tamanoir@jenaiassez·2021年10月16日「なぜ人は小山田圭吾を許せないのか?」って? それだけ虐めの被害者は多く、文字通り半分死人として人生を送っている、ということ。加害者の多くは学校に庇われ社会に庇われて野放図に大手を振って生き延び、businessinsider.jpなぜ小山田圭吾は『週刊文春』での独占インタビューに応じたのか?“音楽ロッキン村”問題を今考える過去の「障がい者いじめ」について告白した雑誌記事によってオリンピックの開会式の作曲担当を辞任した小山田圭吾氏。本人の独占インタビューを敢行した中原一歩さんに問題の本質を聞きました。1113
tamanoir@jenaiassez小山田圭吾と同じように、人を心身共に半殺しにしたことを武勇伝として誇っているだろうということ。非難は必ずルサンチマン乙とかいう似非ニーチェ主義で封印されてきて、それ自体が二次加害として被害者を苛んで来たこと。午前1:18 · 2021年10月16日·Twitter for iPad1 件のリツイート6 件のいいね
tamanoir@jenaiassez·2021年10月16日返信先: @jenaiassezさん加害者が一人でもずたずたに食い千切られて悲惨の泥沼を這いずり回るのを見るのは、ただの見物人にとっても極めて愉快で、それがまた被害者にとっては多少の癒しにはなること(一瞬だが社会に受け入れられたような気分になれる)、まあそんな感じ。 だからこういうことはこの先も続きます。15
tamanoir@jenaiassez·2021年10月16日虐めを誇った、ということが許されないんで、助かろうと思ったら、土下座謝罪でもやって自分の存在を全面的に否定し、人に唾を吐き掛けられても有難うございますと感謝する今以上に惨めな生き物として生きていくしかないだろうな。117
tamanoir@jenaiassez·2021年10月16日ん? どうした似非ニーチェ主義者諸君? こいつに対してはルサンチマン乙と言わないのか? 誇るべきではないことを誇ったせいで切り刻まれて一つの人生が終わった奴は、あっはっはと笑って立ち直って次の人生に挑戦しろと言わないのか? なんでこういう奴に<だけ>は同情が必要なんだ?17