聖女vs悪役令嬢
舞台の上では、反対側の舞台袖から現れた聖女一行が、水魔と樹魔の縄張りを占拠した者たちを探している。
「そんな者たちは、わたしがやっつけてやります!」
「いいえ、まずは話し合わなければ」
元気よく言ったマリーナ演じる猿魔を、フローラ演じる聖女がたしなめる。
まさにその時、舞台に高笑いが響き渡ったのだった。
「おーっほほほほほ!」
口に手の甲を当て小指をちょっと立てて、完璧な悪役令嬢笑いをかましながら、エカテリーナは舞台に登場する。
「わたくしに御用のようですわね。ですけれど、話し合いなど笑止ですわ!」
カッ!と靴音を響かせて、悪役令嬢は聖女と相対する位置に立ち止まった。腰に手を当てて胸を張り、つん、と顎を上げる。口元には蔑むような笑みが貼り付いていた。
悪役、参上!
そのエカテリーナを、ユーリの魔力がスポットライトとなって光で包んだ。
あんぐり、とマリーナおよび男子二人(水魔役と樹魔役)の口が開いた。
彼らの心境を言葉にすれば、「誰⁉︎」もしくは「エカテリーナ様、ご乱心‼︎」ではなかろうか。
そして、「これ、どうしたら⁉︎」かもしれない。
本来の悪役令嬢役オリガは、小さくて可愛らしくて、強気な台詞もまったく板についていなくて、『どう見ても悪役ではない』がポイントだった。
だからオリガが登場すると、聖女一行は『あれ?』と戸惑い、敵対しながらも、どこか庇うように気遣うように接する。威嚇してくるチワワをあしらう感じで。
それを稽古でずっと繰り返してきたのだ。
そこへ現れた、ガチの悪役。迫力満点、台詞が台詞と思えない
庇っている場合ではない。
さらに、エカテリーナが悪役令嬢の衣装を着たところを、彼らが見たのはこれが初めてだ。衣装が出来上がったのが開演直前、一度試着してすぐ着替えてしまったので、衣装係以外その姿を見ていない。
悪役令嬢の衣装の色は、黒と青。本来のオリガの衣装だった時は、ほぼ黒一色だった。が、急な直しで黒い布が足りず、瑠璃色を足している。袖や、裾や、胸元に。エカテリーナがユールノヴァ公爵家の商業流通長ハリルを引き込んで、そのスポンサードにより『天上の青』の布地をいろいろ提供してもらっていたので、豊富だったのだ。
衣装係によれば、衣装のデザインコンセプトは『黒い炎』とのこと。エカテリーナが内心『厨二……』と呟いたのは言うまでもないが、炎をイメージしたヒラヒラした黒い飾り布がたくさんついたドレスは、白雪姫の継母か、眠れる森の美女を呪う魔女か、邪悪な印象なのだが美しい。ヒラヒラした裾や袖にうまく瑠璃色を交ぜ込んで長くした工夫が、まるで夜空。山際だけにわずかな青を残して黒に染まった、月のない夜の空のようだ。
いや、月のない夜というには、衣装係の計測ミスなのか瑠璃色の布を足したはずの胸元が、エカテリーナ史上最大にばーんと開いてしまっているのだが。史上最大といっても、未婚の高位貴族令嬢としてギリギリありな程度ではあるのだが、傲然と張った胸の谷間の深さは、悪女にふさわしい罪深さだ。
アレクセイがよくエカテリーナを喩える『夜の女王』は宵闇の女神だが、今のエカテリーナはさながら、闇夜に君臨する女王様の迫力だった。
お猿たちは固まったまま。
しかしそんな一行の中から進み出たのは――聖女だった。
聖女アネモーニを演じるフローラは、言うまでもなく乙女ゲームのヒロイン。庶民として生まれ育ちながら、貴族ばかりの学園で、さまざまな難局を乗り越えて攻略対象者とハッピーエンドを迎え得るポテンシャルの持ち主だ。
そのポテンシャルは劇でも発揮され、聖女の役を演じてまったく危なげない。脚本兼演出のエカテリーナが、『フローラ様は思う通りに演じてくだされば、それが聖女様ですわ』とすべて任せたほどだ。
悪女エカテリーナに対応しなければ、劇が成り立たない。ぶっつけ本番にもかかわらず、フローラは聖女として、悪女との丁々発止の闘いを受けて立つべく動いたのだ。
聖女アネモーニの衣装は純白。フローラの桜色の髪と紫水晶の瞳だけが色彩だ。聖女にふさわしい清らかさ、可愛らしく優しげな中に芯の強さをのぞかせる彼女が、背筋を伸ばして凛と立ち、悪役令嬢と正面から向き合う。
色彩は対照的ながら、美しさではいずれ劣らぬ二人の少女。
フローラも、ユーリのスポットライトに包まれた。
「この地に暮らす者たちを追い出し、不当に留まっておられるとか。なぜそのようなことをなさるのです」
「貴女の知ったことではありませんわ!」
語りかけた聖女を、悪役令嬢はぴしゃりとはねつける。
「そうはいきません。人々が苦しんでいます」
聖女も一歩も退かない。普段は親友同士の二人が、ここでは敵対者、好敵手となって、火花を散らしている。
「ふん!苦しめばよいのです」
悪役そのものの台詞を言い放つと、悪役令嬢は片手を高く掲げた。
「もはや、問答は無用。さあ、皆の者!」
呼びかけて、白い繊手を振り下ろす。
「やっておしまい!」
太鼓の音が効果音として轟き渡り、影絵で表現された魔獣の群れが、舞台の奥の壁にいい感じの迫力で映し出された。
「ま、待て!」
ようやく我に返ったお供三名が、魔獣の攻撃をかいくぐりつつ、きびすを返して去ってゆく悪役令嬢を追いかけようとする……という演技をする。
しかし、悪役令嬢のお供として側にひかえていたレナートが、片手を振った。それに合わせて舞台に閃光が走り、三名はダメージを食らって倒れる(という演技をする)
レナートも去り、お供三名は跳ね起きて二人を追おうとするのだが、それを止めたのは聖女だった。
「お待ちなさい。いったん退きましょう」
「なぜ退くのです、あれくらい倒せます!」
逸る猿魔に首を横に振り、聖女は悪役令嬢が去った後へと視線を向ける。
「あの方、悪い人間とは思えないのです」
相手の悪役令嬢がオリガだから、成立するはずの台詞だったが。
不思議と、説得力を持って観客に受け入れられたようだった。
二十代のOL、小鳥遊 聖は【聖女召喚の儀】により異世界に召喚された。 だがしかし、彼女は【聖女】とは認識されなかった。 召喚された部屋に現れた第一王子は、聖と一//
8歳で前世の記憶を思い出して、乙女ゲームの世界だと気づくプライド第一王女。でも転生したプライドは、攻略対象者の悲劇の元凶で心に消えない傷をがっつり作る極悪非道最//
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
一迅社アイリスNEOより書籍1~2巻が発売中です。イラストレーターは八美☆わん先生です。コミックスは3月31日発売予定です! コミカライズはゼロサムオンライ//
エレイン・ラナ・ノリス公爵令嬢は、防衛大臣を務める父を持ち、隣国アルフォードの姫を母に持つ、この国の貴族令嬢の中でも頂点に立つ令嬢である。 しかし、そんな両//
本が好きで、司書資格を取り、大学図書館への就職が決まっていたのに、大学卒業直後に死んでしまった麗乃。転生したのは、識字率が低くて本が少ない世界の兵士の娘。いく//
書籍版:1~9巻発売中。 コミックス:1~3巻発売中・WEBにてコミカライズ連載中! コミックス4巻2月に発売予定 舞台版DVD「ティアムーン帝国物語 THE//
※アリアンローズから書籍版 1~7巻、コミックス4巻が現在発売中。 ※オトモブックスで書籍付ドラマCDも発売中です! ユリア・フォン・ファンディッド。 ひっつ//
婚約破棄のショックで前世の記憶を思い出したアイリーン。 ここって前世の乙女ゲームの世界ですわよね? ならわたくしは、ヒロインと魔王の戦いに巻き込まれてナレ死予//
❖❖❖オーバーラップノベルス様より書籍11巻まで発売中! 本編コミックは8巻まで、外伝コミック「スイの大冒険」は6巻まで発売中です!❖❖❖ 異世界召喚に巻き込ま//
薬草を取りに出かけたら、後宮の女官狩りに遭いました。 花街で薬師をやっていた猫猫は、そんなわけで雅なる場所で下女などやっている。現状に不満を抱きつつも、奉公が//
魔力の高さから王太子の婚約者となるも、聖女の出現によりその座を奪われることを恐れたラシェル。 聖女に対し悪逆非道な行いをしたとして、婚約破棄され修道院行きとなる//
頭を石にぶつけた拍子に前世の記憶を取り戻した。私、カタリナ・クラエス公爵令嬢八歳。 高熱にうなされ、王子様の婚約者に決まり、ここが前世でやっていた乙女ゲームの世//
【本編完結済】 生死の境をさまよった3歳の時、コーデリアは自分が前世でプレイしたゲームに出てくる高飛車な令嬢に転生している事に気付いてしまう。王子に恋する令嬢に//
◇◆◇ビーズログ文庫様から1〜4巻、ビーズログコミックス様からコミカライズ1~2巻が好評発売中です。よろしくお願いします。(※詳細へは下のリンクから飛ぶことがで//
前世の記憶を持ったまま生まれ変わった先は、乙女ゲームの世界の王女様。 え、ヒロインのライバル役?冗談じゃない。あんな残念過ぎる人達に恋するつもりは、毛頭無い!//
【R3/12/15 ノベル6巻発売。R3/12/10 コミックス5巻発売。ありがとうございます&どうぞよろしくお願いします】 騎士家の娘として騎士を目指していた//
悪役令嬢にずっとなりたいと思っていたが、まさか本当になってしまうとは……。 現実に直面すればするほど強くなる悪女になる夢を持った少女のお話。 主人公の悪女の基//
貴族の令嬢メアリ・アルバートは始業式の最中、この世界が前世でプレイした乙女ゲームであり自分はそのゲームに出てくるキャラクターであることを思い出す。ゲームでのメア//
異母妹への嫉妬に狂い罪を犯した令嬢ヴィオレットは、牢の中でその罪を心から悔いていた。しかし気が付くと、自らが狂った日──妹と出会ったその日へと時が巻き戻っていた//
公爵令嬢に転生したものの、記憶を取り戻した時には既にエンディングを迎えてしまっていた…。私は婚約を破棄され、設定通りであれば教会に幽閉コース。私の明るい未来はど//
【R4/3/7 ノベル3巻発売。ありがとうございます&どうぞよろしくお願いします】 「ひゃああああ!」奇声と共に、私は突然思い出した。この世界は、前世でプレイし//
「リーシェ! 僕は貴様との婚約を破棄する!!!」 「はい、分かりました」 「えっ」 公爵令嬢リーシェは、夜会の場をさっさと後にした。 リーシェにとってこの婚//
「すまない、ダリヤ。婚約を破棄させてほしい」 結婚前日、目の前の婚約者はそう言った。 前世は会社の激務を我慢し、うつむいたままの過労死。 今世はおとなしくうつむ//
【書籍版重版!! ありがとうございます!! 双葉社Mノベルスにて凪かすみ様のイラストで発売中】 【双葉社のサイト・がうがうモンスターにて、コミカライズも連載中で//
大学へ向かう途中、突然地面が光り中学の同級生と共に異世界へ召喚されてしまった瑠璃。 国に繁栄をもたらす巫女姫を召喚したつもりが、巻き込まれたそうな。 幸い衣食住//
貧乏貴族のヴィオラに突然名門貴族のフィサリス公爵家から縁談が舞い込んだ。平凡令嬢と美形公爵。何もかもが釣り合わないと首をかしげていたのだが、そこには公爵様自身の//
王太子から冤罪→婚約破棄→処刑のコンボを決められ、死んだ――と思いきや、なぜか六年前に時間が巻き戻り、王太子と婚約する直前の十歳に戻ってしまったジル。 六年後の//