ハリウッドの大物プロデューサー、ワインスタイン氏はその地位を利用し、多くの女優を毒牙にかけてきた。だが2017年、女優たちが続々と声を上げ、性暴力撲滅に立ち上がったのが「#MeToo」運動だ。日本でも、今――。
3月25日、「性被害」を題材にした1本の映画が公開される。タイトルは「蜜月」。主人公の美月役は人気女優の佐津川愛美が務め、義父役を板尾創路(いつじ)、夫役を永瀬正敏が演じる。
美月の母は過去のトラウマから美月の「女の性」を激しく抑圧するようになる。反抗心から美月は義父に接近するように。しかし、そこで新たな事件が起こってしまう。闇に沈む「家庭内の性被害」にスポットを当てた作品だ。同作のメガホンを取ったのが榊英雄氏(51)。榊氏は長崎県五島市出身で福岡の大学を卒業後、上京。95年に主演作「この窓は君のもの」で俳優デビューを果たした。
その後は下積みが続いたが、やがて自主映画の監督も務めるように。98年公開の自主映画「“R”unch Time」がインディーズムービー・フェスティバルで入選。09年の「誘拐ラプソディー」では第20回日本映画批評家大賞新人監督賞を受賞した。
「俳優業も軌道に乗り、近年はNHK大河ドラマ『西郷どん』や『いだてん』にも脇役で出演。俳優と映画監督の二刀流で活躍しています。最近は『蜜月』だけでなく安田顕と山田裕貴のW主演映画『ハザードランプ』も監督しており、こちらは4月中旬から全国で公開予定です」(映画ライター)
今や人気映画監督の榊氏だが、彼が「性被害」をテーマに映画を作り、公開することに疑問と憤りを隠せない女性が複数いる。
一人目はA子さんだ。女優を目指して地方から上京した彼女は、2013年12月頃、榊氏のワークショップに参加して知り合った。ワークショップでは、1回1万円などの代金を支払って演技指導を受けるが、むしろ、監督に顔と名前を憶えてもらって、最初は端役でも、現場に呼んでもらえるようになることが重要だという。A子さんが語る。
「ワークショップが終わった後、連絡が来て『もう1回会いたい。飲みに行こう』と誘われました」
指定されたのは、渋谷・道玄坂の居酒屋だった。
「7時くらいから飲み始めた。食事中は変わった様子はありませんでした。私は当時、横浜方面に住んでいて終電が早かったので、2、3時間経ったころに、もう帰りましょうかと二人で店を出たんです」
店を出てすぐに事件は起きた。A子さんは榊氏に引っ張られ、暗がりに引き込まれた。
「マンションの駐車場でした。奥の方の、通行人からは死角になる場所まで連れ込まれた。なんとか逃げようと『やめてください!』と声を出したり、強く抵抗しました」
だが、榊氏はA子さんの耳元でこう凄んだ。
「騒いだら殺すぞ」
A子さんが当時の心境を明かす。
「あまりの恐怖で、その一言は今でも鮮明に覚えています。榊は身体も大きいし、強面です。その場でパンツだけひきずり下ろされ、無理やり犯されました。もちろん避妊などされません。時間にして5分くらいでした。ことが終わると榊は『じゃ、またね』とその場から去りました」
一人残されたA子さんは、道玄坂をくだり、渋谷駅に向かった。
「一瞬の出来事で、通り魔にあったような気分でした。本当に自分の身に起こった出来事なのか信じられなかったです。帰り道、幼馴染に電話をして被害の内容を伝えました」
被害のことは警察にも、両親にも言えなかった。
「どうしても女優を続けたかったんです。事件にして波風を立てたくなかったですし、親に相談したら『今すぐ役者なんてやめて帰ってこい』と言われて終わりですから」
だが心の傷は深く、榊氏との連絡を断ち、結局女優は諦めた。今は結婚し、平穏に暮らしているという。
「私のような被害者を出したくない。あんな人を野放しにしてはいけないと思い、今回取材を受けることを決めました。夫にも初めて被害の内容を打ち明けてからこの場に来たんです」
「パンツ穿いてくるなよ」
別の女優、B子さんのケースも酷似している。時期は2017年11月。映画関係者が集まる飲み会で榊氏とB子さんは出会った。
「その日の夜にフェイスブックで『よろしくです』とメッセージがあって、連絡を取り合うように。12月に入って二人で食事をすることになりました。場所は道玄坂の居酒屋でした」
榊氏から「もう一軒行こう」と誘われ、20時くらいに店を出た。
「歩いていると、いきなり強く引っ張られて路地裏に連れ込まれました。すると榊は自分のパンツを下ろして『口でやれ』と。抵抗しましたが頭を押さえつけられ、無理やり咥えさせられました。榊の目が血走っていたのをよく覚えています」
10分ほどで行為が終わるとバーに連れて行かれた。
「あまりに突然のことで、なにが起こったのか理解できませんでした。バーを出ると、渋谷駅まで歩いていき、別れ際に榊はポケットからクシャクシャに丸まった1000円札を取り出し、投げてよこしました」
道玄坂の居酒屋、暗がりに連れ込んで無理やり、というのが二人の事件に共通するが、「監督」という優越的地位を巧妙に利用したケースもあった。
「あの人が性被害を題材にした映画を撮ることに、今、疑問を感じています」
そう語るのは、女優のC子さんだ。
「榊氏の作品に出演が決まったのは2015年のことでした。撮影準備中の同年秋頃から『事務所においでよ』と頻繁に誘われるようになった。適当にやり過ごしていると、次は直接ホテルに誘われました。『新宿の世界堂の前に車を停めているから。パンツ穿いてくるなよ』と指示されました。その日、ホテルで初めて肉体関係を持ちました」
C子さんが当時の心境を振り返る。
「私はその場で拒否や抵抗は一切しませんでした。もちろんそういう行為をしたかったわけではありません。でも、監督の要求を断ればキャスティングから外されると思ってしまった。この世界ではこういうこともあるのかと、仕方なく要求に応じてしまいました」
その後も食事や事務所に誘われた。
「道玄坂の居酒屋に飲みに行きました。店を出るとすぐ近くの民家の駐車場に誘導され、その場でされました。まったく躊躇することなく、手慣れた感じで。人通りが少なく、助けも呼べなくて怖かったです。その日以降も、しつこく『裸の写真送って』などと卑猥なメッセージが来ました」
4人目の被害者が、女優のD子さんだ。彼女も、2015年12月、榊氏のワークショップに参加した。
「後日、『芝居を見てあげるから』と赤坂の事務所に呼ばれました。榊さんが椅子に座っていて、『上に乗って欲しい。癒されたい』と言ってきました。断れなくて上に乗ると、そのままなし崩し的に行為が始まりました。かなり強引で、床でされました。拒否はしましたが、全力で逃げるようなことはしませんでした。断ると、仕返しに何をされるかわからないと思って……」
D子さんはこの日と、渋谷の居酒屋で飲んだ帰りの2回、性行為をしたという。
「尊敬する監督だったので、気に入られたい気持ちも多少ありました。ただ、同意の上かと言われれば決してそうではありません」
以降もLINEで連絡を取っていたが、D子さんが榊氏の作品に出たいと言うと、〈仕込んでやる!〉、〈アナルも覚えなさい!フェラも〉と次々に卑猥なメッセージが送られてきた。極めつけは、16年10月のある日に〈しゃぶれ〉という言葉とともに送られてきた、榊氏自身の勃起した男性器の写真だった。「この人は病気だ」と感じたD子さんは、ほどなく連絡を絶った。
「妻にも謝罪し、許してもらった」
「蜜月」の公開に関しては製作関係者からも疑問の声が上がっているという。
こうした問題を知った「蜜月」脚本家の港岳彦氏は3月1日、榊氏と製作委員会である名古屋テレビ放送、配給会社のアークエンタテインメントにメールを送信。榊氏には女性たちへの行為について問い、2社には製作者としての見解を質したという。
その港氏が複雑な心境を小誌に明かした。
「私は脚本家として、大勢の人がかかわったこの映画に責任を持つ立場ですから、『上映してはならない』とは言えません。一方で、被害者の方は『榊英雄』という名前を見るだけでフラッシュバックするといいます。それを聞くと、やはり上映してはいけないのではないかと気持ちが揺れるんです」
榊氏の作品を撮り続けてきた撮影担当の早坂伸氏も取材に応じた。
「主演の佐津川愛美さんをはじめ、役者さんは皆、素晴らしい演技をしてくれました。しかし榊さんの性暴力が事実だとすれば擁護する余地はなく、ペナルティを受けるべきだと思います」
榊氏に取材を申し込むと、書面で回答があった。
A子さんについては「肉体関係があったことはなく、ましてや『騒いだら殺すぞ』等と脅したこともありません」と否定した。
B子さんについては、「お互い相当酔っていたこともあり、一部、指摘のような性的な行為があったことは事実ですが、お互い合意の上でした。1000円ではなく5000円をタクシー代として渡した記憶があります」。
C子さんについては「彼女の方から私に近づいてきて、関係をもちました」。
D子さんとは「相互に好意を持って行われた普通の男女関係であり、彼女が性交渉を拒否していたとの事実はありません」とした。
05年に結婚した榊氏の妻は90年代に一世を風靡したシンガーソングライターの橘いずみ(現在は和(いずみ))で、「蜜月」「ハザードランプ」も含む多くの夫の作品で音楽を手掛けている。榊氏は「不倫行為については妻にも謝罪し、許してもらっております。(女優らに)性行為を強要した事実はありません」とした。
名古屋テレビ放送とアークエンタテインメントはともに「製作委員会として、現在状況を確認しております」と回答した。
映画やTV業界では今も「枕営業」などという噂が絶えることはないという。これまで誰にも打ち明けられなかった過去を告白した4人の女優たちは、これが誰かを救うきっかけになれば、と異口同音に語っている。
source : 週刊文春 2022年3月17日号