日本のドラマ・映画はどこに進むのか 成馬零一×西森路代が語り合う、コロナ禍で起きた変化

成馬零一×西森路代、特別対談

 コロナ禍が続く2022年現在。コロナ禍となってから約2年の月日が流れる中、日本のエンタメ界にもさまざまな変化が訪れている。配信プラットフォーム興隆によるドラマの在り方の変化、これまで見過ごされてきたテーマ、価値観を再考するような作品も増え、作り手たちの強い意識が垣間見える。長くテレビドラマ・映画に触れてきたライターの成馬零一氏と西森路代氏に、2021年の振り返りと2022年のエンタメ界について語り合ってもらった。

2021年のドラマに顕著だった“距離感”

ーー成馬さんは2021年~2022年のエンタメ作品の傾向をどのように考えていますか?

成馬零一(以下、成馬):リアルサウンドの年末企画「2021年のベストドラマ」で、「他人とは共有することができない言語化が難しい感情、恋人や家族といった既存の概念では定義することが難しい人間関係や、今までにない個人の生き様を、ドラマならではの映像表現で描こうとした作品を中心に選んだ」と書いたのですが、その傾向が2022年も続いていくのかが気になります。第164回芥川賞を受賞した『推し、燃ゆ』(著:宇佐美りん)もありましたが、2021年は愛ではなく“推し”という概念をドラマに持ち込んだ作品も多かったように思います。

西森路代(以下、西森):もはや限られた人のものではなくて、誰にとっても“推し”はいるもの、という状況になっていますよね。

成馬:恋愛から推しへ、という点で興味深いのは、映画『花束みたいな恋をした』で主演を務めた菅田将暉さんと有村架純さんが、『コントが始まる』(日本テレビ系)ではまったく違う関係性を演じていたこと。『コントが始まる』では、有村さんが演じた里穂子はお笑いトリオ「マクベス」の狂信的ともいえるファンとなって、彼らと直接交流をするようになるものの、恋愛関係にはならない。数年前のドラマではこの形は受け入れられづらかったと思いますし、“推し”という概念の尊さが普遍的なものになった象徴だったように思います。

西森:『コントが始まる』のように直接“推し”を描いた作品ではないですけど、コロナ禍で大ヒットした韓国ドラマ『愛の不時着』(Netflix)も“推し”が詰まった作品であったように思います。主人公2人の気持ちは恋愛として描かれていますが、北朝鮮で知り合うアジュンマ(※おばさん)たちが、最初はリ・ジョンヒョクの傍にいる謎の女性であるユン・セリを目の敵的に見ていた感じだったのに、次第にユン・セリとリ・ジョンヒョクの関係性を応援するような気持ちになったりして、“萌え”という気持ちを知るという描写なんかがけっこうありました。

成馬:まさに“推し”ですよね(笑)。恋愛ではない関係性という点では、よるドラ『恋せぬふたり』(NHK総合)にも注目しています。脚本は『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京/通称『チェリまほ』)の吉田恵里香さん。『チェリまほ』のとき以上に、先鋭化された脚本になっているなと。契約結婚というテーマで、新たな価値観を描こうとした『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)が途中で「恋愛ドラマ」になって手放してしまったものを『恋せぬふたり』では実現できるのではないかと興味深く観ています。

西森:私も『恋せぬふたり』はどんなところにたどり着くんだろうと興味深く観ています。このドラマの発表があったときに、結局、今までのドラマのように恋愛に辿りつくのではないかと心配する声もあったりして。それって、これまでのドラマが、なんでもかんでもラブストーリーにしとけばいいんでしょという感覚で作っているものが多かったからなんですよね。ただ、別にラブストーリーがすべていけないというわけではなくて。2021年の作品だと『最愛』(TBS系)は、ラブシーンが多いわけではないんだけど、短いシーンに、愛がこもってるんだなってわかる演出になっていた気がします。

成馬:『最愛』は登場人物全員が自分の身内を守ろうとした結果、起きてしまった事件じゃないですか。狭い愛の連鎖がとんでもないことに繋がってしまうという話で。ドラマとしての完成度は高いと思いつつも、どう捉えていいのだろうというのは悩んでいたところです。『最愛』にも感じた部分なのですが、今の作り手は“真面目”ですよね。「無責任に面白ければいい」という作品は減って、テーマや制作体制なども含めて、ちゃんとした作品を作ろうという意識が業界全体にあるというか。極端な言い方をすると「面白くなくてもいいから、正しいものを」という作り手が、ジャンル問わず増えているように感じます。

西森:『最愛』は、自分の身の回りの人のことを守ろうとすると、道を外しやすいということは描かれていましたね。Netflix版『新聞記者』などがやろうとしていることも思い浮かべました。やっぱり、隠蔽って、家族を守りたいとか、もっと突き詰めると、実は単純に自分を守りたいところから起こるんですよね。それと、近年の話でいうと、みんな疲れているので、優しいものが求められているという時期が続いているとは思います。『チェリまほ』や『消えた初恋』(テレビ朝日系)、『おかえりモネ』(NHK総合)とかにしても、登場人物たちにいろんなことが起きても、その中で優しい最適解を見つけ出していくことが求められていると感じてきました。それをふまえた上で、私が『文學界』で対談をしている中では、柴崎友香さんにしても、渡辺あやさんにしても、濱口竜介監督にしても、優しい最適解ではおさまりきらないものがあるということをどう表していくのかが重要だ、という感じの話になりますね。それは両方描かれていいことだと思うんです。

成馬:コロナ禍というのは大きいですよね。手を握るだけでも、かつてとは違う意味が生まれてしまう。画面上ではマスクをしていないコロナ禍ではない世界でも、観ている方は無意識的に感じてしまうというか。距離感の問題とも繋がっているような気がします。

西森:コロナを気にせずに観られるという部分で、時代劇の『鎌倉殿の13人』(NHK総合)は面白いですね。もちろん、なにかしら今の時代の空気と重なるようなところも出てくるんでしょうけど。

成馬:アニメでも『平家物語』が放送されていて、『週刊少年ジャンプ』では『逃げ上手の若君』が連載中、さらに野木亜紀子さんが脚本を手掛けたアニメーション映画『犬王』も公開予定と、平安~鎌倉~室町といった日本の中世時代が舞台の作品が今年は重なっているんですよね。大河ドラマで人気があるのは、幕末と戦国時代。それは混沌とした世の中を、英雄が出てきて変えていくという展開で物語的にも右肩上がりだから。一方で中世を舞台にすると、平家が滅びる、源氏が滅びていくという衰退の話になるのですが、それは今の日本の在り方に心情を重ねているのかなと感じます。

西森:もはや右肩上がりで成長していく物語はおとぎ話になってしまって、リアリティがあるのは衰退していく話になってしまった感じはありますね。『孤狼の血』『すばらしき世界』『無頼』『ヤクザと家族 The Family』など、ヤクザを題材とした映画が、日本の衰退と重ねられているものが多くなっているのも、それが理由のように思います。結局、日本を正面から描こうとすると沈み方をどう捉えるかなんですよね。

成馬:アニメ『東京リベンジャーズ』を観ていて思ったのですが、不良って過去にしか生きられなくなっているのかなと。『東京リベンジャーズ』は夢も希望もなくなってしまった主人公が、自分が一番輝いていた10代の頃に戻って、現在と過去を行き来して、恋人・友人の運命を変えるという話で。おそらく現在の日本が行き止まりだという認識はみんな共有していて、だからオタクは異世界に転生し、ヤンキー(不良)は過去に戻るしかない。松本大洋の漫画『青い春』のあとがきに、同級生の不良友達がよく写真を撮りたがったのは「現在をすでに過去として捉えていた」からだと書いていたのですが、昔だったら不良は青春の一時期にエネルギーを燃やすことでモラトリアムを終わらせて、その後はカタギになって家族を作っていくという未来があった。でも、今は道筋がなくなってしまった。未来があるとしたら半グレ集団の世界しかなくなってしまって。だから、不良を主人公に前向きな物語を作ろうとすると過去に戻るしかないという。

森:半グレがヤクザと違うのは組織ではないということですよね。『仁義なき戦い』は、組織の中に仁義のない人と仁義のある人がいるから書けたわけで、組織じゃないと、仁義もくそもなくなってしまうんですよね。もちろん、衰退していくヤクザを描くということの始まりにはドキュメンタリー映画『ヤクザと憲法』があるわけですけど、現代のヤクザをリアルに描こうとすると衰退しかないというか。だから『孤狼の血』は、過去から始まっているから、まだ「衰退」モードではないけれど、これから現代へと時代が進むにしたがって、半グレが出てきて、ヤクザの衰退を描くことになるんだろうなとは思います。『すばらしき世界』が興味深かったのも、その点を新しい視点で描いていたから。それとやっぱり、ヤクザが「男らしさ」とともにあったからこそ、『すばらしき世界』みたいな話になるんですよね。



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