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さまよう「医師の代表」 半数そっぽ、現場動かせず(2022年3月6日配信『日本経済新聞』)

多様な観点からニュースを考える

山崎大作

 政府に医療費の引き上げや新型コロナウイルス対策の強化などを求める日本医師会。医師の代表というイメージと裏腹に会員は医師全体の半分の約17万人にとどまる。医療現場を動かす権限があるわけでもない。コロナ下で需要の高まった往診や遠隔診療などを広げる役割を果たしたともいいがたい。政治力の源泉だった集票力も大幅に低下している。

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「発熱外来の医療機関名の公表に最大限のご配慮をいただきたい」。岸田文雄首相は2月17日、首相官邸で日医の中川俊男会長らに協力を求めた。発熱外来として登録された全国約3万5千施設の3分の1が非公表だったからだ。

半数が非公表だった東京都は約1週間後、約4200カ所の発熱外来すべてをホームページに掲載した。都が診療所などに個別に要望したほか、東京都医師会が会員に働きかけるなどした結果だ。

本来、医師は患者を診察する「応召義務」がある。特に発熱外来は感染対策のため診療報酬を加算している。施設の公表は当然だ。

だが、首相の要請を受けた日医自身は都道府県医師会への通知に「公表」の2文字を盛り込んでいなかった。公表の動きは全国に広がりきらず、政府は2日に都道府県への再要請に踏み切った。

実は日医には医療機関に命令する権限はない。そもそも医師会の加入は任意。会員は2021年12月時点で約17万3千人と全医師数(約32万人)の5割強にすぎない。

違う時代もあった。1960年代には医師の4分の3が会員となっていた。当時の会長、武見太郎氏は医師の利益を代弁して論陣を張る存在だった。政府が61年に創設した国民皆保険制度を巡っては保険医総辞退を通告し、全国一斉休診まで決行した。開業医の収入を左右する公定価格の診療報酬への不満が背景にあった。

会員率は70年代に下がった。田中角栄首相(当時)が73年に「福祉元年」を宣言し、医学部を空白地帯の15県に新設する「一県一医大構想」を打ち出した。過当競争を恐れる日医の懸念は聞き入れられなかった。大幅に増えた医師の多くは会員にならなかった。病院の勤務医が中心で、会費を払ってまで会員になるメリットを感じなかったからだ。結局、開業医が中心となり、今に至る。

開業医の利益団体といった指摘について日医は「事実誤認」と反論する。会員のうち開業医が8万人余りで、勤務医もほぼ同数だからだ。勤務医の労働条件の改善にも積極的に取り組んでいる。

内訳を詳しく見ると、異なる実態が浮かぶ。診療所の経営者7万人あまりはほぼすべて、病院経営者約5千人の8割が会員になっている。勤務医は約23万人の3分の1しか加入していない。

日医は幹部をほぼ開業医が占める。ある勤務医は「労働時間を調整できず、医師会の活動はしにくい」と話す。組織運営の中心はどうしても開業医になる。

医療界の代表という一般的なイメージの内実は市区町村レベルの「郡市区等医師会」にある。学校や住民の健診、予防接種などで地域に密着した存在だ。どの自治体でも保健医療行政には地元医師会の協力が欠かせない。

郡市区等医師会が土台となって都道府県医師会があり、全国的な医師の団体にするため都道府県医師会がすべて加入する日本医師会ができた。注目すべきは、それぞれが連携しつつ独立した組織で、実態として現場に近いほど力が強い「逆ピラミッド型」の3層構造になっていることだ。他の領域で全国組織が地方組織を統括するピラミッド型が多いのとは異なる。

日医は医療現場の要望をくみとって政府や与党に突きつける。逆に政策的な要請を伝えられても、地元医師会に従うよう命じる権限はない。医師一人ひとりも地元医師会に従う義務はない。権勢をふるった武見会長時代でさえ、71年の保険医総辞退に応じない医師がいた。

まして勤務医を中心に医師会に入らない医師が増えた今、統率力の衰えは否めない。診療報酬の引き上げなどで政治に影響力を発揮できる源泉だった集票力の低下も鮮明だ。会員数が10万人弱だった70年代、日医が推す参院議員候補は全国区で120万票以上を集めた。「往診かばんには百票が入っている」とも言われた。2000年以降は会員数が15万人を超えたのに対し、得票は二十数万票と低迷する。

コロナ禍で日本は海外に比べ感染者数が相対的に少ないのに病床が逼迫するなど医療体制のもろさが浮き彫りになった。「医師の代表」が幻想でしかなく、現場の調整役の機能さえ果たせなかった現実を見つめ直す必要がある。

〈Review 記者から〉専門職集団、社会的責任重く
国内で初の医師の全国組織が誕生したのは1916年(大正5年)だ。日本近代医学の父、北里柴三郎が地方医師会をまとめた。当初の会員は約3万人の開業医のみだった。その後、医師法改正で勤務医を含め強制加入の組織が誕生した。戦後、米国の方針で任意加入の団体として現在の日本医師会ができた。

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存在意義を問う声は新型コロナウイルス禍の前からあった。日本学術会議の検討委員会は2013年の提言で「専門職集団として社会的責任を果たしていない」と指摘した。国民に信頼される医療の実現には全医師が強制的に加入する全国組織の設立が必要との見解も示した。他の専門職で、弁護士は弁護士会に強制加入する。弁護士会の懲戒処分で事実上活動できなくなる。

ドイツやフランスは医師会への加入を義務づけている。任意加入の英国は別組織の「医師総評議会」に全員登録する必要がある。これらの国は懲戒処分などで医療の質を保つ。日本で医師を処分するのは厚生労働省だ。十分に監督機能が働いているとは言いがたい。

日本は国民皆保険制度の下で一定水準の保険医療を受けられ、平均寿命は世界最高水準を保つ。一方、少子高齢化で必要なはずの地域医療の再編など改革の動きは鈍い。法律上、医師免許があれば自由に開業でき、診療所が乱立する問題もある。医療のあるべき姿をどう考えるか。専門職集団として社会的責任を果たす必要がある。

(社会保障エディター 前村聡)

■応召義務 診療医は患者から診察の求めがあった場合、正当な理由がない限りは拒めない。医師法19条が規定する重い義務だ。焦点は「正当な理由」の範囲だ。旧厚生省の通知は、たとえば「診療時間外」を理由として急患の診療を拒むことはできないと明示している。実際には地域で休日夜間診療所などの体制があれば、そこでの受診を患者に指示することは原則として認められている。
新型コロナウイルス対応でも、厚生労働省は患者に発熱や風邪の症状があるだけでは診療を拒否する正当な理由にはならないなどと通知した。自ら診療が困難な場合は、少なくとも発熱外来などコロナ患者を診察できる医療機関に受診することを適切に勧めるよう求めている。


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