野球解説のウソ・ホント 「左対左」は投手有利? 特殊性ゆえ要所で力発揮
ノンフィクション作家 小野俊哉
試合の終盤、勝負の分かれ目。左の強打者を迎えたところで守備側の監督がベンチを出れば、年季の入ったファンでなくても次の展開は想像がつく。左投手の投入だ。目には目を、歯には歯を、毒には毒を、左には左を。「左対左は投手が有利」は球界で最も流布した常識の一つだ。今回はこれを検証してみよう。
■試合の流れ決めた横手投げ左腕投入
最近、サウスポーの投入が明暗を分けた試合といえば昨年9月19日のセ・リーグ首位攻防戦、ヤクルト―巨人が挙げられる。5-4の七回、1点リードのヤクルトはサイドスロー左腕の久古健太郎をマウンドに送った。久古は阿部慎之助を一ゴロ、アンダーソンを二飛、亀井善行を遊直と左が並ぶ中軸を三者凡退に打ち取った。その後に味方打線が爆発し、終わってみれば10-4の大勝。ヤクルトは優勝に前進した。勝利投手ではなかったが、久古の好投が試合の流れを決めた。
ソフトバンクとの日本シリーズでも久古は力を発揮した。3試合に登板し、主砲の柳田悠岐から2三振を奪うなど左打者に対して6打数無安打4奪三振。レギュラーシーズンではリーグ屈指の強打者に成長したDeNAの筒香嘉智を5打数無安打に封じている。
左打者にぶつけられる"刺客"の系譜は長い。古くは大洋などで活躍した平岡一郎。王貞治に対する切り札として名将・三原脩監督に重用された。1970年には日本シリーズの巨人対策として濃人渉監督率いるロッテに1年だけ移籍した。日本シリーズに出られるかどうかも分からないのにロッテも変わったことをするなと思ったものだが、本当に巨人とシリーズで対戦し、しかも平岡が活躍した。濃人監督の先見性には驚いたものだ。
その後も70~80年代の永射保(西武など)、80~90年代の清川栄治(広島など)、「松井(秀喜)キラー」として名をはせた遠山奨志(阪神など)らが記憶に残る活躍をした。近ごろマスコミに登場している野村貴仁もこのリストに連なる一人。オリックス時代の96年、巨人との日本シリーズで若き主砲の松井を手玉に取った。精悍(せいかん)だった往時から変わり果てた今の姿には驚くばかりだが……。
■左対左と右対左に歴然とした差なし
現在の球界で左打者を抑え込んでいるリリーフ左腕は誰なのか。昨年の成績を調べてみた。セで最も多くの左打者(両打ちは除く)と対戦したのは中日の岡田俊哉。103人と対戦し被打率2割2厘は高く評価できる。20人以上の打者と対戦した左投手で被打率を2割未満に抑えたのはセ・パ合わせて8人いる。
セでは広島の戸田隆矢(1割6分4厘)に飯田哲矢(1割7分2厘)、DeNAの福地元春(1割8分2厘)に大原慎司(1割8分3厘)、巨人の高木京介(1割8分3厘)だ。パでは西武の高橋朋己(1割3分8厘)、日本ハムの宮西尚生(1割6分2厘)、楽天の松井裕樹(1割8分2厘)の3人である。なかでも松井は99打数で42奪三振という迫力。あえて最大公約数的な共通点を探せば、スライダーなど逃げる球の切れが良いこと、胸元に投げきれる制球力があること、勝負どころでも動じないずぶとさがあることなどが挙げられそうだ。
左対左で投手が有利な理由は「打者の背中側から来る球筋が見にくく、体が開きやすいため」というのが一般的な説明だ。だが、それが普遍的な法則なのかというと、そうとばかりもいいきれない。
昨年、セのすべての左腕投手の被打率を調べてみると、対右、左打者とも2割5分3厘。右投手の対左被打率(2割6分1厘)よりは低いが、歴然とした優位は感じられない。実際、パの対左打者被打率は左腕が2割6分4厘、右腕が2割6分5厘とほぼ一緒。シーズンによっては逆転してもおかしくないほど拮抗している。
左投手というだけで左打者を抑えられるほどプロの世界は甘くない。昨年、打席に左打者という場面で44回ぶつけられた阪神の高宮和也は、登板して最初の打者に2割7分打たれた。目の前の左を抑えるために出て行ったのに、これでは成功とはいえない。同じ阪神の島本浩也に至っては14回ぶつけられて12打数7安打と役割を全く果たせなかった。阪神が中日の高橋聡文を獲得したのにはこんな事情がある。高橋は左打者に対して27回起用され、四死球なしの被安打5本。これなら信頼して送り出せる。
■数字以上に優位性強調される理由は
数字をみる限り、投手優位が鮮明なのは「左対左」よりも「右対右」である。被打率はセが2割3分7厘、パが2割4分8厘。両リーグの差は指名打者制の有無によるが、対左打者に比べ、被打率が1分以上低い点は共通している。
現実の数字以上に左投手の優位性が強調されている感があるのは、その希少性が一因だろう。「横手投げのサウスポー」のような特殊な属性を持つ投手は先発や抑えにはなれなくても、「ワンポイント」や「ショートリリーフ」というニッチな働き場所が用意されている。ややこしい言い方になるが、「左対左は投手有利」なのではなく、左打者を抑えるのを得意とする左投手が勝負どころで起用されるがゆえに、「左対左は投手有利に見える」というのが実情に近いのではないか。
特殊性を生かした専門職としてプロで生き残っていくのは悪いことではない。だが、ワンポイントを目指してプロ入りする選手はいないはず。厳しい言い方をすれば、何かが足りないからワンポイントに甘んじている投手も少なくない。
例えば先に挙げたDeNAの福地。昨年は左打者を抑える一方で、右には3割以上打たれた。右対策がしっかりできるようになれば、より重要な役割を担えるようになるはずだ。対照的に中日の岡田は対右打者の被打率が1割7分6厘と左以上に打たれていない。細身の体と切れのあるスライダーはかつてのエース今中慎二を思い出させる。立派な先発ローテーション候補とみている。
■江夏のリリーフ適性を見抜いた野村
最後に昔話を。巨人のV9時代、ドラフト1位で阪神に入団した江夏豊は2年目の春季キャンプ中、エースの村山実に「ワシは長嶋茂雄。おまえは王貞治」と言われたという。巨人のリーダー長嶋を最大のライバルと定めていた村山は、次期エース候補の左腕に王封じを託したのだ。
ライバルとなった江夏と王。V9時代の対決に限定すると打率は3割ちょうど。207打数で19本塁打は王が打ち込んでいるという印象を与えるが、江夏が救援登板したときに限定すれば話は変わる。昔のエースは大事な試合ではリリーフもこなした。リリーフの江夏は王を1割7分2厘と抑え込んだ。さらには右の長嶋も1割3分8厘と圧倒した。後に南海に移籍した江夏を野村克也監督が「球界に革命を起こそう」と口説いてストッパーに転向させた話は有名だ。野村は江夏が阪神時代にリリーフとして残した成績から、彼の適性を見抜いていたのだろう。
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