弁護士の笹山尚人です。

 私と、青龍美和子弁護士とで担当してきた、東京地裁立川支部での「メンズカットリーダー事件」が、本日、勝利和解で解決しました。

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 当事者のSさんの奮闘と、Sさんの加入する労働組合、首都圏青年ユニオンと、首都圏青年ユニオンを支える会の支えがあって、解決に至りました。皆さん本当にご苦労様でした、ありがとうございました。

 私からは、本件の勝利解決の概要と意義について報告します。

 

原始的ブラック企業

 

 本件は、原始的ブラック企業が引き起こした、理容師に対する何重もの搾取を許さないたたかいでした。

 

 当事者のSさん(男性)は、東京都稲城市にある理容店、「メンズカットリーダー」などで、理容師として働いてきました。メンズカットリーダーは、Yという個人の個人事業形態での経営で、Yは、東京都多摩地域や熊本県などで複数の理美容店を運営しています。

 

 Yは、長崎県や熊本県の高校などで、「東京の理容室で働ける」ことを謳い文句として求人をかけていました。Sさんは、これに応募し、2000年4月に長崎県から上京して、Yのもとで働き始めました。長期の修業期間、理容師免許の取得を経て、2010年から「メンズカットリーダー」の店長として働いてきました。

 しかし、この職場での就業状況が、法律から検討すると、違法状態が多くみられるものでした。

 雇用契約書や給与明細書、タイムカードが存在しない。

 社会保険・雇用保険の未加入。

 寮生活を送っているのだけれど、寮の規則がない。

 休日がメンズカットリーダーの店長になってからは月に2日しかない。

 就労したてのことはもちろん、後輩の指導を担当するようになって以降も、営業時間終了後は理美容師としてのスキルを高めるための「練習」に毎日従事する。

 就労時間は開店時間が9時から20時半までであり、これだけでもその拘束時間が11時間半に及びます。その後の練習も含めると労働時間はさらに長くなる。

 賃金から、「将来の開業資金」などの理由で、その一部をYに預けることにされる。しかし、その明細も見せられない。

 賃金は手渡しだが、寮費や貯金などを差し引かれ、実際に本人の手元にわたる費用は1万円程度のこともあった。税金の控除がなく、源泉徴収票も発行されない。

 

 就労年数を重ねてスキルをあげても、賃金が思うように上昇しないという点も、Sさんにとっては不満のもとでした。

 

雇い主からの訴訟提起と反訴

 

 Sさんは、2015年冬に見切りをつけて、退職と独立を決意し、2016年5月に退職の意思表示を通知しました。

 その際、せめて最後にと、時間外労働に対する賃金の支払いと、預けてきた貯金の返還を求める、社会保険への加入を求めて、首都圏青年ユニオンに加入し、団体交渉を求めました。

 するとYは、Sさんが以前自家用車を購入したことがありその際にその購入資金を貸し付けたもののその借入金の返済が未了であるとしてその返還を求める訴訟を東京地裁立川支部に提起してきたのです。

 Sさんはやむを得ず応訴し、その際に、賃金請求と預けたお金の返還請求の反訴を提起しました。

 訴訟は、借入金の存在そのものには争いがなかったためその残額、時間外労働の実態の有無(Yは、時間外労働の事実について否認した)、預り金の額(Yは、預り金の存在そのものは認めたものの、その開始時期と集積した金額について争った)を争点にして進行し、2017年12月には証人尋問を行い、その後和解協議に入りました。

 そして、本日、和解がまとまり、その成立をもって訴訟は終結しました。

 

和解内容

 

 和解内容の主要な内容は、次のとおりです。

 

イ)    原告(反訴被告)(以下「原告」という)は、被告(反訴原告)(以下「被告」という)に対し、被告を就業させるにおいて本件請求にかかる事項をはじめとする法規違反があったことを認め、今後、仮に雇用主となることがあれば、雇用主として守るべき諸法規を遵守するよう努力する。

ロ)    原告(反訴被告)(以下「原告」という)は、被告(反訴原告)(以下「被告」という)に対し、本件和解金320万円の支払義務があることを認める。

ハ)    被告は、原告に対し、本件貸金債務として金152万円の支払い義務があることを認める。

ニ)    原告及び被告は、それぞれの自由な意思に基づき、ロの被告の原告に対する債権とハの原告の被告に対する債権とを対当額で相殺することを合意する。

ホ)    原告は、前項の相殺合意に基づき、被告に対し、ニの相殺によってロの義務の残額168万円を2018年2月末日まで支払う

ヘ)    原告及び被告は、今後、互いに相手を誹謗中傷したり、営業活動を妨害したりしない。

 

本和解の意義

 

 本和解には、私は、次の意義があると考えています。

 

(1)   理美容業界のブラックな実態を告発するものになったこと。

    理美容業界は徒弟的制度の慣行が著しく、この観点から労働基準法をはじめとするさまざまな労働法の違反が怒りやすい。「ブラック企業」の温床となっている。

    本件でも寮のあり方、労働者のお金を使用者が貯蓄する場合のその運用の在り方という、資本主義の勃興期において問題になったがゆえに定められた、労働基準法の定めが守られていない実態が明らかになった。

    そのほかにも、長時間労働、低賃金、といった実情が認められた。

    ことは労働法のみにとどまらず、賃金を支払う際の税法違反なども認められた。

    和解では、まずこれらの違法行為の存在を認めさせ、実質的な謝罪条項を獲得した。

(2)   秘密保持条項を入れなかったため、今回の成果を広範に知らせることができること。

     Yは、秘密保持にこだわったが、これを認めず、広く今回の成果を伝えることができるようにした。理美容業界に広く違法な実態が存在するなら、そのことを知ってもらい、変化をもたらすための契機になりうることである。

 

(3)   Sさんの権利を一定実現したこと。

    時間外労働の実態の部分や、預り金の部分についてなど、Sさんの話の全てを裏付ける証拠に乏しかったため、一部獲得できないところもあったが、全体として、時間外労働の実態を裁判所が認め、残業代の発生と支払いをYに認めさせたこと。預り金についても、裁判所が認める部分についてこれを返還させる成果をあげたこと。

 

(4)「首都圏青年ユニオン」と「首都圏青年ユニオンを支える会」の団結でこのたたかいを支えたこと。

   当事者Sさんの訴えを実現するため、首都圏青年ユニオンと、首都圏青年ユニオンを支える会では、毎回の法廷の傍聴運動に取り組み、かつ、多摩地区におけるビラまきなどの活動を行い、Sさんのたたかいを支えた。1人ではなかなか自らの権利主張をすることが厳しい労働者が多い中、連帯の力で成果を得たこと、連帯すれば成果を得られることを世の中に示すことができたのは大きい。

 

首都圏青年ユニオン顧問弁護団について

 

 最後に、この事件を担当した私と青龍弁護士は、首都圏青年ユニオンの顧問弁護団である「首都圏青年ユニオン顧問弁護団」に加盟していることから、本件を担当することになりました。

 同弁護団には、当事務所から、私のほか、今野久子弁護士、小部正治弁護士、岸松江弁護士、中川勝之弁護士、今泉義竜弁護士、青龍美和子弁護士が参加しています。

 同弁護団では、首都圏青年ユニオンのたたかいを法的に支える取り組みを行っており、2017年12月21日に横浜地裁で解決した「SPDセキュリA事件」も首都圏青年ユニオンと顧問弁護団のたたかいでした。

 現在も、顧問弁護団は、4件の事件を同時並行で担当中です。

 これからも、首都圏青年ユニオンとともに、ブラック企業を許さず、労働者の権利を実現し、働きやすい職場つくりのお役に立ちたいと考えています。

 

                                    以 上