帰り支度の準備をしている。

 

「達也くん、大活躍だったもんね! 魔法を使わず、並み居る生徒を連破した謎の1年生って感じで、学校中で持ちきりだよ?」

「一説によると、達也は魔法否定派に送り込まれた刺客みたいだぜ?」

 

 ニヤニヤと面白そうに軽口を叩くエリカとそれに悪ノリするレオに、達也はうんざりしたように溜息をついた。

 

「2人共、他人事だと思って……。俺はこの1週間、誤爆のふりをした魔法攻撃が何度もあったんだぞ?」

「えぇっ! 大丈夫だったんですか!」

 

 美月の心配する声に、達也は大丈夫だと言うように頷いた。

 そんな彼女の隣で、レオが自分に注目させるためにパンッ! と大きく手を叩いた。

 

「よしっ! それじゃ今日は、そんな達也の慰労会ということで、みんなでアイネブリーゼにでも行こうじゃねぇか!」

「あらっ、レオもたまには良いこと言うじゃないの」

「“たまには”は余計だ、エリカ!」

「でも達也さん、これから用事があるんじゃないですか?」

「いや、俺は特に大丈夫だ」

 

 本当は深雪の仕事が終わるまで図書室で調べ物をしようとしていた達也だったが、特に急を要するようなことでもないため、レオ達の誘いに素直に乗ることにした。

 

「――とはいえ、その前にちょっとだけ時間を貰っても良いか? 深雪を生徒会に送っていく用事があるんだ」

「あははっ、達也くんは相変わらずだね」

「よしっ。それじゃせっかくだし、俺達も一緒についていくぜ。都合がつけば、しんのすけ達も誘っていきたいしな」

 

 というわけで、達也たち4人は深雪のいるA組まで一緒に向かうことにした。

 二科生のクラスであるE組からH組までと、一科生のクラスであるA組からD組までは、渡り廊下で繋がっているものの建物が別で、入口まで完全に分かれているという徹底ぶりである。なので達也たち4人のグループは一科生の目によく留まり、好奇と侮蔑の入り混じった視線に晒されたのだが、達也・エリカ・レオはそんな視線など最初から気にしておらず、残る美月もそんな3人に囲まれているおかげでそれほど気に病むことはなかった。

 そんなこんなでA組のクラスが見えてきた、そのとき、

 

「――あれっ?」

 

 真っ先に気づいたエリカが声を漏らし、続いて残る3人もそれぞれ疑問の表情を浮かべた。

 A組の教室から出てきたのは、自分達もよく知っているしんのすけだった。

 しかし彼の隣にいる女子生徒は、深雪でもほのかでも雫でもなく、長い黒髪を後ろで縛った凛々しい顔つきの少女だった。

 そして彼女は、達也やエリカにとって非常に記憶に新しい人物でもあった。

 

「あれって、壬生先輩? どうしてしんちゃんと一緒に?」

「しんのすけは剣道で中学生チャンピオンになったんだ、部から勧誘があったとしても不思議ではない」

「でもそれなら、なんでもっと早く勧誘しなかったんでしょうか? 勧誘期間は、もう終わっちゃいましたよ?」

「いや、だからこそじゃねぇか? 風紀委員の仕事をしている最中に勧誘とか、よっぽど押しの強い奴じゃないと厳しいだろうし」

 

 4人がそんなことを話している間にも、並び立って廊下を歩くしんのすけと紗耶香の後ろ姿がどんどん小さくなっていく。

 と、エリカとレオの口元が、ほぼ同時にニヤリと口角を上げた。

 

「ねぇねぇ、ちょっと気にならない?」

「奇遇だなエリカ、俺も同じことを考えていたところだ」

「ちょ、ちょっと2人共駄目だよ、そんなことしたら」

「……とりあえず俺は、深雪を生徒会室に送ってくるよ」

 

 そんな遣り取りを交わして、レオとエリカはしんのすけの後を追い、達也はA組のクラスへ入っていった。

 そして美月は数秒の逡巡の末、レオ達の後を小走りについていった。

 

 

 *         *         *

 

 

 部活連本部。

 先日の騒ぎで達也としんのすけが三巨頭に呼ばれたこの部屋には現在、この部屋の主とも言える部活連会頭・十文字克人が自席に座り、その騒ぎの主犯である桐原武明が彼の正面にて背筋を伸ばして立っていた。その態度からは自分が呼び出されたことへの不満や怒りは微塵も無く、むしろ自分の行いを後悔し反省している様子がありありと見て取れる。

 今日桐原をここに呼び出したのは、先日の騒ぎについて詳しく聞き出すためだ。生徒会や風紀委員の温情、そして何より剣道部部長と被害者の紗耶香が彼の謝罪を最終的には受け入れたことによって大事には至らなかったものの、克人には部活連会頭として再発防止に努める義務がある。

 だからこそ、克人はこの騒動を耳にしてから疑問に思っていたことを、直接本人にぶつけることにした。

 

「桐原、なぜあんなことをした。おまえは粗暴なところのある男だが、同時に力に伴う責任を弁えている男だ。理由も無く殺傷性の高い魔法を使う真似はしないはずだ」

 

 克人の問い掛けに、桐原は苦々しい表情で口を噤んだ。それは何を言おうか迷っているというよりは、言おうかどうか自体を迷っているように克人は感じられた。

 しかし克人はけっして急かしたりせず、ただ桐原が口を開くのを待った。

 1分ほど時間が経った頃、桐原が口を開いて話し始めた。

 

 

 *         *         *

 

 

 魔法科高校は厚生施設が充実しており、生徒や学生が食事を摂るための食堂の他に、軽食やデザート、多様な飲み物が売りのカフェも造られていた。現在は放課後ということもあり、部活や委員会に参加していない大勢の生徒で賑わっている。

 

「しんちゃんは何か飲む? アタシから誘ったんだし、良かったら奢るわよ」

「おっ、本当? 紗耶香ちゃん、太股(ふともも)ー!」

「……ひょっとして“太っ腹”って言いたいのかしら?」

「おぉっ、そうとも言う」

「そうとしか言わないと思うけど……」

 

 カウンターの前でそんな遣り取りをした末にそれぞれ飲み物を選んだ2人は、外からの光で明るく照らされている窓際の席へと腰を下ろした。

 そしてそれと同じタイミングで、観葉植物が生えている花壇と一体化した仕切りを挟んだ隣のテーブルに3人組が腰を下ろしたのだが、2人共それに気づいた様子は無かった。

 

「あのときはありがとう、しんちゃん。アタシを助けてくれて」

「全然気にしなくて良いゾ、紗耶香ちゃん。怪我とかしなかった?」

「大丈夫よ、ちょっと道着が切れただけだから。――それにしても、」

 

 しんのすけを安心させるために明るい笑顔だった紗耶香に、ふと影が差した。

 

「桐原くんが、まさかあんなことをするなんて……。確かに昔から少し乱暴なところはあったけど、人を傷つけるようなことはしなかったのに……」

「おっ? 紗耶香ちゃんは、桐原くんのことを知ってるの?」

「うん、小さい頃から一緒に剣を学んでた幼馴染だったから。桐原くんは魔法が上手だったから、剣術の方に行っちゃったけどね……」

 

 “魔法が上手だったから”という言葉を口にしたタイミングで、紗耶香は苦虫を噛み潰したように表情をしかめた。

 しかししんのすけの前だというのを思い出したのか、すぐさまフルフルと小さく首を横に振ってニコリと笑い、

 

「それにしても、まさかこんな所でしんちゃんに会うなんて思いもしなかったわ」

「おっ? オラってそんなに有名人?」

「そりゃそうよ。何てったって、3連覇が確実だって言われてた代々木コージローを倒して日本一になった選手なんだもの! アタシも全国大会に出たときに彼を見たことがあるけど、何て言えば良いのかしら、オーラみたいなものが全然違って思わず圧倒されちゃったもの。あんな凄い選手を倒すなんて、しんちゃんって本当に強いのね」

「いやぁ、照れますなぁ」

 

 もはや“ベタ褒め”と言っても差し支えないほどに褒めちぎる紗耶香に、しんのすけは頭の後ろに手を遣りながらニヤニヤ笑いながらそう言った。笑い方こそ独特ではあるがそれ自体に嫌味などは無く、包み隠さず素直に表現する彼の姿に紗耶香の笑顔も自然なものになっていた。

 

「ところで風の噂で聞いたんだけど、しんちゃんって入学試験での実技科目が2位だったんでしょう? 普通それだけの腕があったら剣術に転向するものだけど、それでも剣道を続けているのって何かこだわりがあるの?」

「おぉっ。その質問、エリカちゃんにも訊かれたゾ。――別にオラ、こだわりなんて無いゾ。大会に出たのだって、よよよぎくんが出ろ出ろってうるさいから仕方なく出ただけだし」

「えぇっ、そうなのっ? っていうか、代々木コージローと知り合いだったの?」

「うん。5歳のときにちょっとだけ剣道を習ってたことがあって、そのときに戦ったことがあるんだゾ」

 

 へぇ、そうなんだ、と紗耶香は納得しかけて、彼の言葉に聞き捨てならない単語が含まれていることに気がついた。

 

「……え? ちょっとだけ? そのときからずっと剣道を習ってたわけじゃないの?」

「違うゾ。よよよぎくんに勝って満足したから、すぐに剣道は辞めちゃったんだゾ。大会に出ることになって、さすがにちょっとは練習したけど」

「…………」

 

 しんのすけの言っていることがにわかには信じられない紗耶香だったが、彼の態度からは嘘を吐いているようには感じられなかった。

 

「そ、そうだ! アタシを守ってくれたとき、桐原くんの竹刀を弾き飛ばしたあの技って、代々木コージローが得意にしていた“刃崩し”によく似てるって思ったんだけど、あれってどうやってできるようになったの?」

「あれ? 大会に出ることになって一緒に道場で練習してたとき、気分転換によよよぎくんからやり方を教えてもらったんだゾ」

「へぇ、そうなんだ。さすがに習得するまでに時間が掛かったんじゃない?」

「ホントホント! 普通の練習そっちのけで特訓したのに、できるようになるまで()()()()掛かっちゃったんだゾ! さすがよよよぎくんだゾ」

「……そ、そう、1週間ね」

 

 戸惑うように返事をしながら、紗耶香は悟った。

 紛れもなく、目の前にいる彼は剣道の“天才”であると。

 

「……しんちゃんは、全国大会が終わってから竹刀を触った?」

「ううん、全然」

「高校に入って、剣道をやろうって気持ちはある?」

「ううん、全然」

 

 あまりにもキッパリと言い切られてしまった紗耶香だったが、不思議なまでにしんのすけの言葉が彼女の胸にストンと収まったような気がした。

 おそらく彼には、剣道そのものに対する想いといったものは微塵も無い。彼はただ代々木コージローと竹刀を構えることが楽しかっただけで、それ以外の選手はおろか、大会の優勝だとか名誉だとかいうのにもまるで興味が無いのだろう。あるいはこういった性格だからこそ、彼はこれほどの才能に恵まれたのかもしれない。

 

「――そっか。だったら仕方ないわね」

 

 剣道部員としては、ここで何としてでも彼を部に勧誘すべきなのかもしれない。もし彼を部員として引き入れることができれば剣道部が飛躍することは間違いないし、彼女の“目的”を達成する大きな原動力となるだろう。

 しかしそれでも、彼女はこれ以上彼を勧誘しようとは思わなかった。自分を含めた今の剣道部に代々木コージローに代わる魅力を彼に提供できるとは思えないし、彼の意思に反してむりやり入部させるのは彼の剣を穢すような気がしたからだ。

 よって彼女は、しんのすけを剣道部に勧誘することを諦めた。

 

「――ところでしんちゃんは、この学校の制度をどう思う?」

 

 そして唐突に、話題を切り替えた。

 

「セード? 豚の脂がどうしたの?」

「……それはラード。アタシが言っているのは、この学校での一科生・二科生制度のことよ。魔法科高校では、魔法の成績が最優先。確かにそれに納得して入学したのはアタシだけど、それだけで全部決めつけられるのはおかしいと思わない? 授業で差別されるのは仕方ないかもしれないけど、クラブ活動まで魔法の腕が優先なんて間違っているわ」

「ふーん」

「新入生勧誘期間のときの騒ぎが起こったのも、元を糺せば一科生に対する二科生への差別意識に行き着くわ。それ自体については、十文字会頭の取り計らいで桐原くんと剣道部部長が揃って謝罪してきたから今回は様子見ということにしたけど……、差別意識が解決しない限りまた同じことが繰り返されることになるわ」

「へー」

「……桐原くんは、この学校に入学して変わっちゃったわ。この学校には二科生を差別する空気が蔓延してるから、きっとその空気に染められちゃったのね。そのせいで、桐原くんとも何だか疎遠になっちゃったし……」

「ほーほー」

「…………」

 

 一応相槌は打っているが、何とも気の抜けたその声は本当に話を聞いているのか疑わしい。

 紗耶香は眉尻がピクピクと痙攣するのを自覚するが、すぐに気を取り直して大きく深呼吸をすると、まっすぐ彼を見据えて再び口を開いた。

 

「……アタシ達は非魔法競技系クラブで部活連とは違う組織を作って、二科生の待遇を改善するよう学校に訴えていくつもり。魔法が上手く使えないからといって、アタシのすべてを否定させはしないわ」

「そっか、頑張ってね」

「ねぇしんちゃん、一緒に手伝ってくれない? あなたは一科生でありながら魔法以外の腕も磨いているし、二科生とも分け隔て無く接している。あなただったら、他の一科生達に“模範的な姿”を示すことができるんじゃないかしら?」

「えっ? なんでオラが?」

 

 しんのすけの疑問ももっともだ、と紗耶香は質問に答えるべく小さく息を吸った。

 

「……あなたのお友達の中に、二科生出身ながら風紀委員になった男の子がいるでしょ?」

「達也くんのこと?」

「そう、その子。二科生なのに風紀委員に選ばれるなんて初めてだから、今この学校は彼の話題で持ちきりよ。――残念ながら、悪い方向にだけど」

「おっ、そうなの?」

 

 しんのすけの疑問の声に、紗耶香は力強く頷いた。

 そして彼女は、ここ1週間で起こった達也への嫌がらせを1つ1つ丁寧に説明していった。しんのすけはそれを、時折飲み物を口にしながら頬杖を突いて聞いていた。

 

「今まで一科生しか入れなかった風紀委員に二科生が入ったのは大きな進歩だけど、結局はこうして一科生による嫌がらせが起こっているわ。それもこれも、一科生が二科生を蔑む学校の風潮が諸悪の根源よ。――ねぇお願い、しんちゃん! 私達と協力して、一緒にこの学校から差別思想を撤廃しましょう! そうすればあなたのお友達も、取り締まりの最中に誰かに狙われるなんてことは無くなるわ!」

 

 テーブルに両手を突いて身を乗り出しながら、紗耶香は力の籠った声でしんのすけに語り掛けるようにそう言った。剣道部に誘うときの彼女は実にあっさりしたものだったが、今の彼女はむしろ鬼気迫るといった感じですらある。

 とはいえ、メディアにも取り上げられるほどに整った容姿をしている彼女に迫られたとあれば、普通の男子高校生ならば思わず舞い上がってしまうだろう。そんな彼女にここまで頼りにされれば、もしかしたらその場の勢いで彼女の誘いを了承してしまうことだって有り得ることだ。

 もっとも、それがしんのすけでなければ、の話だが。

 

「うーん、結局紗耶香ちゃんはさ、何をしてほしいの?」

「――――えっ?」

 

 しんのすけの質問に、紗耶香は冷や水を浴びせられたような心地になった。

 

「紗耶香ちゃんが何となく不満そうなのは分かるけどさ、結局何をすれば紗耶香ちゃんが満足するのか全然分かんないんだよね」

「そ、それは……。もっとアタシ達を、一科生と同じように評価してほしいっていうか――」

「えぇっ? 成績が良かったから一科生で、そうじゃなかったから二科生なんじゃないの?」

「そういう授業でのことじゃなくて、それ以外のことでよ! 例えば魔法競技クラブは、アタシ達みたいな非魔法競技クラブよりも予算が多いのよ! これっておかしいとは思わない?」

「単純に、お金が掛かるからじゃないの? 母ちゃん、オラのCADを買おうとしたときも『なんで一番安いのでも数万円するんだ』って愚痴ってたもん」

「……あ、あなたのお友達だって、一科生から嫌がらせを受けてるのよ。いつかひどい怪我をしちゃうかもしれない。しんちゃんはそれでも良いって言うの?」

「ダイジョーブだって。『ちょっとくらい喧嘩した方が仲良くなれる』って父ちゃんも言ってたし、達也くんもその内みんなと仲良くなれるって。それに――」

 

 そのタイミングで、しんのすけが紗耶香へフッと視線を向けた。

 たったそれだけのことで、なぜか紗耶香は肩を跳ね上がらせた。

 

「タイグーのカイゼン? ってのをやって、それで達也くんの嫌がらせが無くなるの?」

「――――もう良いわ!」

 

 紗耶香はその整った顔を真っ赤に染めて、椅子を大きく鳴らしながら勢いよく立ち上がった。

 突然の大声と音に、周りの生徒が何事かと彼女を見遣る。

 

「もしかしてしんちゃんなら、って思ったアタシが間違いだったわ! 結局しんちゃんも、他の風紀委員と同じように点数稼ぎで摘発を乱用しているような人だったってことね!」

「えっ? 風紀委員って、ポイント貰えるの? 貯めたら何と交換できる?」

「――さぁね! 渡辺先輩にでも聞けばっ!」

 

 紗耶香はそう言い残すと、大股でカフェを出ていった。周りの生徒達から一斉に視線を浴びているが、彼女はそれに気づいていないのか、一切目をくれることなく出口まで突き進んでいった。

 そして彼女の背中を見送るしんのすけは、最後まで疑問の表情を崩すことは無かった。

 

 

 

 

「何というか、結構意外だったね。しんちゃんって綺麗な女の人に目が無い印象だったから、壬生先輩の誘いも快く引き受けると思ってたよ」

「そうかしら? 確かに大人の女性に対してはそうだけど、学校の生徒に対しては全然靡かないじゃない。そもそも同じクラスの深雪と普通に話してる時点で、ねぇ」

「それにしても、随分とバッサリだったな。多分、本人は無意識だろうけど」

 

 そして会話の一部始終を、観葉植物が生えている花壇と一体化した仕切りを挟んだ隣のテーブルから聞いていたエリカ達3人は、しんのすけにバレないようにコソコソと小声でそんなことを話していた。

 

「それにしても、壬生先輩怒ってたね……。大丈夫かな……?」

「そっちは別に大したことじゃないでしょ」

「あぁ、確かに。――“あいつ”に比べたらな」

「えっ? ど、どうしたの2人共?」

 

 唐突に剣呑な雰囲気を醸し出してきたエリカとレオに、美月が戸惑いの声をあげた。しかし2人はそんな彼女をよそに、それぞれ別の方向へと視線を向けて警戒心を露わにする。

 レオの視線の先にいたのは、痩せ型ながら注視すればよく鍛え上げられていることがよく分かる体つきをした、眼鏡を掛けた男子生徒。おそらく上級生である彼は、紗耶香がカフェを出ていったのと同じタイミングで席を立っていた。

 そしてエリカの視線の先にいたのは、艶のある黒いおかっぱ頭に同色の大きな瞳、そしてそれを囲む赤縁の眼鏡という出で立ちの少女だった。つい先程まで窓際の席でジュースを飲んでいたのだが、エリカがこの場を去る紗耶香を見ていたほんの数秒の間に忽然と姿を消している。

 

「どうにもキナ臭い視線だったのよねぇ、あいつら」

「男の方は確かにそうだが、エリカの言う女の方は何も感じなかったんだよなぁ。エリカの気のせいってことは無いよな?」

「確かに彼女の方が何枚も上手だったけど、アタシの目は誤魔化せないわ。――彼女、確実にしんちゃん達のことを探ってる感じだった。たまたま聞こえたのを興味本位に盗み聞きしたんじゃなく、最初からそれが目的でここにやって来たような感じのね」

 

 2人の会話にはついていけない美月だったが、これだけは理解できた。

 おそらく近い内に、とても面倒臭いことになる、と。

 

 

 *         *         *

 

 

「……気に食わなかったんです」

「気に食わない? 何をだ?」

 

 意を決して、といった感じで口を開いた桐原の言葉に、克人は問い掛けで続きを促した。

 

「……久し振りにアイツの剣を見たとき、妙に荒くなっていたのが無性に気に障ったんです。雑だという意味ではありません。変に殺伐とした……、まるで“人を斬るための剣”になったと言いますか……」

「それではいけないのか?」

「俺達みたいに“道”を捨てて“術”を選んだ人間ならそれで構いません。ですが壬生は“剣道”の剣士です。アイツの剣は人斬りの技であってはならないんです」

 

 桐原ほど剣技に詳しくない克人ではあるが、彼の言っていることは何となく理解できた。つまり彼は、紗耶香の剣技が間違った方向に“変質”していると感じ取ったのだろう。

 

「きっと剣道部に、アイツの剣を汚した奴がいる。そう思ったら黙っていられなくなって、気がついたら剣道部を挑発していました。――別に壬生の過ちを気づかせてやろうとか正してやろうとか、そんなことを考えたわけではありません。ただ頭に来て喧嘩を売っただけで、自分が短気なだけだったと分かっています」

 

 桐原はそう締め括ると、再び「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

 それに対し、克人は小さく何度も頷いた。

 

「成程、よく分かった。――ところで、桐原」

 

 その一言で話題が切り替わったことを悟った桐原は、素早く頭を上げて「はい」と返事をした。

 

「あのときおまえは、風紀委員である野原しんのすけと対峙したな。――何か感じ取るものがあったか、教えてもらえるか?」

 

 そのときのことを思い出そうと、桐原はフッと顔を俯かせて軽く目を閉じた。

 紗耶香の前に突然現れ、まっすぐこちらを見据える目。

 高周波ブレードと化したこちらの竹刀に、目で追うことすらままならないほどに素早く攻撃を叩き込む剣技。

 そしてこちらの竹刀を弾き飛ばすという目的を達成した瞬間、こちらに対する戦意をフッと掻き消して自然体に戻ったときの姿。

 

「これこそが、“剣道”のあるべき姿だ。そう、感じました」

「――分かった。今日のところは下がって良し」

 

 克人の一言に、桐原は「失礼します!」と頭を下げ、キビキビとした動きで部屋を後にした。

 1人となってからしばらくの間、克人は腕を組んで目を閉じ、何かを考え込んでいた。




「ねぇ摩利ちゃん、オラって今、何ポイント貯まってる?」
「……何の話だ、しんちゃん?」

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