ロシア政府は11日、エマニュエル・マクロン仏大統領がウラジミール・プーチン大統領との会談に先駆け、ロシア独自の新型コロナウイルス検査を拒否していたことを明らかにした。
7日に行われた仏ロ首脳会談では、マクロン氏とプーチン氏は握手を交わさず、全長4メートルのテーブル越しに大きく距離を取った形で対話した。
これについては、ロシア側にDNAを採取されたくないとの理由から、マクロン氏がPCR検査を拒否したとの報道が出ていた。またプーチン氏が、2人の間が大きく開いている様子を外交メッセージとして利用したのではとの見方もあった。
フランスの外交関係者はロイター通信に対し、マクロン氏はロシアのPCR検査を受けてプーチン大統領に近づくか、社会的距離を厳密に維持するルールを順守するか、どちらか選ぶようロシア側に言われたと説明。
「ルールに従えば握手はなく、長いテーブルが用意されることも十分承知していた。しかし我々は、マクロン大統領のDNAをロシア側に採取されるのは受け入れられなかった」と、この関係者は述べた。ただし、ロシアの情報機関がどのようにマクロン氏のDNAを悪用できるのかまでは語らなかった。
また別の関係者は、マクロン氏はフランス出国前にPCR検査を受けたほか、モスクワ到着時に抗原検査を実施したと述べ、「ロシア側からは、プーチン氏は感染防止のため隔離距離を厳格に守る必要があるのだと告げられた」と語った。
一方、フランスの大統領府筋はBBCに対し、「社会的距離を保たずに会談を実施するには必要だと提示された条件は、我々が受け入れられるものではなく、またマクロン大統領のスケジュールにも組み込めなかった」と話した。
ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官はマクロン氏が検査を拒否したことについて、フランスの立場を理解しているし、会談に支障はなかったと話している。
ロシアで「長いテーブル」外交を行ったのはマクロン氏だけではない。今年に入り、ハンガリーのヴィクトル・オルバン首相やイランのエブラヒム・ライシ大統領も、モスクワを訪問した際にプーチン氏と距離を開けて面会している。
今年70歳になるプーチン大統領の健康について、ロシア政府は非常に厳戒な安全策を敷いている。プーチン氏はロシアが開発した新型コロナウイルスワクチン「スプートニクV」を接種している。
しかしマクロン氏と会談した3日後には、プーチン氏はカザフスタンのカシム=ジョマルト・トカエフ大統領と握手をし、小さいテーブルを挟んで近くに座り会談している。
マクロン大統領とプーチン大統領は、ウクライナ危機をめぐり5時間にわたって会談した。
ロシアはウクライナとの国境に兵10万人以上の部隊を集結させているものの、侵攻の意図はないと繰り返している。その上でロシア政府は、北大西洋条約機構(NATO)がこれ以上、東へ拡大しないことや、ウクライナがNATOに加盟してロシアの安全保障上の脅威にならないことへの保証を欧米に求めている。
ロシア軍は11日、黒海とアゾフ海での軍事演習を実施。先には隣国ベラルーシとの大規模な軍事演習も開始しており、緊張が高まっている。
一方アメリカ政府はこの日、ロシアは「いつでも」ウクライナを侵攻できるだけの部隊配備をすでに完了していると警告。ウクライナ国内にいるアメリカ人は48時間以内に退避すべきだと述べた。
<解説>ゴードン・コレラ安全保障担当編集委員
各国のスパイは長年、外国の指導者の情報収集にいそしんできた。どんな人物なのか、さまざまな状況にどう対応するのか、いつまで職にとどまる可能性があるのか……指導者の健康状態も有用な情報の一つだが、これまでは得るのが難しいとされてきた。
しかし科学の進歩により、DNAサンプルによって、個人の過去や現在、未来についても強力な情報が得られるようになった。この外国首脳は病気や特定の健康状態を隠していないか? それが未来に影響を及ぼすことはないか? そういったことが分かるようになった。
アメリカの安全保障関連の各機関はすでに、中国政府が多種多様な人の健康データを大量に収集していると報告。DNAは「人間にとって最も価値のある持ち物」だとして、情報の共有に注意を呼びかけた。クレジットカードの紛失とは違って、誰かに情報を握られても、新しいものには変えられないのだと。
10年以上前には、そのアメリカ自身が、外国の外交官のDNAを含む生体データを収集しようとしたと批判されたこともある。
生体情報が安全保障の重要なカギになっていることが、あらためて示された。